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【第4話:一つだけ】

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「ソーンバードだぁ!!」

 僕の言葉がきっかけになったわけではないんだろうけど、街のあちこちから悲鳴のような声があがりはじめる。

 その状況になってようやくその男の人も状況を飲み込めたようで、

「ひぃ!? ほほ、本当にソーンバードじゃないか!?」

 そう叫んで走り出すと、ゴーレム馬車に乗り込むと、そのまま発車させようと操作し始める。

「あぁ!? ダメよ!! 馬車を動かしてはだめぇぇ!!」

「何考えているのですか!? ゴーレムから離れなさい!」

 セリアとローズが必死に制止するが、男は混乱しているのか、ゴーレム馬車をそのまま発車させてしまう。

「あぁぁぁ!? だめぇぇぇ!!」

 魔物は魔力に反応して襲い掛かるという性質を持つ。

 セリアが言うには、誰もが子供の頃に教えられる事なんだそうだ。
 人や動物は体内に魔力を持つために魔物に襲われるとされていて、それは魔物が魔力を帯びた血肉を好んで喰らうことからそう信じられているらしい。

 そして……魔導学を用いて作られたあらゆるものは、動作させると人や動物以上の多くの魔力を発生させる。
 だから警報が鳴ればみんな急いでその手の装置を停止させるんだ。

 それなのにその男の人は……。

「う、うわぁぁ!? く、来るなぁ!?」

 急降下してきた無数のソーンバードに群がられる男は、悲痛な叫び声をあげ……わずか数秒でその命を散らしてしまった。

 僕も一瞬の出来事に何も出来なかった。
 ただ茫然とその光景を見つめていると、突然すぐそばから悲鳴があがる。

「い……いや……いやぁ!? いやぁぁぁぁ!!??」

 慌てて振り向くと、セリアが完全にパニック状態に陥っていた。

「はっ!? しまった!?」

 セリアは目の前で両親を殺されているため、一時期魔物に対して必要以上に怖がるようになっていたらしい。
 僕が出会った時には既に克服したと聞いていたので油断していた。
 目の前で魔物に人が殺される光景を目にしてしまい、再発してしまったのだろう。

「セリア! 落ち着いて! 魔物に気付かれる!」

 セリアの肩を掴み、何とか落ち着かせようとするのだけれど、一度パニック状態に陥ったセリアに僕の声は届かない。

「ダイン! とりあえず向こうの路地に逃げましょ!」

 ローズに頷きを返すと、僕はセリアを引きずるように連れていくのだが、少し遅かったようだ。

「まずい! 何羽かこっちに来る!」

 僕は咄嗟にセリアとローズの手をひいて、倒れ込むように伏せる事で何とか最初の襲撃を交わすと、覚悟を決める。

 今日から守護者養成学校にいくという事で、僕の腰には剣と魔銃がある。

 訓練用だけど……。

「それでも……何とかしないとね」

 僕は腰の剣と魔銃を抜いて次の襲撃に備えて構えると、大きく深呼吸する。

 後ろにはローズがセリアを庇うように地面に伏せている。
 僕が何とかするしかない。

 でも……不思議だ。

 なぜ僕はこんなに落ち着いているんだろう?

「ダイン!?」

 何かを思い出しそうになったんだけど、空気を裂いて襲い掛かるソーンバードの群れに思考を引き戻される。

「よっっ。ほっ。はっ」

 刃を潰した訓練用の剣だけど、材質は実剣と同じく魔鋼を使っているので頑丈だ。
 僕は次々と襲い掛かるソーンバードを剣で受け流し、足元に蹲る二人を守るように立ち位置を細かく調整する。

 うん。これなら何とかなるかな?

「ダイン……あなたいったい……」

 ローズの呟きが耳に届いた。

 あれ? 僕はいったいこの技術をどこで……?
 前にいた世界は、魔物などのいない平和な世界だったんじゃないのかな?

 僕自身いろいろ疑問を覚えるけど、とりあえず数が増えてきたし後回しだ。

 今度は左手に魔銃を持つと、魔力を込めてソーンバードの目に魔力弾を次々と撃ち込んでいく。
 魔銃も訓練用のもので威力が弱いのだけど、目に当てればさすがにかなりのダメージを与える事が出来るようで、ソーンバードは次々とバランスを崩して地面に激突していく。

「あれ? 僕は銃も扱ったことがあるのか?」

「ダイン!? あなた、扱ったことがあるなんてレベルじゃないわよ!? 一流の守護者でも空を舞うソーンバードの目を狙い撃ちするなんて不可能よ!?」

 今度は声に出てしまっていたようで、ローズが信じられないといった様子で声を荒げている。

 なぜだろう? 身体が勝手に動く。
 襲い掛かるソーンバードを剣でいなし、銃弾を撃ち込む。

 気付けばあれほどいたソーンバードは、全て地面で息絶えていた。
 離れた場所ではまだ戦闘が続いているようだが、とりあえずこの辺りの安全は確保出来たようだ。

「ローズ、セリアは大丈夫?」

「え……? あっ、たぶん大丈夫よ。気を失ってはいるけど、呼吸に乱れはないし」

 セリアが無事で良かった。
 せっかくなんだ。
 絶対に失いたくない……。

「良かった~。この辺りはもう安全だと思うけど、念のためそこの路地に隠れよう」

「そ、そうね。何かまた襲われてもダインがいれば平気な気もしなくも無いけど……」

 ローズが言うなんて珍しいな。
 戦いに絶対なんて無いんだから、油断しちゃダメだよね。

 僕はセリアを抱えると、路地の影に連れて行き、そっと寝かせてあげる。

「セリアがパニック状態になった時は、本当にどうなるかと思ったわ」

「そうだね。あの商人の男の人には悪いけど、僕らが無事で本当に良かったよ」

 そう言えば目の前で人が一人亡くなったのに、僕は何も感じていない気がする。
 どういう事だろう?
 自業自得だと思っているからだろうか?

 いや、そういう問題じゃないよね。
 何か人の生き死に感情が動かないんだ……。

 僕はいったいどうしてしまったのだろうか?
 いや、そもそも僕は孤児院の家族以外に興味がないのかもしれない。

「……イン? ダイン? どうしたの? 大丈夫?」

 いつの間にか考え込んでしまっていたようだ。

「ごめん。ちょっと考えこんじゃってた」

「ううん。それは良いのだけど……もしかして何か思い出した?」

「ん~……そうだね。一つだけ、一つだけ名前を思い出したよ」

 何度思い出そうとしても頭に霞がかかっていて、ぼんやりとしか思い出せないんだけど、一つだけ思い出した名前があった。

「え? なんの名前を思い出したの?」

「うん。僕は『グリムベル第13孤児院』……どうやら、そこの出身みたいだ」
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