永遠の塔

風来ほっけ

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永遠の塔

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 ある国に、仲の良い王様と王妃様がいました。
 王妃様はおなかに赤ちゃんがいました。
 王様と王妃様だけでなく、国の誰もが、その赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしておりました。


 けれど、待ち望んだ赤ちゃんが生まれたと同時に、王妃様は死んでしまいました。
 王様はとても悲しみました。
 王様は泣いて泣いて、その涙が枯れた時、悲しみのあまり胸が張り裂けて、自分も死んでしまいました。
 国中が悲しみました。
 赤ちゃんはずっと泣いていました。


 その赤ちゃんはお姫様でした。
 悲しみの中で生まれたお姫様は、いつも泣いてばかりいました。
 どうして泣くのかと誰が聞いても、お姫様には答えられませんでした。

「だって悲しいのですもの」
 そうとしか答えられませんでした。


 いつしかお姫様の側から、おつきの人たちが離れていきました。
 最後に残ったのは、ひとりの騎士だけでした。
 騎士はお姫様と同じ日に生まれて、同じ悲しみの中で育ったので、お姫様が悲しいことを知っていました。
 お姫様が泣くのを止めることはできませんでしたが、泣いているお姫様のそばにいることはできました。
 ふたりは、いつしか常に一緒にいるようになりました。


 ある日、お姫様と騎士は、国のはずれのお花畑に出かけました。
 空は青く、雲は白く、花は色とりどりに美しく、風は優しく吹いています。
 それでもお姫さまは泣いていました。

「こんなにも世界は美しいのに、美しいからこそわたしは悲しい」


 その時。
 突然あたりに黒い雲がたちこめ、稲妻が空を引き裂きました。
 そしてふたりの目の前に、高い塔が現れました。
 どこからともなく声が聞こえました。

「其は永遠の塔。
 真に孤独な魂だけが立ち入れる。
 そこに入る者に、永遠の心の安らぎを。
 もう二度と悲しむことはなく、涙を流すことはない。
 それを望むのならば、入るが良い」

 その開かれた扉を見つめて、お姫様は言いました。

「この塔はわたしを招いているわ。
 ここに入れば、悲しくなくなるのね」
 お姫様は、一度だけ騎士を振り返りましたが、涙に濡れた頬を拭うこともなく、塔に向かって歩き出しました。
 騎士はお姫様を引き止めましたが、その手はなぜかお姫様をすり抜けました。
 そしてお姫様が扉をくぐった瞬間、それを止めようとしていた騎士の鼻先で、塔の扉が閉ざされました。
 騎士は扉を開けようとしましたが、それは押しても引いても開きません。
 そこへまた、どこからともなく声がしました。

「騎士よ。
 もしもそなたが姫を取り戻したいのならば、日が沈むまで時間をやろう。
 永遠の塔の扉を開ける呪文を、世界をめぐり、探してくるのだ。
 日が沈むまでの間だけ、風よりも早く飛べる翼と、この世のありとあらゆるものの言葉を聞ける耳を、おまえに貸し与えよう。
 だが、間に合わなければ塔は消え、おまえは姫を永遠に失うことになる」

 言われて騎士は旅立ちました。
 お姫様を取り戻す呪文を探すために。


 翼に乗って飛びながら、騎士は風に問いかけました。

「永遠の塔の扉を開ける呪文を知らないか」
 風は騎士に答えました。

「知らないね。わたしは通り過ぎるだけだから。
 雲にでも聞いてごらんよ」

 騎士は雲に問いかけました。

「永遠の塔の扉を開ける呪文を知らないか」
 雲は騎士に答えました。

「知らないよ。ぼくは流れていくだけだから。
 太陽にでも聞いてみれば?」

 騎士は太陽に問いかけました。

「永遠の塔の扉を開ける呪文を知らないか」
 太陽は答えました。

「知らないわ。わたしは遍く照らすだけよ。
 大地にも聞いてごらんなさい」

 騎士は地に降り立つと、大地に問いかけました。

「永遠の塔の扉を開ける呪文を知らないか」
 大地は答えました。

「知らないな。俺は支えるだけだ。
 花たちに聞いてみたらどうだ」

 騎士は花々に問いかけました。

「永遠の塔の扉を開ける呪文を知らないか」
 花々は答えました。

「ごめんなさい、知らないわ。私たちは咲いているだけ。
 虫たちならば知っているかも」

 騎士は虫たちに問いかけました。

「永遠の塔の扉を開ける呪文を知らないか」
 虫たちは答えました。

「知ってるわけないだろう。
 けど、頑張れよ。応援してやるよ」


 そうこうしているうちに、日が傾いてきて、夕日が赤く空を染め上げます。
 騎士は疲れ切って、森の樹の下に座り込みました。

「もう駄目かもしれない。わたしは永遠に、姫を失ってしまうのだ」
 気がつけば騎士は、お姫様と同じように、涙を流していました。


「ねえ、どうしてお姫様は、永遠の塔に入ってしまったの?」
 頭上から声がして、騎士はそちらを見上げました。

「それは、お姫様が、悲しかったからだよ」
 聞こえていたのは、小鳥たちが話す声でした。
 騎士は、聞くともなく、耳を傾けました。

「どうしてお姫様は悲しかったのかしら?」
「お姫様はひとりぼっちだったんだ。
 生まれた時に誰も喜んでくれなくて。
 それどころか、みんなが悲しんで。
 お姫様は生まれたときから、ずっとひとりぼっちだったんだ」
「そんなはずがないわ」
「どうして?」
「だってそうでしょう?
 お姫様が本当にひとりぼっちだったなら、なんであの騎士は、扉を開ける呪文を探しているの?」


 騎士はそれを聞いて、駆け出しました。
 涙を流しながら、翼に乗って。


「誰に聞くまでもなかった。
 その呪文はわたしが知っていた。
 そしてそれを唱えることができる者は、
 わたし以外に居なかったのに」


 永遠の塔にたどり着いた時、陽がまさに沈んでいくところでした。
 騎士は塔に向かって叫びました。


「帰ってきてください、姫。

 あなたはひとりぼっちなんかじゃない。

 わたしはあなたに、いて欲しいのです。

 わたしのそばに、いて欲しいのです。

 わたしには、あなたが必要なのです」


 瞬間。
 塔は消えて、お姫様はひとり、そこに立っていました。
 どこからともなく、声がしました。

「真に孤独ではない者に、塔に入る資格はない」

 ぼおっとしているお姫様に、騎士は言いました。

「あなたはひとりぼっちなんかじゃない。
 わたしがそばにおります。
 あなたがいることを、誰よりも嬉しく思うわたしが」

「わたしも、あなたがいてくれることが嬉しいわ」
 お姫様はそう言って、生まれて初めて笑いました。

 空には満天の星が輝いて、細い三日月が浮かんでいます。
 その星空の下、騎士はお姫様を抱きしめました。
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みんなの感想(3件)

とものりのり

凄く素敵な話でした。
2,500文字なのに映画一本見た後のような余韻を感じました。
あと、呪文の隠し方が絶妙でした。

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2020.12.07 ユーザー名の登録がありません

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なるし温泉卿
ネタバレ含む
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