間遠い恋の行方

ゆら

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キス

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 翌週の月曜日。朝、いつも煩いくらい迎えに来るナツが姿を見せず、様子見がてら迎えに行ってみるか、とナツの家を訪ねる。インターホンを鳴らすと、ナツの母親が出てきた。

「ごめんなさい蓮君。ナツのバカ、風邪引いたみたいで」
「そうなんですか」

 こんな時期に風邪を引くなんて珍しいなと思いながら、学校への道程を一人歩く。ナツが休みということは、今日の図書委員の仕事は相神と二人。そう考えると何だか嬉しいような気がしたが、寝ている相神にこっそりキスして以来またしても会うのを避けていたため、怖くもあった。
 気づけば二週間も相神を避けている。校内で時々見かけることはあっても、基本的には関わることなんてないのだ。
 昼休みになり、相神の顔を見ると益々それを感じた。普段通りにしなければと自分に言い聞かせるが、普段がどんな態度を取っていたか思い出せず、どうしてもギクシャクとした態度になってしまう。それでも何とか作業をこなし、放課後を迎え、あとは返却された本の片付けだけとなった。

「相神先輩、これで最後です」

 本棚の上段は高く、蓮では踏み台を使っても手が届かないため、蓮が本を渡し、相神が棚へ仕舞っていく。朱色を帯びた陽が窓から差し込み、相神を照らしていた。
 最後の本を相神へ手渡す。校庭には部活に励む生徒の声が響き、静か過ぎるこの部屋は余計に二人しかいないのだと感じさせられる。蓮は二人だけの時間が終わってしまうことが何だか勿体無くて、残念に思えた。

「なぁ、この前、何であんなことした?」

 そう言われ、蓮は動揺し肩がビクッと揺れる。手渡そうとしていた本を思わず落としそうになったが、間一髪のところで相神が受け取った。あんなことが何のことなのか…蓮は考えれば考えるほど相神にキスしたことしか思い浮かばない。しかし、あの時相神は寝ていたのだ。キスのことであるはずが無い。

「な、何のことですか?」

 そう思い、惚けたように答えるが、それを聞いた相神はムッとした顔をした。相神の口からはっきり言われるまでは肯定することなんて出来ない。それに、キス以外の可能性だってあるのだ。無闇に狼狽えるのも、相神に不信感を与えてしまうだろう。第一、あの相神がキスを許すはずがないのだから真実を言えるはずもない。
 手に持った本を本棚に戻しながら、相神が苛ついたようにチッと舌打ちをした。一体相神は何のことを言っているのだろう。他に心当たりがないかと蓮は考えを巡らせる。

「キス、しただろ」

 振り返った相神が、逃がさない、と言うように真っ直ぐとした目で見つめてきた。

「…っ」

 驚きの余り声も出ない。
 この気持ちを伝えても、自分が傷つくだけ…。
 そう考えていた蓮が何も言えるはずはなかった。
 何も答えられない。何と答えていいのか分からない。何も言わない自分はとてもズルイことは分かっている。だが、今この場で答えなければ、後で落ち着いてからどんな言い訳も出来る。そんな打算的な考えが蓮の頭を巡っていた。

「ナツと付き合ってるんだろ? 誰にでもあんなことするのか」
「違っ」

 蓮はその言葉でキスしたことを肯定することになっても、そこだけはどうしても否定したかった。
 誰にでもするわけじゃない。
 相神だからしたんだ。
 だがその言葉は飲み込んだ。思わず上げた声に相神が驚いたような顔をしている。

「だったら…尚更だ」

 相神の声が先刻よりも芯を持つ。表情もより問い詰めるように威圧的で、蓮は追い詰められた小動物のように、本能的に逃げたくなった。逃がさない、というように、一歩、また一歩と距離を詰められる。相神に距離を詰められる毎に、蓮は一歩ずつ後退りした。

「あ…」
 トンと背に棚がぶつかる。
 長い時間じりじりと駆け引きめいたことをしていた気がするが、元々いた場所からほんの一メートルほどしか動いてはいなかった。もうこれ以上後ろには逃げられない。蓮を囲うように相神の両腕が本棚につく。間近に迫る相神の顔に、蓮は逃げ場を断たれた。

「ナツが好きか?」
「っ…幼馴染ですから」

 相神の目に息が詰まりそうになる。

「じゃ、俺は?」
「え?」

 思ってもない突然の質問に蓮は一瞬理解出来ず、思考が停止する。
 相神のことを?
 勿論好きに決まっている。だけど言ってどうなると言うのだろう。嫌悪されて、侮蔑されて…。
 その先は見えなくて怖い。だからこそ何も言えないのに、相神はどんな答えを望んでいるのだろう。
 今まで口を開けば喧嘩ばかりで、ろくに会話も出来ていなかった。それでも一緒に委員会の仕事が出来て楽しかった。嬉しかった。それだけしか繋がりはなかったけれど、それだけの繋がりしかないから、これからその繋がりを少しずつ広げることが出来るかも知れない。でも、自分の気持ちを伝えればこの繋がりは消えてしまう。蓮は、今、この繋がりを捨ててしまうことが怖かった。
 好きだから、どんな形でも傍にいたい。それがただの後輩だとしても傍にいられるなら十分だ。だから…だから、それ以上…。
 伝えられない想いに押し潰されてしまいそうになってしまう。耐えるように蓮は下を向いた。

「俺を好きになれ」

 ハッキリとした声音。聞こえた言葉に再び蓮の思考は停止した。

「え?」

 蓮が顔を上げると真っ直ぐ見つめる真摯な瞳にぶつかる。強気な、だけど、その奥に不安を隠したような瞳。微かに揺らいでいる。

「好きになれ」

 今度は掠れたように囁かれ、その言葉が背筋をゾクゾクッと通り、全身が痺れていく。
 刹那、相神の顔が近づいたかと思うと唇に何かが触れた。眼前に見える相神は目を閉じていて、その睫毛さえ触れそうなほどの距離。キスしている。そう気づいたら、蓮は息が詰まった。この前よりも確りとした唇の感触をハッキリ感じる前に、その唇は離れていってしまう。一瞬で離れてしまった唇の感触が名残惜しく、蓮は追うように自ら唇を寄せた。それに答えるように相神の唇も返ってくる。
 これは夢じゃないかと疑ってしまう。だが、ちゅ…ちゅ…と触れ合う音が耳の届き、本当にキスをしているのだと実感した。
 触れる吐息に感じ入るようにすれば、僅かに開いた唇の隙間から相神の舌が侵入してくる。絡め取るように舌を吸われ、心臓がドクドクと煩く鳴る。キスと同時に体の力も吸われているのではないかと思うほど全身から力が抜け、膝がガクガクと震え始めた。蓮は耐えるように相神の腕にしがみ付く。
 長いキスに立っているのがやっとになってきた蓮は、限界を訴えるように相神の袖を小さく引いた。気づいたように相神の唇が離れていく。耐え切れず、崩れ落ちるように蓮はその場にしゃがみ込んだ。
 はぁ、はぁと息が乱れ、なかなか整わない。
 相神が平然とした様子で蓮の前に座る。それを、はぁと息を吐きながら惚けた顔で見やると、相神の唇が微かに濡れていた。今目の前にあるその唇と今までキスしていた。そう実感させられ、一気に顔が赤くなっていく。

「好きになったか?」

 瞳は変わらず真っ直ぐで、その瞳からは不安の色は消えていた。いつもの鋭く強い、不遜な瞳。
 気持ちの全てを相神に持っていかれてしまった。この瞳と唇に、相神尋という人間に、蓮は捕らわれた。
 相神が真剣な顔で答えを待っている。その瞳を見返し、蓮はそっと呟いた。

「もう……ずっと前から…好き、ですよ」

 小さく呟いた蓮の言葉は静かな部屋の中で確実に相神の耳へと届いた。それは、先刻までは絶対に伝えないと決めていた言葉。相神のキスで緩んだ心が、素直に気持ちを伝えてしまっていた。この後どうなるかなんて、惚けた頭じゃ考えもつかない。
 ただ、本当にこの人が好きだ。
 それだけ感じていた。

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