推しを殴るなんてできません!

いんこ

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第五話 推しとつながれ!ドーナツの輪! その3

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「おい!起きろ!おい!」

 一番に目に飛び込んできたのは、壊れた天井と、突き抜けるような青い空。
 そして、こちらを覗き込むメテオくんである。
 その瞬間に、こうなるまでに何が起きたのかを思い出した。

「メテオくん……」
「やっと起きたか、この野郎」

 減らず口を叩ける、ということは、元気な証拠だ。見た目にも何処にも怪我らしいものは見当たらなかった。
 どうやら、私は、無事に最推しを守れたらしい。

「へへっ……、眼福ですな……」

 なにせ、メテオくんは上から私の顔を覗き込んでいる。それも、どこか心配そうに。
 このアングルの推しは、なかなか拝めるものではない。
 我々の業界では、文字通り、ご褒美である。

「は、はぁ!?お前、このっ」
「怪我はないみたいだね。よかったよかった。うへへ」

 メテオくんを抱き締めて、守りながら落下とか。
 我ながら、とても役得だった。
 私はヒーローか。ヒーローなのか。
 いや、ヒーローだった。ぐふふ。

「……、よくないだろ。お前、サイヤクダーに潰されそうになったオレを庇って、落ちたんだぞ」

 メテオくん、ものすごい顔で私を見ている。
 具体的に言うと、今にも泣きそうなぐらい、力いっぱい睨んでくる。

「よかったんだよ。私はメテオくんのヲタクなんだから」

 可愛い。私の推し、超可愛い。
 コンクリートに打ち付けられて背中が痛いとか、なんか一瞬気を失ってたとか、それを引き換えにしても、この表情と言葉だけでお釣りが来る。
 メテオくん推しで本当によかった。生きててよかった。神様ありがとう。本当にありがとう。

「でも、オレは、お前の敵だ」

 私の顔の横に手を付いて、覆い被さってくる。
  ……、え、なにこれ。壁ドン?じゃなくて、床ドン?

「この世界を全て潰して、乗っ取る。お前がどう足掻こうとも」

 ……、眼福過ぎる。
 重ね重ね、眼福過ぎる。
 全メテオくんヲタクが発狂しそうな絵面だ。ヤバい。
 私でいいんだろうか。刺されないかこれ。
 いや、でも、せっかくのこの瞬間を堪能しないと、それこそメテオくんヲタクの名折れになる。
 ちゃんと堪能しよう。そうしよう。
 あぁ、最推しがメテオくんでよかった……。

「聞いてるのか」
「え?」
「『え?』じゃねぇよ!オレはこの世界を潰して乗っ取るって言ってんだ!そんな腑抜けた顔しているんじゃねぇ!」
「あぁ……、なんだ、そんなこと」
「『そんなこと』って……!」

 メテオくん、なんだかプルプル震えている。
 心なしか、こめかみがピクピク動いているような気さえする。
 これは怒られるな、と思ったら、案の定、怒鳴られた。

「もっとちゃんと考えろよ!オレは、お前の大切な人やモノを、全部潰してやるって言っているんだぞ!?そんな奴を、どうして庇ったりなんかしたんだ!」

 ――、メテオくんは、真面目だ。
 誠実で、真面目で、責任感が強くて、一人で全部抱え込んで。
 挙句の果てに、私のことまでこうして心配してくれる。
 全部わかってるよ。ちゃんと見ていたよ。
 だから、私は君が、大好きなんだよ。
 覚悟なんか、とっくのとうに出来ている。

「そんなの、決まっているでしょう」

 メテオくんに手を伸ばして、その頭をわしわしと撫でる。
 跳ね除けられると思ったのに、メテオくんはされるがままで、私をじっと見ている。
 はぁー……、君、そういうところだよ。どこまで私を萌えさせれば気が済むんだ……。

「全部守るって決めたからだよ。この世界も、皆も、メテオくんも」

 このぬくもりも、感触も、絶対に失わせはしない。
 メテオくんが消える悲しみなんて、アニメの中だけでいいんだ。
 メテオくんがそうやって頑張ってコメット王国のために尽くしたことも、本物のあかりちゃん達がこの世界のために戦ったことも、どっちも、悲しいことが起こる結果にはしたくない。
 私が『星見台あかり』のガワを被って転生した意味なんて、きっとそれぐらいしかないはずだ。

「メテオくんは、メテオくんなりに頑張ればいい。私は、私のために頑張るよ」

 よしよし、と頭を撫で続けると、さすがに手を払われた。

「……、勝手なことを言うな」

 内容に反して、弱くて、低い、震えた声だった。

「そんなことが本当に出来たら、苦労しない!」

 メテオくんは、私の顔の横の地面を、殴り付けて来る。
 そして、もう用はないとばかりに立ち上がり、また私を睨み付けた。

「お前は、そうやってお綺麗ぶって、何もかも失えばいいんだ!そしたら、そんなことも言えなくなる!」

 私も立ち上がって、背を向けて去ろうとしたメテオくんの腕を捕まえる。

「待って!メテオくん!」

 ――、いやぁ、星の戦士っていうのも、便利なものですなぁ。
 ステラ・ミラーの中に、お土産をしまっておけるなんて。
 コンパクトの中から、光に包まれていきなりドーナツの箱が出てくるのは、視覚的にかなり異様な光景ではあるのだけれども。

「はい、これ」

 メテオくんの手を取って、無理矢理取っ手を握らせる。

「こんなの……!」

 振り払って落とそうとしたって、そうはいかない。
 押し付けがましくてもいい。最悪、嫌われてもいい。
 これは私の意志だ。覚悟だ。
 どんなことがあっても、メテオくんのことは大好きだし、守ってみせるって覚悟だ。

「ほら、さっき言ったお菓子!せめて持って帰ってよ~!投げ付けたりしたらもったいないよ?お菓子に罪はないでしょ?」
「…………、こんなことをされても、俺は」
「知ってる。メテオくんにはメテオくんの守りたいものがあって、背負っているものがあるんでしょ。これからも、何度だって、この世界を潰しに来ればいいよ」

 ドーナツの箱を押し付けながら、ぎゅっと抱き締める。

「私は、メテオくんに会えて、とっても嬉しかった。大好きだよ」

 ありったけの愛を。
 きっと、全メテオくんヲタクが想っていることを。
 おこがましくも、私が代弁させていただく。

「……うるさい!」

 また振り払われたけれど、ドーナツの箱の取っ手は、しっかり掴まれていた。

「今日は、ここで退いてやる。覚えていろよ」

 背中を向けられていたから、メテオくんがどんな顔をしてワープホールをくぐったのかはわからない。
 だけど、ドーナツの白い箱は、しっかりと握られていた。
 今は、それで充分だ。

「ドーナツ、あいつに渡しちゃったの?」

 後ろから、ムッと顔をしかめたシリウス……、もとい、変身を解いていたので、あおいちゃん、が話しかけてくる。
 その横には、ベガ……、ことねちゃんが、にやにやしていた。

「なかなか熱い告白だったじゃん!ウチ、ちょっとキュンキュンしちゃった!」
「ほんと?よかった!」
「いいのかよ……」

 ことねちゃんと笑い合うと、あおいちゃんが呆れてこちらを見てくる。
 だけど、そんな顔をしていられるのも、今のうちだけだぞ?

「いいんだよ!……、というわけで、もう一回、ステラドーナツ買いに行かないと」
「え?……、えぇ!?」
「だって、家族の分、なくなっちゃったもん。……、付き合ってくれるよね、あおいちゃん?」
「ちょ、ちょっ……!あ、あたしは……!」

 あおいちゃん、案の定、赤面しまくって動揺しまくっている。
 ことねちゃんと顔を合わせて、もう一度笑った。多分、私もことねちゃんも、さっきより悪い顔をしていると思うけど。

「よし、行こー!すぐ行こー!今度はあおちーの番だよ!頑張ってアスカさんに話しかけてみよー!」

 ことねちゃんがあおいちゃんの肩に腕を回す。

「あ、私も肩組む!……、あおいちゃんは、せめて、アスカさんに挨拶ぐらいは出来るようにならないとね!」
「よし!これで行くぞー!」
「ちょっと……!は、恥ずかしいよ……!」

 あおいちゃんを真ん中にして、三人で一緒に歩く。
 この手のアニメのお約束通り、ひとりでに修復されたショッピングモールは、徐々に活気が戻っていっていた。
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