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41・さだめとあれば心を決める2

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「…その、この後は予定はないのだろう?
 少し、休んでいかないか。
 あちらの通りに、落ち着いたいいカフェがあるんだが…」
 ちょっと変な空気になった後、最初にその空気感を破ったのはダリオの方だった。
 少し無理があるが乗っかる事にする。

「賛成。
 では今日のお礼に、お茶くらい御馳走するわ。」
「…カフェには私が誘うのだから、そこは甘えてくれ。」
 そう言ってエスコートのように差し出された手に、私は躊躇いなく自身の手を重ねた。

 ・・・

 ダリオに連れられて行ったのは、昼間はカフェだが、夕方の割と早い時間からバーになるタイプの、シックな雰囲気の店だった。
 そして今は既にバーの時間帯で、それを知らなかったらしいダリオが少し困惑しているのがわかる。

「すまない、私は昼にしかここに来たことがなかったので知らなかった。
 決して、君を酒に酔わせてどうこうしようという意図では…」
 ……ん?
 この台詞、ちょっと覚えがあるような…?

「ええ、わかってるわ。
 けどダリオ、今日はもう帰りましょうか。
 少し歩いて疲れたから提案には乗ったけれど、さすがにこの時間からお酒を飲む気分ではないわ。
 買ったものも、早くファルコに渡したいし。」
 嫌な予感がして、私は適当な理由をつけてこの場を離れる提案をする。
 案内係の男性が『ソフトドリンクもフードもありますよ』と言ってくれたけど、それは知ってるしそういうことじゃないのよ。

「そうだな……ん?」
 そんな私の提案に頷きかけたダリオだったが、その瞬間奥のテーブル席の方から男性同士の争う声と、グラスの割れる音が響いて、その場の全員の意識がそちらに集中した。
 あー……遅かった。

「お騒がせして申し訳ございません、お客様」
 私たちに一礼して、案内係がそちらに向かおうとするのに、

「手伝おう。私は神聖騎士団の者だ。
 申し訳ないが、彼女を頼む。
 ヴァーナ、すぐに戻るから少し待っていて欲しい。」
 完全に仕事用のキリッとした顔で、争いの平定に向かうダリオを、今度は私がチベットスナギツネの顔で見送った。

 そう。ダイダリオンとの中央広場でのデートイベントで、まさにカフェだと思って入った店が雰囲気のいいバーで、そこで起きるイベントがあるのだ。
 知らずに未成年のマリエルを連れてきてしまったダイダリオンは彼女に謝罪するも、それでもフードも充実しているという事で、早い夕食をここでとろうという話に。
 (その時の謝罪の台詞が、先ほどダリオが口にしたのとほぼ同様だったと思う。まあ、最後にちょっと余計なのついてたけど)
 2人が奥のテーブル席に通されてメニューを見ていたところで、隣のテーブル席で喧嘩が始まり、ダイダリオンは街の治安を守る神聖騎士団の一員という立場から、放っておくわけにもいかず収めに入るのだが、巻き込まれたマリエルが頭からワインを被ってしまうのだ。
 (ちなみにテーブルに案内されたタイミングで、何を食べるかという3つの選択肢が現れるが、『アスパラガスと菜の花の春パスタ』『ゴロゴロ牛肉のビーフシチュー』『タルタルソースの白身魚ムニエル』のどれを選んでも展開も好感度も変わらないし、そもそも注文する前にイベントが始まってしまうので、スチルが変化するとかもないという詐欺選択肢だったりする。ただ、名前だけでも美味しそうだと、文字で飯テロ食らった層もいたとかいなかったとか)
 結局それで喧嘩が収まり、2人は店と喧嘩をしていた客から謝罪されるが、酒精に慣れていないマリエルが酔って歩けなくなってしまい、未成年の神官見習いであるマリエルを酒に酔わせたまま神殿に帰せば、即座に破門にされてしまうからと、2人は店が用意してくれた休憩室で、酔いが覚めるまで2人きりで過ごす事になる。
 眠ってしまったマリエルを前に、やはり店側が急遽調達してくれた服を手にダイダリオンが、『……責任は取る』と決心を固め、マリエルのワインまみれの服を着替えさせようとした途端に、酩酊状態だったマリエルが目を覚ますという、ちょっとドキドキするスチル付きイベントなのだ。

 だがこのイベント、ダイダリオンとの好感度が最高近くにならないと起こせない上、ストーリーがある程度進んでしまうと発生しなくなる為、最初からダイダリオン一筋でデートに誘いまくって信仰か礼節の授業メインで彼と顔を合わせる機会を増やしても、なかなかお目にかかれないイベントだった筈だ。
 それが……何故物語序盤のここで起きている?

 私の幼馴染の『ダリオ』は、ゲームの『ダイダリオン』とは既に別人と化している上、私はダリオとデートをした事など一度もない。
 つかそもそも私、マリエルじゃないし!

 とあくまで心の中で叫びつつも、まあ大丈夫かなと半ば開き直りつつ、私はダリオがちゃんと騎士のお仕事をしているところを、店が用意してくれたカウンター席で見守る事にした。

 まず、いま私がいる場所がイベントと違い、喧嘩中のテーブルからは離れているから、巻き込まれてワインが飛んでくる可能性はない。
 それに万が一それが起こったとしても、未成年のマリエルと違い、私は成人しているので飲酒如きで破門されはしないし、お酒にも弱い方ではない(注:あくまで本人の認識です)から、グラス一杯のワインを頭から被った程度でぶっ倒れる心配もない。
 服が汚れるのはちょっと困るが、ここならいざとなれば人を頼んで実家に連絡してもらい、着替えを持ってこさせればいいだけだ。
 結論として、私相手にダリオが悲痛な決意を固める心配はまったくないのである。
 うん、大丈夫。

 まあでも、一応メルクールからは人前での飲酒を控えるように言われていて、それを破る気は今のところないので、私はサービスだと出された果実水を、ありがたくいただいていた。と、

「あの…もしかして神殿の、ヴァーナ神官長ではありませんか?」
 と、ふたつ隣の席の男性から声をかけられる。

「え?はい」
 ほぼ反射的に返事をしてしまったことを、私は次の瞬間後悔した。
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