パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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74話 信念

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「うぐ、あ」

 あまりの苦痛にレイチェルはうめいた。吸血鬼は不死に近いとはいえ痛覚はある。身体の感覚はほとんどないのに苦痛だけは激しく感じていた。

 無数の刃が降り注ぎ、手足だけでなく全身が貫かれていた。すべてが清められた銀の武器だ。

 ──紅い、どこまでも紅い。

 視界がすべて子供が落書きをしたように赤く塗りつぶされていた。それはあまりの怒りによってか、自身の血で濡れているからなのか、それすら分からなかった。

 早く心臓を貫いた刃を抜かなければならない。全身の機能が落ちて、魔術を行使するための集中力も著しく落ちる。影を操り心臓に刺さった剣に触れると、バチィッと反発するように光が生じた。

「ぐうぅ」

 ひときわ強い聖属性が付与されている。焼けつくほどの痛みが走り、ぶしゅっと音を立てて血が流れ出た。

「ニース。なぜこんな真似を!」

「レイチェルさん!」

 叫びが重なった。突き飛ばされた態勢で茫然と固まっていたウィルがレイチェルを守るようにすぐ傍に寄る。

「胸の剣を、抜いて」

 レイチェルはなんとか声を絞り出す。

「おい。ガキ。その剣に手をかけたら殺す」

 英雄の本気の威圧と殺気が風を巻き起こして、ウィルに襲い掛かった。剣に伸ばそうとしていた手が固まる。だがそれでもウィルは唇を噛みしめて、負けじと動いた。しかし、

「が!」

 人の頭部ほどの大きさのある氷の礫がウィルを弾き飛ばした。彼は勢いよく壁に叩きつけられて、肺から潰れた息を吐いた。

 ──殺してやる。レイチェルが怒りのままに闇魔術を使おうとしたところでニースが告げた。

「吸血鬼。無駄にあがくな。そのガキが死んでもいいのか」
 
「私が人間を守るとでも」

「強がりはやめておきな。さっき庇ったくせによ」

 それは覆しようのない事実だった。ニースはレイチェルが庇うと踏んで最初にウィルに向けて剣を投擲していた。

「それにな、俺はだいたい分かっちまうんだよな、一目見ただけでそいつがどんなやつかって。お前は助けるほうだ。そういう顔してるぜ」

 ──人間など見捨てろ。レイチェルの頭の中でそう囁く声がする。

 それが正しいのだとレイチェルは心に言い聞かせた、だがどうしても動けなくなっていた。自分の身体ではないように、ままならなかった。そこで立ちすくんでいたイリナと目が合った。

「嘘つき」

 涙がにじんだ。人間など信用するなという、また同じ過ちを犯してしまった。

「誰か! 誰か来て!」

「助けを呼んでも無駄だぞ。風魔術で音を遮断してる」

 どこまでも抜かりのない、何か手はないのかと唇を噛む。するとウィルが傷ついた身体を押さえながらレイチェルのもとまでやって来て囁いた。

「僕が時間を稼ぎます。あなたはなんとか逃げてください」

「相手は手練れよ。あなたに勝てるわけない。死ぬだけよ」

「だからこそです。きっと彼にとっても予想外のはずです」

 ウィルは立ち上がりざま突進した。

 ──やめなさい。そう叫ぶことも間に合わなかった。

 ウィルは抜刀して渾身の力でニースに切りつける。それでも簡単に躱されて反撃の一撃が放たれた。

「忠告してやったのにな」

「ぐ」

 ウィルの脇腹には深々と短剣がねじ込まれた。力の差は歴然だった。しかしウィルは折れなかった、ニースの腕を掴んで逆に抑え込んだ。
 
「はじめから勝てるとは思っていません」

 至近距離で二人は目と目を合わせた。ウィルの眼に力が宿った。闇のマナが巡り邪眼が発動する。そこに乗った力は命を削った呪い。石化の呪術である。

 最初から相打ち上等の覚悟の一撃だった。だがそれも。

「どうして?」

 邪眼は一切の効果を発揮せず、ウィルが茫然とするとニースは猛々しく笑った。そして自らの右眼を指さした。

「右眼は義眼だ。アレーテイアの技術で普通に見えるが邪眼は通さない、高性能だろ」

「そんな」

「俺は用心深いんでな。お前が邪眼系のスキルを手に入れた可能性があったからずっとこっちの眼しか開けてなかった。サングラスで気づかなかったろ」

 ニースに軽く身体を押されるとウィルは力を失って地面に崩れ落ちた。

「こんなバカなことしなけりゃ長生きできたのにな」

 倒れた彼のもとにニースは歩み寄る、とどめを刺そうかというように。

「やめて!」

 気づけばレイチェルは叫んでいた。

「お願い」

 仇敵に縋りついた。レイチェルを助けようとして目の前で殺される人はもう見たくはなかった。
 
「ほら、やっぱり助けるだろ」

 ニースは酷く楽しそうな表情を浮かべる。

「安心しな。お前がおとなしく死んどけば殺さねえよ」

 レイチェルはなんとか身体を起こすと、跪いて首を垂れた。もはや生きる目はない、それならばせめて──ニースは剣を振りかぶる。首を落とすために。

「ニース! やめなさい!」

「愚痴はあとでいくらでも聞いてやるさ、こいつを殺したあとでな!」

 迷いなき凶刃がレイチェルを襲い掛かった。



「馬鹿な。何の真似だ」

 先ほどまで余裕の態度だったニースは呆気にとられていた。ニースの手に残る鈍い手応えは仲間であるイリナ姫の腕を切り裂いたものだった。イリナはレイチェルを庇いニースの前に立っていた。その腕から流れ出した血で服を赤く染めあげていた。

「この子を殺すことは許しません」

「こいつは真祖の姫だぞ。敵は始末できる時にするべきだ」

「許さないと言いました」

 なぜ彼らは仲間割れをしているのか、理解ができなくてレイチェルはただ眺めているしかなかった。

「いい加減にしろ、今こんなことで時間を使ってる暇はない。さっさと退けよ」

「退きません。絶対に」 

「馬鹿な。なぜ仲間同士で争う必要がある。情でも移ったのか? 何が正しいのかをよく考えろ。お前はパラディソスの姫だろう」

 その言葉はイリナに届いたようだった。王族の責任を問う発言だ。しかしイリナは瞳に一層強い力を宿して、ニースの前に立ちふさがった。

「例え正しくなくてもいい。私は私の信じるものを穢すわけにはいかない」

「分かった。分かったよ。じゃじゃ馬め。降参だ」

 お手上げだとばかりにニースは言った。

「さっさと行くぞ。ここは敵地だ。残虐王とまともに戦うのは利口じゃない」
 
 イリナは去り際にレイチェルに視線を合わせ、

「ごめんね」

 と残していった。



 レイチェルの脳裏をふと昔の記憶がよぎった。

『ごめんね。レイチェル。一人にして』

 なぜか姉は最期にそう謝った。それが姉との最後の記憶だった。目の前で愛する者が傷つけられていく、そのあまりの惨状にレイチェルは気を失って、姉の死を見届けることすらできなかった。

「お、ねえちゃん」

 記憶と重なった。どこか諦めの混じる悲しげな表情が。

 ウィルが強くせき込んだ音でレイチェルは我に返る。急いで彼の状態を確認した。

 おびただしい量の血が流れ、顔には死相が浮かんでいた。イリナ姫が最後の最後に残していった癒しの力のおかげで延命しているのか、それとも人質とするためあえて即死しないように傷をつけたのか。すぐに死に至ることはないが、レイチェルの魔術でこれほどの傷を治すのは不可能だった。助けがくるまでには息絶えていることだろう。

「馬鹿じゃないの。命を削るような真似をして。誰も助けて欲しいなんて頼んでないのに」

 なんて愚かな人間なのだろうかと思う。勝手に出しゃばって勝手に死ぬなんて。

「ふ」

 レイチェルは意外に思う、彼が穏やかに笑ったからだ。

「なにがおかしいの」

「君は本当に妹にそっくりだなと思って」

 無性に苛立ちがわき上がった。なぜ一向に言い返してこないのか。何を言われてもヘラヘラ笑って受け流すばかり。人間のくせに善人面している、そのすました顔を歪めてやりたかった。

「無駄に死ぬのよ。分かってるの」

「無駄じゃないよ」

「……無駄じゃない?」

 ふと興味がわいた。この死にいったい何を見出しているのだろうかと。

「君が怒るのも分かる。人間が酷いことをしたと思う。許されないことを。だけど人間はそれだけじゃないってことを知ってほしい。僕の命一つなんかじゃ足りないかもしれないけど、信じて欲しい。信じられる人がいることを知ってほしい。お願いだ。僕は人間と亜人の殺し合いなんか見たくないんだ」

「そんなことのために命をかけたっていうの」

「ああ。後悔はないよ」

 はっきりと言い切られてレイチェルは唖然とする。

「ただ、もう一度家族に会いたかったな」

 呟いたウィルの言葉で胸に痛みが走った。兄を失う妹の苦しみは痛いほどよく分かった。レイチェルにそっくりだという彼女はきっと心に癒えぬ傷を負うことになるのだろう。

 レイチェルは影を操って手足の刃を抜いていく。

「うぐ」

 自由になった手で心臓に刺さった聖銀を掴む。じゅうと手のひらが焼け焦げたが離しはしなかった。強力な力が込められていた。これをどうにかしないと、ろくに力も使えない。背中側から貫通した刃をそのまま胸元から少しずつ、ずるりずるりと引き抜いていった。

「はあ。はあ」

 刃をからんと床に転がした時には息はすっかり上がっていた。

 聖銀でやられた傷は腹立たしいほど再生が遅い。消耗した身体を半ば引きずるように這いずって進む。万全の状態でもウィルの傷を癒す魔術などレイチェルには使えなかった。しかしたった1つだけ方法があった。

「生きたい?」

「え?」

「私はその願いを叶えることができる」

「いったいどうやって?」

「私の血を分け与える。そうすれば助かるわ」

 吸血鬼の血は特別だ。その血を受けたものに吸血鬼の力を授けて、眷属とすることができる。その場合は上位者に逆らうことができなくなるが、主となるはずの吸血鬼を殺して得た血は命の妙薬だ。

「その意味が分かる? もう日向は歩けない。純粋な人間ではなくなってしまうから。人間たちが化け物と呼ぶ存在になってしまう」

 本当にその覚悟があるのかと念を押す。そこまでして生きていたいのかと。

「私たちと同じ化け物になるのよ。その覚悟はある?」

 少し間を置いてウィルは答えた。全く予想外の答えを。

「君は凄く綺麗だ」

 目をぱちくりとさせる。一瞬、何を言われたのか理解できなくて。

「はあ?」

 内容が理解できると今度はその意図が理解できなくなった。

「とても化け物だとは思えないよ」

 ようやく疑問が氷解すると「馬鹿じゃないの」と言っていた。

「酷いな。結構決心して言ったのに」

「ふん。覚えといてあげるわ。人間には凄い馬鹿がいるってね」

 思わず笑みがこぼれた。血に塗れながらも、二人して笑いあった。

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