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第一章その3 ~とうとう逢えたわ!~ 鶴ちゃんの快進撃編

求む、ふぐ調理師免許

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 それから一週間もしないうちに、沿岸付近にたむろしていた餓霊どもは、完全にその姿を消した。

 務めを終えた誠達は、北西の松山平野に位置する大型避難区へと入城した。

 民衆の熱狂は大変なものだった。

 誠達が到着すると、この英雄達を一目見ようと、あちこちの窓から身を乗り出して手を振ってくれる。

「へへっ、なんだか出世したみたいだぜ。なあ香川」

「確かに悪い気はせん。唐から戻った弘法大師も、こんな感じだったかもな」

「うち、アイドルになったみたいやわ。カノっち、一緒に手ぇ振ろうで」

「やめてよ、恥ずかしいじゃない。ていうか機体に乗ったままでしょ」

 カノンもそう言いつつ、まんざらでもなさそうである。

 誠もかなり照れくさかったが、勝利の立役者である鶴は、コマの背に乗り、こういう時だけ上品な笑顔で周囲に手を振っている。なんだかんだ言って武家の姫君なので、場慣れだけはしているのだろう。

 誠は女神の言葉を思い出した。

「伊予中央避難区にいる、佐々木という為政者に会って味方にして来い。小手先の戦術で暴れるだけでは限界がある。船団に足がかりを作るためにも、ここが正念場だぞ?」

 女神はそう言って一同を送り出したのだ。


 誠達が機体から降りると、上品な秘書?の女性が建物内に案内してくれる。

 最上階に到達すると、秘書は一番奥の執務室の扉を叩いた。

「失礼します。お越しになられました」

 ドアを開けると、室内には初老の男性が立っていた。痩せて弱々しい印象だったが、ロマンスグレーの髪をきちんとときつけている。

 男性は誠達に歩み寄り、頭を下げる。

「これはこれは、ようこそおいで下さいました。当避難区の代表を務める佐々木というウジ虫です。本来であればこのミジンコ自ら、下まで土下座に行くんですが、最近体が弱ってしまって。まったく駄目な政治家です。人類のお荷物ですな」

「そっそんな、まだお元気そうですよ? お目にかかれて光栄です」

 誠は慌ててフォローするが、ふと気づくと、先程まで上機嫌だった鶴がいない。

 周囲を見回すと、ドアの影に見慣れた着物の裾が見えた。

 様子をのぞくと、壁に背中を預けた鶴とコマが、真っ青な顔で震えている。

「一体何がどうしたんだよ」

「どうしたもこうしたもないよ黒鷹、実はかくかくしかじかで」

「ええっ、下界に降りて最初に張り倒した!?」

 誠も流石に血の気が引いた。

 コマによれば、彼は鶴が悪党と間違えて成敗した相手だというのだ。

「どうしよう……ナギっぺにバレたら、史上最高に怒られるわ」

「いやいや鶴、もう1回バレてるだろ。問題はそのせいであの人を味方に出来ないかもってことさ。それで救国に失敗したら、怒られるだけじゃ済まないよ。すぐ霊界に呼び戻されるし、黒鷹も6:4の連帯責任であの世行きだよ」

「俺が何をしたって言うんだ!?」

 誠は憤慨し、それから恐る恐る室内を覗くと、難波達と佐々木が会話している。

「いやあ、誰かと思ったらこのみちゃんに武志くんですか。大きくなりましたなあ」

「うちも驚いたで。カノっちに香川、このおっちゃんが佐々木っちゃんで、最初に避難した頃にお世話になったんや。元は山口県の国会議員ぎいんさんで、いずれ総理になる、とか面白い人だったんや」

「俺は時々野球の相手してくれたんだよな」

 宮島も懐かしそうに佐々木の背中をばんばん叩く。

「ゲホゲホ、ほ、他に出来る事がないだけですのでな。ほんと何も出来ませんからワシは。こないだも鎧姿の暴漢に張り倒されまして。あれで我が身の無力を思い知りました。それより噂の鶴ちゃんさんはどこに?」

 そこで誠はドアの影から飛び出し、焦って誤魔化した。

「そ、そのえーと、迷子になったかもしれません。ちょっと探して来ていいですか?」

「もちろん構いませんとも。ワシは他に出来る事もありませんので。日がな一日、命を無駄に使っております。ええ、いくらでも待ちますとも」

 見ていられないほどしょぼくれた佐々木に申し訳なく思いながらも、誠はカノン達に囁いた。

「すまんカノンっ、しばらく時間を稼いでくれ」

「なっ、ちょっとあんたねえ!」

 目を丸くするカノンだったが、誠はそのまま鶴の元に戻る。

「よし、今のうちに作戦を立てよう」

「そうね黒鷹、何か都合よく誤魔化せる神器はないかしら」

 鶴は神マークのついた巾着袋を探り、小さなビンを取り出した。

 見慣れた栄養ドリンクのような外見であり、上部には咳止めシロップのように軽量キャップがついている。

「これなんてどうかしら。やる気みなぎる、ガンバルゼット・ドリンクですって。影に注ぐと元気が出て、細かい事は気にならなくなるらしいわ」

「使用上の注意を見てよ鶴。それは心を操る神器じゃなくて、本人のやる気を増幅するだけじゃないか」

「やる気……そうだわ、きっとおいしいものを食べれば元気になるわよ!」

 鶴が手を打ち鳴らして立ち上がった。

「黒鷹、あの人の故郷の料理は何かしら」

「えっと、ふぐならどうだろう。下関のとらふぐ」

「分かった、さっそく僕がって来るよ」

 コマは光に包まれて消えると、瞬く間に頭にたらいを乗せて戻ってきた。

 盥には、丸々太った見事なとらふぐが踊っている。

「早い! でもよく考えたら、ふぐって調理免許がいるよな」

「料理出来る人を探すってことね。あの人の記憶から辿ってみましょう」

 鶴が神器のタブレットをいじると、画面にはねじり鉢巻で腕組みした板前が映された。いかにもガンコな料理人の風体である。

「見たこと無い人だな。難波、ちょっと来てくれ」

 難波は画面を見た途端に即答した。

「ああ、このおいちゃん、海鮮料理のふくべさんやろ。確か昔、もひとつ西の避難区で会ったような」

「ありがとう、早速探しに行くわ!」

 難波の話も最後まで聞かず、鶴は誠の手を取って走り出す。

「い、いやこれゲームとかだと、伝説のアイテムとかを取りに行く場面だよな。何で料理屋さんを探しに行くんだろう」

「事実はえてしてそういうもんだよ。ほら黒鷹、急いで」

 コマは頭上にタライを載せて走りながら言う。

 やがて2人と1匹は光に包まれ、空間を飛び越えたのだ。

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