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二章

五、初代魔王

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 ――ギィィ…… 

 重い鉄の扉を力一杯押すと、微かに光が漏れた。
  
 男は目を細め、先を急いだ。
 部屋はたくさんあるようだが、どこも静まり返っている。それがまた何とも不気味だ。
 思いつくまま当てずっぽうに部屋の扉を開けて行く。
 廊下は明るい一本道なので、さすがに迷わない。

 一番奥の部屋の扉に手をかけた時、

「……誰だ……」

 中からかすれた声が聞こえた。

 豪華な内装から想像するに、ここが魔王の部屋なのだろうが、ベッドに横たわっているのは随分とやつれた弱々しい老人のような男だった。

 ――これが魔王?


「いかにも……」
 
 目が合った時、瞳の奥が光ったように見えたが、気のせいか。

 伏し目がちなその魔王はマガドと名乗ってから続けた。
「……平和協定を結ぶ事に……かなり力を使ってしまってね……最近はもう……起き上がることもできない。もう代替わりだな」

「代替わり……」

「ゼウスとの……約束でな……あれでお互いの世界の様子を監視するのが……役目なんだ。……それを引き継いでもらわねばならない……」

 途切れ途切れになりながらも、突然現れた謎の男相手にやけに親切に説明した。
  
 ――……これか。

 見覚えのある景色が壁に映し出されていた。

「ふっ。……いらん事をする奴がいるのは……どの世界でも同じだな」  

「なっ……これ……まさか」

 黒い影が畑を荒らしている。
別の画面では空き巣だろうか。開けっ放しの窓から侵入しようというのか、キョロキョロと周りを警戒している。

「オレの村では、夜中に畑を荒らしているのは魔物だって言われるんだ。空き巣も……何か良くない事が起こった時は大抵そうなんだと思ってた」

「そんな奴も……いるにはいるがな……その為にあるのが……このモニターだ……見つけたら……大勢の前で罰を与えてやるんだ……そのうち……悪さしてやろうという奴も……いなくるもんなんだよ……」

「じゃあ……」

「ゼウスからも……報告がないって事は……お前達の世界の問題……だろうな」

「オレは産まれた時からお前は勇者になる運命なんだって言われてきたんだ。悪い魔物や魔族がいたら村を守る為にお前が戦うんだ、その為の特別な力を持ってるんだって」

「そうだろうな……そうでなきゃ……ここへの入り口は……見つけられないからな」

「オレが勇者だって気付いてたんだ」

「ここへ来るまでも……誰にも止められなかっただろう」

「うん。やけに静かで……」

「ここまで辿たどり着けた勇者には……手を出さないことになっている……平和協定を結んだ時の……ゼウスとの約束のひとつだ……私の支配を逃れ……人間界を荒らす魔物が出た時には……勇者をつかわすから……黙って……報復ほうふくを受け入れる事、と……ゼウスから連絡は……なかったはずだがな」


 閉め切っていなかったドアの隙間から、小さな魔物が心配そうにのぞいている。


「……オレが勝手に来たんだ。どうせ魔物の仕業だから、やっつけてやるんだって。でも違った。なんで人間同士で争うんだ?なんで奪い合うんだ?」

「……勇者として産まれる者は……人間の中でもひと際……正義感が強いと聞く……だがな……どこの世界にも完璧な物なんて……存在しない……お前さんには……理解しがたいだろうがな……」

 息も絶え絶えにそう言うと、魔王はそっとその目を閉じた。

  
  
 力一杯、拳を握りしめる勇者の鋭い瞳には、暗闇でガサゴソとタンスをあさる人間の姿が映っていた。

 

  
   
  
   
 
     
 
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