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第一章その3 ~とうとう逢えたわ!~ 鶴ちゃんの快進撃編

とうとう逢えたわ!

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 激しい稲光が荒れ狂い、その場の敵を根こそぎ焼き尽くしていく。

 あの狗王型でさえ無様な悲鳴を上げながら、呆気なく崩れ落ちていった。

「…………???」

 誠はその様を呆然と眺めていたが、やがて虚空から何かが飛び降りてきた。

 それは一言で例えるなら、巨大な白い獅子である。大きさは狗王型にも匹敵するだろう。

 やがて獅子が言葉を発した。

「良かったな鶴、黒鷹は無事のようだ!」

 獅子の頭上には、まだ歳若く美しい少女がいる。

 虚空を見つめる涼しげな目元と、肩に届かぬセミロングの髪。

 風にたなびく空色の着物、そして時代錯誤の古風な鎧。

 まるで混沌の現代に降り立った、和装の戦女神ワルキューレのようであるが、何より誠を驚かせたのは、彼女が夢で見た少女に瓜二つだった事だ。

「こいつめ、柄にもなく緊張してるな」

 獅子は頭上の少女に呼びかける。

「おい鶴、しっかりしろっ、黒鷹はそっちじゃないだろ!」

「はにゃっ!? ち、違うの?」

 少女は忙しく周囲を見渡し、誠の機体に目を留める。

「い、いた! 確かに黒鷹の霊気だわ。はあはあ、どうれ、早く顔を見てお話ししたいわ……!」

(うわ、なんか怖い!)

 手をわきわきさせながらこちらを見つめる少女に、誠は内心ドン引きする。

 少女は獅子からジャンプし、遠慮なく誠の機体によじ登ると、すまして語りかけてきた。

「あーおほん、もうし、すみませんがちょっと開けてもらえないでしょうか。別に顔が見たくてこじ開けようってわけじゃないので、いいからさっさとお開けなさい」

 言ってどんがどんが機体を叩く少女に、誠はますます操縦席コクピット開閉装甲ハッチを開く気が無くなった。

 開けたら最後、酷い目に遭う。直感でそう感じたのだが……少女が機体を叩くその手が、胸部左側の非常開閉装置に触れてしまった。

「あら、何かしらここ。フタが開くようになってるけど……そして中には、取っ手らしきものがあるわ」

「ち、違う! それは自爆スイッチだ。決してひねってはいけな……」

「そこに取っ手があるのなら、迷わずひねる、それが鶴ちゃん」

 外部拡声器スピーカーで呼びかける誠の忠告も聞かず、少女は軽率を絵に描いたようにレバーを捻った。

 やがてハッチが開き、操縦席が外気にさらされてしまう。そしてあろうことか、少女は躊躇なく中に進入してきた。

「何よこれ、ずいぶん中はスカスカね。痩せたカニと同じ理屈かしら。もしもし、お留守ですかー? いらないなら貰ってもいいですかー?」

 少女はいきなり暗い場所に入ったせいか、奥の誠に気付いてないようだ。

「色々と珍しそうなものがあるけど、暗くてよく見えないわ。あら、ここはちょっと柔らかいわね。ぬう、これはもしかして、人?」

 少女は誠をあちこち触りまくり、顔を近付けて確認する。

 やがて目が慣れたのか、少女はいきなり絶叫した。

「わああああっ、きゃあああああああっ!!!」

「うわっ、どうした急に!?」

 少女はロケットのように飛び上がり、盛大にバウンドしてモニターと計器を破壊した。飛び散る機器の破片も気にせず、彼女は後ずさりして誠を指差す。

「こ、コマ、黒鷹よ! でっかい鎧の中に、ちっちゃい黒鷹が入ってたわ!」

「落ち着け鶴! 黒鷹は小さくない、鎧がでかすぎるだけだ……ていうか、前にもそれに乗っただろう」

「そ、それもそうね。私とした事が、生身の臨場ライブ感で取り乱したわ」

 獅子の言葉に、少女は気を取り直して立ち上がった。

 それから、「あい、ごめんなすって」などと言いながら機械類をまたぐと、いそいそと誠の傍に寄ってくる。

「な、何だよ……」

 誠がたじろいだ瞬間、少女は誠にしがみついていた。

「なっ!!? ど、どどどうしたっ? 大丈夫か、何かあったのか?」

「……黒鷹だ、500年ぶりの黒鷹だ。会いたかった……!」

 少女は誠の顔に頬を寄せ、頬擦りするように小さく動かす。

「ど、どこのどなたか、全く存じ上げないんだけど……???」

「鶴です。そしてあなたのお嫁なのです」

「嫁!? いや俺独身だし、て言うかまるで初対面だし!」

 誠はツッコミを入れたが、少女の勢いに圧倒されて押し除ける事が出来ない。

 あの夢以外、こんな鎧の女の子には面識が無いはずなのだが……

 恐る恐る触れてみると、着物は今では珍しい絹のそれである。さらりとして柔らかく、見た目の割にかなり軽い。

 セミロングの黒髪は、上質のツバキ油でいたわったかのように艶やかで、香水ではない甘い優しい香りがしていた。

 今は俯き加減だが、化粧っけのない顔立ちは、明るく健康的な魅力があるのだ。

 一体この子は誰なのだろう? もしかしたら、自分が知らない許婚いいなずけかもしれない……などと思った瞬間、誠は更に信じられない物を目にした。

 眼前の巨獣がみるみる縮み、子犬サイズになったのだ。

(理由は、仕組みは? 質量保存はどうなってる?)

 驚く誠をよそに、それは身軽にコクピットに侵入してきた。

 少女の肩に飛び乗って、前足で頬をぷにぷにつつくのだ。

「あのさ鶴、感動の再会は後にしなよ。今は戦わないとみんな死ぬよ」

 大きさが縮んだせいか、獅子の声は随分可愛らしくなっている。

「確かにそうねコマ。よーし、頑張りますわよほどほどに!」

「ほどほどじゃなくて、うんと頑張りなよ」

 2人のやりとりを見るうちに、誠はようやく頭が働き始めた。

「もしかして、増援の……味方なのか?」

 と、その時、ふと画面上に新しい通信が入った。隊員からの近距離無線かと思ったが、信号を見るに長距離の外部通信である。

「長距離通信? 敵の電磁妨害ジャミングがあるのに、どうやって……」

 怪訝そうな誠をよそに、モニターに映る女性は安堵の表情を浮かべた。

 歳は二十代の後半ぐらいであろう。長い黒髪に切れ長の目元の、凛とした面立ちの美人である。

 今は座しているが、服装は指揮官クラスが着る自衛軍の正服ジャケット、そして膝上までのタイトスカートである。長身でスタイルの良い彼女には、特注品のようによく似合っていた。

 頭上には小さな略帽……ギャリソン・キャップまで被っている。

「う、嘘だろ……?」

 誠は再び息を飲んだ。

 女性はあの夢に出てきた女神とそっくりだったからだ。

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