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【第26話:かばでぃと寝言】

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 芝生エリアに着くと、正が持ってきた巨大なレジャーシートを広げる。

「うわぁ~! おっきぃ~!」

 さやかちゃんが思わずはしゃぐその大きさは、だいたい三メートル四方ぐらいだろうか。
 だから、そこまで巨大と言う訳ではないのだけど、さやかちゃんからするとかなり大きく感じるのだろう。
 まぁレジャーシートと言ったが、テレビの花見の中継などでよく見かけるブルーシートってやつだ。

「あっ!? さやか! ちゃんと靴を脱がないとダメでしょ!」

 正と僕でブルーシートを広げると、さやかちゃんが待ちきれなくなって、靴を履いたまま駆けだしてしまい、貴宝院さんが慌てて止めていた。

 そして貴宝院さんが靴を脱がすと、さやかちゃんはきゃっきゃとブールーシートの上を走り回……いや、転げまわっていた。

「なぁ貴宝院、お弁当本当に任せて良かったんだよな?」

 レジャーシートに各々あがってくつろぐと、正が少し心配そうに尋ねる。
 正は昔から「俺に三度の飯より好きなものはない!」と言っているので、ちょっと不安になったのだろう。
 まぁ三度の飯より好きなものがないのも、それはそれでどうかと思うが……。

「うん。ちゃんとみんながお腹いっぱい食べられるぐらい作ってきてるから、大丈夫だよ」

 そして貴宝院さんは、そう言ってリュックから大きなバスケットを取り出した。
 リュックの中、まるまる大きなバスケットだったようで、取り出すときにひっかかって苦労するほどだった。

「うわぁ~葵那……それ、重かったんじゃないの? 兎丸にでも持たせたら良かったのに。と言うか、兎丸、あんた気付きなさいよね」

「うっ……面目ない。貴宝院さん、ごめ……」

「葵那だよー!」

「うっ……あ、葵那、ごめんね」

 さやかちゃんの鬼教官ぶりが立派すぎる。
 でも、怖いお兄ちゃんには注意しないのに……

「ふふふ。大丈夫だよ。兎丸くん」

 くっ……ちょっと下の名前で呼ばれただけで、恥ずかしくなる免疫のなさが情けなくなるね。

「私はずっと下の名前で呼んでいるのに、なんか納得いかないわね……」

 愚痴る小岩井の視線を逸らしつつ、僕はちょっと気になってたことを聞いてみる。

「ところで、今日もお弁当サイコロは振ってきたの?」

「きょうのおべんとは、中華だよ~!」

 おしゃれな大きなバスケットだったので、サンドイッチとかバケットとか、そういうものが入っているのかと思ったんだけど、さやかちゃんからサイコロの結果は中華だという予想外の答えが返ってきた。

「えっと……中華って言ってもおかずだけね。中身は普通のおにぎりと、中華っぽいおかずだから」

 そして「ちょっと中華ちまき作る時間までは無くて」と言って、貴宝院さんは二つあったバスケットの蓋を開けた。

 時間があったら「中華ちまき」も作れるのか。
 中々いないよね? 日本の女子高生で「中華ちまき」つくれる子って……。

 一つはおにぎりがぎっしり詰まっていて、もう一つは、二段になっており、焼売やエビチリ、餃子に酢豚にかに玉風の卵焼きなど、こちらは色んな種類のおかずが詰まっていた。

「おぉ! やっぱ握り飯だよな! 貴宝院わかってるじゃねぇか!」

 おにぎり大好き正くんが、なにかテンションあがってる。
 と言うか、いつもおにぎり食べてた気はしてたけど、そんなに好きだったとは、知らなかったよ……。

「うわぁ~! 凄いね! 美味しそう!」

 毎日、お弁当をご馳走になっているけど、僕も貴宝院さんも小食だから普段は小さなお弁当箱だし、これほど豪華なお弁当は初めてで、僕は僕で思わず感嘆の声をあげていた。

「しっかし、やっぱ毎日お弁当作ってるだけあって、貴宝院は料理上手いよなぁ」

「ほんと葵那は将来良いお嫁さんになるよ。私が貰ってあげたいぐらい」

「えぇ~? 心愛のことは好きだけど、それは困るな~」

 そんな感じで、それから暫く皆で美味しくご飯をいただいていると、正のスマホが不気味な音楽を奏でだした。

「な、なに!? 本郷、あんた、なんで着信音をホラー映画のテーマ曲にしてるのよ!?」

 あぁ、これは美優ちゃんだな……。
 普通の着信音は人気お笑い番組のテーマ曲を使っているはずなんだけど、正……美優ちゃんに知られたら殺されるよ?

「正、早く出ないとあとで……」

「うっ……そこで、言葉を切るなよ!? く、わぁってるから……」

 しかし、そこまで嫌かなぁ? 美優ちゃんは僕ももう何度も会ってるけど、良い子だし、小柄で凄く可愛らしいし、一途だし、言うことないと思うんだけどなぁ。

 まぁでも、理由もその気持ちもだいたいわかるんだけどね。

 その理由は一つ、美優ちゃんは女子空手日本一なんだけど、子供の頃、道場でいつも負けていたから、苦手意識が刷り込まれてしまっているんだと思う……。

「も、もしもし?」

『ただちゃん、出るの遅ーーーい!! アニパー着いたから、入り口迎えに来てー!』

 美優ちゃん、相変わらず声がでかいな……普通に話しているだけなのに、スピーカーモードなみにここまで声が聞こえてくる。

「す、すまん。い、今から迎えにいくから待ってろ」

『わーい! じゃぁ、超特急だよ! 三分でね。うふっ』

「なっ!? こっから三分って、そんなの無……って、切れてやがる!」

「な、なかなか凄いパワフルな感じの子なんだね……」

「す、凄いね。本郷くんが圧倒されてる……」

 美優ちゃんのことを知らない小岩井と貴宝院さんが、ちょっと頬をひきつらせているけど、その間にも正は速攻で靴を履き終えると「行ってくる!」と一言残して走り去ってしまった。

「怖いお兄ちゃん、いってらっしゃーい!」

「本郷のこんな姿、クラスのみんなに言っても誰も信じない気がするわね……」

 まぁあれだけ皆に恐れられている正だ。
 小岩井のいうのもあながち冗談ではなく、実際皆信じないかもしれないと、内心同意しておく。

「美優ちゃんはお昼食べてから来るって行ってたから、待ってる間にこっち片づちゃう?」

「そうだね。あっ! さやか、待って、片づけるって言ったそばから寝ないで!」

 今まさに皆で立ち上がって片付けを始めようとしたところで、さやかちゃんが電池が切れたようにコテンと横になってしまった。

「だってぇ……」

 午前中、動物園エリアではしゃいでいたし、お昼を食べてお腹も膨れたせいだろうか。貴宝院さんと話している間にも、もう既に船を漕ぎ始めていた。

「葵那。仕方ないわよ。少し寝かせてあげましょ?」

「うん。まだ正たちが戻ってくるまで時間かかるだろうし、戻ってきてからにしよう」

「ん~みんなごめんね。じゃぁ、お言葉に甘えさせて貰おうかな」

 こうして僕たちは、寝てしまったさやかちゃんを囲んで、正たちを待つことになったのでした。

 でも、さやかちゃん……。
 寝言で「みーんみーん」って言ってるせいで、小岩井が見失ってるので、それはやめたげて……。
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