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27・いざ、花とドレスの戦場へ2

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 ……一通り試着シミュレーションが終わって、ドレスとコルセットを外されて、髪も下ろされたところに、再び母の声がかかる。

「この後、ディーナ連れてヘレナとお茶会の予定なんだけど、アンタも来る?」
 いや待て。
 その予定があるならさっき帰ってきてからお菓子メッチャ貪り食ってたのは何だったんだ母よ。
 …いや、きっとここはつっこんだら負ける場面だ。

『アタシ、食べても太らない体質なのよね~。』
 で済まされるのがオチな気がする。ぐぬぬ。

「…ヘレナおばさまにはお会いしたいけれど、あちらは母さんとディーナだけのご予定でしょうし、私がいきなり伺ったらご迷惑ではなくて?」
「それは大丈夫。
 向こうもヴァーナが帰ってる事知ってて、可能なら連れて来いって言われてるし、そもそもあっちのお宅じゃなくて、ケーキが美味しいって最近評判のカフェだから。
 ……メルクールに、可能なら偵察して来てってお小遣い貰ってるのよねぇ。」
「行きます。」
 甘いものの誘惑には逆らえないのが女のサガというものだ。
 それに、先ほどまでのコルセット地獄から解放されて、今は癒しが欲しい。

 …答えた途端に、今度は外出用のブラウスとスカートに着替えさせられ、それに合わせてヘアもメイクも完璧に施された。
 もう答える前から決まっていた事だと思うと悔しい。

 ☆☆☆

「お久しぶりね、ヴァーナちゃん。
 ……あなた、年々綺麗になっていくんじゃなくて?」
「…ありがとうございます。」
 ダリオのお母さんである元ライアム侯爵夫人であるレディ・ヘレナ・ジェイスは、久しぶりに会う私に、嬉しそうに微笑んで言った。
 ダリオとは髪と瞳の色は同じだが、それ以外はあまり似ていない。
 うちの母が割と年齢詐欺系美女であるのに対し、ヘレナおばさまは父と同い年なので母より2歳年下なのだが、こちらは年齢なりの落ち着いた美人なので、パッと見には彼女の方が年上に見える。
 その微笑みに淑女の礼を返すと、フリルとリボンのたくさんついたロリロリなワンピース姿のディーナが隣で私の真似をした。
 ぐはあ可愛い。
 だがその絶対的破壊力にどうやら母親ふたりは耐性ができているらしく、萌え死にそうになったのはこの場では私だけのようだ。

「ふふ、ディーナちゃんも、可愛らしいこと。
 やっぱり、女の子はいいわねえ。
 その年齢ごとの魅力があって、おしゃれのさせがいがあるもの。
 男の子だけだと、その点の楽しみがないのよね。」
 実子のダリオが聞いたら白目になりそうな事を言うヘレナおばさまに、うちの母が面白そうに言葉をかける。

「ヘレナのとこだって、一応娘は居たじゃない。」
「もう、テレサだって知ってるでしょう。
 夫と先妻の間の子で、義娘むすめといったってわたしと3歳しか違わない上に、わたしが夫に嫁いだときには既に、当時跡継ぎだった今の辺境伯のところに嫁いでいた子よ。
 感覚としては娘ってより従姉妹みたいなものだわ。
 今じゃあっちもそう扱ってくれているし、ね。
 …それでも間違いなく、ダイダリオンにとっては、実の姉なのだけれど。」
 …私が疑問に思っていた事は、この会話であっさり解決した。
 そうか、ヘレナおばさまは初婚だけど、旦那さんになった方は再婚だったから、その前に子供がいてもおかしくなかったんだ。
 だとすれば、『ダイダリオン』の甥として登場する『アドラー』は、その人の息子ということなのだろう。

 イエ国の最年少攻略対象であるアドラー・ディーゼルは、隠しキャラであるアローン以外の攻略キャラがひと通り出揃った後、ファルコの能力値かダイダリオンの愛情度のどちらか一方が、一定の値を越えると登場する。
 領地経営の勉強をしに王立学院に入学するという名目で王都にやってきたが、話にだけ聞いていた叔父のダイダリオン、そして騎士に憧れていた彼は、王立学院への編入手続きをせず、近衛騎士団に入団して見習い騎士となる。
 その後、王城が解放された際に近衛騎士団にいるのをダイダリオンに見つけられ、彼が身元保証人となりファルコとマリエルに彼を紹介する事で知り合いとなった後、共に協力者の授業を受ける形で、ファルコの成長を助ける役割を担う。
 その別名『勇者ブースター』。
 彼が加わることによりファルコのパラメータの上昇率が上がり、また本人のパラメータが常にファルコの数値に比例して変化する為、その愛情度と信頼度によっては、攻略対象中最強キャラに成長する可能性すらある、将来性未知数のキャラなのだ。

「そういえばその息子さん、今度結婚するって?
 確かまだ15歳よね?」
 …………………………へ?

「そうなのよ。この間初めて会ったのだけど、若いのにとてもしっかりしたいい子だったわ。
 お祖母様って紹介されて、すごく困った顔してたのは可愛かったし。」
 …そりゃそうだろうな。
 自分の母親とそう年齢の違わない人を祖母だと紹介されて、戸惑わない筈がないだろう。
 それにしても、アドラーが結婚って…?

「わたしは嫁いですぐに身篭ったけど、あちらは10年以上子供に恵まれず、遅くにできた子だから、できれば早めに孫を見たいと、婚約自体は5年も前に整っていたのよ。
 ふたつ年上の子爵家のお嬢さんで、本来ならば少し家格は下なのだけれど、血統的には大神官様の姪にあたるとの事でね。
 それで婚約申請もすんなり通ったみたい。」
 ん?大神官様の姪って、確か……

「……その子爵家って、ひょっとして例の、人身売買の罪を被せられそうになっていた方の?」
「そうよ。ジュリオ・ビノシュ子爵。
 ……って、そういえば彼、この前の王城占拠に巻き込まれていて、王族たちと一緒に人質になっていたそうなのよ。
 その間、お嬢さんは『うちの孫』と子爵領に2人で避難してて、同じ邸でひと月一緒に生活してた事で、世間体を考えて結婚を早めたんですって。」
 ……ええと、つまり。
 7年前、私があの帳簿に気が付かなければ、そのビノシュ子爵という人が、罪を被せられて投獄されていた筈で。
 そうならなかった事と、その奥さんだった人が大神官様の妹だった事で、辺境伯家のアドラーと5年前に婚約が成立してて。
 そして、もしかしたら。

「そういうわけで子爵は、ヴァーナちゃんには二度助けられてるから、一度直接会ってお礼が言いたいと仰ってたわ。」
「……その、ビノシュ子爵のお嬢さんという方、お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「え?確か…マリエル嬢とおっしゃったわ。
 勿論ヴァーナちゃんやディーナちゃんには敵わないけど、可愛らしいお嬢さんだったわよ。」
 ………やっぱりか。

 マリエル・ビノシュ子爵令嬢。17歳。
 彼女がヒロインである事は疑いようがない。
 そして彼女は、攻略対象と出会う前にアドラーとの婚約が成立しており、今回の1ヶ月間の同棲生活によって、恐らくはこの後まもなく、神殿入りの過程を経ずして結婚生活に入る事になる。
 つまり彼女は、物語に介入しないまま、『アドラー』とのエンディングを迎えてしまった可能性が高い。
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