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第四章その5 ~さあ反撃だ!~ やる気満々、決戦準備編
お前も私の娘だよ?
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ほぼ同じ頃。
社のような建物の中で、カノンは状況を見守っていた。いくつもの巨大な鏡が宙に浮かび、そこに各地の様子が映されていくのだ。
戦いの準備は、神々の立場からも進められていた。
佐久夜姫……正確には、富士山本宮浅間大社御祭神・木花佐久夜姫は、既に富士の山頂に戻り、霊気を高めてくれていた。
決戦の地・旧静岡県の富士市は、彼女の鎮座地から近いため、大地に瞬間的な結界を張って、魔王を足止めしてくれるのである。
また、神々の命を受けた全神連も陰ながら動き、地脈の封印を解除している。
地の底から惑星の気が噴き出し、周囲をおびただしいエネルギーが埋めていく。あたかも青白い雲海が、南アルプス一帯を覆い隠していくように見えるのだ。
「既に佐久夜姫様は、結界のための力溜めに入られました。各地脈ポイントも、全神連・東国本部の面々が解放しております」
鳳は胸に手を当て、岩凪姫にそう報告した。
「うむ、全て順調だな。私もしばしここで見守り、その後、妹の結界に協力しよう」
女神・岩凪姫は腕組みして立ち尽くしている。以前はあんなに若者達を叱咤激励していた女神は、最近ほとんど怒らない。
……カノンには分かる。この女神が怒るのは、常に相手を思っての事。
日本が破壊され、人々が地獄を味わう未曾有の危機だからこそ、心を鬼にして激を飛ばしていたのだ。
だが今の人間達は、やるべき事は全てしている。だから今更、無駄に叱る事はないのだろう。
「ナギっぺ、ちょっといい……?」
カノンが振り返ると、鶴が神妙な顔で岩凪姫を見上げていた。
「どうした鶴」
岩凪姫が尋ねると、鶴は真っ直ぐに女神の目を見つめる。
「私、強くなりたいの……!」
鶴はそこで自らの鎧の胸に手を当てた。
「ディアヌスとか、あの闇の神人と戦って……魂の牢獄から抜け出てきて。なんだか急に気が付いたの。何かもやもやした蓋みたいなのがあって、うまく力が出てない気がする」
「…………それは……文字通り蓋だ」
岩凪姫は言葉を偽らずに答えた。
「蓋であり、力を封じる枷である。お前の力が出過ぎないよう、神々の意志でそうしていたのだ」
「外せないの……?」
鶴が尋ねると、岩凪姫は腕組みの手を解いた。
「この世に来る時の、最初の約束を覚えているか?」
「……覚えているわ」
「その力を使えば、もう後戻りは出来ない。お前の幸せのためには、使わない方がいいのだよ……?」
諭すような岩凪姫の言葉に、鶴は少し迷うように俯く。だが彼女は再び顔を上げた。
「それでもいいわ。ここで勝たなきゃ、何もかも終わりだもの……!」
女神はしばらく鶴を無言で見つめていた。
それから歩み寄り、彼女の頭に手を置いた。
「…………可愛い子。よくぞそこまで成長したな」
岩凪姫の手に、白く眩い光が宿った。光は鶴の全身に広がっていく。
やがて光がおさまった時、鶴の姿は大きく変わっていたのだ。
背丈は伸び、表情はずっと真剣で凛々しい。
髪はかつてのように長く伸びて、後ろで高く結ばれていた。
しなやかな肢体には命の力が満ち溢れ、力強い霊力が、彼女の周囲を渦巻いている。
鶴はそこでカノンを見た。
どこか懐かしむようなその目を見て、カノンは気付いた。間違いなく、全てを思い出してくれているのだ。
鶴は長くなった自らの髪を触り、冗談のように問うた。
「もっちゃん……ううん、なっちゃん。どう、似合ってる……?」
カノンはうやうやしく胸に手を当てて一礼した。
「もちろんでございます、鶴姫様」
「ありがとう。いつも思うけど、なっちゃんが居れば百人力ね」
「それはもう、馬鹿力だけが取り得ですので……あと、もっちゃんで構いませんよ?」
カノンも鶴も、2人は同時に微笑んだ。
鶴はそこで鳳に向き直る。
鳳は全てを察し、鶴に深々と頭を下げた。
「……姫様、お気遣いありがとうございます。しかし姉は魔道に堕ち、死してなお人々を苦しめております。どうぞ姉を倒して下さい」
「任せて、きっと止めて見せるわ」
鶴は鳳の手を握り、それから元気に駆け出していく。
その後ろ姿を見送るカノンに、岩凪姫が声をかけた。
「お前も長い間、よく頑張ってくれた。さぞ辛かっただろう」
岩凪姫は鶴にしたのと同じように、カノンの頭に手を置く。
「……色々厳しくしてすまなかったな。それでも辛抱強く人々を守り、よくぞ役目を務め上げた」
思いがけぬ賞賛の言葉に、カノンは恐る恐る女神を見上げる。
女神は労わるように手を動かし、カノンの頭を何度か撫でた。
「生まれた場所や陣営は違うが……お前も私の娘だよ?」
「…………っっっ!」
熱い何かがこみ上げて、カノンは無言で目を伏せた。
硬く結んだ両の目から、涙がゆっくりと頬を伝う。
やたら塩辛い、不思議な塩水。
遠い昔、三島の浜に流れ着き、長い時が経ったはずだが……溺れかけ、たらふく飲んだ塩水が、今も残っていたのだろうか。
「本当に……ありがとうございました……!!!」
だがカノンがそう言った時、物凄い地響きが社を揺らした。
大地の震動ではなく、霊的な波動の威力であろう。
魔王ディアヌスが、再び大地に刀を突き立てたのだ。
「凄まじい力……だがこちらも負けてはおらんさ」
岩凪姫は右手の拳を力強く握った。
「この国の全ての力が結集している。覚悟しろ、暴虐の龍よ……!」
社のような建物の中で、カノンは状況を見守っていた。いくつもの巨大な鏡が宙に浮かび、そこに各地の様子が映されていくのだ。
戦いの準備は、神々の立場からも進められていた。
佐久夜姫……正確には、富士山本宮浅間大社御祭神・木花佐久夜姫は、既に富士の山頂に戻り、霊気を高めてくれていた。
決戦の地・旧静岡県の富士市は、彼女の鎮座地から近いため、大地に瞬間的な結界を張って、魔王を足止めしてくれるのである。
また、神々の命を受けた全神連も陰ながら動き、地脈の封印を解除している。
地の底から惑星の気が噴き出し、周囲をおびただしいエネルギーが埋めていく。あたかも青白い雲海が、南アルプス一帯を覆い隠していくように見えるのだ。
「既に佐久夜姫様は、結界のための力溜めに入られました。各地脈ポイントも、全神連・東国本部の面々が解放しております」
鳳は胸に手を当て、岩凪姫にそう報告した。
「うむ、全て順調だな。私もしばしここで見守り、その後、妹の結界に協力しよう」
女神・岩凪姫は腕組みして立ち尽くしている。以前はあんなに若者達を叱咤激励していた女神は、最近ほとんど怒らない。
……カノンには分かる。この女神が怒るのは、常に相手を思っての事。
日本が破壊され、人々が地獄を味わう未曾有の危機だからこそ、心を鬼にして激を飛ばしていたのだ。
だが今の人間達は、やるべき事は全てしている。だから今更、無駄に叱る事はないのだろう。
「ナギっぺ、ちょっといい……?」
カノンが振り返ると、鶴が神妙な顔で岩凪姫を見上げていた。
「どうした鶴」
岩凪姫が尋ねると、鶴は真っ直ぐに女神の目を見つめる。
「私、強くなりたいの……!」
鶴はそこで自らの鎧の胸に手を当てた。
「ディアヌスとか、あの闇の神人と戦って……魂の牢獄から抜け出てきて。なんだか急に気が付いたの。何かもやもやした蓋みたいなのがあって、うまく力が出てない気がする」
「…………それは……文字通り蓋だ」
岩凪姫は言葉を偽らずに答えた。
「蓋であり、力を封じる枷である。お前の力が出過ぎないよう、神々の意志でそうしていたのだ」
「外せないの……?」
鶴が尋ねると、岩凪姫は腕組みの手を解いた。
「この世に来る時の、最初の約束を覚えているか?」
「……覚えているわ」
「その力を使えば、もう後戻りは出来ない。お前の幸せのためには、使わない方がいいのだよ……?」
諭すような岩凪姫の言葉に、鶴は少し迷うように俯く。だが彼女は再び顔を上げた。
「それでもいいわ。ここで勝たなきゃ、何もかも終わりだもの……!」
女神はしばらく鶴を無言で見つめていた。
それから歩み寄り、彼女の頭に手を置いた。
「…………可愛い子。よくぞそこまで成長したな」
岩凪姫の手に、白く眩い光が宿った。光は鶴の全身に広がっていく。
やがて光がおさまった時、鶴の姿は大きく変わっていたのだ。
背丈は伸び、表情はずっと真剣で凛々しい。
髪はかつてのように長く伸びて、後ろで高く結ばれていた。
しなやかな肢体には命の力が満ち溢れ、力強い霊力が、彼女の周囲を渦巻いている。
鶴はそこでカノンを見た。
どこか懐かしむようなその目を見て、カノンは気付いた。間違いなく、全てを思い出してくれているのだ。
鶴は長くなった自らの髪を触り、冗談のように問うた。
「もっちゃん……ううん、なっちゃん。どう、似合ってる……?」
カノンはうやうやしく胸に手を当てて一礼した。
「もちろんでございます、鶴姫様」
「ありがとう。いつも思うけど、なっちゃんが居れば百人力ね」
「それはもう、馬鹿力だけが取り得ですので……あと、もっちゃんで構いませんよ?」
カノンも鶴も、2人は同時に微笑んだ。
鶴はそこで鳳に向き直る。
鳳は全てを察し、鶴に深々と頭を下げた。
「……姫様、お気遣いありがとうございます。しかし姉は魔道に堕ち、死してなお人々を苦しめております。どうぞ姉を倒して下さい」
「任せて、きっと止めて見せるわ」
鶴は鳳の手を握り、それから元気に駆け出していく。
その後ろ姿を見送るカノンに、岩凪姫が声をかけた。
「お前も長い間、よく頑張ってくれた。さぞ辛かっただろう」
岩凪姫は鶴にしたのと同じように、カノンの頭に手を置く。
「……色々厳しくしてすまなかったな。それでも辛抱強く人々を守り、よくぞ役目を務め上げた」
思いがけぬ賞賛の言葉に、カノンは恐る恐る女神を見上げる。
女神は労わるように手を動かし、カノンの頭を何度か撫でた。
「生まれた場所や陣営は違うが……お前も私の娘だよ?」
「…………っっっ!」
熱い何かがこみ上げて、カノンは無言で目を伏せた。
硬く結んだ両の目から、涙がゆっくりと頬を伝う。
やたら塩辛い、不思議な塩水。
遠い昔、三島の浜に流れ着き、長い時が経ったはずだが……溺れかけ、たらふく飲んだ塩水が、今も残っていたのだろうか。
「本当に……ありがとうございました……!!!」
だがカノンがそう言った時、物凄い地響きが社を揺らした。
大地の震動ではなく、霊的な波動の威力であろう。
魔王ディアヌスが、再び大地に刀を突き立てたのだ。
「凄まじい力……だがこちらも負けてはおらんさ」
岩凪姫は右手の拳を力強く握った。
「この国の全ての力が結集している。覚悟しろ、暴虐の龍よ……!」
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