転生王女の破滅回避プラン90! ~無自覚人たらし王女、アリスが来るまでに美形側近を溺愛モードにしていました~

とびぃ

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第9章:【運命の日】タルト裁判と最強の布陣

9-1:運命の歯車が軋む日(アリス来訪)

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女王レジーナと王配クロードが、王室指定最高級美貌維持スパ・リゾート、すなわち遠く離れた離宮へ旅立ってから、三十日が経過した。城内の空気は、長年まとっていたヒステリーの重圧から完全に解放され、まるで深い森の奥にある静謐な湖畔のように穏やかだ。リリアの破滅回避リアルタイムアタック(RTA)は、運命の審判が下される九十日目の朝を迎えていた。
王女宮の一室、今やリリアの冷徹な戦略司令室と化したその部屋は、朝焼けの光を東側の窓から取り込んでいた。光は、大理石の床を磨き上げられた鏡のように照らし、彼女の背後に立つ巨大な本棚に並んだ行政書類の背表紙を鈍く輝かせている。この九十日間で、リリアは過労死寸前だった前世の自分を、最高の経営者として蘇らせ、ただひたすらに『死』というバッドエンドから逃れるために、走り続けてきた。
机の上には、ラビ宰相が作成した『王室財政健全化計画』の最終報告書が、寸分の狂いもなく整然と並べられていた。リリアは、その羊皮紙の束の一番上に羽ペンを置き、最終確認の視線を走らせる。そこには、ラビの緻密な知性によって導き出された『黒字化達成』という、経営者としてこの上ない最高の成果が記されていた。
「ふう。これで、全てのリスクが管理下に置かれたわ」
リリアは深く息を吐き出した。それは緊張から解放された安堵の息遣いだ。彼女の心の中では、明確な結論が導き出されている。女王陛下は不在。行政は、王配の承認を得たリリアの代行権限によって、完全に掌握されている。騎士団の士気は最高潮。行政官たちは業務に集中し、城全体が『論理と効率』という名の、揺るぎない秩序によって統治されている。
(アリス嬢が来ても断罪シナリオは、論理的な破綻をきたして不発に終わる。彼女の告発の根拠となる『女王のヒステリー』も『城の腐敗』も、私が全て消し去った。この盤石な布陣を前に、世界の強制力とて、いかにして私を断罪するというの?)
リリアの脳内では、『RTA成功率:99.9%』という、最高のスコアが表示されていた。残りの0.1%は、予言の強制力による、予測不能なバグのリスクだ。しかし、これほどの完璧な布陣を敷いた今、そのバグが致命的な破綻を招くことはない。
彼女は、優雅なフリルのドレスではなく、動きやすい簡素なローブを身に包んでいた。この九十日間で、彼女の体は王女の華奢な肉体から、過酷な激務に耐え抜く『戦士』のそれへと変貌していた。
リリアは、テーブルの隅に隠しておいた、自分自身への最高の報酬に、そっと手を伸ばした。それは、父クロードがリリアの新作保存のために特注で用意させた、王室最高機密扱いの保冷箱の中に眠っている。中から取り出したのは、試作品の『一人用ブレインリフレッシュ・モンブラン』。高カカオチョコを練り込んだ生地に、和栗ペーストと微量のラム酒を効かせた、大人のための渾身の逸品。
(このモンブランを食べ終わったら、私の人生は、二度目のスローライフへと移行する。もう、誰の顔色を伺う必要もない。クレーマーも、激務もない。パティシエとしての誇りを胸に、行政を効率化させた女王として、優雅に新作ケーキを考案する日々。この甘美な未来を勝ち取るために、私は過労死の恐怖を乗り越えてきたのだ)
リリアはモンブランの銀色のフォークを手に取り、窓の外に広がる庭園の景色を眺めた。視界を埋め尽くすのは、狂おしいまでの真紅のバラ。女王の独占欲の象徴だったこの庭園も、今はリリアの『お菓子法』という名の秩序の下で、穏やかに朝の光を浴びている。
彼女が、モンブランにフォークを差し込み、その栗の濃厚な甘さを味わおうとした、その瞬間だった。
城の分厚い石壁と、堅固なガラス窓を突き破るかのような、けたたましい、そしてどこか場違いな「音」が、王宮全体に響き渡った。
ドオンッ! ドオンッ!
その荒々しい衝撃音は、リリアの心臓を直接打つかのように響き、彼女が今しがた手をつけようとしていた『平和な未来』を、一瞬で切り裂いた。それは、金属と金属がぶつかり合うような、暴力的な音だった。
(来た!世界の強制力、アリス!)
リリアの心臓が激しく跳ね上がる。それは恐怖ではない。ついに『最終タスク』の開始を告げる、興奮と、パティシエとしての純粋な闘志だった。彼女はモンブランのフォークをテーブルに置き、その場に立ち尽くした。モンブランの断面に光が反射し、その甘美な誘惑を放っているが、リリアは一切目もくれなかった。彼女の意識は、既に『戦闘モード』へと完全に切り替わっている。
リリアは素早く窓へと駆け寄った。窓の外を見下ろすと、城門の前の広場には、既に騎士団の精鋭部隊が、真紅の騎士服を朝日に輝かせ、鉄壁の陣を敷いている。ジャック団長率いる部隊だ。彼らの真剣な顔つきと、剣の冷たい光は、城への不法侵入者を一切許さないという、絶対的な武力の意志を示していた。
ジャックは、最前列で不動の姿勢をとっている。その背中からは、リリアの命を守るという、騎士団の規律を超えた、熱い独占欲が静かに放たれているのが、リリアにも感じられた。彼の青い瞳は、城門の前の少女を、まるでリリアの聖域を侵す『ノイズ』として捉えているかのようだ。
そして、その騎士団の鉄壁の壁の前に立つのは、一人の少女。
髪は亜麻色。瞳は空の色。王宮の豪華絢爛なドレスとは違い、質素だが可愛らしい異国のワンピースに身を包んだ、可憐な少女。その姿は、リリアが前世で知っていた、乙女ゲームの『ヒロイン』、アリスそのものだ。
アリスの顔は、長旅の疲れか、わずかに青ざめている。だが、その空色の瞳の奥には、リリアの存在を『悪役』と断罪し、この国に『正義』をもたらそうとする、ヒロイン特有の、純粋で、どこか傲慢な「正義の炎」が宿っていた。
アリスは、騎士団の鉄壁の壁を前に、一歩も引かなかった。彼女は、城門の冷たい金属に手をかけ、甲高い声で叫んだ。その声は、朝の清涼な空気を切り裂き、王宮全体に響き渡る。
「扉を開けてちょうだい! 私は、女王の理不尽な命令を止め、この国に真の正義をもたらすために来たのよ! 悪しき王女リリアの罪を、今、この場で、白日の下に暴いてみせる!」
アリスの叫びは、世界の強制力に突き動かされた、ヒロインとしての『使命感』そのものだ。その言葉は、リリアという『悪役』を断罪し、物語を本来の結末へと導こうとする、ゲームシステムの最後の足掻きだった。
リリアは、窓枠に手をかけ、冷たい石の感触を確かめる。その冷たさこそが、彼女の冷静な判断力を支える『現実』の感触だ。
(アリス嬢。貴女の熱意は本物でしょう。貴女の正義も、貴女のシナリオの中では正しい。でも、私がこの九十日間で築き上げたのは、貴女の主観的なシナリオに依存しない、『論理と効率』という名の、絶対的な秩序だ)
リリアは、テーブルの上のモンブランを一瞥し、そして、優雅に、しかし確固たる決意をもって、扉へと向かった。彼女の背中は、優雅な王女のそれではない。最高の業務フローを構築し、最悪のリスクを排除した、冷徹な「最高経営責任者(CEO)」のそれだった。
「さあ、アリス嬢。貴女の物語は、私が築き上げた『最強の経営国家』の秩序の前で、静かに、そして完全に破綻を迎えるわ。せいぜい、その光景を、その目で見て驚くがいい」
リリアの口元に浮かんだのは、ヒロインを前にした悪役令嬢の歪んだ笑みではなく、新作コンペの勝利を確信した、オーナーパティシエの静かなる闘志の笑みだった。彼女の人生を賭けた、最後の『審査』が、今、始まる。
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