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第一章その7 ~あなたに逢えて良かった!~ 鶴の恩返し編

あの子を甘く見ないで頂戴

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 それは突然やってきた。迅速に、かつ気取られぬように。

 コマは素早く身を起こすと、傍らの鶴を促した。

「鶴、何か悪意が来るよ」

「……分かったわ」

 鶴はまだ元気が無かったが、それでも腰を上げてくれる。

「大丈夫? かなり霊気が落ち込んでるよ」

 いかに神器を使っても、その威力は本人の力に比例する。今の気持ちの落ち込みようでは、戦う事もおぼつかないだろう。

「念のため、重機班とか歩兵にも、警戒態勢をとって貰おう。僕らは上から相手の様子を探るんだ」

 コマが鶴と屋上に転移すると、避難区の周りには武装人員が沢山いた。

「やっぱり人間だ。餓霊じゃないな」

 コマはそう言って鶴の方に振り返り、叫んだ。

「鶴、危ない!!! うわっ!?」

 激しい力が押し寄せ、コマは屋上から吹き飛ばされていた。




 旗艦は既に混乱の極みだった。要人を含め、調印式に参加した人々や子供達が逃げ惑っている。

 警備兵は抵抗していたが、壁を突き破って突入して来た人型重機には、最早為す術が無かった。

「何が起こっている!?」

 佐々木の問いに兵が叫んだ。

「識別信号は本部付けの戦力です! クーデターかと思われます!」

「クーデターだと!?」

 佐々木は顔色を変えたが、爆発で大きく身を投げ出されていた。




 混乱は高縄半島の避難区でも同じだった。

「みんな、しっかりして! 避難した人を守るのよ」

 体育館で爆発の衝撃に耐えながら、雪菜は部下を指揮して迎撃体勢を取らせていた。

「歩兵は逃げ遅れた人を誘導して! 重機班は急ぎ搭乗、シールドを展開して入り口を塞いで!」

「りょ、了解やで!」

 難波達は戸惑いながらも機体を起動させていく。

 雪菜は彼女達の動揺の意味を理解していた。

 普段の餓霊との戦いではなく、クーデター……つまり人間相手の戦いだ。果たして彼らに引き金を引けるのだろうか。

 幸いにもコマからの連絡で先んじて行動したため、いきなり格納庫や武器庫を爆破されるような事にはなっていない。

 格納庫で眠る誠も無事だろうが、今はとても戦えるような状態じゃないのだ。

「鳴瀬くん、ゆっくり休んでね。今度は私が守るから……!」

 そこまで呟いた途端、不意に横手から衝撃が走った。雪菜は玩具のように跳ね飛ばされ、床を激しく転がされる。

 雪菜は何とか上体を起こしたが、突き刺すような痛みに足を押さえた。

「……っ!」

 やがて外壁を破り現れたのは、青紫の猛禽類のような機体だ。恐らくあの特務隊のものであろう。

 雪菜は機体を睨み付ける。

「あなた達、こんな事をして何になるの!?」

 先頭に立つ機体が、外部拡声器スピーカーで語りかけてくる。

「ぶざまだな、何がレジェンドだよ。今じゃろくに戦えねえポンコツだろうが。あのバカ鳴瀬とよく似てやがるぜ」

「あの子を甘く見ないで頂戴……!」

 雪菜は尚も相手を睨み付けた。

「あの子はね、どこに何回落とされても、必ず最後は戻ってくるわ。手が付けられないぐらい強くなって、あなたを倒しに帰って来るわ……!」

「うるせえっ!」

 相手は苛立ったのか、銃で雪菜を薙ぎ払った。

 雪菜は大きく吹き飛ばされ、何かに激しく頭をぶつけた。

 薄れ行く意識で相手を見ると、先程の機体は、体育館のステージへと向かっていた。

 ステージに飾られていた心神と向き合い、機体を操作して蹴り倒したのだ。白い人型重機は倒れ込み、背を激しく壁にうちつけた。

 体育館の鉄骨がきしみ、天井から幾多の破片が降り注いでくる。

 青紫の人型重機は、倒れた心神を満足げに見下ろした。

「目障りなんだよ! 化石みたいなオンボロを、後生大事に拝んでろや!」

 やがて別の機体が雪菜を掴むと、雪菜は小型のコンテナに投げ込まれた。

(……鳴瀬……くん…………)

 そこで雪菜の意識は途絶えた。
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