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5話 死と星々
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龍の堅い背にしがみついていると酷く冷たい風が身体に叩きつけた。身体の芯から凍てつくほどの寒気に手がすっかりかじかんでしまった。それでも落されないように必死に龍の身体を掴んでいた。
地上から遥か上空を飛行し、見上げれば星々が近くに見える気がした。
本当に近い。まるで手を伸ばせば届きそうなほどに。
高所の恐怖を忘れて空を見上げた。
『私は古代竜王の血を引く。一族の女王だった』
彼ではなく、彼女は独白する。
『一族の子が人間に捕らわれ……私はその子可愛さに投降した。子がいない私にとっては自分の子供のようだった』
その罪を淡々と。
『その結果、我が一族はろくな抵抗もできずに死んでいった』
贖罪を求めているのだろうか。
『罪深いことをした。決して許されぬことを』
交す言葉はなかった。気休めの言葉を欲しているとも思えなかった。
龍はしばらく空を跳び続けて大地に着地した。もう監獄都市は遥か向こうの彼方となっていた。俺は転げるように龍の背から落ちる。草むらに受けとめられるが息が詰まった。
もう立ち上がる力はなかった。腹から夥しい量の血が流れ出していった。
『死ぬのか?』
「そう……だな」
もはやそれは確信だった。命が失われている実感があった。
「こんな死に方も悪くないな」
草むらに横たわり、満天の星空を見上げる。本国とは違って星々は綺麗に輝き、静かな夜だった。わずかばかりの満足感があった、無為な死に一つだけ救いをくれた。
怒りが消えたわけではない、だが湧き上がる以上に失われていく感覚に捉われていた。
死ぬには良い夜なのかもしれない。
強く、もっと強く、誰よりも遥か高みへ。
そうしなければならないと思って生きてきた。
これで延々とつかれた我執から逃れることができる。
「お前。名前は?」
咳込みながらも問いかける。どうしても聞いてみたいと思ったのだ。
『アステール』
それは星という意味を持つ言葉だった。美しい竜にぴったりの名前だった。
「俺はエルだ。これからよろしくは、できそうにもない」
つまらない軽口を言う。
『なぜだ。なぜ私を助けた。人間』
俺はわずかに笑みを浮かべる。なぜなら死ぬ間際でもなければ言うつもりのない、口に出して聞かせるにはあまりに馬鹿げた理由だったからだ。
「お前を最初に一目見た時から」
その時の光景を思い出すように瞼を閉じる。
「これほど美しいものは他にはいないと思っていた」
俺が幼い頃から渇望し続けた力、その究極の姿であった。あまりの雄大さに一目見た時から心を奪われていた。
『……』
会話はなくなって沈黙が訪れた。
「もう……捕まるなよ」
彼女が人間に繋がれた姿は似合わない。
彼女は自由であるべきなのだ。いや違う、これは俺の勝手な願いだ。
これほどの存在ならばすべてから自由になれるのだという証拠が欲しかった。
言葉を最後にしぼり出したきり、全身から力が抜けた。
もう唇は動かなかった。指先すら力が入らない。
最後に呪いの言葉を吐こうかと思った、しかしそれよりも何かのために祈って生を終えられるのだから、やはり俺は運が良かったのかもしれない。
死ぬ──これが死ぬという感覚か。
全身の感覚が失われていく最中にもなぜか冷気だけは鋭く感じていた。
『一縷の望みにかけてみるか』
意識が暗闇に落ちる寸前にそんな声が聞こえた。
次に俺が目を覚ました時、気が付けば周囲は完全なる暗闇に包まれていた。
「ここは」
それだけ発言するのがやっとだった。喉がひび割れたように痛む。生唾を飲みこんでかさつく喉を潤した。柔らかい布の感触、ベッドに横たわっているのだと気づく。
身体は弱り切っているようだ、上手く力が入らない。這うようにしてベッドの端まで行きなかば転がり落ちる形でベッドから降りる。
周囲を見回し、闇に包まれた場所にほんのわずかな光源があるのに気が付く。暗闇の中に一筋の切れ目があった。傍に寄って光の線に指で触れる。これは隙間だ。いくら探しても取っ手など見当たらないが向こう側に空間があるのだ。
僅か横に掌を押しつけて力を込める。
ズズと擦れる音がして隙間が広がった。人一人分が通れる空間の先には通路が生まれていた。身体を引きずるようにして歩を進め、息も絶え絶えに壁に手を突く。まるで夜に這い出る死者のようだ。
足下には元は高級品だったであろう絨毯が敷かれている。しかし何年も手入れされていなかったように砂を被っていた。びゅうと隙間風が通り抜ける。音源は割れた窓からだ。窓から見上げる夜空から月の光が差し込んでくる。蒼白く輝く月。それは監獄世界の証だ。
「なんだ。いったい何があったんだ」
混乱の極みにある精神を落ちつけようと深く深呼吸する。まずは情報を整理するのだ。そうだ。調べなければいけない重要な事項がある。
看守たちは他人の量刑を左右する権限を授けられている。今自分がまだここにいるということは、刑期が残っていることを示している。左手の紋章でそれが分かる。
嫌な予感はしたが一縷の望みは……。
「終身刑」
終わった。マイナスから途方もないマイナスへ。
全身の力という力が砕け、床に崩れ落ちた。
こうなってはもはや俺はこの世界から一生抜け出すことは叶わないのだった。
地上から遥か上空を飛行し、見上げれば星々が近くに見える気がした。
本当に近い。まるで手を伸ばせば届きそうなほどに。
高所の恐怖を忘れて空を見上げた。
『私は古代竜王の血を引く。一族の女王だった』
彼ではなく、彼女は独白する。
『一族の子が人間に捕らわれ……私はその子可愛さに投降した。子がいない私にとっては自分の子供のようだった』
その罪を淡々と。
『その結果、我が一族はろくな抵抗もできずに死んでいった』
贖罪を求めているのだろうか。
『罪深いことをした。決して許されぬことを』
交す言葉はなかった。気休めの言葉を欲しているとも思えなかった。
龍はしばらく空を跳び続けて大地に着地した。もう監獄都市は遥か向こうの彼方となっていた。俺は転げるように龍の背から落ちる。草むらに受けとめられるが息が詰まった。
もう立ち上がる力はなかった。腹から夥しい量の血が流れ出していった。
『死ぬのか?』
「そう……だな」
もはやそれは確信だった。命が失われている実感があった。
「こんな死に方も悪くないな」
草むらに横たわり、満天の星空を見上げる。本国とは違って星々は綺麗に輝き、静かな夜だった。わずかばかりの満足感があった、無為な死に一つだけ救いをくれた。
怒りが消えたわけではない、だが湧き上がる以上に失われていく感覚に捉われていた。
死ぬには良い夜なのかもしれない。
強く、もっと強く、誰よりも遥か高みへ。
そうしなければならないと思って生きてきた。
これで延々とつかれた我執から逃れることができる。
「お前。名前は?」
咳込みながらも問いかける。どうしても聞いてみたいと思ったのだ。
『アステール』
それは星という意味を持つ言葉だった。美しい竜にぴったりの名前だった。
「俺はエルだ。これからよろしくは、できそうにもない」
つまらない軽口を言う。
『なぜだ。なぜ私を助けた。人間』
俺はわずかに笑みを浮かべる。なぜなら死ぬ間際でもなければ言うつもりのない、口に出して聞かせるにはあまりに馬鹿げた理由だったからだ。
「お前を最初に一目見た時から」
その時の光景を思い出すように瞼を閉じる。
「これほど美しいものは他にはいないと思っていた」
俺が幼い頃から渇望し続けた力、その究極の姿であった。あまりの雄大さに一目見た時から心を奪われていた。
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会話はなくなって沈黙が訪れた。
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彼女が人間に繋がれた姿は似合わない。
彼女は自由であるべきなのだ。いや違う、これは俺の勝手な願いだ。
これほどの存在ならばすべてから自由になれるのだという証拠が欲しかった。
言葉を最後にしぼり出したきり、全身から力が抜けた。
もう唇は動かなかった。指先すら力が入らない。
最後に呪いの言葉を吐こうかと思った、しかしそれよりも何かのために祈って生を終えられるのだから、やはり俺は運が良かったのかもしれない。
死ぬ──これが死ぬという感覚か。
全身の感覚が失われていく最中にもなぜか冷気だけは鋭く感じていた。
『一縷の望みにかけてみるか』
意識が暗闇に落ちる寸前にそんな声が聞こえた。
次に俺が目を覚ました時、気が付けば周囲は完全なる暗闇に包まれていた。
「ここは」
それだけ発言するのがやっとだった。喉がひび割れたように痛む。生唾を飲みこんでかさつく喉を潤した。柔らかい布の感触、ベッドに横たわっているのだと気づく。
身体は弱り切っているようだ、上手く力が入らない。這うようにしてベッドの端まで行きなかば転がり落ちる形でベッドから降りる。
周囲を見回し、闇に包まれた場所にほんのわずかな光源があるのに気が付く。暗闇の中に一筋の切れ目があった。傍に寄って光の線に指で触れる。これは隙間だ。いくら探しても取っ手など見当たらないが向こう側に空間があるのだ。
僅か横に掌を押しつけて力を込める。
ズズと擦れる音がして隙間が広がった。人一人分が通れる空間の先には通路が生まれていた。身体を引きずるようにして歩を進め、息も絶え絶えに壁に手を突く。まるで夜に這い出る死者のようだ。
足下には元は高級品だったであろう絨毯が敷かれている。しかし何年も手入れされていなかったように砂を被っていた。びゅうと隙間風が通り抜ける。音源は割れた窓からだ。窓から見上げる夜空から月の光が差し込んでくる。蒼白く輝く月。それは監獄世界の証だ。
「なんだ。いったい何があったんだ」
混乱の極みにある精神を落ちつけようと深く深呼吸する。まずは情報を整理するのだ。そうだ。調べなければいけない重要な事項がある。
看守たちは他人の量刑を左右する権限を授けられている。今自分がまだここにいるということは、刑期が残っていることを示している。左手の紋章でそれが分かる。
嫌な予感はしたが一縷の望みは……。
「終身刑」
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