無表情美形が好きだと言ってきたけど、毒で死にかけてます! ~謎に溺愛してくる美形と死にかけの王子、命懸けの逃避行~

あさ田ぱん

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一章

2.毒

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「いつものこと、大丈夫だ 」
「はあっ?!」
「それよりお前どうやってここまで来た?俺は百年以上、この迷いの森からでられなかったのに…」
「そう言えばさっき、お前の母親がこいつのせいで『人間の気配が分からなかった』って言ってたけど…」

 俺は恐る恐る、麻袋からはみ出している魔物を指さした。男はそれを見て、何か考え込んでいる。

「ってそれより、百年って何?!」
「俺はジークフリート。生まれてから百年以上、あいつとこの森を彷徨っている。ようやく、話が通じそうな奴に会えた……!」

 いや…俺は、お前と話が通じそうな気がしないけどな?だってお前、俺の質問に答えてないじゃないか。
 自分の常識が足元から崩れていくような感覚がしたと同時に膝に力が入らなくなり、尻もちをついた。男は俺に近寄って、顔を覗き込んでくる。

「お前は?」
「エリオだけど… 」
「エリオ!俺を迷いの森ここから連れ出してくれ。もうこんなところには飽き飽きしてるんだ…!」

 その男…ジークフリートは俺の手を握って訴えた。顔の距離が近い……!あまりの美形に至近距離で見つめられ手を握られ懇願され、なんだか胸がぎゅっと苦しくなる。

「待て!ジークフリート!」

 先ほど腕をバッサリ切り落とされたはずの巨大な魔物が、ジークフリートと俺に向かって、物凄い勢いで襲い掛かって来た。

 間違いなく、さっきジークフリートに切断されてたよね?!何でそんな元気に動けるかなあ!?
 魔物をチラリと見たジークフリートは俺を背中に背負って立ち上がると、腰にさした剣をすらりと抜く。

「俺は行く 」
「お前は分かっていない!外の世界の人間がどれだけ醜悪かを…!」

 ジークフリートの『母親』だという魔物は森が震えるくらいの大声で叫んだ。しかしジークフリート息子は聞く気がないようで、迫りくる母親に向かって剣を構える。

 ま…まさか、お前…?!

 ーーその、まさかだった…!

 ジークフリートは、大きな口を開き襲い掛かってくる魔物母親を、ためらいもせず剣で真っ二つにしたのだ。
 あまりに見事な切れ味に、魔物は叫び声を上げることもなく、地面に崩れ落ちた。

「…大丈夫、いつものこと 」
「どんな日常なのっ?!」

 ジークフリートは、魔物のどす黒い血を振り落とし剣を鞘にしまうと、落ちていた麻袋…『出来損ない』と呼ばれた小さな魔物と俺を一緒に担いで走り出す。

 小さい魔物を連れて来たのは、コイツの母親に俺の匂いを悟られないためだろうか?

 ジークフリートは「俺の匂いがする」と言って、俺が来た道を一心不乱に走って行く。

 このまま進んで迷いの森を出ると、アルバスの農村に着いてしまう…。自分の母親を容赦なく切り捨てる魔物を、村へ行かせるわけにはいかない…!

 どうしたものかと思案するうちに胸が苦しくなって、俺はジークフリートの背中に胃の中のものを吐き出してしまった。

 さっき、胸が苦しくなったのは、ジークフリートの人ならざる美貌を見たからだと思ったけど、違った…。身体の中も外も痛くて、力が入らない。

 ジークフリートの首に回していた手に力がはいらなくなり、背中から落ちそうになった。異変を感じ取ったジークフリートは落ちそうになる俺を抱えて立ち止まると、その場におろして寝かせ、はだけた胸の痣をまじまじと見つめる。

「これは?」
「コイツに肩を噛まれたあと、出たんだ 」

  麻袋からひょっこり顔をだしている小さい魔物を指さした。ジークフリートがその魔物を見ると、魔物は怯えるような仕草で麻袋に再び引っ込む。

「……こいつは瘴気そのもの。噛まれて直接体内に瘴気を取り込み、生きている動物を見たことがない 」
「はあっ?!」

 何だって…まさか…?!青ざめる俺をジークフリートは感情のわからない顔で見つめる。

「いいことを思いついた。試してみるか?」
「え?なに?助かるの?」

 ジークフリートは剣を抜くと、自分の指を刃先に当てた。指からは血が滴る。

「舐めろ 」
「……」

 フェリクスに魔物が出現するなど初めてだ。ましてや魔物に噛まれたものなど、聞いたことがない。王都に戻っても治療できるものはいないだろう。…それならこいつに、頼るしかないのではないか?

 意を決して俺はジークフリートの指に滴る血を舐めた。

 鉄のような味が口に広がるのかと思ったのだが…。

「甘い…… 」

  舌が馬鹿になってしまったのだろうか…?俺が呟くと、ジークフリードは先ほどと同じ無表情な顔で俺に言う。

「俺の血は感覚を麻痺させる毒だ。お前が生きている限り、死の瞬間まで痛みを麻痺させる 」

「なななな、何てもの舐めさせたんだっ!!!」

 俺は思わずジークフリードの胸倉をつかんで揺さぶった。ふざけんな…っ!怒りに任せて殴ろうかと思った、その時…。

「あれ?!」

 痛みが消失して、身体に力が入れられるようになったことに気が付いた。感覚は麻痺しても、運動神経には影響しないらしい。不思議な、魔法みたいだ…!

「毒をもって毒を制す 」
「制されてない……。麻痺で痛みを感じないだけで、身体から瘴気…毒は消えていないんだから 」

  相変わらず無表情なジークフリートだが、俺の返事を聞いた後の表情は少し、がっかりしたように見える。

 毒が消えた訳じゃないけど、コイツなりに、俺を助けようと考えて行動してくれたのに、全否定するのはまずかったな……。

「でも、動けるようになって嬉しい!ありがとう……!」

 考えを改めてお礼を言うと、ジークフリートはすぐに聞き返してきた。

「『嬉しい』、『ありがとう』って何?」

 『嬉しい』、『ありがとう』の意味を知らないのか?ジークフリートの母親は人間の言葉を話していたけど…、魔物だから『感情』までは教えられなかったのだろうか…?

「『ありがとう』は感謝の言葉で…。感謝はわかる?」

 ジークフリートは首を傾げている。そ……、そこから?!

 お前、百年間何してたんだよ…?

「『感謝』はありがたいと思ってるってことで、『うれしい』は良いことがあってよかった~、みたいな意味だよ。さっきまで身体が痛くて動けなかったけど、動けるようにしてもらってうれしい、ジークフリートに感謝してる、ってこと 」

 『うれしい』と『ありがとう』は良い感情だから、俺はジークフリートに笑顔を向けた。その方が伝わりやすいと思ったのだが…。

「ふうん…… 」

  ジークフリートは相変わらず無表情で返事をして、目を伏せた。そして、背中に付着した俺の吐瀉物を無造作に、手で払おうとする。

「まってくれ…!それは川で洗おう!」

 川を指さすと、ジークフリートは俺を抱き上げた。

「もう歩けるよ!」
「……まだ、この辺りはアイツが追ってくるかもしれないから、急ごう」

   ジークフリートは俺をおろすつもりがないようだ。また、あの魔物に襲われたら怖いし、大人しくしていることにした。

   ただ……、背中は汚れていて背負えなかったようで、必然的にお姫様抱っこの体勢になってしまった。

 もう成人した男が、お姫様抱っこなんて…!恥ずかしくて、顔が赤くなる…。

 ジークフリートの顔も少し、赤くなっているように感じたけど、気のせいだろうか…。
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