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遅延新入生勧誘編

新聞作成③

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 次の日の放課後、俺はさっそく生徒会室へと向かい、会計専用部屋をノックした。

「…………どうぞ」

 少し間を置いた後、小さな声で返事があった。
 既に前橋は来ていたようだ。

「お邪魔します」

 まるで家に入るかのような挨拶をしながらガチャリと扉を開けて中に入った。
 部屋の中は相変わらず6畳一間の小部屋にパソコンやらモニターやらが置かれて、なおかつ横になれるベッドまである狭い空間だが、心なしか以前部屋を覗いた時よりも整理整頓されている気がする。

「なんか本当にプライベート空間って感じだな。前はもっとグチャッとした感じだった気もするが」

「ま、前からこんな感じだったし……」

「そうか? まぁとにかくよろしく頼むよ」

「そこに椅子あるから」

 俺はパイプ椅子に腰掛け、前橋は背もたれのついた高級感溢れるビジネスチェアに座った。
 既に生徒会内で庶務と会計の力関係の格差を感じる。
 それはそれとして、さっそく生徒会新聞の作成に取り掛かるとするか。

「最近はアプリでもツールでも色んなものが出てるからどれ使ってもいいんだけど……」

「よく分からんから前橋のオススメの奴でいいよ」

「じゃあ昔のデータが少し残ってるこれで……」

 前橋がパソコンを操作して画面に映し出されたのは、2年前の生徒会新聞だった。
 図書室で見たのと同じになる。

「……これを元にしてレイアウトをいじったりすれば楽だと思う」

「おお! データとか保存されてんのな! パソコンスゲェ!」

「……本当に現代の人?」

「しょうがねーだろ。パソコンなんて中学の授業でしか使ったことねーんだから」

 その時ですら何やってるか分からなかったし、何一つとして記憶に残ってねぇ。

「……マウスの使い方とか分かる?」

「馬鹿にすんなよな。それぐらい分かるって」

 前橋と位置を交換し、俺がモニターの前に座ってマウスを動かした。
 俺が動かした方向と同じように画面の矢印が動く、なるほどなるほどそういうことね思った通りだ余裕。

「よし! まずはこの新聞の文字を全部消していくぜ!」

 そのままフリーズする俺。
 …………消すのどうやるんだ?

「助けてキイえも~ん!」

「……SOSはや」

 再び前橋と位置を交換し、前橋がカーソルを合わせてキーボードをカチャリと押すと文字がパッパと消えていった。

「やっぱ天才だわ前橋」

「猿でもできるよ」

「遠回しに俺が猿以下って言ってる?」

 唐突なディスりにも負けずに頑張れ俺。
 イラストを梨音に任せている以上、文章を作成するのは俺の仕事だ。

「全部消えたよ」

「助かる」

 三度みたび前橋と位置を交換し、モニター前に座る俺。

「……文字打てる?」

「ナメんなって、ローマ字入力だろ? それぐらい分かるっての」

 将来を見据えて英語は真剣に取り組んでいたからな、それに比べたらローマ字なんて楽勝だぜ。

「え~っと……エス……エス……あった。エー……エー……これか、『さ』。エヌ……エヌ……これを4回押して『ん』。エヌとイー……イー……」

「…………日が暮れるよ」

「助けてキイえも~ん!」

「言うと思った……」

 ローマ字の打ち込む文字は分かるんだが、キーボードのどこに何があるのかさっぱり分からん!
 一文字打つのに10秒ぐらいかかったわ。

「……なんて打つの?」

「3年連続生徒会長、でスペース空けて神奈月未来」

「ん」

 カタカタカタと目にも止まらぬ速さで前橋がキーボードを叩き、一瞬にして画面上に文字が打ち込まれた。
 というかキーボードすら見てなかったよな今。

「マジで天才かよ!」

 思わず身を乗り出して画面を見てしまった。

「お、大袈裟……。練習すれば誰でもできるよ」

「いやいや本当に凄いって、俺には想像付かない世界だから。しかもキーボード見てなかったよな? どこに何があるか把握してるってことか?」

「ま、まぁ……。癖みたいな感じ……?」

「へぇ~」

「私が代わりに打つから高坂は内容を教えて」

「いいのか?」

「そっちの方が効率良い」

「じゃあ……」

 俺は文言を紙に書き起こし、前橋はそれを見て次々に打ち込んでいく。
 俺が紙にまとめて書き起こした時間よりも早く打ち込んでいくので常に驚かされ、俺はジロジロと前橋がキーボードで打ち込んでいくのを眺めていた。

「…………あまり見ないで」

「なんか手の動き面白くて」

「は……恥ずかしいから」

「まぁ気になるっていうなら……」

 俺は改めて部屋の中を見回すと、隅っこのところに隠されるようにして雑誌が重ねて置いてあるのを発見した。
 前橋が集中して打ち込んでいるようなので、俺は暇潰しがてらしれっと移動して雑誌を開いて読んだ。
 結構古いサッカー雑誌だな。
 1年前か2年前ぐらいの、しかもマイナーなジュニアユースの紹介がされてる雑誌だ。
 ペラペラとめくっていってる途中でなんとなく記憶が蘇る、これ確か俺がインタビュー受けたやつだ。
 確か真ん中あたりに東京Vの取材が───。

「高坂、これ打ち終わっ──────きゃあああ!」

「うわビックリした!」

「なななななんでそれ読んでるの!?」

 珍しく前橋が声を荒げて動揺している。
 そんな読んじゃダメなやつなのか?

「いや隅っこに置いてあったから……。というかこれって俺が前にインタビュー受けてたやつの……」

「ち、違うの! たまたま! たまたま買ったやつだから!」

「にしても何でこんなところに。というかよく見たら他の雑誌も昔に見覚えあるような───」

「読んじゃだめ!」

「うわっ! 待っ───」

 前橋が席から立ち上がって無理矢理雑誌を取り返そうと突っ込んできたので、思わず俺も避けようとしてバランスを崩し、そのまま前橋が俺にもたれるようにしてドタバタと凄い音を立てて転んだ。

「うう……」

「いってて……! すまん支えられなかった。前橋、大丈夫か?」

「……大丈夫、高坂がクッションに───」

 前橋と顔の距離がとてつもなく近い。
 俺の胸元に倒れ込むように乗っかっているから当然だ。
 冷静になればなるほど、前橋の女の子らしい体の柔らかさを直に感じてさらに動転してしまいそうになる。

「あっ…………」

「いや、その……」

 お互いに顔を見合わせたまま固まってしまっている。
 その時、ガチャリと扉が開いた。

「大丈夫!? なんか凄い音がしたんだけど──────修斗、何してるの?」

「り、梨音!?」

 この状況はヤバすぎる!
 言い逃れする文言を探せ俺!

「きいに変なことしないって言ってたよね?」

「…………事故だって言ったら信じてもらえるか?」

「宇宙人の存在と同じくらいには」

 ほぼ信じてもらえないやつ……!
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