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第六章その3 ~敵も大変!?~ 川の魔王の反乱編

横笛の神は人間たちの超・天敵

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「……な、なかなかの修羅場でございましたね。まさか肥河様が謀反むほんとは」

 笹鐘の言葉に、夜祖様は再び苛立ちをあらわにした。

「あのっ……底抜けの阿呆どもめっ……! なぜ今、奴を挑発する必要があったのだ……!」

 夜祖様の怒りは、笹鐘にも良く分かった。

 というより、あまりにも彼らの行動が酷過ぎるのだ。

 封印が破れ、現世に戻った幾多の邪神は、始めは心強い味方のように思えた。

 しかしフタを開けて見れば、その立ち振る舞いは稚拙で愚か。

 確かに凄まじい力の持ち主だったが、それを十分差し引いた上で、むしろ夜祖様の足を引っ張る存在としか思えなかった。

「山神どもの耳に入るとややこしくなる。口止めは再度徹底するが……あまり期待は出来んだろうな」

「あの分では、そうでございましょうね」

 笹鐘は頷いたが、そこで室内に、黒衣の女が姿を見せた。

 黒髪を床に引きずる程に伸ばした彼女は、笹鐘の妹の纏葉まとはである。

 彼女はうやうやしく片膝をつき、夜祖様に報告する。

「恐れながら申し上げます。雁之連吹神かりのつれぶきのかみ様の分霊わけみがご顕現けんげんなさいました」

「おお、連吹つれぶきか! 待ちわびたぞ!」

 夜祖様は途端に表情を明るくした。

 しばし後、室内には1柱の男神が入ってきた。

 やや細身で上品な顔立ちで、紫の衣に身を包んでいる。

 長い髪はゆったりと垂らされ、頭の烏帽子えぼしがよく似合う。

 手には竹の横笛を持ち、特に武器らしきものは持っていない。

 どこか夜祖様に近い涼やかさを持つこの神こそ、雁之連吹神かりのつれぶきのかみ。古来より手紙や会話を司る邪神だった。

「久しいな夜祖よ。随分手を焼いているそうではないか」

「その事だ。お前が地の底でほうけておらねば、もっと容易かったのだが」

「ふふ。しばらくだと言うのに、随分な物言いだ」

 夜祖様と連吹神つれぶきのかみは、そう言って面白そうに笑みを浮かべた。

(おお……おおおおっ……!! や、夜祖様がこのように心から安らがれたお顔をっ……! これは貴重だっ、ぜひ心に刻み込まねばァッッ……!!!)

 主の意外な一面を目にし、笹鐘は大感激したし、この瞬間、連吹神つれぶきのかみを心の中で連吹様つれぶきさまと呼びたてまつる事が大決定した。

 同じく感動から目を輝かせ、キャメラを取り出す妹を止めつつ、笹鐘はその光景を目に焼き付ける。

「で、夜祖よ、そろそろ本題だ。あの反魂の術は、我を優先して引き戻した。その理由は……聞くまでもないか」

「もちろん頼み事がある。お前にしか出来ぬ事だ」

「やはりか、我は出たばかりぞ? 相変わらず容赦が無い」

 そう言ってにやりと笑うと、連吹様はきびすを返した。

 あれだけの会話で全てを察したのか、光に包まれて姿を消したのだ。

 笹鐘はそこで我に返ると、夜祖様に尋ねた。

「や、夜祖様、連吹様はいずこに?」

「もちろん仕事だ。奴はいいぞ、とにかく話が早い」

 夜祖様は上機嫌で答えてくれる。

「奴は会話を司る神、人間どもの天敵だ。人の団結を徹底的に踏みにじり、破壊し尽くす唯一の神と言っていい」

「そ、それほどでございますか……!」

 驚嘆きょうたんする笹鐘に、夜祖はなおも上機嫌で言った。

「これで終局だな。奴の力が日の本を覆えば、もはや人に打つ手は無くなる」

 やがてどこからともなく、軽やかな笛の音が聞こえてきた。

 それと同時に、辺りの空に光の文字が無数に浮かび上がった。

 内容は各種の事務連絡で、人の通信を示すものだったが……それらは瞬く間に内容を書き換えられていく。

 夜祖様は満足げに笑みを浮かべた。

「勝った。もう案ずる事は何も無いのだ……!」
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