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50話 主戦派からの使者
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細かな問題はあれど、何事もなく復興の毎日が進んでいた、そんなある日のことだ。レストの傭兵であるザルドが市長室にとても難解な顔をして入室してきた。
「旦那。問題が起きた」
「何があった?」
この男がこうも困り果てた顔を見せるのは初めてのことだった。
「おかしなガキが下で騒いでる。主様に会わせろってな」
「主様、か」
ということは亜人だ。しかしザルドがおかしなガキとしか言わないということから、かなり人間に近いタイプの亜人のはずだ。もしくはその正体を隠しているか。
「なんとか止めようとしたんだが自分はやんごとなき身分の姫君だとか言っててな。無礼を働けば死を持って償うことになると脅されちまった、監獄世界の姫君ってのも意味不明だがどこかの魔帝の寵姫ってこともある。下っ端のやつらはもうびびっちまってる。実は俺も逃げてきたところだ」
「分かった。案内しろ」
ザルドに案内されて進むにつれて騒ぎ声が大きくなっていった。
「お待ちください。どうかお待ちを」
「あら。地を這う虫けら風情がこの私に命令を? 身の程を知ることね。まったく人間臭いのが移るから離れてくださらない」
「市長にお会いするのならばまずお約束を!」
冷淡な声と、戸惑いと必死さの混じる声が聞こえてくる。
ようやく姿が見える。兵士と言い争っているのは少女だった。問題の主は漆黒のドレスを着用した貴婦人、というのには若すぎる。見事な銀色の髪に朱色の瞳、口に浮かべる嘲り笑いが妙に様になる作り物のように綺麗な顔立ちをしていた。
「恐れ多くも夜の国の姫である私に待てとおっしゃるのね。その判断を聞いた主様はいったいあなたをどうするかしら。この私をないがしろにしたと知ったら。その首、なくなってしまうかもしれませんことよ」
彼女は扇子で兵士のトントンと首を叩いた。それで兵士は真っ青になる。
「いいからお通しなさい。雑魚に用はないのよ」
「通してやれ」
俺が言うと、兵士のほうも少女のほうもすぐさま反応した。兵士は安堵に胸をなで下ろし、少女は俺の姿を認めると感極まったように目に涙をためた。
「主さま!」
きらきらと涙の粒をこぼし、少女は俺のもとに駆け寄ってきて全身で飛び付いた。ところで俺はサッと身を躱した。
「ふべ!」
少女はずさささと地面をすべっていった。やってしまったと瞬時に後悔、あまりにも濃密な嫌な気配がして受けとめるのを躊躇ってしまった。怪我をさせてしまったかと思えば、少女は即座に立ち上がった。不思議なことに怪我どころか服にも汚れ一つなかった。
「お久しぶりでございます。また会えるとレイチェルは信じておりました」
レイチェルと名乗った少女はあまりにも自然な動作で馴れ馴れしく腕を組んだ。歴戦の戦士の俺が反応し損ねるほどそれには一切の害意がなかった。
「それでは早速参りましょう」
「どこに行くんだ?」
「しとねです。今日こそ私の初めてをお捧げしたいと」
何だこの馬鹿は。多少強引に腕を振り払おうにもがっちりとロックされている。驚きべきことだった。これをまったく悪意も害意もなくやっているのだ。完全に10割がた好意で構成されている行動だ、そうこられるとこちらもやや対応に困る。
「断る。離れろ」
「あ、そうですね。私としたことが。まだお昼ですし。やっぱりもっとムードを作ってからじゃないと駄目でしたね。てへ」
レイチェルは可愛い子ぶって自分の頭をこつんと叩く。恐ろしい寒気がした。今不思議とラナはただの良い子だと判明した気がした。可愛い子ぶった演技とはこんな恐ろしいものなのだ。
「いいから離れろ」
強く命令すると少女は渋々と腕を放した。
「ああ、つれないお方」
よよよと目元を覆って泣き崩れる。
「せっかくお会いできたんです。この3年間レイチェルがどれほど寂しかったかお分かりになりますか。まるで世界が色あせてこの世が氷に包まれてしまったようでした。貴方のいない世界などまるで月の無い夜空。星々は輝きを失い永遠とも思える闇に包まれる恐ろしさを味わいました。ううぅ」
彼女を完璧に無視して、騒ぎを聞きつけてやって来たアステールに駆け寄って小声で相談する。
「なんだ、あの阿呆は」
「あの娘はレイチェル・アルカイド。吸血鬼の一族の姫君だ」
記憶を探れば残虐王の持つ知識が教えてくれる。吸血鬼は夜の生き物だ。闇の恩寵を蓄えているため昼間は弱体化する。しかし一族のほとんどが不死に近い生命力を持つ強力な生き物だった。
うっすらとレイチェルと残虐王の会話の記憶もあった。しかし完全ではない。ここまで親し気な態度からするに、かなり親密な関係だったはずだ。あまりボロは出さないようにしたほうがいいだろう。
「レイチェル」
「わわわ、私の名を! 今まで『馬鹿』とか『銀髪』とか『チビ』とか、そんな呼び方だったのに! こここ、光栄でちゅ。わ、噛んじゃった」
どうやらかなり親密だったというのは間違いだったようだ。しかし、相手をするのが苦痛になってくるほど面倒くさい少女だった。
「何の御用ですか!」
どんな命令にも従うとばかりに、はきはきと言う。
「静かにしてろ」
「……はい」
レイチェルはしょんぼりと口を閉ざした。
「関係性はだいたいそんな感じだった。主様には相手にされてなかったな」
アステールが補足で説明を入れた。それならば一安心だ。残虐王がこんなのをはべらせて喜んでいるタイプだったら、到底隠し通せる気はしなかった。
「マスター」
というルシャの声は弱々しく、彼女もなにやら気落ちした様子を見せていた。
「どうした。ルシャ」
「なんか師匠褒め称え力で負けている気がします」
「ルシャ。そんなところで張り合わないでいい。あんなのが二人いたら俺が辛い」
元気づけるように肩を何度も優しく叩く。今にして思えばルシャの対応はまだ良かったと思えるぐらいだ。
「主戦派のお主がなぜここに」
「何をおっしゃります。王がおられるところが我らの居場所です」
アステールの問いにレイチェルは答えになってない答えを自信満々に発した。
「人間の姫を捉えたそうですね。八つ裂きにして聖戦ののろしを上げましょう!」
「で、どうしてここに来たって?」
頭痛を感じながらももう一度同じ質問を投げかけた。
「はい。私は東からの使者でございます」
それはあまりにも予想通りの返答だが、どうやら彼女は波乱をもたらしかねない存在だった。
「当然、我々としましては主様を王にいだき聖戦を開始することを求めております。人間どもを支配し、この世に楽園を再建するのです」
レイチェルは謳うように愉快気に語り始めた。
「これを機に図に乗っている魔帝共も蹴散らしてしまいましょう。みな血気にはやっております。主様。いつでも戦える準備は整っています。どうか東に赴きご命令を」
かつてアステールが言っていた言葉通りだ。残虐王がひとたび姿を見せれば亜人たちはあの戦争の続きを望むだろうと。
今まさにその急先鋒の主戦派からの使者がきたのだ。だがその戦争は俺の望むところではなかった。ひとたび戦線をひらけば今度こそ亜人は滅びるかもしれない。人間との終わりなき泥沼の戦いに興じるつもりはなかった。
「第一にイリナ姫は交渉に使う。殺させるわけにはいかない。第二に俺はここを守る必要がある。監獄都市に目をつけられているからな」
「主様。人間風情などどうでもいいではありませんか」
風情ときたか、やはり東には選民思想がかなり根付いているのかもしれない。
「俺も人間だろう」
「貴方は王です。そんなつまらない枠組みにとらわれるお方ではありませんわ」
一切の曇りのない瞳でレイチェルは断言した。
「穏健派は自由都市と手を組んだ。それを反故にはできない」
「まさか人間なんかと?」
紅い目が猫のように鋭くなり獰猛な気配を発し始めた。
「人間は従えるにはいいですが、手を結ぶなど。前回も魔帝の存在を許したせいでここまでつけあがらせてしまったのではないですか! 王は一人で十分です! 貴方様だけで!」
語気が激しくなるにつれて黒々とした闇のマナ、その恩寵が強く香る。レイチェルは闇のごとき漆黒のオーラを体から発していた。
「今はまだ時期じゃない。俺はまだ東には行けない。みだりに争いは起こしたりするな。特に赤の魔帝とは」
これは命令だった。支配者として、絶対者として逆らうことを禁じる言葉だ。レイチェルは俺の対応を受けて闘気をかき消し、すっと静まり返った。
「分かりました。そう、お伝えしますが。我々はもう長くは待ってはいられません。苦渋の時は十分に味わいました。我々は戦うことを望んでいます。例えことごとく滅びるとも」
吸血鬼の貴族の作法だろう、ドレスを摘まんでお辞儀をした。
「滅ぼさせはしない。俺がな」
「……主様」
レイチェルは感動したように瞳を潤ませた。
「いずれはあのにっくきレストなどもいずれ攻め落としてしまいましょう」
まさにそのレストの傭兵であるザルドを皮肉るように軽く微笑む。
「お嬢ちゃんの細腕じゃ到底無理だと思うがな」
「ふん。レストの野良犬風情が」
二人はバチバチと敵意をぶつけ合った。
「レイチェル。彼は今は俺が雇ってる。揉めるなよ」
亜人のレストの傭兵に対する嫌悪感はやはり強い、念のため釘を刺しておくことにした。そんな現状でも彼を雇っているのは金を出している限りは決して裏切らないからだ。それは人をなかなか信用できない俺にとって、手元に置いておくにはありがたい存在だった。
「亜人は面倒なやつばっかりだな」
ザルドはため息をついて呆れまじりの口調で煙草に火をつける。するとレイチェルは鋭く目を光らせた。
「ちょっと。私その臭い嫌いなの」
レイチェルが掌を一振りすると瞬時に煙草が半ばから切り裂かれていた。
「ちっ。守護壁無効化……真祖の吸血鬼かよ」
即座に警戒してザルドがわずかに距離を取った。
守護壁はかつての愛剣がなくとも、強い気功術を使って強引に突破すれば俺にも破ることは可能だ。亜人の扱う魔術でももちろん壊せる。
だがしかしザルドの守護壁は破られた形跡はなかった、レイチェルが放った魔術の刃がするりと通り抜けたのだ。俺の愛剣と同じ、障壁突破の能力が付与された魔術であった。
「ふん。下等種の恩寵壁なんてそんなものよ。主様のお言葉がなかったら首を落していたところだったけど。主様のお慈悲に感謝することね」
「は。下等種の力を見せてやろうか。吸血鬼。煙草代がわりに腕一本いただくぜ」
ザルドは切られた煙草を口から吐き捨て、剣を構えた。本気も本気、手加減なしの武威をまとった。それに対してレイチェルは悠然と、しかし確かな敵意とともに黒いマナをまとう。
向かい合った両者ともぎらぎらと瞳を光らせた。ところで。
「二人とも、やめろ」
俺はレイチェルの肩に手を置いて制止する。
「はい主様!」
すると餌をもらった犬のように、レイチェルは喜色満面の笑みを浮かべた。ザルドはその余りの豹変ぶりに面食らって大人しく剣をしまった。
「旦那。問題が起きた」
「何があった?」
この男がこうも困り果てた顔を見せるのは初めてのことだった。
「おかしなガキが下で騒いでる。主様に会わせろってな」
「主様、か」
ということは亜人だ。しかしザルドがおかしなガキとしか言わないということから、かなり人間に近いタイプの亜人のはずだ。もしくはその正体を隠しているか。
「なんとか止めようとしたんだが自分はやんごとなき身分の姫君だとか言っててな。無礼を働けば死を持って償うことになると脅されちまった、監獄世界の姫君ってのも意味不明だがどこかの魔帝の寵姫ってこともある。下っ端のやつらはもうびびっちまってる。実は俺も逃げてきたところだ」
「分かった。案内しろ」
ザルドに案内されて進むにつれて騒ぎ声が大きくなっていった。
「お待ちください。どうかお待ちを」
「あら。地を這う虫けら風情がこの私に命令を? 身の程を知ることね。まったく人間臭いのが移るから離れてくださらない」
「市長にお会いするのならばまずお約束を!」
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ようやく姿が見える。兵士と言い争っているのは少女だった。問題の主は漆黒のドレスを着用した貴婦人、というのには若すぎる。見事な銀色の髪に朱色の瞳、口に浮かべる嘲り笑いが妙に様になる作り物のように綺麗な顔立ちをしていた。
「恐れ多くも夜の国の姫である私に待てとおっしゃるのね。その判断を聞いた主様はいったいあなたをどうするかしら。この私をないがしろにしたと知ったら。その首、なくなってしまうかもしれませんことよ」
彼女は扇子で兵士のトントンと首を叩いた。それで兵士は真っ青になる。
「いいからお通しなさい。雑魚に用はないのよ」
「通してやれ」
俺が言うと、兵士のほうも少女のほうもすぐさま反応した。兵士は安堵に胸をなで下ろし、少女は俺の姿を認めると感極まったように目に涙をためた。
「主さま!」
きらきらと涙の粒をこぼし、少女は俺のもとに駆け寄ってきて全身で飛び付いた。ところで俺はサッと身を躱した。
「ふべ!」
少女はずさささと地面をすべっていった。やってしまったと瞬時に後悔、あまりにも濃密な嫌な気配がして受けとめるのを躊躇ってしまった。怪我をさせてしまったかと思えば、少女は即座に立ち上がった。不思議なことに怪我どころか服にも汚れ一つなかった。
「お久しぶりでございます。また会えるとレイチェルは信じておりました」
レイチェルと名乗った少女はあまりにも自然な動作で馴れ馴れしく腕を組んだ。歴戦の戦士の俺が反応し損ねるほどそれには一切の害意がなかった。
「それでは早速参りましょう」
「どこに行くんだ?」
「しとねです。今日こそ私の初めてをお捧げしたいと」
何だこの馬鹿は。多少強引に腕を振り払おうにもがっちりとロックされている。驚きべきことだった。これをまったく悪意も害意もなくやっているのだ。完全に10割がた好意で構成されている行動だ、そうこられるとこちらもやや対応に困る。
「断る。離れろ」
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レイチェルは可愛い子ぶって自分の頭をこつんと叩く。恐ろしい寒気がした。今不思議とラナはただの良い子だと判明した気がした。可愛い子ぶった演技とはこんな恐ろしいものなのだ。
「いいから離れろ」
強く命令すると少女は渋々と腕を放した。
「ああ、つれないお方」
よよよと目元を覆って泣き崩れる。
「せっかくお会いできたんです。この3年間レイチェルがどれほど寂しかったかお分かりになりますか。まるで世界が色あせてこの世が氷に包まれてしまったようでした。貴方のいない世界などまるで月の無い夜空。星々は輝きを失い永遠とも思える闇に包まれる恐ろしさを味わいました。ううぅ」
彼女を完璧に無視して、騒ぎを聞きつけてやって来たアステールに駆け寄って小声で相談する。
「なんだ、あの阿呆は」
「あの娘はレイチェル・アルカイド。吸血鬼の一族の姫君だ」
記憶を探れば残虐王の持つ知識が教えてくれる。吸血鬼は夜の生き物だ。闇の恩寵を蓄えているため昼間は弱体化する。しかし一族のほとんどが不死に近い生命力を持つ強力な生き物だった。
うっすらとレイチェルと残虐王の会話の記憶もあった。しかし完全ではない。ここまで親し気な態度からするに、かなり親密な関係だったはずだ。あまりボロは出さないようにしたほうがいいだろう。
「レイチェル」
「わわわ、私の名を! 今まで『馬鹿』とか『銀髪』とか『チビ』とか、そんな呼び方だったのに! こここ、光栄でちゅ。わ、噛んじゃった」
どうやらかなり親密だったというのは間違いだったようだ。しかし、相手をするのが苦痛になってくるほど面倒くさい少女だった。
「何の御用ですか!」
どんな命令にも従うとばかりに、はきはきと言う。
「静かにしてろ」
「……はい」
レイチェルはしょんぼりと口を閉ざした。
「関係性はだいたいそんな感じだった。主様には相手にされてなかったな」
アステールが補足で説明を入れた。それならば一安心だ。残虐王がこんなのをはべらせて喜んでいるタイプだったら、到底隠し通せる気はしなかった。
「マスター」
というルシャの声は弱々しく、彼女もなにやら気落ちした様子を見せていた。
「どうした。ルシャ」
「なんか師匠褒め称え力で負けている気がします」
「ルシャ。そんなところで張り合わないでいい。あんなのが二人いたら俺が辛い」
元気づけるように肩を何度も優しく叩く。今にして思えばルシャの対応はまだ良かったと思えるぐらいだ。
「主戦派のお主がなぜここに」
「何をおっしゃります。王がおられるところが我らの居場所です」
アステールの問いにレイチェルは答えになってない答えを自信満々に発した。
「人間の姫を捉えたそうですね。八つ裂きにして聖戦ののろしを上げましょう!」
「で、どうしてここに来たって?」
頭痛を感じながらももう一度同じ質問を投げかけた。
「はい。私は東からの使者でございます」
それはあまりにも予想通りの返答だが、どうやら彼女は波乱をもたらしかねない存在だった。
「当然、我々としましては主様を王にいだき聖戦を開始することを求めております。人間どもを支配し、この世に楽園を再建するのです」
レイチェルは謳うように愉快気に語り始めた。
「これを機に図に乗っている魔帝共も蹴散らしてしまいましょう。みな血気にはやっております。主様。いつでも戦える準備は整っています。どうか東に赴きご命令を」
かつてアステールが言っていた言葉通りだ。残虐王がひとたび姿を見せれば亜人たちはあの戦争の続きを望むだろうと。
今まさにその急先鋒の主戦派からの使者がきたのだ。だがその戦争は俺の望むところではなかった。ひとたび戦線をひらけば今度こそ亜人は滅びるかもしれない。人間との終わりなき泥沼の戦いに興じるつもりはなかった。
「第一にイリナ姫は交渉に使う。殺させるわけにはいかない。第二に俺はここを守る必要がある。監獄都市に目をつけられているからな」
「主様。人間風情などどうでもいいではありませんか」
風情ときたか、やはり東には選民思想がかなり根付いているのかもしれない。
「俺も人間だろう」
「貴方は王です。そんなつまらない枠組みにとらわれるお方ではありませんわ」
一切の曇りのない瞳でレイチェルは断言した。
「穏健派は自由都市と手を組んだ。それを反故にはできない」
「まさか人間なんかと?」
紅い目が猫のように鋭くなり獰猛な気配を発し始めた。
「人間は従えるにはいいですが、手を結ぶなど。前回も魔帝の存在を許したせいでここまでつけあがらせてしまったのではないですか! 王は一人で十分です! 貴方様だけで!」
語気が激しくなるにつれて黒々とした闇のマナ、その恩寵が強く香る。レイチェルは闇のごとき漆黒のオーラを体から発していた。
「今はまだ時期じゃない。俺はまだ東には行けない。みだりに争いは起こしたりするな。特に赤の魔帝とは」
これは命令だった。支配者として、絶対者として逆らうことを禁じる言葉だ。レイチェルは俺の対応を受けて闘気をかき消し、すっと静まり返った。
「分かりました。そう、お伝えしますが。我々はもう長くは待ってはいられません。苦渋の時は十分に味わいました。我々は戦うことを望んでいます。例えことごとく滅びるとも」
吸血鬼の貴族の作法だろう、ドレスを摘まんでお辞儀をした。
「滅ぼさせはしない。俺がな」
「……主様」
レイチェルは感動したように瞳を潤ませた。
「いずれはあのにっくきレストなどもいずれ攻め落としてしまいましょう」
まさにそのレストの傭兵であるザルドを皮肉るように軽く微笑む。
「お嬢ちゃんの細腕じゃ到底無理だと思うがな」
「ふん。レストの野良犬風情が」
二人はバチバチと敵意をぶつけ合った。
「レイチェル。彼は今は俺が雇ってる。揉めるなよ」
亜人のレストの傭兵に対する嫌悪感はやはり強い、念のため釘を刺しておくことにした。そんな現状でも彼を雇っているのは金を出している限りは決して裏切らないからだ。それは人をなかなか信用できない俺にとって、手元に置いておくにはありがたい存在だった。
「亜人は面倒なやつばっかりだな」
ザルドはため息をついて呆れまじりの口調で煙草に火をつける。するとレイチェルは鋭く目を光らせた。
「ちょっと。私その臭い嫌いなの」
レイチェルが掌を一振りすると瞬時に煙草が半ばから切り裂かれていた。
「ちっ。守護壁無効化……真祖の吸血鬼かよ」
即座に警戒してザルドがわずかに距離を取った。
守護壁はかつての愛剣がなくとも、強い気功術を使って強引に突破すれば俺にも破ることは可能だ。亜人の扱う魔術でももちろん壊せる。
だがしかしザルドの守護壁は破られた形跡はなかった、レイチェルが放った魔術の刃がするりと通り抜けたのだ。俺の愛剣と同じ、障壁突破の能力が付与された魔術であった。
「ふん。下等種の恩寵壁なんてそんなものよ。主様のお言葉がなかったら首を落していたところだったけど。主様のお慈悲に感謝することね」
「は。下等種の力を見せてやろうか。吸血鬼。煙草代がわりに腕一本いただくぜ」
ザルドは切られた煙草を口から吐き捨て、剣を構えた。本気も本気、手加減なしの武威をまとった。それに対してレイチェルは悠然と、しかし確かな敵意とともに黒いマナをまとう。
向かい合った両者ともぎらぎらと瞳を光らせた。ところで。
「二人とも、やめろ」
俺はレイチェルの肩に手を置いて制止する。
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