死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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エセル王妃

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「シュメルヒ様。あなた、気付いてらして?」
 エレオノーラは頬に手を当て、もの言いたげにシュメルヒを見つめた。
「もしヨアンい危機が迫っているというのが事実なら、シュメルヒ様が一番に頼るべき……顔を立てるべきなのはお母様ではないでしょう?」
 シュメルヒは言葉に詰まった。エレオノーラの言わんとすることは、分かる。シュメルヒの義理の母であり、ヨアンの実母その人を差し置いて叔母であるイルミナを頼るのは……イルミナの顔に泥を塗る行為と取られても仕方ない。正直、エレオノーラに指摘されるまで、そんなこと考えたこともなかった。シュメルヒにとって「それ」は、自明の理だったからだ。
(エセル王妃はヨアン様を疎んじておられる)
 それは、庭園でヨアン本人の口からも聞いた。夭折した兄、フェルの死因をヨアンと結びつけている、と。それに初夜の晩……。
 ヨアンに投げかけられた甲高い叱責と、振りかざされた扇子。イルミナが間に入ってくれなければ、ヨアンの顔目掛けて振り下ろされていたはずだ。
「初夜の晩のことは、私も聞きました。王妃様とシュメルヒ様は本来義理の親子として『同じ陣営』の筈なのに、どうしたことか、最初からシュメルヒ様は相手を敬遠していらっしゃるように見える」
「……私、が? いいえ。私が誰かを遠ざけるなど、そんなことは……それは逆で、私以外の者が、みな」
 いつも遠ざかってゆく。毒を恐れて、不吉だからと追い払う。
 ジュール、ナーシャ、ガシム教授……イレニアで歩み寄ってくれたのは彼らだけ。それ意外な皆、自分からシュメルヒの元を離れたのだ。使用人も、教師も、両親も。シュメルヒが誰かを遠ざけたことなんて、ただの一度もない。いつだって離れていく誰かを見送る側だった。
 なぜ、エレオノーラはそんな話をするのか。何を言いたいのか。
 戸惑いながらも否定するシュメルヒに、エレオノーラはむ、と唇をすぼめた。その表情が、ヨアンのそれと重なる。
「シュメルヒ様って……大人しくて物わかりの良い振りをしているけど、ヨアンより子供ね」
 シュメルヒは目を瞬く。子供? 私が? 
「本当に、そうだった? 誰も彼も、最初からあなたを遠巻きにしていた? 線を越えて入ってこようとした人はいなかった? ひとりも?」
 何も言えずにいるシュメルヒを尻目に、エレオノーラの言葉は続いた。
「話もせず、相手を知らないままで、人となりを決めてしまうの? それって、シュメルヒ様が毒を持ってらっしゃるのとは全然別のお話ではないの? 傲慢な方なのね、シュメルヒ様は」
「……それくらいにしていただけますか。いくら殿下の従妹君といえ、妃殿下に対して言葉が過ぎます」
 ハビエルが重い声で割り込んだ。
 エレオノーラがぐるんと目を回すようにしてハビエルを見やる。好戦的な目つきだった。
「……へえ。王族嫌いの癖に、随分優し」
 その時、扉が再び開いた。先ほど出て行った侍女が優雅に腰を折る。
「エレオノ―ラ様。エデ夫人よりお返事にございます。王妃殿下がお会いになるそうです。お部屋にお越しくださいませ、と」
「あら、良かった! 早かったのね」
「ええ、ですが……」
 侍女はちら、とハビエルの方を見た。
「お越しの際は妃殿下おひとりで、との仰せでございます。従者も外でお待ちいただくようにと」
 ハビエルと顔を見合わせた。それは……どういう意味なのか。
「そう。分かったわ。王妃様の仰せなのですから、従わなくてはね」
「エレオノーラ様、お気持ちは有り難いのですが、やはりイルミナさまに……」
「強情なんだから。王妃様の仰せを無視するの?」
 ぴしゃりと言われ、シュメルヒは目を泳がせた。本当に、ヨアンを彷彿とさせる。それにエレオノーラの主張は正しいのだ。ヨアンと同じ口調で理路整然と窘められてたじろいでしまう。ヨアンも彼女も年下だというのに。
「……行ってまいります」
 エレオノーラは年少者を褒めるように満足げに微笑んだ。
「ええ、そうなさって。エセル様とシュメルヒ様は、案外気が合うと思うの」
「……それは、絶対にないと思います」
 初夜の晩のエセル王妃の様子が脳裏に浮かぶ。
 怯えるヨアン。きつく𠮟りつけるエセル王妃の神経質な声。振りかざした扇子と、それを押しとどめるイルミナ。貴婦人らしからぬ押し問答。イレニアの治療法をしようとしたシュメルヒに浴びせられた非難……。
 シュメルヒが赤ん坊だった妹に触れようと手を伸ばした時、母ティラは悲鳴を上げて、はじめて自分からシュメルヒに触れた。揺りかごにから突き飛ばし、シュメルヒは頭を打って床に倒れた。ズキズキとした痛み、母の揺れる瞳。自己嫌悪。
 小さく頭を振った。エセルとティラの記憶が結びついてしまった。自分でも、さすがによくない兆候だと分かる。
エセル王妃はヨアンの敵ではないかもしれないが、味方とも思えなかった。
(こんなことをしている間にも、ヨアン様は危険な目に合っているかもしれないのに)
 自分でも、なぜあんな溺れかけの幻覚にこうも突き動かされてしまうのか分からない。いっそのこと、エレオノーラの部屋を出てから、その足でさっさとイルミナに助けを求めようか……。
「ああ、そうだわ。妃殿下」
 心を読んだように、エレオノーラがぽんと手を打った。
「リアナを連れていってくださいな。妃殿下が『道に迷われないように』王妃様のお部屋にご案内しますわ」
 リアナがにっこりと微笑み、シュメルヒに向かって頭を下げた。
 エレオノーラも笑みを浮かべていたが、その目は笑っておらず「逃げたら承知しない」と言われているようだった。
 どうしてエセル王妃と会わせることに拘るのか……話を信じていないのなら、いっそ放っておいて欲しかった。



 エセル王妃の部屋へ向かう道すがら、本当に逃げ出してやろうかと思った。
 そんな自分勝手な真似をしようと思考したこと自体が初めてだ。自分の変化に戸惑った。
 リアナという侍女は物静かだが、いかにも主の命令に忠実でそうで、シュメルヒ達の挙動に目を光らせているのが感じ取れる。頼みのハビエルは、先ほどから疲れたように黙り込んでしまっている。そうしている間に、王妃の居住空間がある東の棟にたどり着いてしまった。
 リアナが前に出て、扉の向こうに来訪を告げる。すると、すぐに扉が開き、中から白髪を結い上げた上品な夫人が顔を出した。彼女がエデ夫人だろう。エセル王妃付きというから、もっと気難しい、ヒルデのような人物を想像していたが、全く違った。
 エデ夫人はシュメルヒを見ると、にこにこと相好を崩して出迎えてくれた。肩幅ががっしりしていて、背筋がピンと伸びている。目尻の笑い皴が柔和な雰囲気だ。
「まあまあ、なんてお可愛らしい方! お綺麗な目とお髪ですこと。ヨアン様と並んで大聖堂にいらしたときにね、思ったんですよ? なんてお似合いなのかしらって。ふふ、そりゃ今はまだヨアン様の背丈がお小さいけれど、今にきっと伸びますからね。陛下も背の高い御方ですから。妃殿下もこうして向かい合うと背が高くていらっしゃるのねぇ。ああ、名乗らなくて失礼を致しましたわ。わたくしはローシェフ侯爵の妻、エデと申します。エデと呼んでくださいな」
 シュメルヒは何とか、「はい」「ええ」「それは」と相槌を打とうとしたが、エデ夫人の口舌に押し流されてしまった。まだ何か続けようとしたエデ夫人だったが、
「そこで話し込まないで頂戴、エデ。いつになったら入ってくるの」という声が部屋の中から聞こえたことで、口元を押さえた。言うまでもなく、エセル王妃の声だ。
「あら。わたくしったら、ごめんあそばせ。さあさあ、お入りくださいな……ああ、従者のあなたは、控えの間にね」
 柔らかいが、ハビエルに向かった言葉は有無を言わせない響きだ。ハビエルはちら、と気遣うようにシュメルヒを見やった。
「ハビエル。待っていてください」
「かしこまりました」
 
 楽し気にシュメルヒを招き入れたエデ夫人は、自ら給仕台を引いてきて、お茶の用意をし始めた。茶器はふたり分ある。シュメルヒが驚いていると、「どうされたの。お座りになれば」と、クッションを重ねた長椅子に座った女性が言った。

 女性はゆったりした部屋着を纏い、傍らには毛皮でできた何か……動物を模した置物を抱き寄せていた。長い黒髪は寝癖のせいか乱れていて、前髪がほつれて頬にかかっている。その髪の向こうにある眉根は怒ったように寄せられ、瞳はこちらを見ようとしない。
「聞こえなかったの。座ったら?」
 もう一度、女性が声を発し、シュメルヒは我に返った。
「王妃様、本日は、その……私のためにお時間を頂戴し」
「まあ、エセル様、なんですその言い方は! もうちょっと愛想よくなさいませ! それじゃあ仲良く出来ませんよ」
 またも、シュメルヒの言葉は途中で他人に飲み込まれてしまった。
「……」

「うるさいわね。だって……何て言ったら良いのか分からないんだもの。この人、あたくしのことが嫌いなのよ」
「最初にあんな風に怒鳴られたら、そりゃあそうでしょうとも! ですから、ほら! 今日は謝りたくてお呼びしたんでしょう?」
「……そんなんじゃないわよ」
「もう、また! 意地を張って」
 シュメルヒは呆然と、ふたりのやり取りを見守るしかなかった。こういう時ばかりは、表情に出ない質で良かった。
 混乱する頭の隅で、「おひとりで」と言われた理由が、何となくわかった気がした。

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