リリアーヌはおこりんぼ

赤井茄子

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本編

泥棒猫と浮気者(仮)

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 泥棒猫はキャロル・マリアンという、豪商のひとり娘であった。ふわふわした黒髪はボブカット、大きな瞳は翠色。むっちりとしてメリハリのある体つきのリリアーヌとは対象的なスラリとした手足、小ぶりな胸の…悪く言えば幼女体型、よく言えばスレンダーな美少女だ。

 リリアーヌのような貴族、あるいは商人の子どもたちが人脈と知識を培う此処『王立学園』に颯爽と現れたダークホース。『お家の事情で季節外れに入学してきた』とか『入試全科目満点で通過した奇跡の才女』とか話題の美少女―――そう、この時点で既にリリアーヌとは学園カースト的に物凄い差が出来ていた。(繰り返すが派手な見た目に反し、自称清純派のリリアーヌは基本目立たないご令嬢たちとのんびり平和に過ごしていたのである)


「おやめになってリリアーヌ様……そんなに怒鳴ったら、彼がお可哀想ですわ」

 些細なことで口喧嘩していたライルとリリアーヌの間にスルリと割って入った彼女は、そっとライルの肩に触れ困った顔でそんな事を言い出した。

 ………いや、困った顔をしたいのはリリアーヌである。事情も知らずにいきなり間に入られても、どんな対応をすればいいのか分からない。(まぁこの口喧嘩に大した事情はないのだが)
 結局その時は吃驚して怒るに怒れず、「人の婚約者に気安く触らないで!不潔よ!」と捨て台詞を吐いて逃げた。腰抜けではない。戦略的撤退である。自己紹介くらいしかしたことのない人物に怒りをぶつけるなんてこと、おこりんぼの割に臆病なリリアーヌは出来なかったのだ。

 その後も、キャロルは何故か口論するライルとリリアーヌに度々絡んできた。大体は困った顔でライルを庇いながらリリアーヌを柔らかい言葉で詰り、そして見せつけるようにライルとベタベタイチャイチャするのだ。

「こんな方がライル様の婚約者だなんて、お可哀そう」

「わたくしなら、あんなこと言ったりしませんわ」

「気をしっかりもって?ライル様は何も悪くないの」

 ……そんなことを言いながら。

 因みに、ライルは一応リリアーヌの婚約者だからか、さりげなくキャロルのボディタッチをかわしたり彼女の発言を控えめに諌めたりしていた。そう、控えめに。リリアーヌには、「ははは何だそのドレス!池に浮いてる藻みてぇな色してるな!いや、よっ…よく似合ってるけど!!」とか言うあの男が、控えめに!優しく諌めるのだ!
 その明らかに正反対な態度は、何だか『お前には優しくする価値もない』と言われているように感じられて……それがさらにリリアーヌを怒らせた。実際に言われたわけではないので、完全な被害妄想だと彼女自身も分かってはいるのだが。



「ね、キャロル様がつけている翡翠の耳飾り…ライル様に頂いたんですって!……でも、リリアーヌ様は婚約者なのに装飾品の1つも贈られていないらしいわ。何だかお可哀そう」

「私見たのだけど、キャロル様がライル様と街でお忍びデートしてらしたの。穏やかでとっても仲睦まじい様子だったわ!…婚約者様とは口喧嘩ばかりだけど、キャロル様とは不思議と安らぐんでしょうね」

 リリアーヌの平和な学園生活は一転した。キャロルの差し金か、それとも真実か、ほぼ毎日そんな話を色んなご令嬢が影に日向に囁きあうのである。もちろん、いつもの友人たちは日々慰め励ましてくれたが、リリアーヌは徐々に精神を削られていった。…………悲しみからではない。怒りからである。
 自分の激しやすい性格を分かっていたリリアーヌは、それでも堪忍袋の緒を噛み締めて耐えていた。いや、ちょっぴり我慢できず、ライルの自室に怒鳴り込みはしたが。しかし当のライルは首をかしげて「そんなことしていないぞ」と言う。ついでになし崩しにベッドに押し倒され、何だか低い声で囁かれたものだから純情な彼女は吃驚して腰が砕け……胸のマッサージまで許してしまった。因みにそのあと口の中まで舌でなめられまくったものだから、怒りがすっ飛んでしまった。不覚である。…嫌いな婚約者の口の中をなめ回すなんて、ライルは相当なひねくれ者だとリリアーヌは思った。
 とはいえ、ライルが嘘をついている様子はない。そもそも自分の目で実際に見た訳でもなし、やはり根も葉もない噂なのだ。そう自分に言い聞かせひたすらキャロルに報復するのを我慢した。我慢しすぎて自室に置いていたサンドバッグが何度も砂を吹き出し床に沈んでいったが、それでも何とか堪えていた。

 しかし、その努力も虚しく堪忍袋の緒がぶちぶちに切れる事件が起こってしまった。



 ライルが、キャロルとキスしているのを他ならぬリリアーヌ自身が目撃したのである。











 それは蒸し暑い夜、きらびやかな学園主催の舞踏会で起こった。

 婚約者であるライルと3度のダンスを成し遂げたリリアーヌは、壁際で休憩がてら果実水を飲んでいた。心はふわふわした幸福感でいっぱいだ。なぜなら、舞踏会まで実しやかに囁かれていた……『ライルはキャロルをエスコートしたがっている』という噂に反し、彼が迷わず婚約者リリアーヌにエスコートを申し込んだからだ。まぁ、両家の顔を立てる意味でも当然といえば当然ではある。しかしそれだけではない。何とその日のドレスとアクセサリーはあのライルが!リリアーヌの為に用意してくれた特注品だったのだ!おまけに、豪華なドレスはライルの髪色、アクセサリーは瞳の色で……確かに、自身の色で婚約者への贈り物を見繕うのは一般的な礼儀だ。それでも、今までで一番虫から遠い彼の贈り物が……彼女はとても、とても嬉しかったのである。



 リリアーヌがにやける口元を隠しつつ喉を潤し、一息ついて……ふと顔を上げると、ライルがキャロルに寄り添ってテラスの方へ歩いていくのが見えた。
 ………別に、ライルを信じていないわけではない。ドレスもアクセサリーもエスコートも、ライルがリリアーヌへ示した最大限の敬意だと思っている。しかしながら、目の前で婚約者に不審な動きをされては不安で追わずにいられないのが乙女心というものだろう。……余談であるが、近くで見ていた友人曰く『この時リリアーヌは獲物を食い殺す肉食獣の目をしていた』とのことだが、断固として乙女心である。

 リリアーヌが息を潜めてそっとテラスをのぞいた、ちょうどその時。

 こちら側に背を向けていたライルが、長身を屈め小さなキャロルに覆い被さろうとしていた。満月がロマンチックに二人を照らし出し、真っ白いテラスに黒い影を落としている。そして……キャロルの影と、ライルの影が、ぴとりとくっついた。そのシルエットはまさに、恋愛小説に描かれる禁断の恋人たち。――――――そして、その光景を目撃した瞬間、





激しい怒りでリリアーヌの視界は真っ赤に染まった。




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