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第一章その7 ~あなたに逢えて良かった!~ 鶴の恩返し編

とうとう出たな、荒金丸

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 それは劇的な効果だった。

 誠を倒すべく密集し、油断しきっていた餓霊の大部隊は、左右から浴びせられた攻撃で総崩れになっていた。

 それはかつて紀元前、カルタゴの猛将ハンニバル・バルカスが、ローマ軍に仕掛けた両翼包囲の再現のように、見事なまでの逆転劇だった。集中力を乱した敵の防御は、以前と比べ物にならないほどもろくなっていた。

 これなら倒せる。これならいける。そんな目に見えぬ希望が、みんなの心に渦巻いていた。

 ……と、その時、誠の機体の傍に、白い巨獣が着地する。巨獣の上には鶴がいて、こちらに大きく手を振っていた。

「お待たせ黒鷹、あたしもいるわ!」

「随分遅かったから、昼寝してるのかと思った」

 鶴の元気な姿を見て、誠は無意識に笑顔になる。

「みんなから聞いた。あの状況で船を守りきるなんて、本当にすごいな」

「ううん、黒鷹の方がすごいわ。すごいんだけど、折角感謝してくれてるなら、何かおいしいものが食べたいですなあ」

「勝ったら好きなだけ食べさせてやる。けど、」

 誠はそこで表情を険しくし、機体の警戒レベルを引き上げる。

「まだあいつが残ってるからな」

 彼方から近付く巨体は、まるで動く小山のようだ。頑強な鎧武者のような上半身と、太い両腕。背からは無数の細長い腕が伸びる。象を模したような下半身が歩を進めると、あたかも大地が震えるようだった。

 誠の機体のモニター上で、岩凪姫が呟く。

「とうとう出たな、荒金丸あらがねまる。四国地方の餓霊軍団の最大戦力だ。恐らく中にあの男が乗っているだろう」



 総崩れとなった敵軍を押しのけ、敗走する部下を踏み潰し、荒金丸は轟くような咆哮を上げた。

「今さらそんなんでビビるか。人間をなめるな……!」

 誠の言葉通り、味方は的確に砲撃を加えていく。

 荒金丸はその無数の腕に、恐ろしく高レベルの魔法を纏わせ、味方に放とうとする。

 ……が、次の瞬間、強力な艦砲射撃が雨あられと降り注いだ。

「遅くなってごめんよ。これでも超特急で出張ったんだ」

 モニターに映るのは、あのあきしまの艦長、夏木中佐の姿であった。

「昔のつてで、出来るだけ仲間を呼び集めて来たから、許してくれないか」

 夏木の言葉通りである。

 瀬戸内海に浮かぶのは、勇壮無比な護衛艦の艦隊である。体勢を立て直した第5船団の船達が、この海に結集しているのだ。

 夏木は少し照れ臭そうに、手を前に突き出して言う。

「さあ反撃だ。全砲門、撃ちぃ方始め!」

 あきしまの射撃を皮切りに、船は次々に砲撃を開始。荒金丸に攻撃を加える。

 さしもの荒金丸も、砲弾の雨を防ぐのが精一杯……そしてその防御ですらも、絶え間なく加えられる人間側の攻撃で、少しずつ力を弱めていった。

 年月をかけて育ててきた配下のほとんどを失い、今や餓霊は引く事も出来ない。この兵力差で撤退すれば、近い将来、どのみち追い詰められてやられるからだ。

「あっ、黒鷹見て、足元から何か出てくる!」

 鶴の言葉に目をこらすと、荒金丸の足元の細胞が盛り上がり、数十体の餓霊が生み出されていく。

 居並ぶ巨体は厨子王その他、見た事のない餓霊もあった。この部下を解き放って人間達の包囲を切り崩し、反撃の糸口を掴もうとしているのだ。

 だが、今にも放たれようとする餓霊は、粉微塵に吹き飛んだ。

 1体の人型重機が踊るように身をひるがえすと、誠の傍に着地した。

 誠の機体の画面には、薄茶色の髪の少女が映し出される。少し目線をそらしたまま、少女は誠に語りかけた。

「前戦った時より弱いわね、急ごしらえだから? で、いよいよこれからボス戦なのよね?」

「カノン、もう大丈夫なのか」

「当ったり前でしょ、遅刻魔のあんたと一緒にしないで」

「ひどい言われ方だな」

 誠はそう言いながら機体を加速させ、迫り来る敵の数体を切り伏せた。

「いやあ、やるもんやなあ鳴っち。変態ぶりに磨きがかかっとるで」

「流石は俺達の隊長だぜ」

「さながら鬼神か修羅ってとこだな……ってこの台詞、前も言ったか」

 他の隊員達も駆け付けてくれた。これなら絶対負けるわけがない。


 味方はさらに勢い付き、餓霊の劣勢は決定的となっていく。

 やがて電磁バリアを貫通した砲弾が、荒金丸の兜を割った。頭上を覆う魔法防御はますます乱れ、その隙をついて砲撃が豪雨のように炸裂。

 さしもの巨体も大きく揺らぎ、凄まじい地響きを上げて倒れ伏した。

「やった、やった!」

 味方は歓声を上げて喜び合った。人が初めて、餓霊の総大将クラスを倒したのだから、歴史的な快挙だった。西日本の勢力図は、これで大きく人間側に傾く事になる。

 ……だがその時だった。

 辺りを奇妙な地鳴りが襲った。崩れかけていた荒金丸の肉体が、再び鳴動しているのだ。

「何だ……?」

 一同が見守ると、荒金丸の亡骸は、音を立てて大きく歪んだ。また歪む。また歪む。

 液体を内包した肉片を、ぐちゃぐちゃと押しつぶすかのような音が、次第に激しくなっていく。

 やがて伸びた無数の触手が、荒金丸の周囲を高速で周回する。まるで蚕の糸のように、巨体をぐるぐる巻きにしていく。

 そう、それは巨大なまゆのようだった。

 繭の周囲には、少しずつ、激しい魔法力が輝き始める。薄紫の光が稲光のように明滅し空間が歪む。周囲の物理・化学現象を捻じ曲げているのだ。


「どういう事? 中から何か出てくるのかしら」

 戸惑う雪菜に、岩凪姫が静かに答えた。

「いや……あれは自爆だ。中でとんでもない忌みと呪詛が蓄積されている」

 傍らのサクヤ姫も、緊迫した表情で後を続ける。

「敵ながら凄い悪あがきね。もし破裂したら、中四国は半永劫はんえいごう続く死の世界よ……呼吸すらままならない、本物の地獄に変えられちゃうわ」

「そ、そんな……!」

 雪菜は息を飲んだが、我に返って岩凪姫に尋ねた。

「あの、攻撃して大丈夫なんでしょうか」

「した方がいい。十分に呪いが完成する前に止めるのだ」

 岩凪姫の言葉に、雪菜は全軍に攻撃を依頼する。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 艦砲射撃、そして機体による攻撃。

 あらゆる火線が雨のように降り注ぐが、繭は少しも揺らがなかった。

 多少表面が傷ついても、すぐに再生してしまうのだ。

「ダメ……人の武器で、あれを貫く手段がないわ」

「……いや。方法はまだある」

 雪菜の呟きに、岩凪姫が答えた。

「鶴が敵の細胞を制御し、鎮魂して静めるのだ。再生を弱め、そこに一撃を叩きこめばいい」
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