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第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編
人間の子供。どう見ても武芸者ではない
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カノンは……当時七月と名乗っていた自分は、いずれ里を背負うと期待して育てられた。
祖霊神・双角天の血を色濃く引く本家筋であり、その中でも特に強い力を持って生まれたからだ。
自分が成長し、一族を率いた時が勝負の時。人の世に攻め入り、人間どもを滅ぼすのだと教えられた。
当時は法や国家組織も脆弱だったし、そのてっぺんさえ殺していけば、簡単に人の世は乱れていく。
そして団結の乱れた小集団となった人間どもを、個別に討ち取ればそれで終わりだ。
カノンは武芸に明け暮れた。たちまち里一番の使い手になった。
人間は憎いもの。恨むべきもの。早く戦いたい。早く滅ぼしたい。
そんな闘争心だけがカノンの全てだった。
やがて成長したカノンは、里の外に出る事を許された。お手初めと呼ばれ、初めて人を打ち倒して亡骸を持ち帰る儀式のためである。
「いよいよ成人の儀だが、相手は何でもいいわけではないぞ。皆が納得する武芸者を倒し、その躯を持ち帰れ」
五老鬼はそう言ってカノンに発破をかけた。
名をあげた武芸者の末期が不明なのは、この儀式のせいかも知れないが……ともかくこれは難題である。
カノンは土手に胡坐をかき、腕組みして考えた。
「名のある武芸者と言われてもなあ……」
隠密行動を取りながら情報を集め、標的を仕留める……そうした能力を育てる試練だとは分かっていたが、考えるよりケンカが得意なカノンには億劫である。
「うーん、面倒くさい。都合よく天下一の武芸者が、そのへん歩いてないものか」
このまま昼寝でもしてしまおうかと思うカノンだったが、そこでふと、何者かが後ろから引っ張るのを感じた。
「……んっ!?」
振り返ると、そこには小さな男の子がいた。人間の歳は分からないが、本当に幼い。
ようやく立って歩き始めたような幼子が、カノンの着る虎皮の腰巻きを引っ張っているのだ。
「な、なんだこいつ……人の子か……?」
カノンは面食らったが、子供はなおも腰巻きを引っ張る。
「あっち行け。脱げるじゃないか、こらっ」
カノンは両手を鉤爪のように曲げ、牙をむき出して怖い顔をする。
子供は驚いて尻もちをつき、斜面をころころ転がった。
「うわっ、何やってんだよお前っ!?」
カノンは思わず手を伸ばして子供を掴んだ。
子供はきょとんとしていたが、カノンを見てキャッキャと笑った。それから立ち上がり、再びこちらに歩み寄ってくる。
(どんくせえ……何でこれで生きてられるんだよ……)
カノンは内心衝撃を受けた。
なんだ、このか弱い生き物は。なんだ、この無警戒な生き物は。
人間は寿命が短いし、ちょっとした事で死ぬという。だから頻繁に子をなすと聞いた。
対して鬼神族は病気もしないし寿命が長い。だから戦いで一族が減らない限り、滅多に子を産む事が無い。
それで余計に子が珍しかった。
「この毛皮が気になるのか?」
カノンは改めて自らの身なりを確認する。
スソの短いソデ無しの着物で、無地なぶん虎柄の腰巻きが目立つ。
腰巻き以外にも、同じ柄の手甲や脛当てをつけていたから、それらが気になっているようだ。
蜂や虎は本来なら人が怖がる模様なのに、とことん恐れを知らぬ幼子である。
「……お前はどう見ても武芸者じゃないもんなあ」
カノンは幼子の頬を突っつく。
温かくて柔らかい。つるつるぷにぷにして、餅が歩いてるんじゃないかと思うぐらいだ。
つつかれて無邪気に笑う子を見ていると、自然とこっちも頬が緩んだ。
無性に愛おしくなって、カノンは幼子を抱き上げる。
子供は手足をバタバタさせていたが、やがて疲れてきたのだろう。カノンの胸に顔を預け、すやすや眠り始めた。
カノンはどうしていいか分からず、ただ寝顔を見つめていた。
可愛かった。人も鬼も関係ない、ただ愛おしく感じた。
しばし時を忘れるカノンだったが、ふと視界の隅に女が立っているのに気付いた。
痩せた女である。身なりも悪く、あちこちに苦労の跡が見えるものの、元はいい育ちなのだろう。どことなく品の良さが感じられた。
カノンは気まずくなって、ゴホンと咳払いする。
そのまま女に近寄ると、眠る子を手渡した。
「……何もしとらん。こいつが寄ってきただけだ」
カノンは去ろうとしたが、女は後ろから声をかける。
「小太郎といいます」
振り返ると、母親は微笑んでいた。
「小太郎?」
「この子の名前です」
祖霊神・双角天の血を色濃く引く本家筋であり、その中でも特に強い力を持って生まれたからだ。
自分が成長し、一族を率いた時が勝負の時。人の世に攻め入り、人間どもを滅ぼすのだと教えられた。
当時は法や国家組織も脆弱だったし、そのてっぺんさえ殺していけば、簡単に人の世は乱れていく。
そして団結の乱れた小集団となった人間どもを、個別に討ち取ればそれで終わりだ。
カノンは武芸に明け暮れた。たちまち里一番の使い手になった。
人間は憎いもの。恨むべきもの。早く戦いたい。早く滅ぼしたい。
そんな闘争心だけがカノンの全てだった。
やがて成長したカノンは、里の外に出る事を許された。お手初めと呼ばれ、初めて人を打ち倒して亡骸を持ち帰る儀式のためである。
「いよいよ成人の儀だが、相手は何でもいいわけではないぞ。皆が納得する武芸者を倒し、その躯を持ち帰れ」
五老鬼はそう言ってカノンに発破をかけた。
名をあげた武芸者の末期が不明なのは、この儀式のせいかも知れないが……ともかくこれは難題である。
カノンは土手に胡坐をかき、腕組みして考えた。
「名のある武芸者と言われてもなあ……」
隠密行動を取りながら情報を集め、標的を仕留める……そうした能力を育てる試練だとは分かっていたが、考えるよりケンカが得意なカノンには億劫である。
「うーん、面倒くさい。都合よく天下一の武芸者が、そのへん歩いてないものか」
このまま昼寝でもしてしまおうかと思うカノンだったが、そこでふと、何者かが後ろから引っ張るのを感じた。
「……んっ!?」
振り返ると、そこには小さな男の子がいた。人間の歳は分からないが、本当に幼い。
ようやく立って歩き始めたような幼子が、カノンの着る虎皮の腰巻きを引っ張っているのだ。
「な、なんだこいつ……人の子か……?」
カノンは面食らったが、子供はなおも腰巻きを引っ張る。
「あっち行け。脱げるじゃないか、こらっ」
カノンは両手を鉤爪のように曲げ、牙をむき出して怖い顔をする。
子供は驚いて尻もちをつき、斜面をころころ転がった。
「うわっ、何やってんだよお前っ!?」
カノンは思わず手を伸ばして子供を掴んだ。
子供はきょとんとしていたが、カノンを見てキャッキャと笑った。それから立ち上がり、再びこちらに歩み寄ってくる。
(どんくせえ……何でこれで生きてられるんだよ……)
カノンは内心衝撃を受けた。
なんだ、このか弱い生き物は。なんだ、この無警戒な生き物は。
人間は寿命が短いし、ちょっとした事で死ぬという。だから頻繁に子をなすと聞いた。
対して鬼神族は病気もしないし寿命が長い。だから戦いで一族が減らない限り、滅多に子を産む事が無い。
それで余計に子が珍しかった。
「この毛皮が気になるのか?」
カノンは改めて自らの身なりを確認する。
スソの短いソデ無しの着物で、無地なぶん虎柄の腰巻きが目立つ。
腰巻き以外にも、同じ柄の手甲や脛当てをつけていたから、それらが気になっているようだ。
蜂や虎は本来なら人が怖がる模様なのに、とことん恐れを知らぬ幼子である。
「……お前はどう見ても武芸者じゃないもんなあ」
カノンは幼子の頬を突っつく。
温かくて柔らかい。つるつるぷにぷにして、餅が歩いてるんじゃないかと思うぐらいだ。
つつかれて無邪気に笑う子を見ていると、自然とこっちも頬が緩んだ。
無性に愛おしくなって、カノンは幼子を抱き上げる。
子供は手足をバタバタさせていたが、やがて疲れてきたのだろう。カノンの胸に顔を預け、すやすや眠り始めた。
カノンはどうしていいか分からず、ただ寝顔を見つめていた。
可愛かった。人も鬼も関係ない、ただ愛おしく感じた。
しばし時を忘れるカノンだったが、ふと視界の隅に女が立っているのに気付いた。
痩せた女である。身なりも悪く、あちこちに苦労の跡が見えるものの、元はいい育ちなのだろう。どことなく品の良さが感じられた。
カノンは気まずくなって、ゴホンと咳払いする。
そのまま女に近寄ると、眠る子を手渡した。
「……何もしとらん。こいつが寄ってきただけだ」
カノンは去ろうとしたが、女は後ろから声をかける。
「小太郎といいます」
振り返ると、母親は微笑んでいた。
「小太郎?」
「この子の名前です」
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