パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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63話 錆びついた剣

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 祭壇にてウィルはただただ待っていた。まさか女装して囮になるなど想定の範囲外の役割ではあったが、それでも重要な役割なのだから仕方がなかった。自分にできることはこんなことぐらいしかないとも分かっていた。

 それでもついて来たのはある思い。憧れだ、大蛇に立ち向かった少年たち、そして神と言われる相手に恐れずに立ち向かい、その眷属を容易く倒してしまった市長代行のエル・デ・ラント。あんなふうになりたいと思ったのだ。

 思考に沈んでいたウィルは異音を捉えた。それは以前にも聞いた巨体を引きずる音。
 
「う」

 強烈な悪寒が背筋を凍らせた。それがどんどんと悪化する。香りに釣られて、とうとう大蛇は姿を現したのだ。しかし魔物は警戒しているのか祭壇にまで近寄らず、ぎょろりと黄色い目でウィルを見据えていた。

 今までのお気楽な思考など吹き飛び、がくがくと身体が震える。今すぐにこの場から逃げ出したかった。

 ──彼らはこんな中で耐えていたのか。

 助けが入ると知っているのにここまで恐ろしいのだ。それをあんな少年少女が命を捨て去る覚悟を持って立っていたのだ。

 さらに強烈に威圧に当てられて、心に動揺が訪れた。

 本当に助けは来てくれるのか、見捨てられてはいないか。裏切られてはいないのか、様々な雑念が頭を過った。

 これは魔物のギフトの効果だ。あれほどの忠告を受けた意味が分かった、恩寵量もギフトも足りていないウィルではそもそも戦いを行うことすらできないのだ。何も敵を魔術にはめるのは邪眼だけではない。威圧、恐慌、恐怖、焦燥、混乱そういった心を乱すギフトの攻撃だった。相対してこそ分かる格の違いというものがあった。

 ウィルは自分の考えがすべては妄想だと必死に言い聞かせた。そしてアレーテイアにいる妹の顔を思い浮かべて唇を噛みしめた。

 ──僕はもう逃げたくない。

 変わりたかった。認めてくれた人たちに失望されないように。

 ◇◇◇◇◇◇

 俺は強烈な存在感を放つ敵を感知して手を挙げてみなに警告を告げる。もはやその存在を感じ取るには十分な距離だった。その巨体が徐々に姿を見せた。

 大蛇は顔を伏せ続ける花嫁の異変に気づいた様子はなく、目の前にあるご馳走を求めて祭壇へと着実に距離を詰め続ける。しかしある地点でぴたりと止まり、周囲を伺った。俺たちを警戒してのことだろう。気配を殺して隠れていて正解だった。

 まだ引きつけなければ森の中に逃がす可能性があった。どこに巣穴があるかも分からないのだ、できるだけウィルには耐えてもらわねばならなかった。ただ一人あの場で待つウィルの心境は察するに余りある。

 恐怖に耐えきれなくて逃げ出す、そんなこともあり得るかと思った。だが、自分の役割をまっとうし彼はぐっとこらえ続けていた。

「よく耐えたウィル。男だな」

 ぽつりと賛辞を呟く。もう射程圏内に入っていた。もはや逃がすことはない。これ以上はウィルに危険が及びかねなかった。
 
「レイチェル」

 これは手筈通りだ。名を呼び掛けただけで、彼女はその意図を察した。

「ダークランス」

 レイチェルが片手を天空に向けた、その先に巨大な黒い槍が生じた。まずは狙撃だ。油断しているところを一撃で持って葬り去る。

 レイチェルが魔術を放つと同時に俺たちは動いた。結果を確かめる必要はなかったからだ。俺は大地を蹴って即座に祭壇の前に立ちふさがっていた。結果から言えば狙撃は失敗だった。巨体を機敏に動かして魔術を躱したのだ。それでもやることに変わりはなかった。

「よくやった。ウィル、下がってな」

「は、はい!」

 ウィルは勢いよく返事をして、ラナたちのもとまで下がり花嫁衣裳を脱ぎ捨てた。

 それを見届けて、視線を大蛇に移す。よくぞここまで育ったと思うほどの魔物だが負ける気は毛頭しなかった。大蝕害との戦いの時もペース配分を計算して奥の手である奥義の類は温存していた。さらに残虐王の秘術も有る。そしてバックアップに控えるのは亜人の3氏族に英雄がいる。

 この巨体を前にしても、しっかりと立っているだけの覚悟のある者たちだった。今までどれほどの人を喰らい、どれほどの長き時を生きたのか。どれだけの悲しみを産み出し、どれだけの絶望をまき散らしたのか。

 今ここでその連鎖を断ち切らねばならなかった。

「個人的な恨みはないが」

 きっと生きたいのは魔物とて同じだ。彼はただその生をまっとうしているだけに過ぎない。だがそれが人間とぶつかり合い、妥協する余地がないのならば。

「倒させてもらう」

 回路を切り替えたように頭の中から余計な雑念が消えていく。

 俺は戦場が好きだった。ひとたび剣を取り戦場に降り立てばそこにはもはや正義も悪もない。聖者も悪人も子供も女も区別されることはない。病人も忌子も落ちこぼれも、等しくその場で命を燃やす。ただひと時の泡沫の夢のような時間で、己の人生をかけて戦う、ただ純粋な命と魂のぶつかり合いがあるのみだった。

 多くの者が夢破れて、無残に命を落としていくのだろう。こんな地獄でこそ俺はいつも自分の存在を実感することができていた。

「始めようか」

 闘気を立ち上げた俺に大蛇も応えるように、うなり声をとどろかせた。



 まず最初に躊躇いなく一歩を踏み出したのは俺だった。巨大な魔物に向かって疾走する。刃に付与されているのは真祖の吸血鬼のみが持つギフト、恩寵による守護壁を無効化する影魔術だ。魔物はそれを察知したのか、回避行動に入る。

「影よ。束縛せよ」

 レイチェルの力により黒い帯状の影がその巨体に巻き付いて縛り上げた。

 さすがにこの巨体、まともに体当たりでも喰らえば俺と言えど圧死は免れない可能性がある。レイチェルの影も大きく力を込めても動きを止められて数秒といったところだ。彼女の力は夜でこそ真価を発揮する。俺はもらったその貴重な時間を無駄にはしなかった。

 空を蹴り上げて大蛇の頭に肉薄し、薄く薄く凝縮したマナを剣に纏わせて破壊力をあげる気功術「破斬」を放つ。それに対して大蛇は土属性系統魔術「全身硬化」を行使した。黒光りする鱗が一層の輝きを得た。俺はそれに構わず渾身の力で刃を叩きつける。

 みしみしと刃が軋み悲鳴を上げる。堅い──咄嗟の反応で剣を握る力を緩めた、もう少し力を加えていれば刃が折れていただろう。

 悪い剣ではないがやはり愛刀とは勝手が違った。もっと頑丈だったらとの思いがあった。最高級の鉱物、オリハルコンの中でも一握りの特異体である神玉と呼ばれる素材があった。かつて失敗作と呼ばれた無銘の大剣はそれだった。

「だが、先手は取った」

 刃は内部まで届かなかったが、頭の鱗を砕きその衝撃は内部に及んでいた、大蛇の頭部に浸透し一瞬の行動の停滞をもたらす、その隙を逃さずに風魔法で突進したザルドの長剣が片目を抉った。

 大蛇はうなり声をあげる。大きな損害のはずだ、しかし大蛇は怯まずに反撃した。広範囲に煙状の息を吹きかけた。これは「毒の息」だ。服の袖で口元を覆って息を止め、追撃を諦めて範囲外へと退避する。目や皮膚に触れてしまったが、影響はなかった。

 ギフト「猛毒耐性」によるものだ。これは便利なものだ。

 ザルドは「ウインドガーデン」により風の膜を張って防ぐ。特にブレス系などを防ぐのに重宝するものだ。指示する必要もなく、ルシャがすぐに風を巻き起こして毒息を上空へと霧散させた。

 魔眼などの搦め手が多い敵だ。ギフトだけではなく、その手の対策は役割を決めて十分に練ってきた。きちんと対策さえすればこの手のたぐいの相手にネガティブな効果を押しつける魔術というのは使いにくいことが多い。

 単純な対策としてはまず目を潰すことを目標とした、そして俺のように目を合わさず戦うことが一番効果的だった。俺とザルドが退避すると即座に畳み掛けるようにイリナ姫が動いた。

「炎槍輪舞」

 炎の槍が雪崩のように幾本も降り注いだ。魔物の守護壁を強引に突破してその身を傷つける。さらにアステールもそれに続く。龍気を身体にまとい、それが光の翼となって空を舞っていた。

「死の雨よ。すべてを屠れ」

 光の翼が刃となって大蛇に殺到する。刃たちは守護壁にぶつかるとその力を吸収し弱らせると、続く刃が内部へと侵入した。

 同時にアステールは大蛇に接近して爪を胴体に突き刺した。巨体からすればその傷は深くはない。だがその瞬間にアステールの消費したマナが回復、増幅した。命を喰らう力、あれこそが龍種が最強の一角と言われるゆえんであった。

 苦痛に悲鳴を轟かせた大蛇は鞭のように尾をしならせた。アステールはその一撃を両腕で防御してまともに受けた。軽々と彼女は吹き飛んだが、すぐに空中で体勢を立て直し地面に爪を突き立てながら勢いを殺し切った。なんなく立ち上がると、ぺっと地面に血を吐いた。相変わらず無茶な戦い方だった。
  
 全員が広範囲な強力な術式を制限されている。俺はかつての残虐王の戦闘スタイルから戦い方を変えてもいい口実にはなるが、そのせいで決定打には至っていなかった。

 この戦い、強敵を前にして俺は新しく試してみようと思ったことがあった。気功術の上から土属性にて身体強化を乗せる。常人には不可能な行動だ。それは思考を二つに割って別々の作業を完璧に行うことなのだから。

 しかし俺には残虐王との魂のつながりがある。彼の補助によって、俺は念じるだけで勝手に頭の中で魔術が構築されて展開される。思い描いた通りに。

 足裏でマナを爆発させて瞬間的な加速を得る「瞬動」によって飛び、突進の勢いを乗せて刃を閃かせる。今度はぶつりと鱗に刃が通った。残った目を狙ったが、わずかに躱された。さらに刃を閃かせると巨体から霧のように血潮が噴出する、返り血を浴びて燃え上がる感情があった。

 生きている。まさに自分は生きていると実感できる。かつて忌み子として除け者にされ続けた俺が生きるために見出した場所が戦場だった。安らぎを失った先に求めたものが戦いだった。

 近距離での接近戦を展開する俺に対応するために大蛇のマナの動きが変化した。魔眼もブレス系も有効ではないと判断したのだろう。

 身体を中心に全方位に向かって数千発の風の弾丸を放った。イリナ姫とラナは協力して防壁を展開し、ザルドは間一髪そこに滑り込んだ。アステールやルシャは空ひらりひらりと自由自在に飛び、いくつか被弾しながらもケロリとした顔で耐えきっている。

 やはり単発の威力はそれほど高くもない。俺は剣にマナを宿して振り抜くと、それは形を成して飛ぶ。気功術の「一閃」によって風の弾丸を打ち消し、その隙間を使って攻撃を避け切った。それと同時に察知する。蛇の意識が俺に向いていることを、俺だけに的を絞っていた。

 その巨体の全身から練り上げたマナを口に極限まで収束させている。あまりに莫大な力を練り上げていた。そして大蛇は放った、数メートル単位の巨大な風の弾丸を。

 魔術がうなりを上げて凄まじいスピードで迫る。俺はそれを、「瞬動」にて辛くも逃れる。横を通り過ぎた魔術は竜巻のような烈風を巻き起こしていき、服が激しくなびいた。

 魔術が通り過ぎたあとはそれこそ竜巻でも通り過ぎたように一直線に木々が根元からなぎ倒され、最終的に岩肌に大きな穴を穿っていた。

 敵は俺を危険視したのか、さらにもう数発、追撃を放とうとしていた。一度見た技だ、問題なく躱せる、そう楽観的に考えた時に閃光のように思考が走った。背後にわずかに意識を裂いた。この方角は村の方向だった。この強大な魔術がもし山崩れでも引き起こせば、あっという間に飲まれてしまうだろう。そうなれば被害が大きすぎる。受け止める必要があった。

時空エターナル支配ドミネーション

 俺の目の前の空間にびしりと亀裂が刻まれ、その中から闇が這いずり出て風の弾丸を受け止めた。暗闇は敵の魔術を丸ごと飲み込むとあっさりと消え去った。同時に身体に喪失感が訪れた。強力だがやはり消耗が大きい。
 
 まだ敵の攻撃は終わっていない、あと一発放てるだけのマナを残していた。味方のサポートは期待できそうにない、ザルドはウィルを担ぎ、イリナ姫はラナを背負って躱す準備をしている。あまりに強力な魔術であり、まともに受けるより躱すことを選んだのだ。アステールも咄嗟にルシャのもとへと向かっていた。
 
 だがレイチェルだけは動けた。影の帯が大蛇の口に巻き付いて塞ぎ、一拍の間だけ動きを止めた。すぐに破られたが十分すぎるほどの時間だった。

 俺は大地を蹴って遥か高く空に飛んだ、目標を上にすれば躱しても問題はなかったからだ。空高く飛んだ俺に向かって敵の魔術がまたも迫り、その瞬間に異変に気が付いた、このマナの動きは──。

「ちっ」

 魔術の直線上から逃れつつも咄嗟に守護壁を強化する魔術を構築した。炎属性を付与して強化したものだ。そのわずかあとに俺のすぐ傍で風の弾丸は爆発して、雨のように降り注いだ。俺はそれを防壁にて、まともに受け止めた。バチバチと防壁と魔術がはじけ合う音が響き渡った。

「エル!」

 アステールの叫びが聞こえる。だが俺は宙で態勢を整えて、無事に木の枝の上に降り立った。アステールに大丈夫だとジェスチャーで示す。特に怪我らしい怪我はなかった。しかし。

 ──なんて様だ。

 自分に対してもどかしさが募る。全盛期の時は戦闘中に敵の攻撃をまともにもらうなど、残虐王との戦い以外では数えるほどしかなかったというのに。この身体で使用できるレベルの魔術の防壁がなければ手痛い一撃をもらうところだった。

 鈍い、鈍すぎる、かつて俺の剣はもっと鋭かった。殺意はもっと激しかった、執念はもっと燃え上がっていた。こんなものではなかった。俺はもっと強かった。残虐王は遥かに強かった。

 俺はかつて敵を倒すために剣だった。ただそれだけで良かった。他には何も必要としていなかった。自分を磨き続けることに、ただただ純粋だった。

 健康な肉体を得て、魔術を得て、大きな力を手に入れて、守るべきものを得て、考え方を変えて、そのあり方が変わってしまった。

 なんて生ぬるいのだ。力無き少年少女が示した覚悟のほうが遥かに尊く美しかった。守るべきものを守れる力がないのでは、俺は何のために存在しているという。復讐の刃をここまで錆びつかせていたとは。

 苛立ちに任せて剣の柄を渾身の力で握りしめた。だがそんなことをしてる暇などない。また1つ思考を切り替える。どんどんと冷たく、鋭く、己を磨き直した。余計な考えを捨て去り、ただ目の前の敵を倒すことだけにすべての能力を使用する。

 冷たさとは相反するように激しい衝動を胸中に宿したまま、いくつかある奥義の中で周囲の被害が少ないものを選択する。そして足場にした木の枝を砕くほどの勢いで、大蛇の前にと間合いをつめた。
 
 壱の奥義。絶閃。

 刃は視認することすら許さない速度で閃いた。全身から極限まで振り絞ったマナが宿る剣を振り切った瞬間に、刀身は粉々に砕け散る。わずかに遅れてビシリと音が響き、大蛇の身体に縦一線大きく線が走った。大蛇が苦悶に叫んだ。腹を大きく内部まで切り裂かれ、ドバっと大量の血が滝のように流れ落ちる。

 ──とどめを。

 全員が同時に畳み掛けようとした。その時に大蛇は狂ったように猛り吠えた。そして、その身体という身体、全身から目の紋様が浮き上がった。俺は思考よりも先に警告を叫んでいた。

「全員目を閉じろ!」

 これは石化の邪眼、聖属性の魔術でしか防げない強力な呪いだった。
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