猫の首に鈴をつけたい騎士団長とおひさま浴びてヘソ天で寝たい闇の教祖

あさ田ぱん

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16.バルドラースの食事

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 服を着て、王子が手にしていた絵本を手に取る。先ほど途中まで読んで、その後の結末が気になっていたのだ。

 ページをめくろうとすると、外からガタガタと誰かが近付いてくる足音が聞こえた。多分使用人が、王子が食べた朝食の後片付けに来たのだろう。

 人間の姿になったばかりだったが、急いで服を脱ぎバッグにしまうと再度、猫に変身した。

「あら?ノワール様…?」

   やって来たのはナタリーだった。窓をカリカリすると開けてくれたので、図書室から外へ逃げ出す。

 動くたびに、コンラッドの付けた鈴がちりちりと鳴った…。

 これ、外さないとだめだ。でも、コンラッドの飼い猫になれたみたいで、嬉しい…。

 王太子来訪の影響か、鈴の音は鳴っても誰も俺を追って来なかった。そのまま庭を通り、いつもの生垣を通り抜け、屋敷の外へ脱出する。

 そして、昨日の今日ということもあり、俺は子猫のまま、娼館へと向かった。





 まだ昼の時間とあって、娼館の前は人通りがない。

 やはり、夜来ないと彼には会えないのか……?

 そう、思ったのだが…。

 突然娼館前で、エミリアが男と揉めはじめた。

「金を払えないやつは客じゃないよ!出ていきな!」
「眠ってしまってうっかり延長してしまったんだ!それなのに、有り金を全部巻き上げられたら、家賃が払えなくなるっ!」
「かわいそうに。それに免じて、足りない分はつけとくよ」

 エミリアは近くにいたガタイのいい男に目配せすると、さっさとその場を去って行った。

 用心棒らしきその男は喚き散らす中年男をあっさりといなす。

「こんなに貢いだのにっ!」

   実に見苦しい…その、見窄らしい男は……!

院長にゃあっ!」

「ん?子猫…?なんだ、お前…?」

 ーー俺が探していた、孤児院の前、院長、その人である。




 
****

「ノワール、このおじさん誰?」
「みんな知らないか~。俺の前の、孤児院の院長だよ!」
「この、ボロボロの人が…?」
「でも魔法にすごく詳しいんだ。俺も全部、魔法は院長から教わったんだよ。だからバルちゃんを治せるとしたら、もう院長しかいない、って思って…!」

 カイにリオ、クレイに家主の男は、遠慮なくガツガツ食事をとる前院長に冷ややかな視線を送る。

「本当なのか…?」
「え……?」

 家主の男は明らかに疑って、俺に尋ねた。すると、年長のカイが庇ってくれる。

「ビョルン、ノワールをいじめないでよ!ノワールが苦労して見つけて来たんだから!」

 確かに苦労もしたのだがコンラッドとにゃんにゃん♡もしたから、庇われると少し、後ろめたい…。

 それにしても…三日帰らなかった間に、家主の男と子供たちは随分打ち解けたようだ。お互いを名前で呼び合っている。

「えーと、ビョルンさんと、仲良くなったんだ…?」
「ビョルンと一緒に、虫取りに行ったんだ!ビョルンはすっごい上手なんだよ!」
「虫とか植物の名前もくわしくて、便利な魔法も教えてもらった」
「え…?!魔法を使ったのか?!」

 子供たちの髪と瞳は、強めに魔法をかけて行ったが…。魔法を使ったらさすがに属性がばれてしまうだろう。

 焦ってビョルンの様子を窺ったが、彼は特に何も言わなかった。

 …受け入れて、くれたのか…?

「それより、もう十分食べただろう!はやくバルちゃんを治療してくれ!」

 バルちゃんに夢中で気付いてないのか?いいやつなのか、バルちゃん命なのか、どっち…?!

 院長は食事をすべて平らげると、がたんと席を立った。

「取り敢えず、みてみよう」

 俺とビョルンもバルちゃんのいる部屋へ向かうため席を立つと、子供達までついて来ようとした。それを見て、反射的に声を荒げてしまう。

「子供たちは危ないからここで待っていなさい!バルちゃんの部屋には近付かない約束だろう?!」
「え、やだ!つまんない!」
「そういう問題じゃない!」
「だって飽きちゃったよ!ノワールだけ出かけてずるいよ、ひまー!」
「…お前たちが行って来いっていったんだろ!」
「こんなに長いと思わなかった!」
「あのなあ…」

   たぶん、子供達がこんな感じだから、ビョルンが虫取りに連れて行ってくれたんだな…?ビョルン、お前良いやつだな!

 しかし、いくら暇だからと言って、怪しい蛇のいる部屋に子供は連れていけない。

 俺はマジックバックに何か入っていないか、ゴソゴソと探した。すると、絵本が入っていることに気がついた。

 それはハーケンベルク家の図書室でアドリア殿下が見ていた絵本だった。服を脱いでしまう時に、慌てていたから間違えて一緒に入れてしまったらしい…。

「その絵本、初めて見る…」

  カイが興味津々で絵本を覗き込むと、ビョルンも少しだけ笑顔になり、俺の手から絵本を取り上げた。

「『勇者のものがたり』だ。懐かしいな…」
「ビョルン、読んでよ!」

   カイとリオが頼むと、ビョルンはページをめくった。

「『昔、勇者は人の闇をあやつり悪を生み出す魔王と闇竜を討伐しに出かけた。勇者は苦難を乗り越え、魔王を封印した。魔王の子分、闇竜は魔王がいなくなると瘴気が消え食べるものがなくなって、竜の体でいられなくなってしまいました』」

 ビョルンが最後のページを捲ると、そこには蛇の絵がかかれていた。

 真っ黒で、輪郭がぼんやりと描かれている。ドロドロとしたもので、覆われているからだろうか…?

 リオはその蛇を指差すと、ビョルンに笑いかけた。

「この蛇、バルちゃんに似てるね」
「…え?!」

 竜の体でいられなくなった闇竜に、バルちゃんが似てる…?!

「…た、確かに…!」

 本を読んでいたビョルンも、リオに同意した。

「そんな、まさか?!」

   まさか…。

 でも…。

 バルちゃんには聖女のポーションも、古の女神像も、暗黒神オルドのお守りも効かない。むしろ、瘴気を吸い取る祈祷で瀕死の状態になった。

「バルちゃんが、外に出て倒れていたのは…、いつですか?」
「四日前だ」

 俺が、闇竜を倒した日と一致する。

 偶然…、なのか?
   
「バルちゃんが闇竜だとすると、聖女のポーション、古の女神像、暗黒神オルドのお守り、全て効かないことにも合点がいく」
「それは…?」

  俺がビョルンに尋ねると、彼は顔を輝かせた。

「闇竜は『瘴気が消え食べるものがなくなって』弱ったんだ。つまり瘴気を食べて生きてるんだから、それを取り除いたら逆効果ってことだ…!」
「なるほど。ということは、逆に瘴気を食べさせれば復活する?」

  そういえば、女神像を焼いた時、瘴気が吹き出して闇竜は復活したんだった…!

「けど、瘴気なんてどこで発生するか分からないし…。発生すると、騎士団や自警団に封鎖されて、聖女に浄化されてしまう」
「では、こちらで瘴気を起こせばいいのだ」
「ど、どうやって…?!」
「先日、古の女神像を焼いたら瘴気が出た。もう一度、女神像を焼こう」
「ん。ちょっと待ってくれ、ビョルン!なんで古の女神像を焼いたら瘴気が吹き出したって知ってるんだ?!」
「バルちゃんを助けるために手に入れたが、全く効果が無かったので、証拠隠滅のため焼いたのだ」

 そういえば、聖女が「古の女神像が盗まれた」って言ってたけど…。

 証拠隠滅って…。

 それに……!

「まさか、闇竜が現れたあの日、学校にいた謎の慈善団体…って…」

   俺の呟きを聞いたビョルンは、口の端を持ち上げる。

 こここ、コンラッドー!

 真犯人、ここにいましたぁーっ!!窃盗犯に聖像破壊犯、こいつですっ!俺じゃありませんっっ!!

「でも、もう『古の女神像』はないだろ?それに本当に闇竜だったら、人間の命が危うくなる!」
「バルちゃんの命を繋ぎたいだけだから、ごく少量でいいんだ。それなら中央教会の、小さめの女神像で十分間に合う。あれを焼こう」

   気軽にいうなっ!!!!

 窃盗に聖像破壊は犯罪なんだぞ?!

 第一、教会の小さめの女神像を焼いて少量の瘴気が出るって、まるで実際に見たかのような口ぶりだ…。

「はっ、まさかここのところ街で起こる瘴気騒ぎはひょっとして…」

 ひいい!

   か、考えたくない…!返事も聞きたくないー!

 俺は咄嗟に耳を塞いだ。

 ビョルンの仲間になんかなったら、濡れ衣を晴らすどころじゃない。コンラッドに飼ってもらえなくなるし、それに俺が捕まったら、誰が子供達を育てるんだ?!
 
「女神像を焼かなくても瘴気なんて、簡単に発生させられるぞ?」

 今までただ飯を食うだけだった院長が突然、にやけ顔で口を開いた。

 瘴気を簡単に発生させられる、だと…?

「…それは、どうやって?」
「瘴気は人間の心の闇…、すなわち『邪な気持ち』から発生するんだ。それが凝縮されたものといえば…」
「勿体ぶるな、なんだ?」

  ビョルンは院長に詰め寄った。院長はにたりと下品な笑みを浮かべる。

「邪なものが出ちゃう…っ!と、いえば、精液だよ♡」
「「はぁっ?!」」

   なんでそうなるんだ?!

 ビョルンは怒ってバン、と机を叩いた。

「却下だ、却下!そんなものっ、バルちゃんに飲ませられるかっ!しかもお前、子供の前でなんてことを言うんだ!」

  院長はビョルンに怒鳴られて、しゅんと肩を落とした。

「第一、精液に瘴気が混じるなんて聞いたことがないし、それが本当だとすると娼館は常に病人だらけだろうが!」

 その通りだ…。

 瘴気を発生させるほどの『邪な気持ち』が、普通の人間にあるはずがない…!

 あるはずはないが…。ビョルンはちょっと俯いて顔を赤くしている。

 …ん…?ないよね、ペットの蛇に、邪な気持ち♡なんて抱いてないよね?!

 お願い、ないって言って…!

「ノワール、明日の安息日は教会でミサがある。明日、決行しよう」
「え、でも…。念の為、先に精液を試すのは…?」

 ちょっぴり『邪な気持ち』がありそうな人、ここにいるし…。精液が効けば、女神像を盗まずに平和的に解決できる。

「ダメだっ!」
「バルちゃんにぶっかけるとか、そういう行為じゃなくて、食事として与えるだけですよ!?」
「ぶ…っ。かける、だと…?!しょ、しょ、しょ、食事として不適格だっ!」

   食い下がってはみたものの、ビョルンは首を縦に振らなかった。
  
   交渉決裂…。

 とりあえず明日、ミサに行き盗んだフリをして適当なものと女神像を取り替えよう。そして、一番邪そうな院長の精液を試そう。それしかない!

 
 
 明日に備えて早めに休もう、ということになった。この家に来てから子供達はビョルンに絵本を読んでもらっているらしく、俺は一人部屋に通された。

 ……寂しい…。

 あまりに寂しいので、子猫になってコンラッドの靴下に包まれて眠った。

 ああ…。コンラッドの甘い匂い…。

 幸せだ…。

   コンラッド、俺、頑張るよ。

 必ず、汚名を晴らす。子供達がひとり立ち出来るように育てる。

 そして、立派な猫になって、一生、コンラッドのそばにいるんだ。


 ……。

 …おやすみ…。



 
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