怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

もぐのすけ

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サマーバケーション勧誘編

海水浴場④

 それからしばらくはそれぞれ泳いだり、波に揺られたり、ビーチボールでバレーをしたりと好きなように過ごした。
 俺はと言えば、持ってきた水中ゴーグルを使って軽く潜水をしてみる。
 海藻の塊がゆらゆらとうごめいている。
 その光景になんとなく背筋がゾワリとし、潜った状態で沖の方を見た。

 息を呑んだ。

 奥の方から何かが向かって来てもおかしくないほどに暗く、深く、そして壮大だ。
 海面からでは決して見ることのできない景色がそこには広がっていた。

(サッカーだけをしていたら、この感覚も味わえなかっただろうな……)

 それほどまでに当時の俺はサッカー以外のことに興味がなかった。
 今では徐々に膝の調子も良くなってきている。
 まさか、怪我をしたことも悪いことばかりじゃないと思える日が来るとはな。


 その後しばらくしてから梨音が飲み物を取りに行くというので一度みんなで拠点へと戻ることにした。
 海に入っているだけでも身体の水分は抜けていってしまうようだ。俺も飲み物を取りに行く。

「おかえりっすー」

「もっちーさんは入らなくていいんですか?」

「そうっすねー。もう少ししてからとかでもいいっすかね」

 そう言いつつ、椅子に座りながら海水を入れたバケツに足を浸けていた。

「ちょっと私、おトイレに行こうかな」

「じゃあ私も……」

「梨音っちと前橋っちについてこーっと!」

「ただのおトイレだってば」

「俺も行こうかな」

「修斗も女子トイレに?」

「誰がこのタイミングで犯罪行為宣言すんだよ!」

 トイレの話をされると不思議と尿意が湧き上がってくる。ニノも同じように挙手していた。

「なあ腹も減らね? 向こうで焼きそばとか売ってたしなんか食おうぜ」

「いいねー」

「そうね。それだったら私、新之助と一緒にみんなの分も買ってくるわよ」

 八幡が提案した。

「いやいや、私達も一緒に買いに行くよ」

「でもほらトイレとは真逆だから。荷物はだいたい新之助に持たせるから大丈夫よ」

「そっか。じゃあお願いしちゃおうかな」

「うぉい、扱いが雑じゃね?」

「…………だめ?」

 梨音が少し上目遣いでお願いした。
 いつの間にそんな技を。

「ぜんっぜん! 若元が言うならいくらでも買ってくるし、荷物は全部俺が持つ!」

「ちょろすぎるだろ」

「なんか釈然としないわね」

 新之助はすぐに財布を準備して八幡と一緒にご飯を買いに行った。

「梨音、最近お前も新之助の扱い方分かってきてるな」

「分かりやすいというか、裏表のないところが佐川の良いところよね」

「うん? うん、そうかもな……?」

 まあそういう言い方もできるか。

 俺達もトイレへと向かい、男性用は割と空いていたが、女性用はやはりというか、少し混んでいた。
 俺とニノはトイレを終えた後、少し離れたところで待つことにした。

「見てコーサカ君」

「ん?」

「カニ」

「うわマジじゃん。ちっちぇー」

 砂の中から小さなカニが少し顔を覗かせている。
 可愛くはないが、見られるのを恥ずかしがるように砂の中へ潜ろうとする。

「…………ニノはあれから家の人達とはどうよ」

 ふと思い出したように俺が聞いた。

「うん、仲良くやれてる……とは思うよ。考え方を少し変えたら、前ほど気まずくならなくなったかな」

「良かったじゃん。牧村さんも今日来てくれてるし、これからもお世話になる人達だもんな」

「ちゃんと自分の気持ちを相手に伝える。こんなにも簡単なことなのに大切なことを今までできていなかったんだよね」

「そうだな。俺も改めて考えさせられるよ。にしても…………3人とも遅いな」

 気になり少しトイレの方に目を向けた。

「………………ああ?」

 梨音、前橋、桜川は既にトイレを終えたようだった。
 しかし、3人の行手を阻むようにして3人の日に焼けたチャラそうな男達が梨音達に声を掛けていた。
 金髪に茶髪に剃り込みの入ったツーブロック。
 梨音と桜川が困ったような表情で断っており、前橋は怯えたようにその2人の後ろに隠れていた。

「おいニノ、うちの女性陣がナンパされてる」

「え? うわホントだ。なんかちょっと怖そうな人達だね」

「そんなこと言ってる場合かよ。行くぞ」

 あの三人は普通に歩いてても周りの目を引くぐらいには可愛い。
 女子三人だけで歩いてたらそりゃ声もかけられるか。
 俺はニノを連れてすぐに三人の元へと向かった。

「な! いいじゃん少し遊ぶだけ!」

「俺ら男3人で来ちゃったから暇なんだよ」

「だから結構ですって言ってるじゃないですか。私達も友達と来てるんで」

「またまた~。さっきから三人しかいないのは見てたんだぜ」

「うわそんな前から見てたとかキッショ。行こ梨音っち、前橋っち。相手する必要ないよ」

「まぁまぁまぁ、ほら俺ら地元の人間だからこの辺のこと詳しいから案内もしてあげれるし。ビーチサッカーなんてものも向こうにあるんだよ」

「え、ビーチサッカー?」

「ちょっと美月! サッカーって単語に釣られないでよ」

「お、サッカーやる系? スタイル良いしなんなら向こうで一緒に──────」

「おい、俺達の連れに構うなよ」

 相手の言葉を遮り、梨音達との間に割って入った。
 男達の顔が急速に曇る。

「修斗!」「高坂!」「高坂っち!」

「んだよ本当にダチと来てたのかよ」

「しかも男。別に俺達は遊びに誘ってただけだろ」

「断られてたんだろ? だったら素直に引けよ」

「ああ?」

 チャラ男達がずいっと前に出て圧をかけてくる。
 おそらくそれなりに喧嘩もしてきてるようなロクでもない奴らではあるだろう。

「ガキがイキってんじゃねーぞ」

「地元でしかイキれないお前らに言われたくねーよ」

「んだとてめぇ!」

 男の1人が俺の肩をガッと掴んできた。

「修斗!」

「きゃあ!」

 実力行使で来られたとしてもやり返す覚悟はできている。だけどこっちは俺とニノだけだ。
 新之助がいれば問題ないが、さすがにニノじゃ心許こころもとないし、なんならブルってる。
 そんな中で殴り合いになれば3vs2だし流石に無事じゃすまない。

 ならこういう時にはどうすれば怪我なく無事に済むのか。
 サッカーをやってきた俺に抜け目はないんだぜ。

「ふざけやがってこの───」

「痛っっっってえええええええええ!!!!」

 俺はそれはもう大袈裟に、まるで刃物で刺されたかのごとく大声をあげた。

「な、なんだコイツ」

「肩掴んだだけだろ」

「ぐあああああ痛ってええええ!! 痛えええよおおおおお!! うわああああああ!!」

 そして砂浜の上をのたうち回りながらさらに大声をあげた。
 チャラ男達は俺の突然の奇行に怖気付き、周りにいた知らない人達は何事だと注目し始めた。

「どうしましたー!?」

 俺の叫び声を聞きつけて、遠くにいたライフセーバーの人もこっちに走ってきていた。

「こいつわざと……!」

「お、おいやべーよ行こうぜ」

「ああ」

 チャラ男達はそそくさといなくなっていった。

「ふぅ……」

 いなくなったのを確認し、俺はスッと立ち上がった。
 その様子にニノを含めて梨音達はポカーンとしていた。

「大丈夫ですか?」

 ライフセーバーの人が心配そうに俺の元へときた。

「ああ、大丈夫ですすいません。ちょっと素足で割れた貝を踏んでしまっただけですから」

「危ないですからこちらの方ではサンダルを脱がない方がいいですよ」

「はいすいません、気を付けます」

 嘘の説明をして、問題ないことが分かるとライフセーバーの人はすぐに離れていった。

「修斗…………なんていうか…………とりあえずありがとう?」

「なんで疑問系なんだよ。俺のナイスプレイだろ」

「高坂っち、今のって…………」

「いわゆる、これぞシミュレーションってやつだ」

 シミュレーション。
 サッカーの試合でもたびたび使われる、相手と接触していないのに接触したようみせかけて転び、カードの誘発やチャンスゾーンでのフリーキックやペナルティキックを得る技だ。
 もちろん接触していないことが審判にバレれば、こちらがカードを貰うことになる。

「暴力沙汰の喧嘩になった時、いくらなんでも俺一人じゃあいつらに勝てないから、肩を掴まれた時に少し大袈裟に騒いだんだよ」

「少しどころじゃなかったけどね」

「大騒ぎして周りの人巻き込んで、問題にでもなればそれこそ地元のアイツらは手を出してこれないと思ったからな」

「サガー君は凄いね。僕なんか何もできなかったよ」

「まぁこればっかりは場数が物言うしな。俺はいつも相手選手と殴り合うぐらいの勢いで試合してたし、この程度のことで萎縮したりはしない」

「へえー」

「でもほんと高坂っちありがとう。ニノっちも」

「僕はなにも出来なかったってば」

「騒いだ時は少しびっくりしたというか引いたけど…………間に入って啖呵切ってくれた時はその…………カッコよかったよ」

「おう、そういうことはもっと言ってくれ」

「こら、調子に乗らない。それと修斗…………危ないから相手を煽るようなことはもうしないで。もしまた修斗に何かあってサッカーができなくなったりしたら…………」

「……そうだな、気をつけるよ」

 俺だってこんなことで再び怪我するのは嫌だ。
 だけど、友達がこうやって絡まれてたとして、助けないやつなんかいないだろう。

「…………高坂、ありがとう」

「今度はちゃんとお礼言えたな前橋」

「うっ…………ごめんなさい」

「いや冗談だって」

「…………うん」

 前橋は思いのほか怯えていたようだ。
 俺の冗談に対してもまともに言い返したりできていないみたいだった。

「…………とりあえずもっちーさん達のところ戻るか」

「そうだね。きい、大丈夫?」

「大丈夫」

 梨音は意外とナンパされることに慣れがあったのかもしれない。桜川も元の性格からか、はっきりと拒否していた。だけど前橋はそもそも人見知りだし、高圧的な、殴り合いに発展するような喧嘩は見たことがなかったのかもしれない。
 サッカー部キャプテンのお兄さんとは喧嘩とかしないのだろうか。
 もしかしたら、口論にすらならずに上手く切り抜けられた方法が他にもあったのかもしれない。
 最初から喧嘩腰で行ったのは、俺の間違いだったかもな。
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