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04【魔法学園1年生 3】
しおりを挟む本来、黒い霧は常に可視化され闇属性の人間を狂わす原因の一つとされている。それをシャロンは意図的に除外することで、負の感情が一定量に達しない限り可視化されないようにしていた。
この量の霧を見るのは何年ぶりだろう。慣れてはいるが、決して心地よいものではなかった。
黒い霧に目が慣れ始めると周囲を確認出来るようになった。落ち着いた赤を基調としたこの部屋は、たくさんの棚が並び、あちこちに木箱が積み上がっている。表札には『赤のルビーの部屋』と刻まれていたはずだが、物置のように見える。
頭上から聞こえる笑い声に顔を上げると、数人の男女が立っていた。その中の一人、巻き髪の赤毛には見覚えがある。教室でエリザベスにシャロンのことを放っておけと強く言っていた女子生徒だ。
「エリザベス様に近づかないで。この黒豚が。」
汚らしいものを見るような目で赤毛の女子生徒は憎々しげに言う。その言葉に他の周りの生徒達も同意するようにくすくすと笑い、触発された男子生徒の一人がシャロンを見下しながら「本当その姿、豚に真珠だな。」と嘲笑った。
このまま動向を窺うだけでは埒が明かない。シャロンはうつ伏せに倒れている状態から、腕を支えに上半身だけ起こすと肘をつき赤毛の女子生徒に向き合った。
地面に這いつくばっている姿を見て、赤毛の女子生徒はさぞ喜んでいると思って見た顔が、予想に反し怒りの表情をしていたためシャロンは一瞬息を呑んだ。
「これはエリザベス・リア・ハウエルズの仕業?」
「何言っているの?あなたがエリザベス様との約束をすっぽかしてここに来たんでしょ?あなたにご慈悲をかけてくださったエリザベス様を裏切るなんて最低ね。酷い黒豚だこと。」
なるほど、エリザベスは関係なく彼女の仕業らしい。自分とエリザベスの接触を阻止したいようだとシャロンは思った。
赤毛の女子生徒は腰に両手を当てたまま、床に倒れているシャロンに顔を近づけると「無様ね。」と言い笑う。実に性悪だ。
「最近の貴族は人に対してそんな言葉まで使うの?」
「黙りなさい。黒髪に似合わない制服を着て、本当図々しい黒豚じゃない!それにその金色の瞳も何だか気持ち悪いわ。」
「……。」
シャロンも自分の容姿はあまり好きではなかった。
言葉にはしないが、過去に起きた爆発事件の主犯者『最悪の魔法使いレティシア』を連想させるから王族以外の金の瞳は嫌われている。あろうことかレティシアはたくさんの人が賑わう街中で魔力暴走を起こし爆発を起こしたのだ。
「あなた、名前は?」
シャロンの脈絡のない唐突な問いに赤毛の女子生徒は怪訝な顔をした。特に意味はなかったが、強いていえば、遠慮なく面と向かって悪態をつく彼女に少し興味が湧いたのだ。
「本当に礼儀も知らないなんて、家畜以下ね。仕方がないわ、しっかり覚えておきなさい。アスティ・クラウン。エリザベス様の一番の側近よ。」
家名など聞いてもわからないけれど、一応覚えておこう。
それより、こんなところでぐだぐだしている場合ではない。早くエリザベスのところへ行かないといけない。約束の時間はとっくに過ぎている。見るにこの部屋はいつも授業で使う教室より狭く逃げ場もあまりない。これは一か八かで扉に向かって走った方がいいかもしれない。
シャロンは意を決し素早く起き上がると、勢いよくドアノブに飛び付いた。
「くそっ、やっぱり開かない。」
ドアノブを捻るがびくともしない。鍵がかかっている上にご丁寧に施錠魔法までかけてある。シャロンの馬鹿力をもってしても無理だった。解除魔法をかけるにも、何重にもなっている施錠魔法を解くには時間がかかりすぎる。
「早く抑えて!」
アスティの指示で、無理やり開けようと奮闘するシャロンに二人の男子生徒が飛びかかる。素早く身を屈め彼らを躱すと、制服のスカートの下に隠しておいた短剣を取り出し構えた。騎士学校に行ったら使おうと、お小遣いを貯めて買った短剣がここで役に立つとは。シャロンは鍔から剣先に向け、優しく剣身を撫でながら呟く。
「すべての魔法攻撃を無効化して。」
短剣はシャロンの言葉に応えるように蒼白く光った。
男子生徒達は杖のようなものこちらに向けて構えている。制服の刺繍を見るに一人は炎、もう一人は水のようだ。
二人は同時に呪文を唱えると、シャロンに向けて攻撃魔法を放つ。逃げられないように炎で囲み、頭上から水柱の水圧で押し潰すつもりらしいがそんなものくらってたまるかと、シャロンはサッと炎を短剣で切る。するとその部分の炎が消え失せた。そこから飛び出し、炎と水の攻撃から逃れる。
それを見た二人は驚きながらもひそひそと何かを話し合い、弾数での勝負に切り替えてきた。次から次へと2本の杖から球状の水と炎を繰り出していく。大きく動けば逃げ場を失ってしまう。出来るだけギリギリで避け、避けられないものは短剣で切る。シャロンはじわじわと相手との距離を縮めていった。
直接的な攻撃魔法を繰り出せるほど祖父の指輪は万能ではない。しかしついこの間まで騎士学校に行く予定で鍛えていた体が彼女にはある。接近戦ではこのお坊ちゃん達に負けるはずがない。
上手く近づくと、体の回転力を利用し勢いよく相手の杖先を叩き折っていく。折れた杖は上手く魔力が伝わらず攻撃の威力が激減した。
杖の破損に戸惑う二人に掴み掛かり、シャロンは次々と体術で投げ飛ばす。アスティが苦い顔でこちらを睨みつけているのが見え、片側の口角を上げ意地悪く笑ってやった。
「さあ、ここから出して。」
アスティは今にも飛びかかろうとしているシャロンの殺気に恐怖したのか、渋々後ろに立っている男子生徒に鍵を開けるように指示を出す。その姿を見てシャロンはほっと胸を撫で下ろした。
だがその油断した隙をつかれてしまった。
男子生徒は扉に向かっていた歩みを止め、シャロンに覆い被さるように倒れ込む。流石に自分より大きな男子生徒を抱き止めるには気を抜きすぎた。そのまま背中から倒れ頭を強打してしまった。衝撃で目の前に星が散っている束の間に、無理やり何かの液体を口腔内へ押し込まれる。
「なっ。」
舌に液体が付着し、ぴりっと痺れる感覚があった。これは何等かの毒だ。シャロンはすぐに吐き出したが半分ほど飲み込んでしまう。
カッと全身が熱くなると同時に頭の中がぐるぐると回り上手く動けない。半分しか飲んでいないのにすごい即効性のある毒だ。
これは少々まずいかもしれない。流石に毒まで使用されると思っていなかった。
このまま、されるがままの状態になってしまうのかと思った、その時だった。ノック音と共に人が入ってくる足音が聞こえた。
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