瀧華国転生譚 美貌の悪役文官は病弱皇子を手懐けたい

飛鳥えん

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第2部

船の上、肌の匂い

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カデンルラを称して別の呼び方をするならば、それは「砂漠の国」だ。

瀧華国が国土の4分の1を森林と山岳が占めるとするなら、カデンルラは3分の1を砂丘と広大な平原、そして緑地オアシスに占められている。

この大平原が、瀧華国とカデンルラを隔てる国境地帯だった。



カデンルラの気候と瀧華国のそれが隣り合わせになることは、現実の地理学的にはまずあり得ない。

『瀧華国寵姫譚』は四季をモチーフにした4国が登場するが、夏を象るのがカデンルラだった。

春の”瀧華国”、秋の”ミズホ国”、冬の”名もない国”。



(ミズホは鎖国中でゲームに登場しなかったし、”名もない国”に至っては……なんだこの変な名前。こんな国あったっけ)



『寵姫譚』は1作で完結した作品だったが、もしかすると続編に向けた用意があったのかもしれない。

例えばヒロインを変えたサイドストーリーや、ヒーローを変えたIFストーリーがあったなら。

そこで舞台となるはずの国だったのかもしれないが、今の蘇芳にはそれを知る術はなかった。

『寵姫譚』はあくまで瀧華国を軸にヒロインのいわば成り上がりを楽しむ物語なので、外交についてそこまで言及はされていなかったように思う。

今回も、本来のストーリー展開を逸れたところで蘇芳と花鶏がふらふらしているだけで。

本筋の二人、雨月とはつりはすでに知り合ってお互いを意識し始めた時期ではないだろうか。



ともあれ。



とても一国として機能するはずもなく思える超広大な国土の上に、多様な小国家がいくつも形成されてカデンルラは今に至る。

しかしカデンルラの地図上にそれぞれの小国の国境線はない。

常にどこかの国が別の国に侵攻し、侵略し、統合され、また別の侵攻により消滅あるいは分散していく。

その都度いちいち国境線を引き直していたらキリがないのだ。

だから地図に記されているのは、それらをまとめる宗主国、最も強大な軍事力と国土を有するカデンルラの名だけ。

当代国主の名はアルマドといい、異名を奴隷王という。



「奴隷王とは物騒な。にしても先生は本当に何でもよく知っておられますね」

最初、花鶏は奴隷という言葉に眉をしかめてそんな感想を言ったものだった。

そういうお前は元のストーリーの異名がだったよとは、勿論言えないが。



カデンルラまでの道のりを陸路で往こうとするのは無謀だ。南北に横たわる大平原を馬で20日間かけて横断し、眼前に出現するこれまた広大な砂丘に挑むよりも、瀧華国から船を出し、カデンルラの良港に迎えて貰うほうがよっぽど早く、快適だ。

実際、蘇芳たち一行がカデンルラの首都直属の港に迎えられるまで、10日前後。

途中、物資補給のため小国の漁港に何度か立ち寄ったが、花鶏も物珍しそうに外国を物見遊山していた。



蘇芳とて、国外ははじめてだったが船旅の中で花鶏にせがまれてあれこれ話してやるうちに、すっかり感心して目を輝かせてもっともっとと話をせがまれた。



そんな花鶏の様子が、蘇芳は内心嬉しかった。

なにせ出発前。

東雲を使って馬鹿をやらかした時の花鶏の精神状態はお世辞にも良いと言えなかったし、事の次第を知った親しい人間はショックを受けて我先にと黒曜宮を訪れた。

花浴には「わたくしがお世話してきた花鶏様が蛮族の国へなどお労しい」と泣かれ、青葉や波瀬には濡れ衣だ横暴だと憤慨され、巫監術府の上司からは「お前がいない間の実務処理はどうするつもりなのだ」と有難い言葉を頂戴し。



諸々の後任手続きや抱えていた雑務の整理をなんとか終わらせ、

「これは戻ってきたら本当に職場に席がなくなっているのでは」というサラリーマン特有の焦燥を感じつつ、瀧華国を後にしたのだった。



そんなことがあったので、花鶏が瀧華国の外で朗らかに振舞っているのが蘇芳には新鮮で嬉しい。

(皇子としての執務も都の外が多かったし、この子はもしかしたら外の世界の方が自由で気楽なのかもしれないな)



昔は、病弱で儚げないかにも薄倖の美少年といった雰囲気で。

何とか豊かな後宮の暮らしの中にくるんでやりたかったけれども。

花鶏に対する忌避感はどちらかと言えば上級役人や貴族たちに蔓延り、恵まれた暮らしと裏腹、彼に忍耐を強いることも多かった。

いつもそばにいた蘇芳が、それを知らないはずもない。



それが今や最低限の護衛の下、海上にいる花鶏はしがらみから解放されたように自由で屈託がなく、正直はしゃいでいる風にさえ見えた。



今も、

「兄ちゃん上手いな、そら、これもやっといてくれるか」

「ああ、いいよ」



花鶏は甲板の床に座り込んで、他の船乗りたちのように上着を脱いだ半裸のまま、無造作に髪を括っている。

なぜか年嵩の船乗りからあれこれ言いつけられて肉体労働をしているのが当の第三皇子だと、誰も気づいていないようだ。

いや、正確には護衛の兵は気づいていて、しかし窘めることも出来ずに遠目に見守るしかない、と言った様子である。

離れた位置で見ていた凱将軍が、こそっと蘇芳に耳打ちした。

「いいのでしょうか。おそらく彼は気づいていませんよ、相手が皇子だと。暇を持て余した護衛か何かだと勘違いしている」

蘇芳は苦笑した。

「殿下もあえてそういう格好で船内を出歩いているので文句は言えませんね。船長は無論気付いているのですが……酔狂だと思って見逃してくれているようです。将軍も多めに見てやってください。殿下は多分、船乗りたちを構うのが楽しいんでしょう」

「……普通は手を見て気付くのですよ」

蘇芳は首を傾げた。将軍は自身の手を握ったり開いたりしながら、

「貴人の手というのは白く滑らかで傷もタコもない。殿下がいくら立ち居振る舞いを崩しても、手を見れば違和感があるものです。船員がそれに気づかないのですから、普段からそういう力仕事をご自身もやっておられるんでしょう」

凱将軍は続けて、

「皇族には皇族の責任がある。それは誰でもできる労働ではない、という者がいるし実際はそれが正しい。ただ、私は殿下のああしたところが嫌いではありません」

言ってから「口が過ぎましたね、お忘れを」と頭を下げる将軍に、蘇芳はいいんですよと笑った。

「知っていますか将軍、殿下は昔あなたに憧れて身体を鍛え始めたんですよ」

えっ、と驚愕する将軍に

「後嗣の儀の後、私が殿下に凱将軍のように強い家臣が欲しくないかと聞いたときに。殿下は、自分が今から頑張れば凱将軍のように強くなれるだろうと。さすがに5年かそこらで将軍の腕に追いつくのは無理でしたね。でも随分逞しくなったと思いませんか」

愛おしむような眼差しで花鶏を見やる蘇芳に、将軍は少し考えてから

「それは私に憧れてというよりは、対抗しているのでは……」

「どういうことです?」

将軍がもごもと口ごもっていると、

「先生、凱将軍も。港がもうすぐ見えてくるそうですよ。……どうかされましたか?」

花鶏が汗で張り付いた髪を括りなおしながら首をかしげる。

「いいえ、殿下。では蘇芳殿、私はこれで。上陸前に部下たちの指揮を執らねば。失礼します」



将軍が拱手しててきぱきとその場を去ると、蘇芳は袖口で花鶏の額と顎から滴る汗を拭ってやった。



この数日間の移動で、随分と船上の気候が変わりつつあった。

瀧華国にも四季があるが、どちらかと言えば常春の温暖な気候が長く続き、間隙を埋めるような短い寒期があるのみ。

「殿下、上陸前にきちんと服を整えて。そんな半裸で人前に出たらいけませんよ」

花鶏は大人しく汗を拭われながら苦笑して、

「だって暑くって。こうしてると海風が心地いい。瀧華国の礼服はこの気候には不向きですね。先生はどうしてそんなに涼しげなの?汗一つかいてない」



花鶏は指の背で蘇芳の首筋を下から上にすっ、となぞった。

思わずびくりとした蘇芳に気付かなかったように、にこりと笑う。

「……そんな訳ないか。先生、上陸前に髪を結ってあげますよ。首の後ろが暑いでしょう」

「……いいから、服を着なさい。船乗りの真似もお終いですよ。ここからは第3皇子として、カデンルラの皇族と会うのですから」

「はいはい」

花鶏は飄々と答えながら蘇芳の袖を引っ張って船舶の自室に引き返してゆく。

自然、つられて蘇芳も花鶏の後を追う形となった。

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