瀧華国転生譚 美貌の悪役文官は病弱皇子を手懐けたい

飛鳥えん

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第3部(終章)

繰り返しの世界

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突然大きな音を立てて立ち上がった芦屋を周りが不審そうに見えている。

芦屋は構わず、オフィスのドアに飛びつき、まろぶように外へ出た瞬間、駆けだした。

(エレベータは駄目だ、遅い、階段ッ!)

頭の中がシャッフルされた様に、眩暈とは気がしてくるが構っちゃいられない。過去最悪の体調だが、過去最高に狂喜していた。

「思い出した、……思い出したぞ!くそッ、なんで忘れるんだよ馬鹿じゃねぇのか!?使えねえ脳みそすぎるだろうがッ」

ついぞ人前で口にしたことがない罵詈雑言で己を罵った。罵りながら通用口を目指して廊下を走り抜ける。
花鶏が今の蘇芳を見たら驚くだろう。いや、面白がって笑うかもしれない。

「先生って結構口が悪いですよね」と。

その様がまるで見たように脳裏に浮かんだ。自分の馬鹿さ加減に泣きたくなった。
花鶏のもとへ戻ったら絶対に一発殴ってもらおう。
なにが「きっと私の方が先に起きて待っていますから」だ。この大ウソつき野郎!

この世界の仕組みは考えたって無駄だ。さっきまで湾岸公園の端にいて、そこから水中に飛び込んだまでは覚えている。
もちろん、カデンルラからの帰国船で星灯を灯篭流しに見立てて海に送り出したことも。
なのに、次の瞬間にはこれだ!またいつもの見慣れた会社に戻っている。異常な世界に閉じ込められた。

「花鶏っ」

長いこと呼んでいなかった名前。この世で一番大好きで、大事な名前だ。
(俺の大馬鹿野郎!よりによって花鶏を忘れるなんて!お前が初めて愛した人間の名前だろうが!)

右に曲がる、左を折れる、突き当りをまた右に曲がって……おかしい。
芦屋は立ち止まった。息も荒く周囲を見回す。元のオフィスの前に戻っきている。先にある廊下があり得ないくらいどこまでも伸びていて、10歩で辿り着くはずのエレベータはあっという間に何百メートルも遠ざかっていた。

冷や汗が首筋を伝って襟元に染みを作る。どくどくと心臓が跳ね、眩暈がひどくなった。このまま心臓が破けるんじゃないかと思った時、ぽんと肩を叩かれ飛び上がった。

「ッ!」
「はは、なに驚いてんだよ。会議始まるぞ、行こうぜ」

暢気な顔をして立っていたのは、同僚……いや、男だった。

「……会議だと?ふざけるな」

飛びずさって睨みつけると、気に留めた風もなく、同僚……いや、同僚だと思っていたナニカが、オレンジの分厚いファイルを片手に隣の部屋を指した。

「誰が行くか!お前……誰なんだ」
「同僚だろ?」
「苗字も名前を思い出せない隣の席の同僚なんているか!ここはどこだっ、これは……<水蟲>の……沙羅が見せてる夢の中なのか!?」
「<終焉の微睡みEND>のこと? ああ、違う違う!傍目からはそうなんだけど、中身は全然別物。説明してやるから、会議室に行こうぜ。あと5分で始まるぞ、遅刻しちまう」

芦屋は唖然とした。終焉の微睡みEND……作中の正式な用語だ。
なんでこいつが……沙羅の夢の中でその言葉を口にするんだ!?
目の前にかざされたファイルのタイトルが視界に入った。

「おい、落ち着けって。はは」

ひったくるようにしてファイルを奪った。タイトルを凝視する。アケミツが持っていたファイルと同じだ。エレベータで見た時は、四字熟語みたいな漢字が並んでいると思うだけだった。

どうしてその時、「これ」に気付かなかったのか。

瀧華国寵姫譚そうかこくちょうきたん~白虎の章~における、突発事象とその対処について』

「なんだ、これ……なんでゲームの名前……対処って」
「はい回収~」

間延びした声で芦屋の手からファイルを抜き取った「同僚」が、ほらほらと急き立てる。
「どうせ頑張ってもビルから出られないんだしさ。説明してやるって言ってんだから大人しくついて来いよ」

にぃ、と唇の端が吊り上がる。

「心配しなくても、向こうにはちゃんと代わりをいれといたから。ほら、行った行った!」
ぐいぐいと背中を押され、隣の会議室に勢いよく押し込まれてしまった。



「『蘇芳』を連れてきましたよー!」
「遅刻だよ。二人とも早く席について」
つんのめった態勢で顔を上げた先にいるのは、アケミツだ。

(アケミツって……適当過ぎるだろ。現代日本人なら、せめてそれらしい漢字を当てろよ)

今にして思えば、違和感だらけだ。舞台セットみたいな会社やオフィス。変化のない日常。エキストラみたいな、街ゆく雑踏。

見れば黒いデスクチェアーが二つ空いている。そこへ座れと言うのだろう。芦屋はその場に憮然と突っ立っていた。
他の席にはすでに顔も知らない社員の風体のナニカが着席していて、眠そうに前に立ったアケミツの方を見ていた。

「……この「会社」で俺が長時間まともに会話したのは、そこのお前と、あんただけだったな」

それ以外の人間と、一定時間、口を利いた記憶がないなんて現実だったらあり得ない。そのことに芦屋は何の疑問も持っていなかったのだ。

アケミツは頷いて、手元のファイルをめくった。同僚は芦屋が着席しないと分かると、自分だけ余った席に腰かけた。表面上、会議の体裁が整うと、アケミツは「じゃあ始めようか」と言った。

天井に吊り下げられたプロジェクターが作動し、白い壁に映像が映った。

「……」
「今回、私たちが問題視しているのは、外部要因によって物語の筋書きが変わったことだけではないの。そうではなくて、登場人物たちの人格に影響を与えて、パーソナリティが複雑化したことに危機感を持っています」

芦屋は意味が分からず黙っていた。何が始まるのか身構えていたら、突然予想もしない方向から、確信を突くことを言われたせいでもある。

「元は単純、失礼、真っ当なヒロインだった<秘跡の巫女>が等身大の女の子になっちゃうし、自信と善性に溢れてるはずのヒーローは幼少期から人に言えない鬱屈をため込んだ男に。百年前の悲劇のヒロインは執念の復讐キャラになって主人公たちと敵対。悪役だったはずの第三皇子は誰かさんに一途な愛情を捧げる純情青年になった」

(……花鶏)

芦屋は顔をしかめた。「誰かさん」と言った途端、全員がこっちを見たからだ。無言で睨み返してやる。

「それだけなら見逃しても良かった。君が気づいたように、裏設定ではそういう描写も匂わせてあったしね。でもさすがに『世界観の書き換え』までされちゃうと、こちらとしても介入せざるをえない」

「世界観の書き換え……?」

(それより、お前たちがなんなのか、ここがどこかを教えてくれッ……)

「<名もない国>、覚えてるでしょ。ずっと気にしてたものね」

久々に聞いた名前にはっとする。これまで、誰に聞いてもまともに相手をしてくれなかった国名だ。
スクリーンに見立てた壁に、世界地図……『寵姫譚ちょうきたん』における大陸や島、海が映し出された。

「『寵姫譚』に登場する国は瀧華国、カデンルラ、それに鎖国中のミズホの国。この三国だけ。<名もない国>なんて初めから無い。なのに勝手に神力で大地をならして強引に建国なんかするから、後付けで『四季をつかさどる四つの国』なんて言い回しで帳尻を合わせるしかなかった。なるべく影響が出ないよう、あの国のことを、みだりに口にしたり関心を持つこともタブーにしておいたの。誰もまともに取り合ってくれなかったでしょう? 神から見捨てられた国。まさに文字通り。建国した当人がそれを忘れて放置してるんだもの」

「当人って、誰のことだ」

一つの国を興す人間。そんな重要人物が、作中にいただろうか。まったく思い至らない。
アケミツは答えずに、人差し指を立てた。

「最後が一番大きなエラー。<三觜>を濫用して、何度も私利私欲のために物語をやり直してる。やり直す度に違うルートが構築されて、環境は変化し、筋書きも変わる。本人に記憶はない。半永久的に観測をするこっちの身にもなって頂戴。83回目で新しい国まで作った時は、どうかしてると思った。ただの登場人物のくせに、執念深すぎて制御できない」

着座した面々はうんうんと頷き合っている。

ーまったくだ。
ー手に負えないな。

「しかも世界観の書き換えは容量が重くて、次のやり直しでも、建国した国はそのまま残っちゃったのよ」

ーあれには驚いたね。
ーやり直したら元に戻るかと思いきや、そうはならなかったな。

「話に……話についていけないんだが」
さっきまでの警戒や怒りがしぼんで、ひたすら情報を咀嚼しようとするが、無理だった。
話の要点が見えないのは、アケミツが主語を省いて喋っているせいでもある。

「……誰が、何のために<三觜>を濫用したって? それに<名もない国>を作った……?」

国を作る……そんな真似、できる人間なんていない。そんな神みたいな……神?

<三觜>を、使ったことがある人物。神のごとき御業……神力。

「まさか……そんなはずない」

アケミツがふっとため息を吐いて、「他に誰がいると思ったの?」と尋ねた。

「君の花鶏殿下は、蘇芳が死なない世界を作るために<三觜>に願った。以来、蘇芳が死ぬたびに、あの世界は花鶏と蘇芳の最初の出会いを半永久的に繰り返している。ちなみに、今回が通算223回目のやり直しです。ーーお疲れ様」
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