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一章
4.瘴気の治療
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「傷口は塞がりましたが、瘴気までは…。以前瘴気を含んだ獣肉を食べたものも、このような痣が出て、その後治療の甲斐なく… 。以降、アルバス公爵家は家畜以外の肉を食べることを禁じています」
「そうか…… 」
竜の山から漏れ出ている瘴気は川を汚染している。上流の浄化槽を通すことで、下流の水は無事だが、野生の獣はそうでは無い。しかし、まさか治療法がないなんて…!
翌朝、俺はフェリクス川を下り、一番近い農村の治癒院へやって来た。ジークフリートと小さい魔物は置いて来ようとしたのだが、毒で息切れした身体で撒ける奴らではなかった。いや、毒で息切れしていなくても,撒けたかは怪しいが。
「で、これからどうするんだ?」
ジークフリートはまた無表情で俺に尋ねた。
お前の弟のせいでこうなったんだぞ、もっと申し訳なさそうに言ったらどうだ!?と、思わなくもなかったが、そうは言ってもコイツらは魔物だし…。半ば諦め、ため息混じりに答えた。
「…俺は王都に戻る。瘴気を治療できるとしたら、聖女様しかいない 」
それにもし…最後になるとしたら、一目会っておきたい。聖女様は魔力なしで出来損ないと呼ばれた俺にも優しく接してくれた、幼馴染であり初恋の人だ。聖女という位に着かれてからは、遠い存在になってしまったが。
「聖女…?」
「教会の神官で、珍しい光属性の魔力を持っているから『聖女様』と呼ばれている。水属性の治癒魔法よりずっと、効果の高い魔法を使えるんだよ」
「ふうん……。じゃあ、行こう 」
俺はぎくりとした。まさか、王都までついてくるつもりか?!それはいくらなんでもまずい!
「駄目だ!王都には沢山、人間がいて…」
しかし言い終わる前に、ジークフリートは俺と小さな魔物入りの麻袋を背負って走り出していた。人とは思えない早さで、村を駆け抜けていく。
こんな体だし、もう止められない…。
仕方なしに、整備された道ではなく極力人のいない、森へと誘導した。俺がアルバスまで馬を使って十日も要したというのに、ジークフリートときたら俺を背負ったまま馬も使わず、何と一日でアルバスを越え、もう一日でフェリクスの王都、聖女のいる教会の治癒院にまで到達してしまったのだ。
****
聖女ロザリーは日も暮れて診療時間外だというのに、俺をすぐ二階の、治療用の個室へ通した。
「まさか私の魔法が効かないなんて…!」
聖女様こと、ロザリーは青い顔で俯いた。その表情から、最大限の治療をしてくれたことはよく分かった。
「聖女様…治療していただいた上に、服まで用意していただいて…。ありがとうございます。このお礼は必ず 」
ロザリーに深々とお辞儀をして、立ち上がった。処置室の扉の前まで歩いて行くとロザリーは扉の前に立ちはだかる。
「待って、エリオ…!もう少し瘴気の治療について調べます…。だから諦めないで欲しいの…!」
ロザリーの大きな瞳には涙が盛り上がっている。
俺はその反応に少し動揺した。痛みが麻痺しているから動けてはいるが…俺の命の残り時間は思いのほか少ないらしい。感覚が麻痺しているせいで、全く実感が湧かない。
「分かりました 」
「本当に?エリオ…。瘴気は百年前の竜が原因よ。それを調べるなら古文書を読める人を集める必要がある…。だから私に二日頂戴?明後日…、またここにきて。必ずよ…」
ロザリーは俺に、小指を差し出した。俺も自分の小指を彼女の指に絡める。
「約束… 」
俺たちは明後日、ここで会う約束の指切りをした。
「それ何?」
すると、ジークフリートは俺とロザリーの指を差して、不思議そうに尋ねる。
「これは指切り。指切りげんまん、針千本の~ます!ってやつ」
「ハリセンボン?」
「約束を破ったら針を千本飲ませるから、約束は絶対破らないっていうおまじない…。約束は取り決めのこと。明後日また、ここに来るって二人で決めたってことだよ 」
「ふうん 」
ジークフリートは聞いた割に、興味なさそうな相槌をうつ。俺の説明、分かりづらかったかな…?
もう一言、付け加えようとすると、扉をノックする音が聞こえた。
「ロザリー様、エヴァルト殿下がお見えです」
俺に嫌味ばかり言う、第一王子のエヴァルトがここに?!
咄嗟に、ジークフリートの手を引っぱって、窓からバルコニーへと出る。ここは二階だから飛び降りる訳にもいかず、しゃがんで物陰に隠れ、エヴァルトが出ていくのを待つことにした。
「ロザリー!私はアルバスへ向かうことになった!」
「エヴァルト殿下、なぜ急に?」
ロザリーは俺とエヴァルトの微妙な関係を知っているから、俺が来ているとは言わないまま、二人は会話を始めた。
「……エリオに魔物から助けられたという子供の親から騎士団に連絡があったのだ。その後エリオらしき男が魔物にやられたと言って治療を受けたらしいのだが…とても助かる状態ではなく姿を消したと… 」
「…… 」
「私も、魔物を放置してはおけぬ…。エリオの仇も討たねばならない 」
俺の仇を討つ…?
ジークの母親に、人間が勝てる訳がない…!絶対辞めさせなければ…!
出ていって、エヴァルトにそう言おうとしたのだが、…出て行けなくなってしまった。
エヴァルトは静かにロザリーの手を握り、手を額に押し当てると、もう片方の手でポケットから何やら小さい箱を取り出した。
これは…。
「本当は…ちゃんと婚約式を行ってからと思っていたんだが…。受け取ってくれ 」
「エヴァルト殿下…」
「ロザリー、愛している。待っていてくれ。必ず戻る 」
エヴァルトは箱から指輪を取り出し、ロザリーの薬指に嵌めた。ロザリーは言葉を発せず涙を流している。
エヴァルトと俺、聖女候補のロザリーはよく、一緒に勉強した幼馴染だ…。ロザリーはアートルムの縁戚の娘だし、正式に聖女になった時から、きっとエヴァルトと結婚するだろうと、諦めてはいた。
…初めから諦めていたから、この事実を知ったって、俺は平気、大丈夫だ…。
ガラス越しに、二人が口付けを交わすのをぼんやり見つめていると、ジークフリートに肩を叩かれた。
「アレ、何?」
「アレってどれ…?」
「『愛している』…と、指に嵌めたもの、それに口を…」
「ああ…。“アレ”は求婚だよ。『愛してる』っていうのは『すごく好き』ってこと。好きだから結婚…生涯を共に過ごそうっていう確認をしたんだ。指輪はその印。水神の恵み、金で作った指輪を贈って、お互いの健勝を祈るとともに口づけると、求婚を受け入れたってことになる」
フェリクスの浄化槽にはは、神の恵み、砂金が使われている。神により汚された水を、その神の恵みで濾過しているなんて、知った時は頭が混乱したけど…。
そのため、古くからフェリクスでは婚姻の際、神の祝福を受けるという意味で、金の指輪を贈るのだ。
分かっているのかいないのか…、ジークフリートは俺をじっと見つめている。
「じゃあこれは?」
「え……?」
ジークフリートは俺の頬の涙を不思議そうに指差した。
…平気だと思っていたのに、いつの間にか涙を流していたらしい。感覚が麻痺していて、気が付かなかった。
「これは涙…。悲しいと出るんだ。出したことがないの?」
「『悲しい』?」
「悲しいっていうのは、心が暗くなる…そんな気持ちのことだよ。ロザリーは俺の初恋の相手だったんだ。でもロザリーは今、エヴァルトと結婚の約束をしていただろう?だから俺は失恋しちゃって、『悲しい』ってわけ」
「『失恋』って、何?」
ジークフリートは続け様に質問して、早く説明しろと無言の圧をかけてくる。
ああもう、めんどくさいなぁ!
「『失恋』は恋が実らなかったってこと。『恋』っていうのは会うとドキドキしたり、そのひとのことがもっと知りたくなって会いたくなって胸がこう、切なくなってさ…。それが『好き』ってこと… 」
俺が言うことを、ジークフリートはいつもの無表情でじっと聞いていた。魔物に『恋』は難し過ぎたか?
「じゃあ俺、エリオに恋している 」
「はあ?!」
「だってもっとエリオが知りたいし、会いたいし、『好き』だ」
「だ、だめだめ!!フェリクス王国で同性愛は禁忌なんだ!」
そ、そうじゃないだろ、俺!
多分ジークは言葉の意味を取り違えてる。魔物や獣以外、初めて見た人間が俺なのだ。ジークが俺に興味を持つのは当然のこと。好意はあるだろうが、それは『恋』とは違うはず…。
わかっていたはずなのに、俺は思わず大きな声を出してしまった。声が部屋の中まで届いてしまったようで、エヴァルトが「誰だ!」と叫び、窓の方へ向かって来た。
「エリオ…?!」
「エヴァルト、俺の敵をうつなんて考えるのはよせ!魔物には敵わない。死人を増やすな!」
「しかし、アルバスを放っておけない!」
「俺に考えがある!大丈夫だ!」
あの魔物はジークフリートに、外の世界に行くなといっていた。ジークフリートが戻れば、外には出てこないはず…!
「何をする気だ…!勝手なことを…!」
「とにかく…、アルバスには行くな!いいな!」
これ以上話しても無駄だ。俺はジークフリートの手を取り、バルコニーから庭の木を伝って降りようとした。しかし、毒が回っているからか、足がもつれてしまう。
そんな俺を抱きかかえて二階のバルコニーからジークフリートはまるで、羽根でも生えているみたいに軽やかに飛び降りた。
この治癒院は王都の街を見下ろせる、丘の上にある。飛んだ瞬間、街の灯が、キラキラと輝いて見えた。
「綺麗だな 」
「『綺麗』?」
「美しいってこと。美しいっていうのは…この景色とか…ジークフリートの、髪も…」
『ジークフリートが』と言おうとしたのを、『髪』と付け足して誤魔化した。男に面と向かって言うのは照れ臭い気がしたのだ。
「じゃあこいつも『美しい』ってこと?」
ふわりと着地したジークフリートは背負っている麻袋の中から顔を覗かせた魔物を指差した。
「こいつはどっちかっていうと『かわいい』。ほら、小さくて、俺が作った耳に、つぶらな瞳!」
「ぜんぜんかわいくない。眼はおどろおどろしいし、口も裂けてる… 」
ジークフリートが不服そうな顔で言うと、弟は心なしかしょんぼりした気がする。
確かにコイツは瘴気の塊でしかも魔物だが、出来損ないと言われて母親に捨てられた『子供』でもある…。そう考えると、魔力なし、アルバスの子だと邪魔者扱いされていた俺は、コイツを責める気にも『かわいくない』と否定する気にもなれなかった。
「なあ、コイツだと呼びにくいから、名前を教えてくれよ」
「コイツに名前なんかない」
「……じゃあ、俺がつけていい?『レオ』なんてどう?かっこいいし、ちょっとかわいいだろ?」
「……いやだ」
「ええ?なんで…?」
レオも、俺も首を傾げた。まさか兄であるジークフリートが名前を付けたかったとか?
「コイツだけエリオに名をもらえるなんて…嫌だ!俺にも名前を付けてくれ!」
「そんなこと?でも『ジークフリート』って立派な名前あるじゃないか…」
「その名は、会ったこともない父親がつけた名前だから…。俺もエリオがつけた名前がいい…」
でも名前って、そういうものなんじゃないか?第一今までジークフリートって呼ばれていたのに別の名前は違和感があるだろう。
「じゃ、じゃあジークフリートは長いし…『ジーク』にする?」
ジークは黙って頷いた。ちょっとだけ、笑顔になっているような気がする…。
「なあジーク、レオ…。街の方に行ってみないか?俺、最近十八歳の成人になったばかりで、酒を飲んだことがないんだ 」
「酒…?」
「そう、良い気分になる成分が入った飲み物だよ。ジーク、知ってる?」
しらない、とジークは首を振った。
「じゃあ決まり!行こう!」
ジークフリートを迷いの森へ戻す。それが俺の人生、最後の仕事だ。
でも、ジークの力なら、あっという間に迷いの森まで戻れるのだ。だから、その前に、ちょっとだけ…。酒と、それに…成人したらやってみたかったこと、、してみてもいいよね?!
「そうか…… 」
竜の山から漏れ出ている瘴気は川を汚染している。上流の浄化槽を通すことで、下流の水は無事だが、野生の獣はそうでは無い。しかし、まさか治療法がないなんて…!
翌朝、俺はフェリクス川を下り、一番近い農村の治癒院へやって来た。ジークフリートと小さい魔物は置いて来ようとしたのだが、毒で息切れした身体で撒ける奴らではなかった。いや、毒で息切れしていなくても,撒けたかは怪しいが。
「で、これからどうするんだ?」
ジークフリートはまた無表情で俺に尋ねた。
お前の弟のせいでこうなったんだぞ、もっと申し訳なさそうに言ったらどうだ!?と、思わなくもなかったが、そうは言ってもコイツらは魔物だし…。半ば諦め、ため息混じりに答えた。
「…俺は王都に戻る。瘴気を治療できるとしたら、聖女様しかいない 」
それにもし…最後になるとしたら、一目会っておきたい。聖女様は魔力なしで出来損ないと呼ばれた俺にも優しく接してくれた、幼馴染であり初恋の人だ。聖女という位に着かれてからは、遠い存在になってしまったが。
「聖女…?」
「教会の神官で、珍しい光属性の魔力を持っているから『聖女様』と呼ばれている。水属性の治癒魔法よりずっと、効果の高い魔法を使えるんだよ」
「ふうん……。じゃあ、行こう 」
俺はぎくりとした。まさか、王都までついてくるつもりか?!それはいくらなんでもまずい!
「駄目だ!王都には沢山、人間がいて…」
しかし言い終わる前に、ジークフリートは俺と小さな魔物入りの麻袋を背負って走り出していた。人とは思えない早さで、村を駆け抜けていく。
こんな体だし、もう止められない…。
仕方なしに、整備された道ではなく極力人のいない、森へと誘導した。俺がアルバスまで馬を使って十日も要したというのに、ジークフリートときたら俺を背負ったまま馬も使わず、何と一日でアルバスを越え、もう一日でフェリクスの王都、聖女のいる教会の治癒院にまで到達してしまったのだ。
****
聖女ロザリーは日も暮れて診療時間外だというのに、俺をすぐ二階の、治療用の個室へ通した。
「まさか私の魔法が効かないなんて…!」
聖女様こと、ロザリーは青い顔で俯いた。その表情から、最大限の治療をしてくれたことはよく分かった。
「聖女様…治療していただいた上に、服まで用意していただいて…。ありがとうございます。このお礼は必ず 」
ロザリーに深々とお辞儀をして、立ち上がった。処置室の扉の前まで歩いて行くとロザリーは扉の前に立ちはだかる。
「待って、エリオ…!もう少し瘴気の治療について調べます…。だから諦めないで欲しいの…!」
ロザリーの大きな瞳には涙が盛り上がっている。
俺はその反応に少し動揺した。痛みが麻痺しているから動けてはいるが…俺の命の残り時間は思いのほか少ないらしい。感覚が麻痺しているせいで、全く実感が湧かない。
「分かりました 」
「本当に?エリオ…。瘴気は百年前の竜が原因よ。それを調べるなら古文書を読める人を集める必要がある…。だから私に二日頂戴?明後日…、またここにきて。必ずよ…」
ロザリーは俺に、小指を差し出した。俺も自分の小指を彼女の指に絡める。
「約束… 」
俺たちは明後日、ここで会う約束の指切りをした。
「それ何?」
すると、ジークフリートは俺とロザリーの指を差して、不思議そうに尋ねる。
「これは指切り。指切りげんまん、針千本の~ます!ってやつ」
「ハリセンボン?」
「約束を破ったら針を千本飲ませるから、約束は絶対破らないっていうおまじない…。約束は取り決めのこと。明後日また、ここに来るって二人で決めたってことだよ 」
「ふうん 」
ジークフリートは聞いた割に、興味なさそうな相槌をうつ。俺の説明、分かりづらかったかな…?
もう一言、付け加えようとすると、扉をノックする音が聞こえた。
「ロザリー様、エヴァルト殿下がお見えです」
俺に嫌味ばかり言う、第一王子のエヴァルトがここに?!
咄嗟に、ジークフリートの手を引っぱって、窓からバルコニーへと出る。ここは二階だから飛び降りる訳にもいかず、しゃがんで物陰に隠れ、エヴァルトが出ていくのを待つことにした。
「ロザリー!私はアルバスへ向かうことになった!」
「エヴァルト殿下、なぜ急に?」
ロザリーは俺とエヴァルトの微妙な関係を知っているから、俺が来ているとは言わないまま、二人は会話を始めた。
「……エリオに魔物から助けられたという子供の親から騎士団に連絡があったのだ。その後エリオらしき男が魔物にやられたと言って治療を受けたらしいのだが…とても助かる状態ではなく姿を消したと… 」
「…… 」
「私も、魔物を放置してはおけぬ…。エリオの仇も討たねばならない 」
俺の仇を討つ…?
ジークの母親に、人間が勝てる訳がない…!絶対辞めさせなければ…!
出ていって、エヴァルトにそう言おうとしたのだが、…出て行けなくなってしまった。
エヴァルトは静かにロザリーの手を握り、手を額に押し当てると、もう片方の手でポケットから何やら小さい箱を取り出した。
これは…。
「本当は…ちゃんと婚約式を行ってからと思っていたんだが…。受け取ってくれ 」
「エヴァルト殿下…」
「ロザリー、愛している。待っていてくれ。必ず戻る 」
エヴァルトは箱から指輪を取り出し、ロザリーの薬指に嵌めた。ロザリーは言葉を発せず涙を流している。
エヴァルトと俺、聖女候補のロザリーはよく、一緒に勉強した幼馴染だ…。ロザリーはアートルムの縁戚の娘だし、正式に聖女になった時から、きっとエヴァルトと結婚するだろうと、諦めてはいた。
…初めから諦めていたから、この事実を知ったって、俺は平気、大丈夫だ…。
ガラス越しに、二人が口付けを交わすのをぼんやり見つめていると、ジークフリートに肩を叩かれた。
「アレ、何?」
「アレってどれ…?」
「『愛している』…と、指に嵌めたもの、それに口を…」
「ああ…。“アレ”は求婚だよ。『愛してる』っていうのは『すごく好き』ってこと。好きだから結婚…生涯を共に過ごそうっていう確認をしたんだ。指輪はその印。水神の恵み、金で作った指輪を贈って、お互いの健勝を祈るとともに口づけると、求婚を受け入れたってことになる」
フェリクスの浄化槽にはは、神の恵み、砂金が使われている。神により汚された水を、その神の恵みで濾過しているなんて、知った時は頭が混乱したけど…。
そのため、古くからフェリクスでは婚姻の際、神の祝福を受けるという意味で、金の指輪を贈るのだ。
分かっているのかいないのか…、ジークフリートは俺をじっと見つめている。
「じゃあこれは?」
「え……?」
ジークフリートは俺の頬の涙を不思議そうに指差した。
…平気だと思っていたのに、いつの間にか涙を流していたらしい。感覚が麻痺していて、気が付かなかった。
「これは涙…。悲しいと出るんだ。出したことがないの?」
「『悲しい』?」
「悲しいっていうのは、心が暗くなる…そんな気持ちのことだよ。ロザリーは俺の初恋の相手だったんだ。でもロザリーは今、エヴァルトと結婚の約束をしていただろう?だから俺は失恋しちゃって、『悲しい』ってわけ」
「『失恋』って、何?」
ジークフリートは続け様に質問して、早く説明しろと無言の圧をかけてくる。
ああもう、めんどくさいなぁ!
「『失恋』は恋が実らなかったってこと。『恋』っていうのは会うとドキドキしたり、そのひとのことがもっと知りたくなって会いたくなって胸がこう、切なくなってさ…。それが『好き』ってこと… 」
俺が言うことを、ジークフリートはいつもの無表情でじっと聞いていた。魔物に『恋』は難し過ぎたか?
「じゃあ俺、エリオに恋している 」
「はあ?!」
「だってもっとエリオが知りたいし、会いたいし、『好き』だ」
「だ、だめだめ!!フェリクス王国で同性愛は禁忌なんだ!」
そ、そうじゃないだろ、俺!
多分ジークは言葉の意味を取り違えてる。魔物や獣以外、初めて見た人間が俺なのだ。ジークが俺に興味を持つのは当然のこと。好意はあるだろうが、それは『恋』とは違うはず…。
わかっていたはずなのに、俺は思わず大きな声を出してしまった。声が部屋の中まで届いてしまったようで、エヴァルトが「誰だ!」と叫び、窓の方へ向かって来た。
「エリオ…?!」
「エヴァルト、俺の敵をうつなんて考えるのはよせ!魔物には敵わない。死人を増やすな!」
「しかし、アルバスを放っておけない!」
「俺に考えがある!大丈夫だ!」
あの魔物はジークフリートに、外の世界に行くなといっていた。ジークフリートが戻れば、外には出てこないはず…!
「何をする気だ…!勝手なことを…!」
「とにかく…、アルバスには行くな!いいな!」
これ以上話しても無駄だ。俺はジークフリートの手を取り、バルコニーから庭の木を伝って降りようとした。しかし、毒が回っているからか、足がもつれてしまう。
そんな俺を抱きかかえて二階のバルコニーからジークフリートはまるで、羽根でも生えているみたいに軽やかに飛び降りた。
この治癒院は王都の街を見下ろせる、丘の上にある。飛んだ瞬間、街の灯が、キラキラと輝いて見えた。
「綺麗だな 」
「『綺麗』?」
「美しいってこと。美しいっていうのは…この景色とか…ジークフリートの、髪も…」
『ジークフリートが』と言おうとしたのを、『髪』と付け足して誤魔化した。男に面と向かって言うのは照れ臭い気がしたのだ。
「じゃあこいつも『美しい』ってこと?」
ふわりと着地したジークフリートは背負っている麻袋の中から顔を覗かせた魔物を指差した。
「こいつはどっちかっていうと『かわいい』。ほら、小さくて、俺が作った耳に、つぶらな瞳!」
「ぜんぜんかわいくない。眼はおどろおどろしいし、口も裂けてる… 」
ジークフリートが不服そうな顔で言うと、弟は心なしかしょんぼりした気がする。
確かにコイツは瘴気の塊でしかも魔物だが、出来損ないと言われて母親に捨てられた『子供』でもある…。そう考えると、魔力なし、アルバスの子だと邪魔者扱いされていた俺は、コイツを責める気にも『かわいくない』と否定する気にもなれなかった。
「なあ、コイツだと呼びにくいから、名前を教えてくれよ」
「コイツに名前なんかない」
「……じゃあ、俺がつけていい?『レオ』なんてどう?かっこいいし、ちょっとかわいいだろ?」
「……いやだ」
「ええ?なんで…?」
レオも、俺も首を傾げた。まさか兄であるジークフリートが名前を付けたかったとか?
「コイツだけエリオに名をもらえるなんて…嫌だ!俺にも名前を付けてくれ!」
「そんなこと?でも『ジークフリート』って立派な名前あるじゃないか…」
「その名は、会ったこともない父親がつけた名前だから…。俺もエリオがつけた名前がいい…」
でも名前って、そういうものなんじゃないか?第一今までジークフリートって呼ばれていたのに別の名前は違和感があるだろう。
「じゃ、じゃあジークフリートは長いし…『ジーク』にする?」
ジークは黙って頷いた。ちょっとだけ、笑顔になっているような気がする…。
「なあジーク、レオ…。街の方に行ってみないか?俺、最近十八歳の成人になったばかりで、酒を飲んだことがないんだ 」
「酒…?」
「そう、良い気分になる成分が入った飲み物だよ。ジーク、知ってる?」
しらない、とジークは首を振った。
「じゃあ決まり!行こう!」
ジークフリートを迷いの森へ戻す。それが俺の人生、最後の仕事だ。
でも、ジークの力なら、あっという間に迷いの森まで戻れるのだ。だから、その前に、ちょっとだけ…。酒と、それに…成人したらやってみたかったこと、、してみてもいいよね?!
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