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第2章:嘆きの森と希望の小屋
2-3:森番の小屋と清流
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希望を見出した途端、疲労困憊だったはずの体に力が漲ってきた。
(まずは安全の確保。そして、水。薬草の処理にも、飲むためにも、清潔な水は必須よ)
ルシルは、先ほどまでの闇雲な逃走とは違う、明確な目的意識を持って歩き出した。
薬草師の知識によれば、良質な薬草が群生する場所には、必ず清浄な魔力を持つ水源があるはずだ。
彼女は五感を研ぎ澄ませた。
獣の匂い、腐葉土の匂い。その中に混じる、わずかな「水の匂い」を探す。
耳を澄ませば、遠吠えや風の音とは別に、微かに、本当に微かに、水が流れる音が聞こえる気がした。その音は、まるで自分を呼ぶかのような、心地よい誘いの調べのように感じられた。
音のする方へ、慎重に進む。一歩進むごとに、湿度が上がり、冷たい空気が肌を包む。
『月影草』の群生地からそれほど離れていない場所で、視界が急激に開けた。
月明かりが、木々の隙間を縫って地上に降り注いでいる。その光に照らされて、苔むした大きな岩間から、こんこんと水が湧き出し、小さな清流を作っているのが見えた。
「水だわ!」
ルシルは歓喜の声を上げ、泥だらけになるのも構わず駆け寄った。
水面に顔を近づけると、澄み切った水が月光を反射し、銀色の輝きを放っている。
両手で恐る恐る水をすくう。
骨まで染みるような冷たさだが、泥や澱みとは無縁の、清らかな水だ。
三日間の徹夜と、追放の混乱で乾ききった喉が、今、必死で水を求めている。
ルシルは、その水を一気に飲み干した。
わずかに甘く、清涼な味が口の中に広がり、全身の細胞が生き返るようだった。
(汚染されていない、上質な湧き水。これなら飲める。薬の精製にも、最高の水質だわ)
水場を確保できたことに、ルシルは深く安堵の息を吐いた。これで、餓死と渇死の恐怖からはひとまず逃れられた。
(しかし、水辺の近くは、魔獣が水を飲みに来る可能性が高い)
安堵の後に、すぐに次の警戒心が湧き上がる。この水場は、彼女一人の生命線であると同時に、魔獣との遭遇率を高める危険地帯でもある。
ふと顔を上げると、その清流のすぐそば、小高い丘の影に、何かが埋もれるようにして建っているのが見えた。
木々がその建物を飲み込もうとしている。蔦が壁を覆い尽くし、屋根は半分が崩れ、苔にまみれている。
(あれは人工物?)
ルシルは警戒心を抱きつつも、ゆっくりと近づいた。
それは石造りの土台の上に、頑丈な木材を組んだ、小さな小屋であることが分かった。おそらく、かつて森を管理していた「森番」が使っていたものだろう。
小屋の周りは、人の気配が完全に消え去って久しいことを物語っていた。
扉は、かろうじて蝶番で繋がっているだけ。ルシルがナイフの柄でそっと押すと、「ギィィ」と錆び付いた音が夜の静寂に響き渡り、簡単に開いた。
魔獣の気配は感じられない。
中は、埃とカビの匂いが充満していた。
がらんとした土間の中心には、石で組まれた古い竈(かまど)があり、壁際には、朽ちかけた木製のベッドと、小さな作業台が残されている。
「信じられない」
ルシルは、小屋の中央に立ち、しばし呆然とした。
(雨風が凌げる、しかも、竈がある)
王宮の豪華な寝室とは比べ物にならない、粗末でカビ臭い小屋だ。しかし、今のルシルにとっては、世界の全てにも勝る宝物だった。
崩れかけた屋根から差し込む月明かりが、室内の埃を照らし、幻想的な光の筋を作っている。この光景は、王宮の絢爛さとは全く違う、静かで、素朴な安らぎをルシルの心にもたらした。
(この竈を使えば、火を起こせる。火を起こせれば、水を煮沸し、体を温め、魔獣を遠ざけることもできる)
生存に必要な三要素、「水」「火」「隠れ家」が、絶望の果てに、奇跡的に揃った。
ルシルの瞳には、疲労の色よりも、計算と希望の光が満ちていた。
屋根は一部破損しているが、竈のある辺りはまだしっかりしている。壁の隙間も、粘土やツタで塞げば、魔獣の侵入を防ぎ、寒さを凌げるだろう。
(ここなら、夜を明かせる。そして、ここを拠点にすれば、あの薬草の宝庫を独り占めできる)
絶望の淵に突き落とされたその日に、Sランク薬草の群生地を発見し、清潔な水場と、雨風を凌げる拠点を手に入れた。
それは、彼女の薬草師としての才能と知識が、神様から与えられた「生きるチャンス」だったのかもしれない。
ルシルは胸元の研究ノートを強く抱きしめ、心の中で誓った。
(もう、誰も信じない。誰にも頼らない。わたくしは、この知識と、この森の宝だけで、必ず生きてみせる)
追放劇の残滓はまだ全身を蝕んでいたが、目の前の小屋は、ルシルにとって「新たな人生の出発点」となった。彼女は早速、この粗末な小屋を、自分だけの「神聖薬草院」にするための計画を練り始めた。
(まずは安全の確保。そして、水。薬草の処理にも、飲むためにも、清潔な水は必須よ)
ルシルは、先ほどまでの闇雲な逃走とは違う、明確な目的意識を持って歩き出した。
薬草師の知識によれば、良質な薬草が群生する場所には、必ず清浄な魔力を持つ水源があるはずだ。
彼女は五感を研ぎ澄ませた。
獣の匂い、腐葉土の匂い。その中に混じる、わずかな「水の匂い」を探す。
耳を澄ませば、遠吠えや風の音とは別に、微かに、本当に微かに、水が流れる音が聞こえる気がした。その音は、まるで自分を呼ぶかのような、心地よい誘いの調べのように感じられた。
音のする方へ、慎重に進む。一歩進むごとに、湿度が上がり、冷たい空気が肌を包む。
『月影草』の群生地からそれほど離れていない場所で、視界が急激に開けた。
月明かりが、木々の隙間を縫って地上に降り注いでいる。その光に照らされて、苔むした大きな岩間から、こんこんと水が湧き出し、小さな清流を作っているのが見えた。
「水だわ!」
ルシルは歓喜の声を上げ、泥だらけになるのも構わず駆け寄った。
水面に顔を近づけると、澄み切った水が月光を反射し、銀色の輝きを放っている。
両手で恐る恐る水をすくう。
骨まで染みるような冷たさだが、泥や澱みとは無縁の、清らかな水だ。
三日間の徹夜と、追放の混乱で乾ききった喉が、今、必死で水を求めている。
ルシルは、その水を一気に飲み干した。
わずかに甘く、清涼な味が口の中に広がり、全身の細胞が生き返るようだった。
(汚染されていない、上質な湧き水。これなら飲める。薬の精製にも、最高の水質だわ)
水場を確保できたことに、ルシルは深く安堵の息を吐いた。これで、餓死と渇死の恐怖からはひとまず逃れられた。
(しかし、水辺の近くは、魔獣が水を飲みに来る可能性が高い)
安堵の後に、すぐに次の警戒心が湧き上がる。この水場は、彼女一人の生命線であると同時に、魔獣との遭遇率を高める危険地帯でもある。
ふと顔を上げると、その清流のすぐそば、小高い丘の影に、何かが埋もれるようにして建っているのが見えた。
木々がその建物を飲み込もうとしている。蔦が壁を覆い尽くし、屋根は半分が崩れ、苔にまみれている。
(あれは人工物?)
ルシルは警戒心を抱きつつも、ゆっくりと近づいた。
それは石造りの土台の上に、頑丈な木材を組んだ、小さな小屋であることが分かった。おそらく、かつて森を管理していた「森番」が使っていたものだろう。
小屋の周りは、人の気配が完全に消え去って久しいことを物語っていた。
扉は、かろうじて蝶番で繋がっているだけ。ルシルがナイフの柄でそっと押すと、「ギィィ」と錆び付いた音が夜の静寂に響き渡り、簡単に開いた。
魔獣の気配は感じられない。
中は、埃とカビの匂いが充満していた。
がらんとした土間の中心には、石で組まれた古い竈(かまど)があり、壁際には、朽ちかけた木製のベッドと、小さな作業台が残されている。
「信じられない」
ルシルは、小屋の中央に立ち、しばし呆然とした。
(雨風が凌げる、しかも、竈がある)
王宮の豪華な寝室とは比べ物にならない、粗末でカビ臭い小屋だ。しかし、今のルシルにとっては、世界の全てにも勝る宝物だった。
崩れかけた屋根から差し込む月明かりが、室内の埃を照らし、幻想的な光の筋を作っている。この光景は、王宮の絢爛さとは全く違う、静かで、素朴な安らぎをルシルの心にもたらした。
(この竈を使えば、火を起こせる。火を起こせれば、水を煮沸し、体を温め、魔獣を遠ざけることもできる)
生存に必要な三要素、「水」「火」「隠れ家」が、絶望の果てに、奇跡的に揃った。
ルシルの瞳には、疲労の色よりも、計算と希望の光が満ちていた。
屋根は一部破損しているが、竈のある辺りはまだしっかりしている。壁の隙間も、粘土やツタで塞げば、魔獣の侵入を防ぎ、寒さを凌げるだろう。
(ここなら、夜を明かせる。そして、ここを拠点にすれば、あの薬草の宝庫を独り占めできる)
絶望の淵に突き落とされたその日に、Sランク薬草の群生地を発見し、清潔な水場と、雨風を凌げる拠点を手に入れた。
それは、彼女の薬草師としての才能と知識が、神様から与えられた「生きるチャンス」だったのかもしれない。
ルシルは胸元の研究ノートを強く抱きしめ、心の中で誓った。
(もう、誰も信じない。誰にも頼らない。わたくしは、この知識と、この森の宝だけで、必ず生きてみせる)
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