81 / 117
第一章その5 ~負けないわ!~ 蠢き出す悪の陰謀編
鳴門地区防衛戦7
しおりを挟む
ほどなく餓霊の群れは進撃を開始した。山々を踏みしめて進む軍勢は、冥界の狩人のごとく人間達に迫る……はずだった。
そこで不意に異変が生じた。彼方の味方が、にわかにざわめき始めたのだ。
餓霊は頭部の目を動かし、足りない頭で考えた。
(一体何が起きている?)
と、その時。
戸惑う餓霊の足元に、何かが高速で走り出てきた。自分達に比べれば、かなり小さい白い獣と、その背に乗る鎧姿の少女だった。
獣は身軽にこちらの足元をすり抜けると、近くの木に駆け登る。
少女は太刀を抜き放ち、よく通る声で高らかに叫んだ。
「何度言っても嬉しいセリフよ! やあやあ、我こそは三島大祝家に名高い、大祝鶴姫なるぞ! 民草を苦しめる悪党ども、この鶴ちゃんが来たからには、まとめて地獄に送ってあげるわ!」
餓霊達は怒り狂って押し寄せるが、少女と獣は木を飛び降り、再び足元をすり抜けていく。
(小さくってすばしこい!)
(足手まといを捨てて、自分だけ逃げているのだ!)
餓霊は原始的な思考でそんな事を考えると、軍勢を動かして少女を絡め取ろうとする。
だが次の瞬間、別の方角でも騒ぎが起こった。目立つ木の上に少女が登ると、また太刀を抜いて叫んでいるのだ。
少女が木から飛び降りると、味方は慌てて追いかけるが、今度は更にとんでもなく遠くの峰で騒ぎが起こった。
少女を追いかけて峰を下っていると、向こうから全く同じ顔の少女が登ってきて、手を上げて互いに挨拶している。
味方同士がすれ違い、今追いかけているのが何なのかも分からなくなったのだ。
「いや、これは壮観やな」
その様子をモニターの望遠機能で眺めながら、難波が手を叩いた。
山々を埋め尽くしていた敵陣も、今は乱れに乱れている。ケーキの表面の生クリームを、フォークでぐちゃぐちゃに引っ掻き回したような感じだ。
「それにしてもあんた、分身なんてよく思いついたわね」
「カノンはあの時いなかったもんな。天守閣にいた時、テンションが上がるとヒメ子が増えてたんだ。それぞれ別の遊びに使うって言ってたから、それなら長い時間……かつ離れた位置でも出来ると思って」
そう、作戦は極めて単純だった。
鶴とコマの2人で、霊力の消費が少ない分身を沢山作り、それで敵軍を引っ張り回すのだ。
鶴を閉じ込めるために囲い込んだのなら、逆に囲みきれないほどの数になってしまえばいいわけだ。
「まあ予想では、そろそろ指揮官クラスが動くはずだ。足元を逃げられないよう、対策をとってくると思う」
誠はそう言ってモニターを睨んだ。
「思ってた通りね」
コマに乗ったまま手をかざし、鶴は小さく呟いた。
「大きい敵だけじゃなく、ちっちゃいのも沢山出てきたわ」
小さな餓霊であれば足元をすり抜けられず、必然的に戦いになる。そうなれば、おのずと逃げられる方向も限られて来るのだ。
分身した鶴とコマは、少しずつ同じ領域に追い詰められていく。
「向こうで分身がやられたわ」
「まあ、霊力を節約した、スカスカの身代わりだからな」
コマも走りながら答える。
あちらでもこちらでも、追い詰められた分身が敵の攻撃を受けて消えていくのだ。
男は1人、窓際に立ち尽くしていた。あの研究所の主任を務める、爪繰と呼ばれた人物である。
その表情は静かだったが、何かを待ち侘びているように、後ろ手に組んだ指がしきりに動いていた。
やがて奥の扉が開くと、例の長身の青年が現れる。
「笹鐘か。状況は?」
「はい。あの神人の姫君ですが、予定通り囲い込まれているようです」
「それは何よりだ。あれだけ不利な状況を作れば、寡兵でどうなるものでもないからな」
爪繰は極めて満足そうだった。
「佐々木達に施していた呪いも、あの姫君が解いていたようです。どんな技を使ったのか分かりませんが、再度の呪いも受け付けません。何か強力な気でひっぱたかれたようですね」
「……無茶苦茶だ。が、あの姫君さえいなくなれば、またしょぼくれるだろう。これで夜祖様に良いご報告が出来る」
爪繰は静かに答える。表情には狂気に近い笑みが浮かんでいた。
「歴史が証明しているよ。何度生まれ変わろうと、聖者は陥れられるものだ」
やがて鶴とコマは、敵陣の中央で立ち止まっていた。
「……すっかり囲まれたな、鶴」
コマは周囲を見回して唸り声を上げる。
餓霊は少しずつ前進し、こちらの逃げ場を塞いでいる。すぐに襲い掛かるのではなく、味方の囲みがより厚く、より万全になるのを待っているのだ。
と、その時、囲みの後方にいた餓霊達が振り返った。
味方の人型重機部隊が、必死に突撃をかけているのだ。
……だが、それは無謀な行動だった。
圧倒的な数の差は、最早数機の特攻でどうにかなるものではない。
人型重機は瞬く間に倒され、踏み潰されて沈黙していく。黒鷹の機体でさえもそれは同じだった。
餓霊達は勝ち誇って雄たけびを上げる。
鶴はその叫びの意味を理解した。
「……そうね、あなた達の勝ちよ」
餓霊はやがて濁流のように押し寄せてくる。
もうすぐその爪が、その牙が、2人の身にも届くだろう。
「……そう、あなた達の勝ち」
鶴は再び呟いた。
「私達が……本物ならね!」
次の瞬間、鶴とコマの姿はかき消えていた。
倒されたのを装っていた機体も、元の霊気に戻したため、陽炎となって消えただろう。
ああいう大きなものを再現するのは、いくら鶴でも神経を使うのだ。
そこで不意に異変が生じた。彼方の味方が、にわかにざわめき始めたのだ。
餓霊は頭部の目を動かし、足りない頭で考えた。
(一体何が起きている?)
と、その時。
戸惑う餓霊の足元に、何かが高速で走り出てきた。自分達に比べれば、かなり小さい白い獣と、その背に乗る鎧姿の少女だった。
獣は身軽にこちらの足元をすり抜けると、近くの木に駆け登る。
少女は太刀を抜き放ち、よく通る声で高らかに叫んだ。
「何度言っても嬉しいセリフよ! やあやあ、我こそは三島大祝家に名高い、大祝鶴姫なるぞ! 民草を苦しめる悪党ども、この鶴ちゃんが来たからには、まとめて地獄に送ってあげるわ!」
餓霊達は怒り狂って押し寄せるが、少女と獣は木を飛び降り、再び足元をすり抜けていく。
(小さくってすばしこい!)
(足手まといを捨てて、自分だけ逃げているのだ!)
餓霊は原始的な思考でそんな事を考えると、軍勢を動かして少女を絡め取ろうとする。
だが次の瞬間、別の方角でも騒ぎが起こった。目立つ木の上に少女が登ると、また太刀を抜いて叫んでいるのだ。
少女が木から飛び降りると、味方は慌てて追いかけるが、今度は更にとんでもなく遠くの峰で騒ぎが起こった。
少女を追いかけて峰を下っていると、向こうから全く同じ顔の少女が登ってきて、手を上げて互いに挨拶している。
味方同士がすれ違い、今追いかけているのが何なのかも分からなくなったのだ。
「いや、これは壮観やな」
その様子をモニターの望遠機能で眺めながら、難波が手を叩いた。
山々を埋め尽くしていた敵陣も、今は乱れに乱れている。ケーキの表面の生クリームを、フォークでぐちゃぐちゃに引っ掻き回したような感じだ。
「それにしてもあんた、分身なんてよく思いついたわね」
「カノンはあの時いなかったもんな。天守閣にいた時、テンションが上がるとヒメ子が増えてたんだ。それぞれ別の遊びに使うって言ってたから、それなら長い時間……かつ離れた位置でも出来ると思って」
そう、作戦は極めて単純だった。
鶴とコマの2人で、霊力の消費が少ない分身を沢山作り、それで敵軍を引っ張り回すのだ。
鶴を閉じ込めるために囲い込んだのなら、逆に囲みきれないほどの数になってしまえばいいわけだ。
「まあ予想では、そろそろ指揮官クラスが動くはずだ。足元を逃げられないよう、対策をとってくると思う」
誠はそう言ってモニターを睨んだ。
「思ってた通りね」
コマに乗ったまま手をかざし、鶴は小さく呟いた。
「大きい敵だけじゃなく、ちっちゃいのも沢山出てきたわ」
小さな餓霊であれば足元をすり抜けられず、必然的に戦いになる。そうなれば、おのずと逃げられる方向も限られて来るのだ。
分身した鶴とコマは、少しずつ同じ領域に追い詰められていく。
「向こうで分身がやられたわ」
「まあ、霊力を節約した、スカスカの身代わりだからな」
コマも走りながら答える。
あちらでもこちらでも、追い詰められた分身が敵の攻撃を受けて消えていくのだ。
男は1人、窓際に立ち尽くしていた。あの研究所の主任を務める、爪繰と呼ばれた人物である。
その表情は静かだったが、何かを待ち侘びているように、後ろ手に組んだ指がしきりに動いていた。
やがて奥の扉が開くと、例の長身の青年が現れる。
「笹鐘か。状況は?」
「はい。あの神人の姫君ですが、予定通り囲い込まれているようです」
「それは何よりだ。あれだけ不利な状況を作れば、寡兵でどうなるものでもないからな」
爪繰は極めて満足そうだった。
「佐々木達に施していた呪いも、あの姫君が解いていたようです。どんな技を使ったのか分かりませんが、再度の呪いも受け付けません。何か強力な気でひっぱたかれたようですね」
「……無茶苦茶だ。が、あの姫君さえいなくなれば、またしょぼくれるだろう。これで夜祖様に良いご報告が出来る」
爪繰は静かに答える。表情には狂気に近い笑みが浮かんでいた。
「歴史が証明しているよ。何度生まれ変わろうと、聖者は陥れられるものだ」
やがて鶴とコマは、敵陣の中央で立ち止まっていた。
「……すっかり囲まれたな、鶴」
コマは周囲を見回して唸り声を上げる。
餓霊は少しずつ前進し、こちらの逃げ場を塞いでいる。すぐに襲い掛かるのではなく、味方の囲みがより厚く、より万全になるのを待っているのだ。
と、その時、囲みの後方にいた餓霊達が振り返った。
味方の人型重機部隊が、必死に突撃をかけているのだ。
……だが、それは無謀な行動だった。
圧倒的な数の差は、最早数機の特攻でどうにかなるものではない。
人型重機は瞬く間に倒され、踏み潰されて沈黙していく。黒鷹の機体でさえもそれは同じだった。
餓霊達は勝ち誇って雄たけびを上げる。
鶴はその叫びの意味を理解した。
「……そうね、あなた達の勝ちよ」
餓霊はやがて濁流のように押し寄せてくる。
もうすぐその爪が、その牙が、2人の身にも届くだろう。
「……そう、あなた達の勝ち」
鶴は再び呟いた。
「私達が……本物ならね!」
次の瞬間、鶴とコマの姿はかき消えていた。
倒されたのを装っていた機体も、元の霊気に戻したため、陽炎となって消えただろう。
ああいう大きなものを再現するのは、いくら鶴でも神経を使うのだ。
0
あなたにおすすめの小説
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
