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第五章その3 ~夢のバカンス!~ 隙あらば玉手の竜宮編

人生の映画をどうぞ。黒歴史が無ければ

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 夕日に染まる南国の町を、誠達はぶらぶら歩いた。

「うわ~、遊んだ遊んだ。10年分遊んだし食った。腹いっぱいだぜ」

「ほんまやな。旅館見学して蒸気風呂、ホテルのゲーセンに出店で食いまくり。ライブフェスに野球、プロレス、温泉入って絞りたてジュース飲んで、おまけにさっきの宴会やろ? どんだけ遊ぶんて感じやわ」

 宮島と難波は楽しげに語りながら、一同の先頭を歩いている。

 もちろん誠も同じ気持ちである。

 何もかもが賑やかで、何もかもが面白かった。10年分の苦労を埋め合わせるかのような、怒涛どとうの楽しみの連続だったのだ。

「沖縄風だけど、このへんはちょっと街中なのね」

 カノンの言葉通り、一同は少し賑やかな通りに差し掛かっていた。

 辺りには食堂や酒場が並んでいて、既に明かりが灯っている。どの店からも歌声や笑い声が聞こえ、明るいムードが町全体を包んでいるのだ。

「どこ覗いても楽しそうやわ。鶴っちもこういうん好きやろ?」

 難波が振り返るが、鶴は意外にも眠そうだった。鳳に支えられ、目をこすりながらウトウトしている。

「ありゃ、おねむかいな。珍しいやん」

「……あれだけ戦ってきたんだもの。そりゃ消耗するよ」

 コマはそう言って、鶴の肩から飛び降りた。

 それから少し大きくなり、虎ぐらいのサイズになると、鶴を自らの背に乗せた。

 鶴はコマのたてがみを握り、毛布にくるまるようにして眠りに落ちる。

(……お疲れ様、ヒメ子)

 誠は歩きながら、内心感謝を込めて寝顔を見つめた。

 このお姫様がいなければ、間違いなく誠達の勝利は無かった。

 戦国時代から500年、遠い未来まで助けに来てくれたお姫様は、今は静かに疲れを癒しているのだ。

(…………んっ?)

 だがその時、誠はふと違和感を感じた。

 眠る鶴の全身が、少しだけ透き通っているかのように見えたのだ。

「ヒメ子……?」

 誠は思わず手を伸ばしたが、違和感はその一瞬だけだった。鶴の手に触れると、ちゃんと肌の質感があった。

 手は温かく、寝顔はとても安らかだった。

(気のせいか……)

 誠は安堵したが、そこで前を歩く香川達の背にぶつかった。3階建ての小さなビルの前で、一同が立ち止まっていたのだ。

 見ると、少し古びた看板には、『思い出シアター』と書かれている。

「こりゃまた懐かしい感じの映画館やな」

 難波の言うとおり、かなりレトロなたたずまいである。

 誠達が子供の頃には、昔ながらの映画館は次々潰れ、ショッピングモールなどに併設されたものが主流になっていた。

 しかしここは竜宮世界、そうしたレトロな映画館も、未だ生き残っているようである。

 そこでチケット売り場からヤドカリが声をかけてきた。

「ああ、ようこそいらっしゃい。姫様のご一行ですな」

 殻の大きさはバスケットボール程であり、髭も白く、表情も柔らかい。

 いかにも映画好きの老紳士といった雰囲気のヤドカリだった。

「ご覧になりませんか? ここは人生の映画館ですよ」

「人生の?」

 誠が尋ねると、ヤドカリはうやうやしく頷いた。

「そうです。ここでは誰の人生でも、映画としてご覧になれるのです。竜宮旅行のしめにいかがですか?」

「でも、ヒメ子が寝てるし……」

 誠が言うと、コマが首を振った。

「いいよ黒鷹、行って来なよ。鶴は僕が見とくからさ」
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