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閑話休題(ほっこり?エピソード)

半裸で枕を抱く女 その1

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「ったく、一体何なのあいつ? なんであそこまであたしの……その、こっちの好意に気付かないの…!?」

 宿舎の粗末なパイプベッドに座り、カノンはひたすらぶつぶつ文句を言った。

 日々化け物どもの襲撃に向き合い、ほぼ毎回生きるか死ぬかの危険にさらされてきた愛しい人……真琴少年は、女神のチート過ぎる加護によって、とりあえずしばらく無事に過ごせそうだ。

「スキルをもらって浮かれてたから? いやまあ、強くなるのはいいのよ。その分ケガしなくなるんだもん…」

 さすがにちょっと強すぎるし、勇者の力で調子に乗って「ヒャッハーッ、モテまくりだぜゲハハハ!」とか言いそうな危険も多少はあったが、そんな事は多分ないだろう。いや、そう信じたい。

 両側に女性をはべらせて札束を持ち、カメラにイキリ散らす彼の姿を思い浮かべたカノンは、「ないないっ、あの人に限って!」と首を振った。

「そう、強くなるのはいいのよ。問題は……」

 つまり問題は、彼が乙女心に鈍すぎる事だ。

「た、確かにあたしも不器用だけど……な、なけなしの勇気を振り絞って、事あるごとに『あなたが好きよ』アピールしてるじゃない? 最近じゃ『あなたのためにお料理作ったげるわよ~ん』とまで言ったのにっ…!(※若干の脚色あり)」

 過激なフェミニストが聞けば血管切れそうになって突進してくるだろうが、今のカノンなら金棒一発で吹っ飛ばせるからこの際ほっとく。

 あんたらが男に好かれたくないのは勝手だが、あたしは違うんだいっ…!

 文句があるなら彼に好かれる方法を持って来てくれ。

 話をするならそれからだし、そもそも生き方の多様性とか言うんならあたしの好かれたいアピールも許しなさいよ。

 ……つい話が脱線したが、とにかく彼は鈍すぎる。

 こっちがもじもじしながら

「もう完全におkよあたし? ちょっと押したら出店の射的ぐらいあっけなくパターン!と落ちるわよそう簡単にっ! 今がチャンス、お買い得! DVDも付けちゃう!」

などと熱いサインを送ってるのに、全く気付く様子がないのだ。

「いやそりゃ、鶉谷うずらたに司令が魅力的で、立派すぎるのは分かってるし……あの人に夢中なのも知ってるけど……それとこっちの行為を鬼スルーし続ける事とは全然違うもん。例え食パンくわえて飛び出しても、謎の星さん取った配管工みたいに強行突破されそうよね」

 そう訴訟が怖そうな妄想をしたが、ぶっちゃけ今のカノンなら、ぶつかった彼の方が跳ね飛ぶ絵面になりそうだ。

 星を取るどころか、彼自身がお空の星になってしまう。

「魔法で人に化けてたから、パワーも防御力も人に近かったけど……あの弁天様が来てから、一気に元の鬼レベルに戻ったみたい。別の女神だけど、同じ日本の神様がかけた封印だから、共鳴して術が緩んだのかな? うっかり力んで、角が出ないよう気を付けないと……」

 またも話が脱線して、カノンはぶんぶん首を振った。

「じゃないっ、今はそれよりあいつの事! てかほんっっっとに何なのあいつっ、ラノベの鈍感主人公なの?」

 一度本気でそう聞いてやろうかとも思ったが、「そうだよ?」とか言われたらショックなのでどうしても聞けなかった。 

「う~っ、うううううう~っ……!」

 カノンは虎柄ビキニであぐらをかき、豊かな胸にぎゅっと枕を抱きしめる。

 なんとなくお腹の辺りが切なくて、内股にした足をもじもじ動かし、貧乏ゆすりを繰り返した。

 それでもぜんぜん切なさが消えず、倒れてベッドでごろごろする。

「う~っ、なんであんなヤツ好きになっちゃったんだろう…?」

 答えは簡単。

 詳しくは正規版のPART4『双角のシンデレラ』を読んでね! なんて言うつもりはないが、とにかく自分は鬼娘で、前世の彼に助けられたのだ。

 ジメジメして恨み言ばかりの鬼の里が嫌になり、里を抜けたはよかったが、退魔を生業なりわいとする全神連ぜんしんれんの……しかも『渡辺』のみを集めた隊に見つかってしまった。

 鬼は渡辺せいが怖いので、恐怖で実力を発揮できない。

(※渡部、渡邊、渡邉は可。あくまで渡辺綱わたなべのつなというシーチキンみたいな豪傑ごうけつに関係した名字だけ怖い)
 
 破邪の矢を何本もくらい、海に飛び込んで必死で逃げて。

 とある島に泳ぎ着き、砂を蹴立てて逃げ惑ったが、けっきょく疲れ果てて倒れてしまった。

 そこで戦国時代の前世の彼に……まだ三島水軍の若武者だったあの人に助けられ、あっさりスッパリ恋に落ちたのだ。

 寿命が長くてめったに子を作らない鬼は、普段は色恋いろこい沙汰ざたにはチョーうとい(※女神の口ぐせがうつった。マネすると癖になるのでゼッタイ真似してはいけない)

 その代わり鬼は、一度恋に火がついたら猪突猛進ちょとつもうしん、ラグビー古代日本代表……人と鬼、叶わぬ恋だと分かっていても、たとえ500年もの月日が経っても、いっこうに愛の炎が消えてくれないのだ。

 海辺の小屋にかくまってくれて、漁具や畑まで与えてくれて、自分は生きる事ができた。

 カノンの好きなきびもちなど、色々差し入れをくれつつ……その時に人の世の事も沢山教えてくれた。

 ほんとにほんとに嬉しかったし、どんな事があってもこの人に恩返ししようと思ったのだ。

 戦乱の中、戦いに向かう彼を引き留め、「私は鬼だ、人より強い! だから私も戦う!」と言ったものの、「目立てば鬼の里に見つかる」と断られ……そのまま彼は二度と戻ってこなかった。

 もうあんな思いはしたくないし、今度はそばで死ぬまで守ろう…!

 彼の生まれ変わりが数百年後だと女神さま(※ナギっぺこと岩凪姫。昔お嫁に行ったが、門前で断わられて送り返され、結婚関連の話題を聞くと傷つく。詳しくは正規版のPART1の91項、『永遠の黒歴史。女神様も辛いよ』を読んでね!)……に知らされ、魔法で人に化けさせてもらった後は、必死にいろんな事を覚えた。

 次に会った時、お腹をすかしていたら、おいしいご飯を作ってあげたい。

 きっと来世でも無茶ばかりしてるだろうから、真っ先に手当てしてあげたい。

 そもそもが助けてもらった恩返しだし、見返りがほしいわけじゃないのだ(※必死の言い訳)

 …………ただそれでも、それでもちょっとだけ彼に文句を言いたくなってしまう。

 500年もずっと一途いちずに待ってたんだもの、ちょっとぐらいは好いてくれてもいいんじゃない?

 里に残した刹鬼姫(※妹)と同じく、自分は本来、脳筋キャラだったのだ。

 裁縫さいほうだって苦手だったし、勉学なんかチョーがつくほど嫌いだった。

 料理なんて論外で、「えーメンドくせえ、テキトーにイノシシ丸焼きにすりゃいいだろ?」って感覚だった。

 まさに典型的な鬼娘、生まれついてのアマゾネス気質だったのだ。

 そんな自分が死にもの狂いで、不向きな料理やら何やら努力して覚えたのである。

 だからもうちょっとその、優しい言葉とかボディータッチとか、「い、いけませんこれ以上は…!(※チョーはにかんでもじもじしながら)」みたいな展開があってもいいんじゃないの??

 さすがに500年は長かったし、けっこう……かなり寂しかったんですけど?
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