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第7話
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「んんん……あー、よく寝た」
何年ぶりだろうかと小泉洋介は鳥の巣みたいだと言われる頭を掻きむしった。
ふと、苦しかった毎日を思い返す。例えば、朝の出勤は妻の花江が起きる前に出ていくようにする。汚れた服は自分で洗う。洋介が使用後の風呂場は二回洗わないと臭いが取れなくなるから、決められた時間通りに風呂に入るようにすること。はたまた、夕飯は妻と娘が食べ終わった後にしろ、だのといった決められた時間。そういう“ご命令”。不自由なことこの上なかったが、そういう細かい時間を気にせず眠るだけというのがこんなに気持ちよかったのかと、洋介は思い出に耽っていた。
洋介はここに至るまでの結婚生活において、クヨクヨ悩んでいた事がバカらしく思えるほど、外の天気同様に晴れ晴れとした気分だった。
そんな洋介のスマホをぶるぶると震わせて、タヌキが掲示板に書き込んだメッセージが更新される。
洋介は手に取り、なになに? と物憂げに覗き込んだ。
『よお、今日こそは死ぬのか? どの死に方にしたか決めたのか? 練炭自殺なんかどうだ? 希望通り苦しまないらしいぞ?』
洋介のせっかくの晴れやかな気分は一転して、ドブ川に足を突っ込んでしまったかのような気分になった。スマホを置いて、タヌキの寝そべっている背中を見つめた。タヌキはいつもこちらに背を向けているし、目深に被っている帽子のせいで表情は未だに読み取れない。
蹴ってやろうかと思うが、やめておいた。
提案された練炭自殺は頭痛と吐き気に見舞われるだけで、なかなか死ねないという情報もあるのだということを知らないのだろうか? 最悪なのは動けなくなって苦しみながら衰弱死するかもしれないんだと、洋介はタヌキに向かって説明をしようとした。
そんな洋介がふと周りを見渡すと、幽海は絵に書いたように酒瓶を枕に眠っていて、そのいびきは大きく、足元の畳から振動が伝わってくるほどだ。
洋介は思いとどまり、みんなが起きるまで後片付けを静かに実行するという任務を自分に課した。
昼頃になって目を覚ました一同は、宴会で散らかしたゴミを片付けている洋介に合流して終わらせた。酒の勢いを失った洋介たちはまるで初対面であるかのようにお茶を啜った。誰も喋らず、どこかで鹿威しが小気味いい音を立てた。なぜか緊張しているのは、みんな一緒なようで、それぞれが視線を逸らし、手持ち無沙汰から爪を弄ったりしている。
洋介がおずおずと手をあげて、どうしてここに集まったのか、その経緯を話し合うのはどうかと提案した。もしかしたら、自分と同じように自殺を考え直してくれる者もいるかもしれないという洋介の思惑ももちろんあるのだ。
自殺志願者同士で話し合うよりは、第三者である幽海という、僧侶もいることだし、なにか自殺を思いとどまるような一手を打ってくれるのではないかという淡い期待もあっての事だ。まあ、インチキ霊媒師で元ホームレスだというのは、本人も言っていることではあるのだが。
躊躇いがちに友里が手をあげた。
「では、その、あたしから……いいですか?」
洋介と幽海がうなずくと、友里がホッとしたように小さく息を吐いた。
友里は始め、重苦しそうに話し始めたが、よほど溜め込んでいたのか次第に饒舌になって、思いの丈を吐き出し始めた。まとめると、結婚詐欺師に騙され、八百万円の借金があるのだということだった。そして自殺を決意したという。
タヌキの方をちらりとみんなが見るのを背中越しに感じたのか、彼は猫でも追い払うかのように手のひらをシッシッとしただけだった。
彼には彼の理由と絶望があるのだろう。
だが、あの歳の頃だ。恐らくだが、いじめにあって来たのだろうと三人は結論付けた。当人がなにも言わないのだ。間違っていたとしてもしょうがない。
最後に洋介も話し始めた。家族に見放され、口も聞いてくれないことを話した。しかも妻は堂々と浮気をしていて、相手は自分の部下の男であることも、さらには娘も似たのかパパ活をしていると説明した。
「……だから、私はここに終活に来ました」
嘘だ。大嘘だ。前半は本当だが、今は死にたくない。もっと旅行して、鬱憤を晴らせば死ななくてもやっていける。今はそんな前向きな気分だとはどうしても言えなかった。
友里と幽海は、洋介の話にも共感を覚えてくれた。
友里は今では不思議な自信に満ち溢れ、自分たちの自殺を正当化するのに十分なんだと言うように、遺書の用意を始めた。その字は達筆で、スラスラと書き進めているのを洋介は黙認することにした。
頼みの綱である幽海は、なにやら思うところがあるらしく、渋い顔で目を濁らせていた。
「ふーむ。そうかそうかぁ。それは大変だったなぁ。だが、三人とも、そんな……いや、それで……自殺を?」
「……なんです?」
「いやぁ、別に? なんでもない」
「なんだい? 言ってよ。気になるじゃない」
「うーん。それじゃあ、言うよ? ほんとに言っちゃうよ?」
うんうんと洋介は頷いた。
幽海はしばらくウロウロと歩き回っていたが、やがて溜め込んでいたかのように言った。体を仰け反らせながら大きな声を張り上げた。
「しょおおおぉもなっ!」
「……えっ?」
「くっっだらない。しょうもないよ。どの理由もさ。そんなんで自殺なんかすんのかい? 本当にくっだらない」
「……な、なんだって?」
幽海はペンを握ったまま信じられないといった表情の友里を指さして言った。
「あんたなんかさ、まだ若いんだし、キレイなんだから、旦那さんでも捕まえて、一緒に借金返せばいいじゃないか。旦那さんが金持ちなら一瞬で返せちゃうかもよ? それから賢い子供なんて作っちゃってさ、かわいい犬なんて飼っちゃってさ、いくらでも幸せになれるんじゃないのかい?」
友里が降って湧いたような怒りのためか、どんどん青ざめていく。
「そこのタヌキくんだってそうさ、イジメにでもあったんでしょ? 喋らないからじゃないの? 舐められてるんだよ。同じ学校の同級生とかなんでしょ? 敵は何人だい? 武器でもなんでも使ってさ、しこたま殴ってやればいいのよ。心を折ってやれ。そしたら、イジメなんてもうしてこないもんだ」
「……ちょっおまっ! なんてこと言うんだ!」
「はぁあっ? だってさ、もうあんたら自殺するんでしょ? 関係ないじゃん? それにさ、あんたもあんただよ」
「うぇっ? わ、私?」
「そうだよ、あんただよ。浮気するような奥さんやパパ活なんてしてる娘なんかぶっ叩いてやればいいんだ。床に叩きつけて、叱りつけて分からせてやればいいんだよ。てめぇらが汚ねえことしてるんだってことは、全部分かってるんだぁっつってさ。それから離婚して、ひとりで暮らせばいい。独りは楽ちんでいいぞぉ? 誰にも気兼ねなく好きなことができる。まさに自由だぁ」
洋介はいつの間にか握りしめていた拳を幽海の頬に叩き込んでいた。
「こんにゃろっ!」
「あいたぁ! なにするんだ!」
「あんたには人の心なんて分からないんだよ!」
「なんだぁ! じゃあ、あんたには分かるってのかい? ワシの妻とかわいい息子は殺されたんだ! その後ワシだって刺された! ここだ! 見ろ! ただの通り魔だった! 気を失って入院してる間に、妻と息子は遺灰になっちまってた。犯人だって自殺してて、その遺灰を持ったままその親に土下座されたんだ! この怒りのやり場のなさが分かるってのかよぉ?」
「あ、いや……」
思わず黙ってしまった洋介の顔を幽海は叩いた。
「あいたぁっ! 何すんだよ! 同情してたのに!」
「あんたの顔がムカつくんだよ! だいたいなんだその頭? パーマでもかけてんのか? 鳥の巣みたいだぞ」
「なんだぁそりゃ! これは天パなんだよ! 頭のことはいいじゃないか別によぉ!」
洋介と幽海は揉み合いになり、畳の上を転げ回り、お互いの頬をつねり合っていた。
物音がしたと友里が鋭い声を出して、ふたりの喧嘩を止めた。
「だ、誰かが来ます」
静かにしていると、確かに廊下から足音がしていて、どうやらこちらへと向かって来ているようだった。
友里とタヌキは慌てて押し入れに隠れた。またしても出遅れた洋介は、なんとか押し入れに入ろうとして転び、その頭が押し入れの襖を突き破って、洋介は動けなくなった。
幽海が洋介の服を引っ張って抜いてくれたが、洋介はやはり隠れるところがない。またしても白塗りの顔を作ろうとしたが、友里がピンクの化粧ポーチを奪い返しに戻って来て、洋介と友里は引っ張り合いになった。
結果としてポーチは真っ二つに破れてしまった。化粧道具がバラバラと転がった。
そうこうしているうちに、待ちきれなくなった幽海が襖をそっと開けて、顔だけを廊下に出して言った。
「……なんだ? 騒々しい。どうした?」
「いやぁ、あのぉ、大丈夫ですかぁ? なにやら大声が聴こえましたがぁ」
この声は女将か? と洋介は当たりをつけた。今では洋介は壁に張り付くことしか出来なくなっていた。
「そんなことは気にしなくていい。儀式の最中だぞ。奴らは幻聴も引き起こすのだ」
「は、はいぃ……あ、あのぉ」
「なんだ? まだなにかあるのか?」
「そのぉ、お顔が腫れているようですがぁ、本当に大丈夫なのですかぁ?」
「これか……ふん、悪霊がやたら強くてな。憎たらしい顔でワシを弾き飛ばしよったのよ。それから壁に叩きつけられた拍子にぶつかっただけだ。こんなものは怪我のうちにも入らん。それよりも、もう邪魔をするでないぞ」
「は、はぁい。申し訳ございませぇん」
「……待て。清めるための酒瓶が足らん。もっと持って来てくれ。それと顔を冷やすための氷、それからワシの料理を頼む。……多めの四人分でな。体力の消耗が激しい」
「はいぃ……お持ちしますぅ」
女将はチラチラと部屋の中を覗こうとするが、幽海がその視線を阻むように立ち塞がった。二度、三度と。
女将の足音が去っていくと幽海はそっと襖を閉めて振り返った。大袈裟に額の汗を拭って危なかったとアピールしている。
洋介はおっかなびっくり手の平を下にして、動かした。幽海に、喧嘩はやめて一旦落ち着こうと提案しているのだ。
それが分かったらしく、幽海はゆっくりとうなずいた。そして大きくため息をついた。そして女将のモノマネでもしているかのように言った。
「危なかったなぁぁ。だがぁぁ、食料は確保したぞぉぉ」
何年ぶりだろうかと小泉洋介は鳥の巣みたいだと言われる頭を掻きむしった。
ふと、苦しかった毎日を思い返す。例えば、朝の出勤は妻の花江が起きる前に出ていくようにする。汚れた服は自分で洗う。洋介が使用後の風呂場は二回洗わないと臭いが取れなくなるから、決められた時間通りに風呂に入るようにすること。はたまた、夕飯は妻と娘が食べ終わった後にしろ、だのといった決められた時間。そういう“ご命令”。不自由なことこの上なかったが、そういう細かい時間を気にせず眠るだけというのがこんなに気持ちよかったのかと、洋介は思い出に耽っていた。
洋介はここに至るまでの結婚生活において、クヨクヨ悩んでいた事がバカらしく思えるほど、外の天気同様に晴れ晴れとした気分だった。
そんな洋介のスマホをぶるぶると震わせて、タヌキが掲示板に書き込んだメッセージが更新される。
洋介は手に取り、なになに? と物憂げに覗き込んだ。
『よお、今日こそは死ぬのか? どの死に方にしたか決めたのか? 練炭自殺なんかどうだ? 希望通り苦しまないらしいぞ?』
洋介のせっかくの晴れやかな気分は一転して、ドブ川に足を突っ込んでしまったかのような気分になった。スマホを置いて、タヌキの寝そべっている背中を見つめた。タヌキはいつもこちらに背を向けているし、目深に被っている帽子のせいで表情は未だに読み取れない。
蹴ってやろうかと思うが、やめておいた。
提案された練炭自殺は頭痛と吐き気に見舞われるだけで、なかなか死ねないという情報もあるのだということを知らないのだろうか? 最悪なのは動けなくなって苦しみながら衰弱死するかもしれないんだと、洋介はタヌキに向かって説明をしようとした。
そんな洋介がふと周りを見渡すと、幽海は絵に書いたように酒瓶を枕に眠っていて、そのいびきは大きく、足元の畳から振動が伝わってくるほどだ。
洋介は思いとどまり、みんなが起きるまで後片付けを静かに実行するという任務を自分に課した。
昼頃になって目を覚ました一同は、宴会で散らかしたゴミを片付けている洋介に合流して終わらせた。酒の勢いを失った洋介たちはまるで初対面であるかのようにお茶を啜った。誰も喋らず、どこかで鹿威しが小気味いい音を立てた。なぜか緊張しているのは、みんな一緒なようで、それぞれが視線を逸らし、手持ち無沙汰から爪を弄ったりしている。
洋介がおずおずと手をあげて、どうしてここに集まったのか、その経緯を話し合うのはどうかと提案した。もしかしたら、自分と同じように自殺を考え直してくれる者もいるかもしれないという洋介の思惑ももちろんあるのだ。
自殺志願者同士で話し合うよりは、第三者である幽海という、僧侶もいることだし、なにか自殺を思いとどまるような一手を打ってくれるのではないかという淡い期待もあっての事だ。まあ、インチキ霊媒師で元ホームレスだというのは、本人も言っていることではあるのだが。
躊躇いがちに友里が手をあげた。
「では、その、あたしから……いいですか?」
洋介と幽海がうなずくと、友里がホッとしたように小さく息を吐いた。
友里は始め、重苦しそうに話し始めたが、よほど溜め込んでいたのか次第に饒舌になって、思いの丈を吐き出し始めた。まとめると、結婚詐欺師に騙され、八百万円の借金があるのだということだった。そして自殺を決意したという。
タヌキの方をちらりとみんなが見るのを背中越しに感じたのか、彼は猫でも追い払うかのように手のひらをシッシッとしただけだった。
彼には彼の理由と絶望があるのだろう。
だが、あの歳の頃だ。恐らくだが、いじめにあって来たのだろうと三人は結論付けた。当人がなにも言わないのだ。間違っていたとしてもしょうがない。
最後に洋介も話し始めた。家族に見放され、口も聞いてくれないことを話した。しかも妻は堂々と浮気をしていて、相手は自分の部下の男であることも、さらには娘も似たのかパパ活をしていると説明した。
「……だから、私はここに終活に来ました」
嘘だ。大嘘だ。前半は本当だが、今は死にたくない。もっと旅行して、鬱憤を晴らせば死ななくてもやっていける。今はそんな前向きな気分だとはどうしても言えなかった。
友里と幽海は、洋介の話にも共感を覚えてくれた。
友里は今では不思議な自信に満ち溢れ、自分たちの自殺を正当化するのに十分なんだと言うように、遺書の用意を始めた。その字は達筆で、スラスラと書き進めているのを洋介は黙認することにした。
頼みの綱である幽海は、なにやら思うところがあるらしく、渋い顔で目を濁らせていた。
「ふーむ。そうかそうかぁ。それは大変だったなぁ。だが、三人とも、そんな……いや、それで……自殺を?」
「……なんです?」
「いやぁ、別に? なんでもない」
「なんだい? 言ってよ。気になるじゃない」
「うーん。それじゃあ、言うよ? ほんとに言っちゃうよ?」
うんうんと洋介は頷いた。
幽海はしばらくウロウロと歩き回っていたが、やがて溜め込んでいたかのように言った。体を仰け反らせながら大きな声を張り上げた。
「しょおおおぉもなっ!」
「……えっ?」
「くっっだらない。しょうもないよ。どの理由もさ。そんなんで自殺なんかすんのかい? 本当にくっだらない」
「……な、なんだって?」
幽海はペンを握ったまま信じられないといった表情の友里を指さして言った。
「あんたなんかさ、まだ若いんだし、キレイなんだから、旦那さんでも捕まえて、一緒に借金返せばいいじゃないか。旦那さんが金持ちなら一瞬で返せちゃうかもよ? それから賢い子供なんて作っちゃってさ、かわいい犬なんて飼っちゃってさ、いくらでも幸せになれるんじゃないのかい?」
友里が降って湧いたような怒りのためか、どんどん青ざめていく。
「そこのタヌキくんだってそうさ、イジメにでもあったんでしょ? 喋らないからじゃないの? 舐められてるんだよ。同じ学校の同級生とかなんでしょ? 敵は何人だい? 武器でもなんでも使ってさ、しこたま殴ってやればいいのよ。心を折ってやれ。そしたら、イジメなんてもうしてこないもんだ」
「……ちょっおまっ! なんてこと言うんだ!」
「はぁあっ? だってさ、もうあんたら自殺するんでしょ? 関係ないじゃん? それにさ、あんたもあんただよ」
「うぇっ? わ、私?」
「そうだよ、あんただよ。浮気するような奥さんやパパ活なんてしてる娘なんかぶっ叩いてやればいいんだ。床に叩きつけて、叱りつけて分からせてやればいいんだよ。てめぇらが汚ねえことしてるんだってことは、全部分かってるんだぁっつってさ。それから離婚して、ひとりで暮らせばいい。独りは楽ちんでいいぞぉ? 誰にも気兼ねなく好きなことができる。まさに自由だぁ」
洋介はいつの間にか握りしめていた拳を幽海の頬に叩き込んでいた。
「こんにゃろっ!」
「あいたぁ! なにするんだ!」
「あんたには人の心なんて分からないんだよ!」
「なんだぁ! じゃあ、あんたには分かるってのかい? ワシの妻とかわいい息子は殺されたんだ! その後ワシだって刺された! ここだ! 見ろ! ただの通り魔だった! 気を失って入院してる間に、妻と息子は遺灰になっちまってた。犯人だって自殺してて、その遺灰を持ったままその親に土下座されたんだ! この怒りのやり場のなさが分かるってのかよぉ?」
「あ、いや……」
思わず黙ってしまった洋介の顔を幽海は叩いた。
「あいたぁっ! 何すんだよ! 同情してたのに!」
「あんたの顔がムカつくんだよ! だいたいなんだその頭? パーマでもかけてんのか? 鳥の巣みたいだぞ」
「なんだぁそりゃ! これは天パなんだよ! 頭のことはいいじゃないか別によぉ!」
洋介と幽海は揉み合いになり、畳の上を転げ回り、お互いの頬をつねり合っていた。
物音がしたと友里が鋭い声を出して、ふたりの喧嘩を止めた。
「だ、誰かが来ます」
静かにしていると、確かに廊下から足音がしていて、どうやらこちらへと向かって来ているようだった。
友里とタヌキは慌てて押し入れに隠れた。またしても出遅れた洋介は、なんとか押し入れに入ろうとして転び、その頭が押し入れの襖を突き破って、洋介は動けなくなった。
幽海が洋介の服を引っ張って抜いてくれたが、洋介はやはり隠れるところがない。またしても白塗りの顔を作ろうとしたが、友里がピンクの化粧ポーチを奪い返しに戻って来て、洋介と友里は引っ張り合いになった。
結果としてポーチは真っ二つに破れてしまった。化粧道具がバラバラと転がった。
そうこうしているうちに、待ちきれなくなった幽海が襖をそっと開けて、顔だけを廊下に出して言った。
「……なんだ? 騒々しい。どうした?」
「いやぁ、あのぉ、大丈夫ですかぁ? なにやら大声が聴こえましたがぁ」
この声は女将か? と洋介は当たりをつけた。今では洋介は壁に張り付くことしか出来なくなっていた。
「そんなことは気にしなくていい。儀式の最中だぞ。奴らは幻聴も引き起こすのだ」
「は、はいぃ……あ、あのぉ」
「なんだ? まだなにかあるのか?」
「そのぉ、お顔が腫れているようですがぁ、本当に大丈夫なのですかぁ?」
「これか……ふん、悪霊がやたら強くてな。憎たらしい顔でワシを弾き飛ばしよったのよ。それから壁に叩きつけられた拍子にぶつかっただけだ。こんなものは怪我のうちにも入らん。それよりも、もう邪魔をするでないぞ」
「は、はぁい。申し訳ございませぇん」
「……待て。清めるための酒瓶が足らん。もっと持って来てくれ。それと顔を冷やすための氷、それからワシの料理を頼む。……多めの四人分でな。体力の消耗が激しい」
「はいぃ……お持ちしますぅ」
女将はチラチラと部屋の中を覗こうとするが、幽海がその視線を阻むように立ち塞がった。二度、三度と。
女将の足音が去っていくと幽海はそっと襖を閉めて振り返った。大袈裟に額の汗を拭って危なかったとアピールしている。
洋介はおっかなびっくり手の平を下にして、動かした。幽海に、喧嘩はやめて一旦落ち着こうと提案しているのだ。
それが分かったらしく、幽海はゆっくりとうなずいた。そして大きくため息をついた。そして女将のモノマネでもしているかのように言った。
「危なかったなぁぁ。だがぁぁ、食料は確保したぞぉぉ」
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