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市街地へ
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久しぶりに訪れた王都市街地。
今日の目的は ル・ローザだが、ゲームの中とはいえ、中世ヨーロッパを思わせるような街並みは圧巻だ。
「ヴィルフレド!早く!」
興奮気味にヴィルフレドに手招きをする。目的地など知らないのに、早く早くと促してしまうのはヴィルフレドと出掛けることを楽しみにしていたからだ。
ラミアが入学してきてから落ち着かない学園生活。魔術学は楽しいのだが、身についたかと言えば話は別で。魔法は発動するのに威力が大したことなかったり、そもそも発動しなかったりと、進級できたことが奇跡に思える。
留年だけは避けたいとあれだけ必死に補習を受けたのは前世を含めて初めてだ。
前世では魔法などなかったのだから、元より適性がないのではと疑ってしまう。
記憶にあるファンタジー漫画では転生する際能力を与えられていたが、この世界ではそんなものないらしい。でなければ転生したのがストーリーとは関係ないキャラで、しかも呪われているからと虐げられるなど不遇でしかない。
自室以外では、入学にあたりプレゼントされた眼帯を使用しているが、それとは別にアロイスの左目には覆うように長い前髪が垂れている。ヴィルフレドは見目も大事だと伸びっぱなしの髪を切るよう提案してくれたが、アロイスにはこの伸びっぱなしの髪の方が都合が良かったので、整える程度に留めている。
もし眼帯が外れたら…そう考えると少しでも目が隠れるこの髪を手放せなかった。
もしこの目を見られて「呪いの子」と言われてしまったら…根強い恐怖は棘となって刺さったままになっている。
だがこの眼帯と髪のおかげで安心して街を歩くことが出来るのだ。
「ここだ。もっと早く連れてくればよかったな。こんなにはしゃぐアロイスは珍しい」
「そ、そんなことないっ!」
子供っぽくはしゃぐ姿はヴィルフレドにとって珍しかったかもしれない。しかし、それだけアロイスは嬉しかったのだ。
ラミアに邪魔されることの無いヴィルフレドとの時間。たまにはこんな日があっても許されるはずだ。
「どうぞ」
店に着くとルーシャンが扉を開ける。
店内からは甘い香りと香ばしい香りが漂ってきた。
「お待ちしておりました、リオルディ卿」
「当然すまない」
「いいえ、卿の御席は空けておりますので、いつでもお越しくださいませ」
恭しく頭を下げ、オーナーが出迎える。
人気店にも関わらず公爵家なら予約なしでも行けると言ったイールの言葉がよくわかった。
リザーブなどせずとは、公爵家が一席買い取っているのだ。
さすがすぎる。
出迎えたオーナーに案内されたのは一つの個室。
浮き彫りの扉を開くと、燦々と陽の光が注ぐ大きな窓。中央にはテーブルセットが鎮座しており、こちらにも豪華な浮き彫りが施されている。
「すごい」
公爵家にあるものよりその重厚感は劣るが、元々小屋で過ごしていたアロイスからすれば十分豪華だ。
「気に入ったならよかった。さぁ座ろう」
ヴィルフレドに促され席に着く。
「何か食べたいものはあるか?」
「えっと……」
キョロキョロとメニューを探すが見当たらず困惑するが、ヴィルフレドは期待の眼差しでアロイスの返事を待っている。
「メニューとかって」
「あぁ、基本的にシェフに任せているから忘れてた」
ヴィルフレドがルーシェンと声を掛けると、
「店内で食べられるものであれば、生クリームを使ったケーキと紅茶のセットが人気のようです。軽食であればサンドウィッチとスープですが、サンドウィッチは様々な種類がございます」
と流暢に説明された。
どれも美味しそうで迷ってしまう。
「どうしよ…甘いのも食べたいけど、サンドウィッチもいいなぁ」
「なら、それらを」
「え!?そ、そんなに食べれないよ」
「一緒に食べれば大丈夫だろう」
「あ、ありがとう」
一緒にというのが嬉しく、アロイスは顔を綻ばせた。
程なくして運ばれてきたティースタンド。一番の皿にはサンドウィッチ、二段目にはスコーン、一番上にはひつ口サイズにカットされたケーキが数種乗っている。
「わぁ…美味しそう!」
サンドウィッチも卵、ハムと野菜、スモークチキンとチーズなど種類が豊富で、ケーキは生クリームに苺が乗った王道のものから、ガトーショコラ、ベイクドチーズケーキ、フルーツタルトと彩りも鮮やかだ。
「好きなものを食べるといい」
「ヴィルフレドはどれがいい?」
「俺はいいから。アロイスが美味しそうに食べてくれるのが嬉しいんだ」
「いっつもそういうけど…僕なんでも美味しいから」
「そうだったな」
ははっ、とヴィルフレドが珍しく声を出して笑った。
実際そうなのだから仕方ない。アロイスにとっての食事は男爵家でのパンとスープが基準になっている。それに比べたらなんでも美味しいに決まっているし、もしきちんとした食事を与えられていたとしても、公爵家の食事は特に別格だ。
「アロイスが美味しく食事してくれると本当に嬉しいんだ。昔は出来なかったからな」
少し悔しそうなヴィルフレドの顔に胸が熱くなる。
幼少期のアロイスの食事を見て何度も憤慨していたが、何も出来ない歯痒さもあったのかもしれない。
「いただきます」
ヴィルフレドに気持ちに感謝しながら、心に中で手を合わせる。
以前手を合わせたらマナーがなってないと怒られたのだ。どうやら食べる時に手を合わせるのはこの世界ではマナー違反らしい。
お皿に取ったサンドウィッチを口に運ぶ。一口サイズのそれは難なく口に収まってしまった。
柔らかいパンと具のバランスに頬が落ちそうになり、物足りなさすら感じる。学園で食べるサンドウィッチも美味しいが、さすが有名店。スコーンも香りがいいのは当然ながら、周りはサクッとしているのに中はしっとりと柔らかい。甘すぎない生地はクリームとジャムを乗せて食べるのにピッタリだ。
紅茶にもよく合う。
ケーキは悩んだ末、フルーツタルトにした。程よい酸味のベリーにタルト生地の甘さが調和したまらない。
「美味しい」
「そうだろう」
満足そうにヴィルフレドが微笑む。ヴィルフレドもチーズケーキを口に運びながら頬を緩めていた。
意外だが、実は甘いものが好きだったりする。
ひと通り食べただけですぐお腹が膨れてしまうのは、こういう時勿体ないと感じてしまうが仕方ない。
「連れてきてくれてありがとう。でも、よかったの?ラミアのこと」
ヴィルフレドの眉間に深い皺が出来る。もしかすると触れない方が良かったのだろうか。
「どうしてだ」
不機嫌を隠さないその表情は、ヴィルフレドの素の表情だ。
「どうしてって…ラミアも一緒に行きたいって言ってたから……あれから何も言われていないの?」
「学園ではよく話しかけてくるようになったが、俺からは特に話すことはないからな。それに…」
ため息を吐きながらヴィルフレドが話すが、途中でその表情が険しくなる。
「こんなことアロイスに聞くのは変な話だが……妹は、何かの病気か?」
「え?」
アロイスはなんの事かと目をぱちくりとさせた。
一体何のことを言っているか分からず混乱する。
そんな話は聞いたことはないし、ゲーム上でもそんな設定はなかったはずだ。一回クリアしただけと言えばそうなのだから、もしかするとアロイスの知らない設定があったのかもしれない。実は病弱だったとか。だがそうであれば学園内で噂になってそうな気もするが。
逡巡したが思い当たる節はなく、アロイスは素直にそれを口にした。
「僕が知る限りそんなことないと思うけど…何かラミアから相談されたの?」
「いや、最近彼女がそろそろレオナルド殿下に口添えしてほしいなどど口にするものだから。そんな約束した覚えはないのだが」
首を傾げるヴィルフレド。
確かにゲームだとそろそろヴィルフレドの口添えでレオナルドに接触する頃だ。それがないと先に進めないのだから当然と言えば当然なのだが。それをヴィルフレドが戸惑っているということはそこまで好感度が高くなっていないのかも知れない。
ここでヴィルフレドの口添えがないとレオナルドとの接触は難しくなるだろう。
いや、ゲームの世界であっても行動制限されるわけじゃないのなら、別の貴族から口添えしてもらうという手段もあるかもしれない。
アロイス自身が自由に動けていることを考えると、シナリオの強制力みたいなものは個人に委ねられている気さえする。
「……殿下に話しかけるのってやっぱり簡単じゃないよね」
「なんだ、アロイスは殿下と話したいのか?」
ヴィルフレドの表情が訝しげに歪む。少し怒っているようなそんな表情にアロイスは慌てて首を振った。
自分なんかが気安く話しかけていい相手では無いし、そんなことを考えてると勘違いされたくない。
「ぼ、僕が殿下に話しかけるなんてそんな大層なこと!ヴィルフレドがこうして面倒見れくれるだけでも申し訳ないのに…」
「まだそんな風に思っているのか。俺のためなんだから気にしなくていいと何度も言っただろ」
「でも、まだ僕何も返せてないし…」
「気にしなくて良い。それに、アロイスのことは殿下にもいずれ紹介しようと思ってた。今度時間を作って殿下に挨拶に行くか」
「へ!?いやいや、僕が殿下に挨拶なんて」
思わぬ提案にアロイスの声が裏返る。
「王に挨拶する訳じゃないだからそこまで身構えなくていい」
「でも、王族でしょ?」
「デビュタントを済ませたらパーティで挨拶する場面もある。ただでさえアロイスは貴族と交流が少なかったのだから、口利きがあった方がいいだろう」
確かに普通の貴族ならそうなのかも知れない。だが、学園を卒業すれば漠然と公爵家を出るのだと思っていた。平民としてどこかで仕事を見つけ、そこで一人生きていければヴィルフレドも安心してくれると。
「僕は…学園を出たら仕事を探そうと思ってる。市街で一人でも生きていけるように」
そう伝えるとヴィルフレドが固まった。途端、愕然とした表情を見せる。
「……出て行くつもりなのか」
今まで散々ヴィルフレドに甘えておいて酷い話だと思っているのだろう。
「…ごめん」
「俺が嫌いか?昔……あんなことしたから」
「あんなこと?」
「アロイスが一人で自慰を」
「わぁぁぁあ!!!な、こんな所で、そんな話!」
個室と言ってもここは店内で、しかもルーシャンがそばで控えているのだ。
昔の話とはいえ恥ずかしすぎる。
羞恥にアロイスの顔が赤くなった。
「ルーシャンしかいないのだから気にすることはない。あれが嫌だったのだろう」
「……嫌、じゃなかった」
言葉尻が消えそうになりながらも、アロイスは嫌じゃないとと伝える。
確かに嫌じゃなかった。寧ろ、嬉しかったように思う。
直接体を触ったのはあの日だけで、それ以後ああいったことはされなかった。当然一人で慰めることはあったが、その度にあの日のヴィルフレドの手と目を思い出していたのだ。
とても本人には言えないが。
「じゃあどうして出ていくなど」
「だってヴィルフレドと会ってからずっとおんぶに抱っこで……僕、何も返せてない。今更男爵家に戻れないのはわかってるし、戻るつもりもないけど、なんとか手に職をつけて少しでもヴィルフレドに恩返ししたいんだ」
「……では俺を嫌いになったから出て行くと言ったわけじゃないんだな」
少し不安げに青い瞳が揺れている。
「当たり前でしょ!ヴィーのこと大好きに決まってる!」
「アロイス……ッそうか…よかった。俺もアロイスが好きだ」
今までにない優しい笑み。その表情に思わずアロイスは頬を赤くした。
何かとんでもないことを口にした気がしたが、ヴィルフレドの笑みで全て霧散してしまった。
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