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公爵令息
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アロイスの右目はどこにでもいる…と言っても男爵家にいる人しか見たことは無いのだが、比較的多い濃い茶色だ。少年のように青い目をしている者は見たことがないが、少年が平然としていることから当たり前にいるのだろう。しかしアロイスの左目は金に近い色をしている。先程ブツブツと少年が言っていたが、色素が薄いと言えばそうなのかもしれない。
そういえば、前世でオッドアイの猫なんかがいたな、と思い出した。
「…呪いじゃないの?」
淡い期待がまたしても芽生える。呪いじゃなければこんな暮らしから解放され普通に暮らすことが許されるのではないか。アロイスには兄がいるらしいが、会ったことのないその兄とも普通に会えるのではないか。そんな期待が少しずつ増していく。
「知らん」
尊大な態度で言われ呆気にとられた。
さっきから何なのだ。呪いだと言えばそれを否定し、本当に呪いじゃないのかと問えば知らんの一言で突き放される。
期待と絶望を繰り返させて何が楽しいのか。
沸々とした怒りが湧き上げてくる。
第一、少年は何故こんな所にいるのか。
「何だよそれ…てか、君は誰?何でこんな所にいるの」
思わず怒気を含ませた。
少年が一体誰なのかも、何が目的で来たのかもわからない。呪いの事を知らないということは、アロイスに用があって来た訳じゃないのは確かだ。
「何だ急に怒って……確かに自己紹介が遅れて申し訳ない。ヴィルフレド・リオルディだ」
一瞬たじろいだ少年は凛とした佇まいになると、綺麗なお辞儀をして見せた。
ヴィルフレドという名に覚えがある。確かゲームに出ていたはずだ。
記憶を懸命に掘り起こせば、難なく答えに辿り着く。
聞き覚えがあって当然だ。ヴィルフレド・リオルディと言えば、まず初めに接触しなければならない攻略対象の公爵令息だ。
「こ、公爵家!?どうしてこんな所にっ!?」
益々疑問が湧く。公爵家と言えば最高位の貴族。男爵家なんかに一体何の用があると言うのだ。
だが合点がいったこともある。尊大な態度と言葉の端々に大人びたものを感じたが、公爵家というなら納得だ。
「魔法の練習をしていたんだが、風魔法でたまたまここに来てしまっただけだ」
独学は良くない、などと言っているが、独学で魔法が使えるなんて羨ましい才能だ。
「す……すごいっ!僕でも魔法が使えるようになる!?」
興奮し身を乗り出して聞くと、ヴィルフレドが体を反らせる。
「練習すれば使えるだろうが……それより、君の名前は?」
人に聞いておきながら自身は名乗っていない。しかも相手は公爵家の嫡男。知らなかったとはいえ不敬にも程がある態度の数々に、一気に血の気が引いていく。
「す、すみませんっ!サクラーティ男爵家のアロイスですっ」
礼儀作法など当然習ったことはなく、ただ頭を下げてお辞儀をすることしか出来ない。前世の知識ではこれが精一杯だった。
「アロイスって呼んでいいかな?」
「は、はい」
「俺のことはヴィルフレドでいい」
ここまでの不敬を考えるとアロイスに拒否権はない。
「ヴィルフレド、卿?」
せめて敬称を、と思うがヴィルフレドは不満だと顔を顰めた。
「……様」
これならどうだとチラリと視線を送る。
それでも不満そうだが、これ以上はアロイスも譲れない。格上の相手に呼び捨てなどできるはずがないのだ。
「……はぁ、仕方ない」
漸く折れてくれたが、矢張り納得はいってないようだ。
「で、男爵家の子なのに呪いがかけられてるからこんな所に押し込められているのか。歳は?まだ幼いようだが」
「多分ですが7歳くらいだと」
「7歳?俺と一つしか変わらないのか。言葉は大人びてるようだが、勉学だけは習ったのか?」
だけは、という言うことは矢張り先程のお辞儀を見て礼儀作法がなってないと思ったのだろう。当然と言えば当然なのだが。
「勉強は何も…ただ一日暇なので奥にある本を読むくらいです」
ベッドがある部屋を指差す。そこには無造作に積まれた本があり、アロイスはそこから読めそうな本を見つけては読んでいた。読むと言っても辞書はなく、前世を思い出してからパズルのピースを合わせるように文字を解読してるので大して進んでいないのが現状だ。
「独学なのか…凄いな」
徐に本の方へと歩いていく。アロイスも倣うようにヴィルフレドの後を追った。
「色んな本があるな……ん?魔術書もあるじゃないか」
「え?魔術書があるの……ですか!?」
クスッとヴィルフレドが笑う。慌てて言い換えたのがおかしかったのだろう。
「二人の時は敬語はいらない。その方が話しやすいだろ」
確かに会話にすら不慣れな今、有難い申し出ではある。アロイスは素直にその厚意に甘えることにした。
「ありがとう」
そう伝えるとヴィルフレドは嬉しそうに小さく頷いた。
魔術書が気になり、ヴィルフレドが取った本を覗き見るが、残念なことに全く読めない。図や挿絵があるが一目見てそれが魔術書かどうかもアロイスにはわからなかった。
「この文字が魔術。これが書いてあれば大体魔術書だと思っていい」
文字をなぞりながらこれがこうで、ああでと教えてくれる。
気づけば床に座り込み、二人で魔術書を読み漁っていた。
「大変だ!」
突然ヴィルフレドが声を上げる。
「どうしたの?」
「帰らないと!家を抜け出したことがバレてしまう」
そうだ。ヴィルフレドは独学で魔法を使いここに来たのだ。この慌てぶりからすると家の者にも何も伝えていないのだろう。
「え、大丈夫?帰れる?」
外を見れば日が暮れかけている。家が何処にあるのか知らないが、このままだとヴィルフレドが叱られてしまうのではないかと不安に駆られた。
「大丈夫。この魔術書に風魔法のことが書いてあったからさっきより上手くやれる」
得意げな笑みを見せるとヴィルフレドは外に繋がる扉を開けた。アロイスが今まで開けることのなかった扉だ。呪われているのだから外に出てはいけないと無意識に自戒していたのだろう。
その扉から顔を覗かせた。
周囲は草が生い茂り、所々木が立っている。冬の時期なので葉は落ちてしまっているが、暖かくなれば花が綻ぶだろう。少し離れた場所には屋敷が見えた。
「アロイス、今日はありがとう」
「こちらこそ……初めて楽しい時間が過ごせた」
「必ずまた来る」
夕陽に照らされたヴィルフレドの顔は穏やかな笑みを浮かべている。
「うん、また」
アロイスも笑みを返す。真意は知れないが、その言葉だけで雀躍の思いだった。
シューッと、風が巻き上がりヴィルフレドの体が浮いていく。アロイスはそれをただ見上げていた。
「約束だ」
その言葉を残し、ヴィルフレドは去っていった。
「約束…」
小さく言葉を落とす。約束なんて人生で初めてだ。
ヴィルフレドが去っていった空をじっと見つめた。夕陽はいつの間にか厚い雲に覆われて、辺りが静寂に包まれる。深々と雪が降り始め、アロイスは扉を閉めた。
静かな部屋。いつもの事なのに寂寥感に襲われ、一人シーツに包まった。
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