猫の首に鈴をつけたい騎士団長とおひさま浴びてヘソ天で寝たい闇の教祖

あさ田ぱん

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18.がんばった子猫へご褒美

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 戸締りをしたはずなのに、ドタドタと騒がしい足音が響いた。

「瘴気が発生したぞ!」

   王宮騎士団の兵士達が一斉に裏庭へ駆け込んで来た。瘴気を察知したにしては、随分と早い到着だが…。一体、なぜだ…?

 しかも、よりによって。

「コンラッド…!」
「見つけたぞ、私の子猫ノワール…」

 瘴気を起こしたところを、コンラッドに見られてしまった。コンラッドには、醜い部分を知られたくなかったのに…。

「どうしてここに…?」
「ノワールの鈴に、私の魔力を込めたと言っただろう」

   それでこの場所に辿り着いたのか。迂闊だった…!

「おい、何なんだ、こいつらは…?知り合いなのか?」

  ビョルンは俺をじろりと睨んだ。

 子供達もビョルンの影に隠れて、俺を非難するような目で見つめる。

「まさか、お前が騎士団を呼んだのか?」
「違うんだ。鈴に細工をされていて、それでこの場所が分かってしまったらしい」
「鈴…?」

 ビョルンは不思議そうに首を傾げたが、子供達は俺の鈴に気がついたようだ。

「この間からずっと付けてたやつだ!」
「何だって?!何故、外さなかった!?」

 何故って、コンラッドの飼い猫であるしるしを無くしたくなかったからだ。

 ただ、それだけ。

「ノワールは布で鳴らないようにして、隠してた!」
「隠していた…?まさか…!」

   本当に悪気はなかったのだが、ビョルンや子どもたちは、完全に俺を疑ったようだ。

 ビョルンはともかく、ずっと一緒に暮らしてきた子供達にさえ、信じてもらえないなんて…!

 切なくて悔しくて涙が溢れそうになると、自分の感情に反応するように、背後の瘴気が勢いを増す…!

 そしてその闇に囚われ、身動きが出来なくなった。

「く…っ、まずいな…!」

   ビョルンは子供達を連れて、反対側へ駆け出す。

 駆け出した、そのはずみで、ビョルンが持っていたバルちゃんの籠の蓋が開いた。するとそこへ瘴気が一気に流れ込む。

 籠の内部で何かが鳴動した。骨の軋むような、低い咆哮のようでもあった。

 次の瞬間、パンと音を立てて籠が弾けた。

 黒い霧が爆ぜ、瘴気が奔流のように吹き荒れる。
 その渦の中心で、蠢く影がゆっくりと形を成していった。

 うねる鱗は光を呑み込み、闇を一層深くする。深い闇は、大きく立ち上がり、ゆっくりと羽を広げた。

「闇竜、バルドラース……!」

 誰かがその名を呼ぶ声に応えるように、金の双眸が灯る。闇竜は頭をもたげ、空気を震わせる咆哮を上げた。

 
 その振動で体がビリビリと震える。

 動けない…!

 バルドラースの縦裂瞳が細く光を絞り、俺を射抜いた。
 
 闇竜には、俺の心が闇に囚われていると、見透かされているらしい。

 俺ごと、瘴気を喰らう気だ!

「ノワール!逃げろっ!」

   コンラッドの叫ぶ声は聞こえたが、身体が硬直して動かせない。 

 すると、闇竜の巨大な口がゆっくりと開いた。暗黒の奥まで見通せそうなほど大きく、鋭く光る牙が規則正しく並ぶ口から、黒い涎が垂れ落ちる。

 翼で巻き起こる風で、その涎が粒になって顔や肩にボタボタと降り注いだ。

 
 もうだめだ…!


   目を瞑ると、何かが体にぶつかった。その反動で俺は地面に倒れ込んだ。


「う…、ぐ…っ!」

  唸ったのは自分では無かった。

「コンラッド…!」

   コンラッドは俺を突き飛ばし、闇竜の攻撃から守ってくれたのだ。

 だがその代償に、牙で引き裂かれたのか、肩口に深い傷を負ってしまったらしい。地面に倒れ込み、苦しげに呻いている。

「ギャァァァッ!」

 邪魔をされて怒った闇竜は上空に舞い上がり体勢を立て直すと、もう一度コンラッドに襲い掛かろうとしていた。

 起き上がると、俺はコンラッドに駆け寄る。

「コンラッド…!き、傷が…!」

 傷を見て目に涙が浮かんだ俺に、コンラッドは優しく笑いかけた。

「ノワール…。これまで必死に暮らして来たんだろう?まだ子猫なのに、偉かったな」

 それ…、さっきの俺とビョルン、子供達との会話を聞いていたってこと…?

 『偉かった』なんて、初めて言われて、鼻の奥がつんとした。

 それを誤魔化すように、可愛げのない言葉が口をつく。

「俺、もう成人していて子猫じゃないし!俺のことなんて、何も知らないだろ!」
「私なりに調べて少しだけ知っている」
「…俺は、瘴気を出すような、邪悪なやつで…」

   自分の心の闇から、瘴気を発生させてしまった。そんな邪悪な人間なんだ。コンラッドに庇われる、資格がない。

 しかしコンラッドは立ち上がり、剣を抜いた。

「……俺は、私のかわいい子猫ノワールを信じる」
「え…?」

  まさか、そんな体で、闇竜と戦うつもりなのか?真っ青な顔で、向かってくる闇竜をまっすぐ見つめている。

「無茶だよ!コンラッド…!」
「頑張った子猫には、ご褒美をやらないとな…」
「ご褒美ならもう貰ったよ!」

   コンラッドがくれた鈴…!

 それにさっき、偉かったって褒めてくれた。

「それだけで、もう、十分だ…っ!」

   コンラッドの剣を握ってやめさせようとしたが、闇竜の巨体はもはや目前に迫っている。

 牙と翼が空を裂き、ぞっとするような音が耳を打った。

 視界いっぱいに広がるのは、巨大な口、鋭い牙、そして燃え盛るような瘴気。

 ーー闇竜に喰われる、寸前…!

 その時俺は無意識に、闇竜の名を叫んでいた。

「バルドラース!」

 そして顔を少し上げて顎を引き、真っ向からバルドラースを睨みつけた。

 バルドラースの金色の瞳の奥には、漆黒の影が映し出される。

「止まれ!身の程を弁えろッ!」

 喉の奥から出た声は、自分のものとは思えないほど低く、重く響いた。その声は地鳴りのように周囲の空気を震わせ、瘴気すら怯むように揺らめく。

 その瞬間、闇竜の黄金の瞳はびくりと揺れた。

 大きな頭がゆっくりと垂れ、翼はたたまれ、背の隆起もみるみる縮む。黒曜の鱗が光を吐きながら、瘴気の中で溶けるように消えていった。

 巨大な咆哮はかすかな唸りに変わり、闇の塊はみるみるうちに小さく縮んだ。

 闇竜はあっという間にビョルンの飼っていた蛇、『バルちゃん』に戻ってしまった。

 怒鳴っただけだが…、闇竜には効果があったようだ。よかった…!

「……っ…」

 それを見て安心したのか、コンラッドは再び地面に崩れ落ちた。

「コンラッド…!」

   呼んだけれど、返事がない…。瘴気を浴びて顔色が真っ青になっている。

 瘴気を吸収するため手を握ろうとしたが、騎士団の兵士たちが一斉に駆け寄ってきて、引き離されてしまった。

「コンラッド様ー!」
「団長、しっかり!まもなく聖女様がいらっしゃいますっ!」

 …聖女が来る…?

 その言葉通り、邸の門の方から白い法衣を纏った団体がこちらに走って来るのが見えた。

「コンラッド!」
「聖女様!団長が瘴気を食らってしまって…!」

   聖女は横たわるコンラッドの前に跪き、静かに浄化魔法の詠唱を始めた。次の瞬間、聖なる光が彼の身を包み、穢れを洗い流していく。
 
 傍目からも顔色が良くなったのが分かったが、まだコンラッドは目覚めない。

「聖女様!まだ、意識が戻りませんが…」
「…もう少し治療する必要があります。ハーケンベルク家に連絡を!」
「かしこまりました!」

   コンラッドはあっという間に運ばれて行ってしまった。聖女もぴったりと、コンラッドに寄り添っている。

 聖女に任せておけば、大丈夫だろう…。

 でも…。

 自分のせいでコンラッドをあんな目に合わせた。その、治療をすることも出来ないなんて…。

「……」

 また自分の中に、モヤモヤとした澱が蓄積していくのを感じて、頭を振った。



 コンラッドが運ばれた後、残った騎士団の兵士達は、バルちゃんを取り囲んだ。

「おいっ!やめろ…っ!」

 するとビョルンが悲鳴のような声を上げる。

 騎士団の兵士がバルちゃんを捕まえようと、槍で突こうとしていたのだ。

「バルちゃんにそんな物を向けて、どうするつもりだっ!」
「バルちゃんだと…?なんだそれは?!」
「バルちゃんは私の…世界で一番かわいい我が子だっ!」
「我が子?!」

 騎士団の兵士たちはその発言に、顔を見合わせた。何やらひそひそと話し合っている。

「つまり、お前、闇竜を飼っていたってことか?」
「そうか…、お前が、コンラッド団長が追っていた暗黒神オルドの教祖だな?!」

 コンラッドは誰が教祖かまでは伝えていなかったらしい。完全に兵士たちはビョルンが教祖だと誤解をしてしまった。

「バルちゃん、逃げろっ!!」
「あっ、こいつ蛇を逃がそうとしてる!」
「やっぱりこいつが教祖だ!捕まえろーっ!」

 ビョルンは必死でバルちゃんを逃がしたのだが、そのせいで、騎士団に捕まり、そのまま連れて行かれてしまった。

「ビョルンが連れて行かれちゃった…」

 子供たちは泣きながら、俺を睨んだ。

「あの騎士、ノワールの鈴を追って来たっていってた!」
「じゃあ、ビョルンが捕まったの、ノワールのせいだ!」
「ノワール酷いよ!ビョルンはバルちゃんを元気にしたかっただけなのに!」

「……」

 返す言葉もない。全て、俺の責任だ…。

「……とりあえず、邸に戻ろう」
「……」

 俺は子供たちを連れて邸に戻った。そして院長に子供たちを預けて、子猫に変身すると捕まったビョルンを追って邸を出た。
 


 
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