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食テロと裏料理研究部

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 放課後、俺は藤野先輩に旧校舎にあり今は使われていない第2理科室に連れていかれた。そこには裏料理研究部と書かれたみすぼらしい張り紙がくっついていた。全く期待できない。だいたい部員はいるのか?

 ガラガラとドアを開けると先輩は言った。

「青木、見るがいい! この調理器具の充実ぶりを!」
ざっと見ただけでも冷蔵庫、二口コンロ、テフロンフライパン、圧力鍋、オーブン、トースター、電子レンジ、炊飯器がそろっている。

「これ家庭科室よりすごくないですか?」
 俺は驚きに目を見開いた。

「そうだ。先輩方から受け継いできたここを、お前に継承してほしい!」
「マジですか? ってか、なんで俺?」

「非もて男子に、『料理ができるともてるぞ!』といって勧誘して回ったのだが、あいつら『なんすかそれ、平成の神話っすか?』といって誰も頷かなかった」

「なるほど」
 俺はマッシャーと肉叩きを手に取り半分先輩の話を聞き流しながらうなずいた。家にあるものより、いい道具がそろっている。歴代の先輩はどんだけ凝り性だったんだよ。

「そのうえ、声をかけたやつらは道具の手入れと後方付けが面倒だと言いやがる」
 それは解せない。

「は? 後片付けが終わるまでが料理じゃないですか!」
 そんなもの、料理を作りながら片づけていけばいい。

「青木、やはり、わかっているなお前は。ということお前を10代目裏料理研究部の部長に任命する」
 先輩がとんでもないことをほざく。

「は? 10代目? 部長って、部員は?」


「活動していたのはほぼ俺だけで、後は幽霊部員だ。この学校では三人以上いないと部活は消えてしまう。お前も名前だけ陰キャ友達に借りろ! そうすれば、毎日ここで自炊し、うまい飯を食えるぞ!」

「いや、さすがに毎日は……」
 陰キャ仲間がいるので、売店のパンを買う日はあいつらと食べている。そこは快適高校生活のため必須だ。それに癖はあれど、付き合いやすく気持ちいいやつらだ。

「まあ、いい。俺はお前に継承出来てやっと肩の荷が下りた。後は頼んだぞ! 青木!」
「はい」

 設備の良さに二つ返事で引き受けてしまったが、よくよく考えてみたら、三年になったら、俺も継承者を探さなければならない。それはそれで面倒そうだ。

「そういえば先輩、『裏』ってつくことは『表』があるってことですよね」
「ない」
「は?」
「この裏料理研は人知れずひっそりと活動している。下手に存在をアピールすると学園祭で出店しなくてはならないからな。きらきら女子クッキング部と比較されたいか? 青木はそれを望むのか?」
 畳みかけるように藤野先輩が言う。

「え、いや、学園祭とかは面倒くさいけれど、誰も注目しないだろうから、別に比べられようがないじゃないですか」
 むしろ先輩の自意識過剰といえる。

「まあいい。これが部室のカギだ。顧問は物理の秋元だ」
 秋元先生は物理の教師だが、なぜか体育会系で水泳部の顧問をやっている。理系陽キャだ。

「頼んだぞ! 青木!」
 言いたいことだけいうと藤野は去っていった。

「マジ、なんなんだよ」
 第二理科室にポツンととり残された。


 そこは、ぼろい校舎の中にあって、シンクもレンジも炊飯器も眩しいくらいピカピカに磨き上げられていた。

 ◇

 よくわからないきっかけで、その日から俺は料理研究部の部長となった。
 仕方がないので、陰キャ仲間にも声をかけてみたが、

「どうした、青木! 料理ができれば、非もてから解放されるとでも思っているか!」
 おかやんがこぼれんばかりに目を見開く。

「俺はカップラーメンさえあれば、生きていける。むしろあれ以外いらない」
 小柄なアリが言う。

「まあ、おれら名前だけは貸すから。頑張れ」
 タンクの一言で幽霊部員が三人集まった。こいつらそろって料理に興味はないらしい。

 活動日は母親が弁当を作ると言い出す日と決めた。「俺は、料理研究部の活動があるから」と断る。


 完璧だ。これでガチで真の食テロから罪悪感なく解放されることになる。


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