猫の首に鈴をつけたい騎士団長とおひさま浴びてヘソ天で寝たい闇の教祖

あさ田ぱん

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25.オルドの名

 男は娘と妻を兵士に預けると、夜会の会場ではなく特別に用意されていたという控室へ向かった。

 その部屋へ案内した使用人の男は、俺をちらちらと盗み見ていた。

 男の同伴者ということで、入り口で止められはしなかったが、娘と妻にもこの兵士にもひどく怪しまれている。

 応接室へ着いてソファに座るや否や、男は使用人に尋ねた。

「司祭と聖女様はいついらっしゃるのだ?」
「間もなくの予定です」

 使用人は俺と男の前にグラスを置き、果実酒を注いだ。2人分の給仕が終わると、少しお待ちくださいと言って部屋を出ていく。

 酒を飲んだことはなかったが、孤児院から王城まで何も飲んでいなかったので、俺はすぐにグラスの酒を飲み干した。

 一拍遅れて、男も酒を口に含む。

「う…っ!がぁ…っ!」

 口に含んだ直後、男は呻き声を上げ、酒を吐き出すと、そのまま床に倒れてしまった。

「ど、どうしました…っ?!」

 俺は、あわてて男に駆け寄った。顔色が、ひどく悪い…。

「な、なんてことだ…!」

 状況から推察すると、さっきの使用人が、毒を盛ったのか…?

 飲んでから吐き出すまでの時間がかなり短かったから、即効性の毒のようで顔色は真っ青だが、まだ息がある…!

はやく、なんとかしないと…。しかし、どうしたら?!

「ん…?」

 男が倒れた床に、暗黒神オルドのお守りが落ちているのを見つけた。これは俺が作った本物のお守りだ…!

「ひょっとしてこれが、少し毒を吸ったから助かったのか?それなら…!」

 俺は男の手を握ると、瘴気を吸う要領で毒を吸った。

 徐々に、男の顔色が戻ってくる。

「は…、はぁ…、はぁ…っ!」

 死んだように静かになっていたが、呼吸も少しずつ戻ってきた。良かった…。

「大丈夫ですか?」
「あ、貴方が、解毒魔法を…?」
「…魔法ではありませんが…」

 そう、この力は魔法ではない。自分でもよくわからない、自分の力だ…。

「く、くそぉっ!油断した!アイツら、私の口を塞ぐつもりだ…っ!」
「アイツら?口を塞ぐ…?」

 俺に聞き返され、男はハッとして押し黙った。

 その沈黙を破るように、部屋の扉が開く。

「何か、物音がしましたが…。どうなさいましたか?」
「司祭っ!」

 男は部屋に入ってきた教会関係者に掴みかからんばかりの勢いで怒鳴った。

「私の飲み物に毒を仕込んだのは貴方ですか?!」
「…毒?何のことです…?」
「私は今、毒で死にかけたのです!あなた方、約束の金を惜しんで、私の口を封じようとしたのでは無いですか?!」

 男は報奨金に、コンラッドと娘の婚約まで手に入れたようだが…。更に教会からも金を手に入れようとしていたのか…?

 娘が誘拐されただけで、そこまで貰えるものなのか?

 男に責められた司祭は苦し紛れに、俺を指差した。

「わ、私ではありません!毒を盛ったのは、きっとその怪しげな男でしょう!」
「私はこの方に救われたのだから、違うっ!しらばくれるな!お前では話にならない!もういい、聖女に直接、確認する!」
「お、お待ちください…!」

 部屋を出ようとする男を、司祭は止めようとした。部屋には教会の神父と思われる男達が次々と雪崩れ込んでくる。

 これって、あれだよね?!いわゆる、仲間割れ…!

 よく分かんないけど、俺、大勝利の予感…っ!

「おい、やめろ!」

 俺が教会の神父達を一喝すると、全員がぴたりと動きを止めた。俺はそのまま、誘拐された娘の父親を引っ張って部屋を出ると、夜会の会場へと向かう。

 待ってて、コンラッド!今、汚名を雪ぐからっ!

「まてーっ!」

 後ろから神父達が追いかけて来たが、無視して夜会が行われている広間への扉をばーんと開けた。

 楽しげな音楽は一瞬で止み、歓談していた人たちも全員こちらに注目する。

「おい、何事だ?!」

 声を荒げたのは、広間の中心にいたアドリア王太子殿下だった。隣にいる聖女は俺に気が付き、少し高い場所から冷たく俺を見下ろしている。

 辺りを見回したが、コンラッドの姿がない。

 それでも俺は迷いなく、聖女のところへ向かった。

暗黒神オルドの教祖様…、何故ここへ?」
「俺は招待されたんですよ」

 首についているマジックバックから手紙を取り出すと、手紙はサラサラと崩れ去った。

 証拠隠滅の魔術がかけられていたらしい。随分用意周到だ。

「まさか、誘拐犯を、夜会に招待するわけがありません」
「俺は誘拐犯じゃない。招待状以外にも証拠がありますよ…!」
「証拠…?」
「ええ、彼です」
「失礼ですが、存じ上げません」

 俺が、娘の父親をグイ、と前に押し出すと、聖女は汚い物を見るかのように、扇子で顔を隠した。

 どうやら言い逃れするつもりらしい。もっと近くで顔を見せてやろうと近づくと、聖女はパチンと手を叩き、俺の足元を指差す。

「そこで止まりなさいっ!」
「へ?!」

 俺の足元の床には、足がすっぽり収まるくらいの丸い輪が描かれていた。

 これ、猫がつい入っちゃう猫転送装置という名のただの丸い輪だあーっ!

「な、なんだこれっ!魔法陣なのか?!つい、はいってしまったぁ~っ!」
「まあ、呆れた。本当にこんな仕掛けに引っかかるなんて、貴方本当に猫なのね…?」
「しまったぁー!」

床に円があると、なんか分かんないけど入っちゃうんだあー!

 それより、俺が猫の生態に依ってるって、誰に聞いたんだ…?!

 やっぱり、子供達が俺を売ったのか…?

「そこで大人しく聞いていなさい。子供たちを、ここへ…!」
 
聖女が近くの神父に合図すると、子供達が連れてこられた。

「カイ、リオ、クレイ…!」

呼びかけると、三人は少し表情を歪める。

 俺の胸は、ドキンと鳴った。

 いやな、予感がする。

「さあ、あなた達…。正直に、今までの事を話しなさい?大丈夫、みんな貴方達の味方よ…?」
「あ、あの…。ぼくたち、暗黒神オルドの教祖にずっと閉じ込められて、人買いに売られそうになってましたっ!」
「へ?!」

ななな、何だって?!

「俺がいつ、そんなことした!?ずっと、孤児院で一緒に暮らしてただろう…っ!?」

 あまりの衝撃で、俺はぶるぶると震えていた。

 子供達は眉を下げて、聖女の影にさっと隠れる。

暗黒神オルドの教祖様。子供たちを脅さないでください!」
「ちょっと、ちゃんと話をさせてくれ!カイ、リオ、クレイ…!」

 俺が呼びかけると、聖女の背後からカイだけが顔を出した。

 カイはぽろぽろと涙を流している。

「だって、こう言えば、クレイは本当のお父さんとお母さんのところへ帰れるんだ。俺とリオも、ビョルンの養子にしてもらえるって言われて…」
「…え…?」

 クレイは家に帰れて、カイとリオはビョルンの家の養子になる…?

「俺たちがいなければ、ノワールだって、猫になるつもりなんだろ!」

 確かにそうだ。猫になってコンラッドに飼われるのが俺の夢。

 でも、それはお前達が大人になるまではと、我慢してきたんだ……!

「あなた達、もう下がりなさいっ!」

 聖女は、子供たちに余計な事を言わせまいと、この場から追いやろうとした。

 聖女が、子供達に餌を与えて、俺を人さらいだと証言させたことは明らかだった。
 
『それでも、信じていた。ずっと一緒に暮らしてきたから…俺を売ったりしない、そう、信じていた』 

 ーーけど、裏切られた。

 ーーコンラッドも、いない。

 ひょっとして、みんな、バルドラースの言う通り、俺を裏切ったのではないか…?俺を信じるなんて、嘘だったんだ。

「さあ!誘拐に人身売買、聖像破壊…!その犯人である暗黒神オルドの教祖を捕えなさい!」

 聖女が叫ぶと、一斉に神父や、聖騎士達が俺を捕まえようと襲い掛かってきた。

 ーーその時、俺の心臓がパキンと割れる、音がした。

 胸の奥にあった黒い靄が染み出し、ゆっくりと広がっていく。冷たい闇が血管を這うように、体の隅々まで染み渡る。

 気づけば、流した涙さえ、闇に染まっていた。

 同時に会場の空気は凍り、そこかしこで悲鳴が上がる。

『お前達は仲が良くて、兄弟のように過ごしてきた。クレイが家族の元に帰りたい気持ち、一緒にいたカイとリオはその気持ちを叶えてやりたい、そんな優しい気持ちだったんだろう…?それに、小さいお前達は、不安だったんだ。猫になりたい俺より、ビョルンに理想の家族像を見たのかもしれない…。わかっている。全て、わかっているよ…。だからこれは決して、恨みの感情では無いんだ』

 ーー恨んでいないのに、体の中から瘴気のような闇が、とめどなく溢れてくる。

 子供達の言う事を否定することは出来る。誘拐された娘の父親は怪しい。男の持っているオルドのお守りを出せば、アドリア王太子は彼を調べるだろう。

 しかし、俺は口を噤んだ。

『全てを許そう、哀れな子供たちよ…。なぜなら、私は…』

 ーー私は…?

 俺はただの『ノワール』だ。暗黒神オルドを名乗ったのも、自分を大きく見せて、身を守りたかっただけ。それだけのはずだが…。

 俺はなぜ、その名を『オルド』と名付けたのだ…?

 それだけのはずなのに、滾る力が身体を突き破りそうになった。

 ーー目覚めの時が近い。私は…!

『私はその昔、魔王と呼ばれていた…!』

 ーーああ…!

 強大な力が目覚めるのを感じる…。

 身体からわずかに滲み出す力だけで、辺りをあっという間に闇で覆い尽くし、悲鳴さえ飲み込んでしまった。

『私の名は……!』
 
 ーー暗黒神であり、魔王、オルド…!

「ノワール!」


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