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第7章:『お菓子法』と三者三様の溺愛(残り40日)
7-1:女王対策会議と王女の発案
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ハートのテン男爵の失脚という大事件から、さらに五日が経過した。アリス来訪までのカウントダウンは、残り四十日を切っている。
男爵の排除によって、リリアの行政改革を妨げる最大の障害は消滅した。王宮内の業務フローは極めて効率的になり、騎士団の士気は高く、ラビ宰相の執務室は清浄そのものだ。リリアのRTAは、目に見える形で成功へと突き進んでいた。
しかし、リリアの心には、まだ拭いきれない「リスク」が存在していた。
(ハートのテン男爵は排除できたけれど、女王陛下という『最大の破滅フラグ製造機』は、まだ健在だわ)
リリアは、自室の執務机に、女王レジーナの直近三ヶ月の『癇癪発生頻度』をグラフ化した羊皮紙を広げた。王女宮のこの一室は、彼女の改革が始まって以来、優雅な生活空間というより、冷徹な戦略司令室へと変貌していた。大理石の床は磨き上げられ、窓からは午後の光が差し込んでいるが、部屋の空気は常に張り詰めている。そこには、王女の甘い夢の代わりに、経営者の鋭い決断が満ちていた。
女王の機嫌は依然として不安定で、特に天候が崩れたり、隣国からの外交文書が届いたりするたびに、ヒステリーのレベルは天井知らずに跳ね上がっていた。羊皮紙に描かれたグラフは、女王の癇癪発生回数を示す赤線が、行政の業務遅延を示す青線と、完全に連動している事実を冷酷に示していた。その連動性は、まるで女王の感情が、この国の業務効率を直接支配しているかのようだった。
リリアは、羽ペンを羊皮紙に叩きつけるように置き、目の前で静かに控える三人の側近にそう告げた。彼女の声は、業務の非効率を指摘する経営者の声そのものだった。
「女王陛下の癇癪は、行政効率の観点から、最も非効率で、かつ予測不能なリスク要因です。グラフを見てください。直近の三ヶ月で、陛下が『首をはねよ』と命じた回数は二十四回。その都度、行政の決済フローは五時間以上の遅延を強いられています。この非効率を放置すれば、私のRTAは必ずどこかで破綻を迎える」
リリアの背後には、真紅の騎士服に身を包んだジャックが、石像のように直立していた。彼の青い瞳は、リリアの美しい後ろ姿と、羊皮紙に書かれた冷徹な数字を、一秒も休まず交互に捉えている。彼の全身からは、リリアを守るという絶対的な忠誠と、他の二人にリリアを渡したくないという、熱い独占欲が静かに放射されていた。彼にとって、リリアの命を守ることは、騎士団の規律を超えた、己の存在意義そのものだった。
「女王陛下のヒステリーは、貴女様の命を脅かす、最大にして最後のノイズです」
机を挟んでリリアの正面に座るラビが、いつになく真面目な顔で言葉を継いだ。彼の神経質そうなウサ耳は、リリアの危機を前にして、緊張感で微かに震えている。彼の顔色には、リリアが行政を掌握する前の、過労による青白さは消えているものの、女王という『構造的な悪意』に対する根深い恐怖が残っていた。
「女王陛下の命令を『裏工作』で回避し続けるのは、私たちの業務負担を増大させます。特に、九十日後の『タルト裁判』というゲームの強制力が発生した際、女王陛下がヒステリーの絶頂にあれば、いかなる裏工作も無効になる可能性があります」
ラビは、羽ペンを握りしめた手を、机の下で強く握り込んだ。彼の脳裏には、過去、女王のヒステリーが極限に達した際、彼の書類偽造が一瞬遅れ、哀れな使用人が本当に処刑されかけた、あの戦慄すべき光景が鮮明に蘇っていた。その時の無力感と恐怖が、彼の神経を今も苛んでいる。
「女王の命令は、この国の法と規律を無秩序に崩壊させます。それが、私の愛する『行政の秩序』を脅かす、最も根本的な問題です。武力や法で、女王の『心』を操作することは不可能に近い。私たちは、この予測不能な『感情の暴走』に、いつまで怯え続けねばならないのでしょう」
ラビの言葉は、長年、孤独な戦いを続けてきた行政官の、切実な悲鳴だった。彼の知性は、この問題に、いかなる論理的解決も通用しないことを知っていた。
ジャックは、そのラビの言葉に、重々しい声で同意した。彼の声は、硬質な剣の音のように部屋に響き渡る。
「武力による女王陛下の『強制的な静止』は、反逆罪にあたる。我々は、リリア様への忠誠を誓ったが、女王陛下は法的には依然としてこの国の元首。武力介入は、騎士団の存在意義そのものを揺るがせます。また、女王のヒステリーは、時に城内の設備を物理的に破壊し、騎士団の業務に予期せぬ損害をもたらす。この問題は、騎士団の士気と、城の安全保障という観点からも、看過できません」
ジャックは、背中の剣の柄に、無意識のうちに指先を触れた。彼の内なる声は、リリア様のために、女王でさえ排除すべきだと叫んでいる。しかし、騎士としての規律と、リリアという主君の「効率」を重んじる思考が、彼を冷静に引き留めていた。彼が排除できるのは、あくまで『外部の敵(ノイズ)』のみ。女王陛下という『内部の破壊者』を、どう無力化するか。彼の武力という資源は、この問題の前では、無力だった。その無力さが、彼の独占欲をさらに強く刺激する。
三人の男たちが、それぞれの立場から、この『最大のリスク』への対処法を模索する。彼らの瞳は、リリアという共通の至上の存在を守るために、知性と武力を最大限に活用しようとする、熱い忠誠心に満ちていた。その熱量は、リリアの冷静な分析とは裏腹に、極めて感情的で、独占欲に満ちていた。
チェシャ猫は、今日も窓の桟に猫のように腰掛け、マントの裾を優雅に揺らしながら、この会議を「最高の舞台裏」として楽しんでいた。彼の金色の瞳は、三人の男たちの真剣な顔と、リリアの優雅な横顔を、交互に観察している。彼の口元には、いつもの皮肉めいた笑みが張り付いていた。
「おやおや。難儀なことだ。女王の感情をコントロールなんて、神にしかできない芸当だね。ジャックの剣も、ラビの法も、この問題には無力だ。彼女のヒステリーは、彼女の『退屈』と『満たされない独占欲』が具現化したもの。物理的な力では、彼女の空虚な心を満たすことはできない」
チェシャ猫は、楽しそうに喉を鳴らした。彼の言葉には、この城のすべての事象を傍観してきた、情報屋としての冷笑が込められていた。彼は、リリアがこの難題をどう解き明かすかという『脚本』の展開に、最高の期待を寄せている。彼にとって、リリアの生存RTAは、自分を退屈させないための、最高のエンターテイメントなのだ。
リリアは、彼らの真剣な顔を見渡し、静かに微笑んだ。その笑顔は、前世で最も困難な新作コンペのテーマを与えられた時の、オーナーパティシエとしての、純粋な闘志の笑みだった。彼女の脳内で、三人の男たちが提示した全ての論理が、一瞬で『却下』された。
(武力は反逆罪。法は女王のプライドを傷つける。情報も、女王の心までは動かせない。経営者として、この問題に投入すべきリソースは、彼らの持つ『硬質な道具』ではない。必要なのは、女王陛下の『感情のブラックボックス』をこじ開けるための、最も柔和で、最も効果的な『特効薬』だ)
彼女は、ハーブティーの湯気に顔を近づけ、その香りを深く吸い込んだ。彼女の脳内で、この『感情のブラックボックス』を攻略するための、パティシエとしての『新作レシピ』が、高速でシミュレーションされていた。バターの配合、糖分の濃度、香りのレイヤー。すべてが、女王レジーナのヒステリーという『症状』に対する、完璧な『処方箋』として結びついていく。
「ご心配には及びません、皆さん。この問題は、武力や法的な権限で解決できるものではありません。これは、『感情のリスクマネジメント』という、最も困難な経営課題です」
リリアは、確固たる声で言い放った。その声には、一切の迷いがなかった。
「女王陛下は、常に『甘美な満足感』を求めています。それが満たされないからこそ、ヒステリーという形で、周囲に『不満』を撒き散らす。ならば、私たちは、女王陛下が、強制的に、そして定期的に『絶対の満足感』を摂取するシステムを構築すればいいのです」
三人の男たちが、リリアの言葉に困惑の表情を浮かべた。彼らの視線は、「女王に甘いものを与えるという、単純な解決策で、この国最大の難問が解けるのか」という強い疑問を帯びていた。ジャックは眉間に深い皺を刻み、ラビはウサ耳を左右に小さく揺らし、チェシャ猫は口笛を吹きそうになるのをこらえていた。
「つまり、どういうことです、リリア様?」
ラビが、神経質そうに問い返した。彼の眉間の皺が、リリアの突飛な発想に強い抵抗を示している。彼は、女王の癇癪を『法』や『武力』ではなく、『お菓子』という非実務的なもので解決できるというリリアの論理を、まだ受け入れられずにいた。
リリアは、羽ペンを手に取り、羊皮紙の中央に、大きく、そして優雅な筆致で、一つの言葉を書き込んだ。彼女の青い瞳は、この画期的な『新作レシピ』の成功を確信し、きらきらと輝いていた。その顔は、王女ではなく、この城の『最高のパティシエ』としての、誇りに満ちていた。
「『お菓子法』の制定です」
男爵の排除によって、リリアの行政改革を妨げる最大の障害は消滅した。王宮内の業務フローは極めて効率的になり、騎士団の士気は高く、ラビ宰相の執務室は清浄そのものだ。リリアのRTAは、目に見える形で成功へと突き進んでいた。
しかし、リリアの心には、まだ拭いきれない「リスク」が存在していた。
(ハートのテン男爵は排除できたけれど、女王陛下という『最大の破滅フラグ製造機』は、まだ健在だわ)
リリアは、自室の執務机に、女王レジーナの直近三ヶ月の『癇癪発生頻度』をグラフ化した羊皮紙を広げた。王女宮のこの一室は、彼女の改革が始まって以来、優雅な生活空間というより、冷徹な戦略司令室へと変貌していた。大理石の床は磨き上げられ、窓からは午後の光が差し込んでいるが、部屋の空気は常に張り詰めている。そこには、王女の甘い夢の代わりに、経営者の鋭い決断が満ちていた。
女王の機嫌は依然として不安定で、特に天候が崩れたり、隣国からの外交文書が届いたりするたびに、ヒステリーのレベルは天井知らずに跳ね上がっていた。羊皮紙に描かれたグラフは、女王の癇癪発生回数を示す赤線が、行政の業務遅延を示す青線と、完全に連動している事実を冷酷に示していた。その連動性は、まるで女王の感情が、この国の業務効率を直接支配しているかのようだった。
リリアは、羽ペンを羊皮紙に叩きつけるように置き、目の前で静かに控える三人の側近にそう告げた。彼女の声は、業務の非効率を指摘する経営者の声そのものだった。
「女王陛下の癇癪は、行政効率の観点から、最も非効率で、かつ予測不能なリスク要因です。グラフを見てください。直近の三ヶ月で、陛下が『首をはねよ』と命じた回数は二十四回。その都度、行政の決済フローは五時間以上の遅延を強いられています。この非効率を放置すれば、私のRTAは必ずどこかで破綻を迎える」
リリアの背後には、真紅の騎士服に身を包んだジャックが、石像のように直立していた。彼の青い瞳は、リリアの美しい後ろ姿と、羊皮紙に書かれた冷徹な数字を、一秒も休まず交互に捉えている。彼の全身からは、リリアを守るという絶対的な忠誠と、他の二人にリリアを渡したくないという、熱い独占欲が静かに放射されていた。彼にとって、リリアの命を守ることは、騎士団の規律を超えた、己の存在意義そのものだった。
「女王陛下のヒステリーは、貴女様の命を脅かす、最大にして最後のノイズです」
机を挟んでリリアの正面に座るラビが、いつになく真面目な顔で言葉を継いだ。彼の神経質そうなウサ耳は、リリアの危機を前にして、緊張感で微かに震えている。彼の顔色には、リリアが行政を掌握する前の、過労による青白さは消えているものの、女王という『構造的な悪意』に対する根深い恐怖が残っていた。
「女王陛下の命令を『裏工作』で回避し続けるのは、私たちの業務負担を増大させます。特に、九十日後の『タルト裁判』というゲームの強制力が発生した際、女王陛下がヒステリーの絶頂にあれば、いかなる裏工作も無効になる可能性があります」
ラビは、羽ペンを握りしめた手を、机の下で強く握り込んだ。彼の脳裏には、過去、女王のヒステリーが極限に達した際、彼の書類偽造が一瞬遅れ、哀れな使用人が本当に処刑されかけた、あの戦慄すべき光景が鮮明に蘇っていた。その時の無力感と恐怖が、彼の神経を今も苛んでいる。
「女王の命令は、この国の法と規律を無秩序に崩壊させます。それが、私の愛する『行政の秩序』を脅かす、最も根本的な問題です。武力や法で、女王の『心』を操作することは不可能に近い。私たちは、この予測不能な『感情の暴走』に、いつまで怯え続けねばならないのでしょう」
ラビの言葉は、長年、孤独な戦いを続けてきた行政官の、切実な悲鳴だった。彼の知性は、この問題に、いかなる論理的解決も通用しないことを知っていた。
ジャックは、そのラビの言葉に、重々しい声で同意した。彼の声は、硬質な剣の音のように部屋に響き渡る。
「武力による女王陛下の『強制的な静止』は、反逆罪にあたる。我々は、リリア様への忠誠を誓ったが、女王陛下は法的には依然としてこの国の元首。武力介入は、騎士団の存在意義そのものを揺るがせます。また、女王のヒステリーは、時に城内の設備を物理的に破壊し、騎士団の業務に予期せぬ損害をもたらす。この問題は、騎士団の士気と、城の安全保障という観点からも、看過できません」
ジャックは、背中の剣の柄に、無意識のうちに指先を触れた。彼の内なる声は、リリア様のために、女王でさえ排除すべきだと叫んでいる。しかし、騎士としての規律と、リリアという主君の「効率」を重んじる思考が、彼を冷静に引き留めていた。彼が排除できるのは、あくまで『外部の敵(ノイズ)』のみ。女王陛下という『内部の破壊者』を、どう無力化するか。彼の武力という資源は、この問題の前では、無力だった。その無力さが、彼の独占欲をさらに強く刺激する。
三人の男たちが、それぞれの立場から、この『最大のリスク』への対処法を模索する。彼らの瞳は、リリアという共通の至上の存在を守るために、知性と武力を最大限に活用しようとする、熱い忠誠心に満ちていた。その熱量は、リリアの冷静な分析とは裏腹に、極めて感情的で、独占欲に満ちていた。
チェシャ猫は、今日も窓の桟に猫のように腰掛け、マントの裾を優雅に揺らしながら、この会議を「最高の舞台裏」として楽しんでいた。彼の金色の瞳は、三人の男たちの真剣な顔と、リリアの優雅な横顔を、交互に観察している。彼の口元には、いつもの皮肉めいた笑みが張り付いていた。
「おやおや。難儀なことだ。女王の感情をコントロールなんて、神にしかできない芸当だね。ジャックの剣も、ラビの法も、この問題には無力だ。彼女のヒステリーは、彼女の『退屈』と『満たされない独占欲』が具現化したもの。物理的な力では、彼女の空虚な心を満たすことはできない」
チェシャ猫は、楽しそうに喉を鳴らした。彼の言葉には、この城のすべての事象を傍観してきた、情報屋としての冷笑が込められていた。彼は、リリアがこの難題をどう解き明かすかという『脚本』の展開に、最高の期待を寄せている。彼にとって、リリアの生存RTAは、自分を退屈させないための、最高のエンターテイメントなのだ。
リリアは、彼らの真剣な顔を見渡し、静かに微笑んだ。その笑顔は、前世で最も困難な新作コンペのテーマを与えられた時の、オーナーパティシエとしての、純粋な闘志の笑みだった。彼女の脳内で、三人の男たちが提示した全ての論理が、一瞬で『却下』された。
(武力は反逆罪。法は女王のプライドを傷つける。情報も、女王の心までは動かせない。経営者として、この問題に投入すべきリソースは、彼らの持つ『硬質な道具』ではない。必要なのは、女王陛下の『感情のブラックボックス』をこじ開けるための、最も柔和で、最も効果的な『特効薬』だ)
彼女は、ハーブティーの湯気に顔を近づけ、その香りを深く吸い込んだ。彼女の脳内で、この『感情のブラックボックス』を攻略するための、パティシエとしての『新作レシピ』が、高速でシミュレーションされていた。バターの配合、糖分の濃度、香りのレイヤー。すべてが、女王レジーナのヒステリーという『症状』に対する、完璧な『処方箋』として結びついていく。
「ご心配には及びません、皆さん。この問題は、武力や法的な権限で解決できるものではありません。これは、『感情のリスクマネジメント』という、最も困難な経営課題です」
リリアは、確固たる声で言い放った。その声には、一切の迷いがなかった。
「女王陛下は、常に『甘美な満足感』を求めています。それが満たされないからこそ、ヒステリーという形で、周囲に『不満』を撒き散らす。ならば、私たちは、女王陛下が、強制的に、そして定期的に『絶対の満足感』を摂取するシステムを構築すればいいのです」
三人の男たちが、リリアの言葉に困惑の表情を浮かべた。彼らの視線は、「女王に甘いものを与えるという、単純な解決策で、この国最大の難問が解けるのか」という強い疑問を帯びていた。ジャックは眉間に深い皺を刻み、ラビはウサ耳を左右に小さく揺らし、チェシャ猫は口笛を吹きそうになるのをこらえていた。
「つまり、どういうことです、リリア様?」
ラビが、神経質そうに問い返した。彼の眉間の皺が、リリアの突飛な発想に強い抵抗を示している。彼は、女王の癇癪を『法』や『武力』ではなく、『お菓子』という非実務的なもので解決できるというリリアの論理を、まだ受け入れられずにいた。
リリアは、羽ペンを手に取り、羊皮紙の中央に、大きく、そして優雅な筆致で、一つの言葉を書き込んだ。彼女の青い瞳は、この画期的な『新作レシピ』の成功を確信し、きらきらと輝いていた。その顔は、王女ではなく、この城の『最高のパティシエ』としての、誇りに満ちていた。
「『お菓子法』の制定です」
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