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『君の知らない魂の決意』

010 『Meeting -2-』

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 自分の意見は誰よりも正しいと思っている神埼スズナは、ユウラの煮え切らない顔を見て、

「あら、何か納得がいかないようだけど、私の考えに矛盾している点があるのかしら?」

 と、あくまでもユウラと勝負をしていると言わんばかりに挑発した。

「いや、その予想で間違いないと思う。だけど、一瞬で入れ替える方法が引っかかるんだ」
「方法なんて1つしかないと思うけれど」
「ああ、俺もそれ以外にはないと思うけど、24時間体制で監視されている状態では、そもそも準備している隙がないんじゃないのか?」
「君たちが想定している入れ替え方法は、転送装置を用いているということか?」

 と、二人の会話に割って入るように、八王子クダイが訊く。

「はい。しかし、転送するには送信する側と受信する側で専用の転送装置を設置することが必須なことは、八王子隊長もご存知のはずです」
「もちろんだ。我々も最初は転送装置を使用しているのだろうと考えていたが、無断で《未來ミナ》を持ち出される危険性を考えて、格納庫内には転送装置を設置していないようだ。実際にWonderに派遣した捜査隊にも、格納庫内を確認させているから、その点については確かだろう」

「そうなると、答えは1つしかないかしら」
「奇遇だな、俺もそれしかないと思う」

 ユウラと神埼スズナは互いに苦手意識を持っていたり、ライバル視していたりするが根本的には同じ穴の貉。

 考えることも似ていれば、導き出す答えも大抵同じ。意識し合わずとも、そうなってしまう。

「まったく、君たちは軍事クラフターになったばかりだというのに、作戦会議の場で物怖じせずに痴話喧嘩を始めたと思えば、二人だけがわかるような会話をして、熟年夫婦かい? 我々には時間がない。ここから先は、一言一句無駄がないように簡潔に意見を出し合ってもらえると助かる」
「じ、じゅ……じゅく……」

 熟年夫婦という単語に、妙な反応を見せる神埼スズナは、顔を赤らめて上手く言葉にすることができなくなっていた。

 一方で、ユウラは少しでも早く事件を解決し、魂の研究を続けたいと淡々と話し始める。

「現在の技術で、瞬時に物体を入れ替えることが可能なのは、転送装置以外にあり得ません。それを踏まえて考えると、新型の転送装置をクラフトした可能性が高いと思います。それもかなり小さいサイズで、《Alice》本体に装着できるものかと」
「そうなると、社内の人間が犯人ということになるか」
「いえ、それは断言できません。これは可能性としてですが、従来の転送装置が専用機器を設置している場所にだけに送受信できるのに対して、新型の転送装置は、GPS機能を応用して任意の場所に転送することが可能かもしれません」
「そうだとしても、どうやってあの監視の中《未來ミナ》に転送装置を取り付ける? ダミーには事前に取り付けられたとしても、本物はずっと格納庫の中にあるんだぞ」
「ダミーが2体あれば、1体を格納庫へ置いておき、もう1体は回収用で使うことができます」
「確かに、それであれば外部の人間でも可能か。そうなると、社内の人間か定期的に格納庫が一般開放されるときに見学しにきた人間に絞れるな」

 八王子クダイは、ユウラの推測を元に捜査隊へ社内関係者と直近1年以内の見学者のデータを集めるように、テキストベースで指示を送った。

 このとき、ユウラにはもう1つの可能性を見出していた。しかし、それは過去に例を見ない無謀とも思える生きた人間を転送すること。

 転送装置は、物質を光粒子化して送信し、受信先で元の形へと再構築することを可能にした装置。

 例えるならば、様々な情報をデータ化して、送受信するインターネットと似た原理だ。

 この仕組みで、人間や動物などの転送はまだ行われていない。なぜなら、光粒子化する際に人体にどんな影響があるのか予測がつかなかったからだ。

 だが、2016年に転送装置とは言い難いがとある実験が行われた事例があった。

 それは病原菌ウイルスの転送だ。この実験は、中国とアメリカの二カ国で共同開発を進められていた転送装置を用いて、中国で流行していたウイルスをアメリカへ転送するというもので、成功事例として公表されている。

 現在、使われている転送装置の元となったものだ。当時はDNAの情報をデータ化し、転送先に用意しているウイルスを構成する物質とDNA情報を掛け合わせ再構築することで、擬似的に転送を可能としていた。

 元々は、新型のウイルスが蔓延した際に、ワクチンの開発を各国と連携するために開発された技術だったが、それを悪用した犯罪組織によって、殺人ウイルスが広範囲にばら撒かれ、世界的にも大打撃を受けた経緯があり、ウイルスを含めた生物全般の転送の研究および使用は禁止されている。

 過去使われていた方法であれば、不可能ではないが、命を落とす危険性がある人体転送を行うことは、現実的に考えて無理だと判断したユウラは、このことを言わずに心に留めておくことにした。

「本日中に疑わしい人物をリストアップする。明日、君たちにも捜査隊に加わってもらい、《BLACK》と《未來ミナ》の捜索してもらう。また、今後はバディで行動してもらう」
「八王子隊長、バディの組み分けはもう済んでいるのでしょうか?」

 何か嫌な予感がしたユウラは訊いた。

「ああ、すでに決定している。君たちは新人だが頭も切れるし、クラフターの力量としては申し分ない。それに先ほどの意思疎通している様子を見て決めさせてもらった」
「つまり、こいつとバディを組めと言うことですね……。わかりました」

 不本意ではあったが、上官の命令は絶対。恐らく、他のメンバーも今回の事件以前から行動を共にする相棒がいるのだろうと、承諾した。

「以上で、初回の作戦会議を終了とする。各々、指定されている宿舎にて待機。明日の朝7時から行動を開始することを頭に入れ、《Alice》の武装クラフトを含めて整備を済ませておくように。では、解散!」
「あ、あの! 俺の《Alice》は、ルカはどこにいるんですか?」

 ボカロホールで拘束されて以降、ルカを見ていない。どこへ連れて行かれて何をされているのか聞かされていないユウラは、この場を去ろうとする八王子クダイを引き止め訊いた。

「君が泊まる宿舎の部屋に送り届けている。念のため、武装クラフトが施されていないか確認もさせてもらっていたが、特に不審な点は見つからなかった」
「そうですか。念のためってことは、やっぱり俺の疑いはまだ完璧には晴れていないということですか?」
「いや、もう君を疑っていないよ。ただ、君の《Alice》が犯人によって悪用されていないという保証はなかったからね。仮にもルカという《Alice》はデータ上、存在しないことにされている。君がデータを改ざんしていないのであれば、何らかの理由で《BLACK》が消したことになる。だから、念には念を入れて調べる必要があっただけのことだよ」
「確かにそうですね。ルカが待っているなら、俺はもう行きます。失礼します」

 仕方のないことではあるが、所有者にとって大切な存在である《Alice》を無断で調べられたことが気にくわない。一昔前でいえば、スマートフォンのロックを勝手に解除されて、通信履歴やら写真や動画、そこに入っている自分の情報を洗いざらい見られるようなもの。

「色々あったから、疲れているだろう。今日はゆっくり休むといい」

 ムスッとした顔で立ち去ろうとするユウラに、労いの言葉をかけて見送る八王子クダイ。

 ユウラは、振り返ることなく出口へ歩みを進め、ブツブツと小声で文句を言いながらルカの待つ宿舎へ向かった。
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