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第25話 君とは付き合いたくない(5)
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七月下旬の金曜日は朝からカンカン照りの晴れだった。ニュースでは酷暑に加えて水難事故や水不足の報道が目につくようになった。奏汰はニュース番組をBGMに家の掃除をしていた。テスト期間は無事に終了したが、試験勉強に勤しんでいたせいで部屋が荒れている。奏汰はフローリングワイパーで床の掃除を終えると浮かない顔で汗をぬぐった。
「は?」
とカイが怒ったような声を出したのは午後十二時を回ったあたりのことだった。覚悟はしていたが奏汰は冷や汗をかく。カイは奏汰の家に入るなり玄関先で奏汰を押し倒して、事に及ぼうとしたのだが、それを奏汰が拒んだのだ。
灼熱の太陽を浴びて奏汰の家まで訪れたカイの体は、大量の汗が噴き出ていてワイシャツを濡らしていた。汗の匂いと肌の熱さに奏汰は一瞬で酩酊するような気分に陥ったが、どうにか堪えた。
「ヤらないなら会わないって何度も言ってるよな」
カイは奏汰から体を離して立ち上がった。彼はあらゆる男と体の関係を気軽に持つのだが、変なところで紳士で、決して未成年には手を出さないし、拒否をしたらそれ以上は何もしない。性行為でも常にセーファーセックスを心掛けていた。性に限らずカイは自由人だったが、自分の美学に異様に従順で、その奔放さと一貫性のある性分が様々な人を虜にしていることを奏汰は知っている。
「ごめん…それはもちろん分かってるけど…」
奏汰は玄関の廊下で押し倒されたはずみで、尻もちをついたまま、しどろもどろ弁解しようとした。奏汰も背が高く筋肉質だが、カイはそれ以上だ。野性的な雰囲気と相まって妙に威圧感がある。
カイは日々鍛えていて、今日も着用しているビジネス着のワイシャツとスラックスはパツパツで破けそうなほどだ。その体のラインが奏汰はとても好きだった。
「はぁ…」
カイは面倒そうにため息をつくと、革で出来たブリーフケースを掴んで出て行こうとした。
カイは自分のことを一切話さないので何の仕事をしているか知らないが、どこぞの営業マンではないかと奏汰は睨んでいた。もしかしたら、というかきっと仕事中に抜け出して来てくれたのだろう。
「待って!君に話したいことがあって」
今日は、奏汰がどうしても会いたいと連絡をして無理を言って来てもらったのだ。今日この日に一時間だけなら、とこんな昼間に立ち寄ってもらった。
カイとしては奏汰とサクッとセックスをして帰ろうと思っていたのだろう。彼は食事やお茶などデートのようなことには一切応じない。それどころか、雑談する時間さえも惜しむ。
ヤらないなら会わない、束縛しようとしたら二度と会わない。と最初の方に釘を刺された。
奏汰は彼への恋心を隠さずともカイを独占しようとする素振りは見せなかったので、今まで上手いこと関係を続けてきた。
「俺はない」
カイはさっさと奏汰に背を向けて革靴を履き出した。その背後に立ちながら奏汰は、
「もう君に連絡するのやめようと思う」
と告げたのだが、
「あっそ…」
とカイはすげなく返事をした。理由を聞いてもくれなかった。もちろん、そんなカイの言動など予想していた範疇だった。嫉妬もしないし寂しがってもくれないことは分かっていた。
「ちゃんと大事にしたいなって思える子ができて…」
それでも奏汰はきちんとカイに別れを告げたかった。高校二年生の時に出会ってからずっと恋をしていたのだ。自分なりにけじめをつけないと引きずってしまいそうだった。カイにとっては迷惑な行為だとよく分かっている。
「そう言っていつもすぐ別れて連絡してくるけどな…。なんなら付き合ってる最中でも連絡よこすくせに」
カイは呆れたように言った。カイが言っていることは事実だ。奏汰は今までにも何度か実らない恋をし続けるより、恋人を作ろうと努力してきたのだが、結局すぐ別れた。酷い時には誰かと付き合いながらもカイに会っていた。そうしていつも、カイは一体他の男達と何が違うのだろうと考えていた。
けれど、光輝と付き合っている間、奏汰はカイに一切連絡を取らなかった。もちろん、カイには会いたかった。むしろ、光輝とのぬるいセックスをするたびにカイに抱かれたくなっていた。
しかし、光輝はことあるごとに『セフレの人』と言ってカイと勝手に張り合っていたし、口には出さないがなんとなく未だに関係を持っているのか探っているのが分かっていた。下手したらバレそうと思ったり、バレたら面倒そうと思った。でも何よりも光輝が嘆き悲しむ様を見たくなかった。それはやってはいけないことだ、と思えた。
それでも奏汰は光輝の言いつけを守れずに連絡先を消せないでいたし、次にカイに会うのは光輝と別れた後、どうせ一ヵ月くらいの試用期間だし、と思う日々だった。
しかし奏汰はちゃんとカイと縁を切ろうと思った。テスト前に会った最後の夜、光輝との距離が確かに縮んだのを実感した。いや、距離が縮んだというより、自分の中に踏み込むことを許せたような感覚だ。光輝なら大丈夫かもしれない、と思えた。
あの子を安心させてあげたかった。もう叶わない恋をするより、自分に恋をしてくれる人を大事にしてみたかった。だからその日のうちにカイとけじめをつけるために『会いたい』と連絡をしたのだ。
「……もしその人と別れてもカイ君にはもう連絡しない…本当に会うのはこれで最後にしようと思って…最後にきちんとお礼が言いたくて…カイくんにはすごくお世話になったから…」
奏汰はドアノブに手をかけて出て行きそうなカイの腕の掴んだ。泣きそうになった。カイに触れられるのも声を聴けるのも顔を見れるのもこれが最後だ。連絡をしなければ何の連絡もよこさない彼と二度と会うことはないだろう。
(きちんと諦めるんだ。大丈夫、大丈夫…俺にはコウくんがいる。あの子を大切にするんだ…。カイくんがいなくても大丈夫な自分になれ…)
カイは奏汰にとって神様だった。恋心というより信仰心に近かった。ずっと彼に救われ続けてきた。その拠り所を失うのは怖い。
「じゃあな」
カイはしばらく無言で奏汰を見つめていたが、するっと腕を抜いてドアを開けてしまった。
「あっ」
夏の熱気が押し寄せた。
「カイくんっ」
奏汰は去り行くカイに抱き着いて唇を押し付けた。ああ、隣の人が出てきたらどうしよう、とか思いながら。
「ありがとう。すごく好きだったよ」
「……はいはい、お幸せに」
彼は振り向きもせずに行ってしまった。
バタンと扉を閉めると、冷房の効いた室内の冷気に体が包まれ気持ちが緩む。奏汰はふらふらと脱力したようにベッドに腰かけると眼鏡を外した。涙が数滴、レンズについてしまっていた。
(ああ、やっとさよならできた…)
奏汰の心は寂寥感よりも解放感を感じていた。意外と、大丈夫だな…と思いながら眼鏡を拭いていると、ふいにインターホンが鳴った。
「?」
カイが何か忘れ物をしたのだろうか。急いで扉を開けると、光輝が立っていた。奏汰は一瞬、心臓が飛び跳ねそうになったが、何事もなかったかのように笑顔を作った。
「あれ、早かったね?夕方に来ると思ってた」
今日は光輝もテスト期間を終えて、夕方頃から会う予定になっていた。本当はもっと前にカイと別れを告げたかったのだが、彼の都合がつかず同日になってしまった。もう少し早く到着したら修羅場になっていたかもしれない…と奏汰は内心ヒヤヒヤした。
「すみません…レポート、早く出せちゃったから…」
光輝はなぜか言い訳するように話した。
「そうだったんだ、お疲れ」
「…一応連絡入れたんですけど…」
「え、あ、ごめんね。掃除してて気づかなかったよ。まあ、とにかく上がって」
光輝は奏汰の部屋の中に入る。光輝はパンパンになったスーパーの袋をどさりと玄関に置いた。この暑い中、色々買い出しをしてきたらしい。相変わらず献身的だなあと奏汰は苦笑する。
「…………」
しかし光輝は浮かない顔をしていた。いつもは部屋に入るなり、抱き着いてくるのに光輝は玄関から靴を脱がずに俯いて突っ立っていた。
「コウくん、大丈夫?気分悪い?」
なんとなく顔色が良くない。熱中症にでもなったのではないかと奏汰は慌てて光輝の額に手を乗せようとした。
しかし、バシっと音を立てて手をはたかれてしまった。はたかれた手の痛みが後からジンと出てきた。
「どうしたの…?」
「すみません…無理……」
「え!?」
光輝は突然踵を返して部屋を出て行ってしまった。一瞬呆気に取られて茫然としてしまったが、奏汰は慌てて光輝を追いかけた。
(急になんで!?)
いや、理由なんて一つしかないだろう。多分、見られていたのだ。
奏汰の思う通り光輝は、奏汰とカイが別れるところを目撃していた。タイミングが悪かった。
先ほど光輝はアパートを訪ねると急に奏汰の部屋のドアが開いたものだから慌てて死角になりそうな場所に隠れた。奏汰にとって自分は誰に見られても都合が悪いと思ったのだ。
少し離れた場所で様子を窺っていると、知らない男が出てきた。奏汰よりもでかくて年上に見えた。奏汰はその男にふいに抱き着くと、人目も憚らずキスをし出した。奏汰からしているように見えた。そのまま二人はさらっと別れてしまった。何を話しているかは全く分からなかった。
(え、何、誰?誰?誰?いや、多分、きっと、あの人が『カイくん』だ…)
周りの景色がぐるんぐるんと捻じれていくような感覚がした。ずっと不安だった。果たして奏汰は『カイくん』とはどうなったのだろう。まだ会ったり連絡を取っているのだろうか。怖くて聞けなかった。
けれど試験前の夜、確かに気持ちが通じ合ったような気がしたのだ。今までなかったような感覚がしたのを覚えている。互いの気持ちが、互いの心を行き来しているような感覚。やっと奏汰の心の一部を手に入れたような気がしていたのだ。
(俺だけそう思ってた?)
その後、奏汰に問いただそうと部屋を訪れたのだが、奏汰を直接見るとなんだか奏汰がぐにゃっと歪んで見えた。笑顔が怖かった。優しい声音に寒気がした。気持ち悪くなってしまった。そして奏汰の前から逃げた。
奏汰は意外とあっさりと光輝に追いついた。元々光輝は体育会系ではないので、体力も筋力も奏汰の方が断然上だった。奏汰は光輝が逃げないように強い力で彼の腕を掴んだ。
「つかま…えた…」
猛暑の中走ったせいで一瞬でTシャツがびしょびしょになった。お互いゼェハァ息をしている。喉が乾いてヒリヒリした。通行人がやや不審そうな目でこちらを見ながら通り過ぎて行った。
奏汰は急いで息を整えると、申し開きをすべく口を開く。
「俺の話、聞いてくれよ!カイくんとは」
「触んな!!」
振りほどいた勢いで光輝の手が奏汰の頬にクリーンヒットした。
「いってぇ!!」
涙が滲むほど痛んだが、光輝も泣き出しそうな顔で奏汰を睨みつけていた。そんな怖い顔をした光輝を初めて見た奏汰は驚いて一瞬固まってしまった。
「もう、いい!!奏汰さんとは付き合いたくない!!」
「は?」
とカイが怒ったような声を出したのは午後十二時を回ったあたりのことだった。覚悟はしていたが奏汰は冷や汗をかく。カイは奏汰の家に入るなり玄関先で奏汰を押し倒して、事に及ぼうとしたのだが、それを奏汰が拒んだのだ。
灼熱の太陽を浴びて奏汰の家まで訪れたカイの体は、大量の汗が噴き出ていてワイシャツを濡らしていた。汗の匂いと肌の熱さに奏汰は一瞬で酩酊するような気分に陥ったが、どうにか堪えた。
「ヤらないなら会わないって何度も言ってるよな」
カイは奏汰から体を離して立ち上がった。彼はあらゆる男と体の関係を気軽に持つのだが、変なところで紳士で、決して未成年には手を出さないし、拒否をしたらそれ以上は何もしない。性行為でも常にセーファーセックスを心掛けていた。性に限らずカイは自由人だったが、自分の美学に異様に従順で、その奔放さと一貫性のある性分が様々な人を虜にしていることを奏汰は知っている。
「ごめん…それはもちろん分かってるけど…」
奏汰は玄関の廊下で押し倒されたはずみで、尻もちをついたまま、しどろもどろ弁解しようとした。奏汰も背が高く筋肉質だが、カイはそれ以上だ。野性的な雰囲気と相まって妙に威圧感がある。
カイは日々鍛えていて、今日も着用しているビジネス着のワイシャツとスラックスはパツパツで破けそうなほどだ。その体のラインが奏汰はとても好きだった。
「はぁ…」
カイは面倒そうにため息をつくと、革で出来たブリーフケースを掴んで出て行こうとした。
カイは自分のことを一切話さないので何の仕事をしているか知らないが、どこぞの営業マンではないかと奏汰は睨んでいた。もしかしたら、というかきっと仕事中に抜け出して来てくれたのだろう。
「待って!君に話したいことがあって」
今日は、奏汰がどうしても会いたいと連絡をして無理を言って来てもらったのだ。今日この日に一時間だけなら、とこんな昼間に立ち寄ってもらった。
カイとしては奏汰とサクッとセックスをして帰ろうと思っていたのだろう。彼は食事やお茶などデートのようなことには一切応じない。それどころか、雑談する時間さえも惜しむ。
ヤらないなら会わない、束縛しようとしたら二度と会わない。と最初の方に釘を刺された。
奏汰は彼への恋心を隠さずともカイを独占しようとする素振りは見せなかったので、今まで上手いこと関係を続けてきた。
「俺はない」
カイはさっさと奏汰に背を向けて革靴を履き出した。その背後に立ちながら奏汰は、
「もう君に連絡するのやめようと思う」
と告げたのだが、
「あっそ…」
とカイはすげなく返事をした。理由を聞いてもくれなかった。もちろん、そんなカイの言動など予想していた範疇だった。嫉妬もしないし寂しがってもくれないことは分かっていた。
「ちゃんと大事にしたいなって思える子ができて…」
それでも奏汰はきちんとカイに別れを告げたかった。高校二年生の時に出会ってからずっと恋をしていたのだ。自分なりにけじめをつけないと引きずってしまいそうだった。カイにとっては迷惑な行為だとよく分かっている。
「そう言っていつもすぐ別れて連絡してくるけどな…。なんなら付き合ってる最中でも連絡よこすくせに」
カイは呆れたように言った。カイが言っていることは事実だ。奏汰は今までにも何度か実らない恋をし続けるより、恋人を作ろうと努力してきたのだが、結局すぐ別れた。酷い時には誰かと付き合いながらもカイに会っていた。そうしていつも、カイは一体他の男達と何が違うのだろうと考えていた。
けれど、光輝と付き合っている間、奏汰はカイに一切連絡を取らなかった。もちろん、カイには会いたかった。むしろ、光輝とのぬるいセックスをするたびにカイに抱かれたくなっていた。
しかし、光輝はことあるごとに『セフレの人』と言ってカイと勝手に張り合っていたし、口には出さないがなんとなく未だに関係を持っているのか探っているのが分かっていた。下手したらバレそうと思ったり、バレたら面倒そうと思った。でも何よりも光輝が嘆き悲しむ様を見たくなかった。それはやってはいけないことだ、と思えた。
それでも奏汰は光輝の言いつけを守れずに連絡先を消せないでいたし、次にカイに会うのは光輝と別れた後、どうせ一ヵ月くらいの試用期間だし、と思う日々だった。
しかし奏汰はちゃんとカイと縁を切ろうと思った。テスト前に会った最後の夜、光輝との距離が確かに縮んだのを実感した。いや、距離が縮んだというより、自分の中に踏み込むことを許せたような感覚だ。光輝なら大丈夫かもしれない、と思えた。
あの子を安心させてあげたかった。もう叶わない恋をするより、自分に恋をしてくれる人を大事にしてみたかった。だからその日のうちにカイとけじめをつけるために『会いたい』と連絡をしたのだ。
「……もしその人と別れてもカイ君にはもう連絡しない…本当に会うのはこれで最後にしようと思って…最後にきちんとお礼が言いたくて…カイくんにはすごくお世話になったから…」
奏汰はドアノブに手をかけて出て行きそうなカイの腕の掴んだ。泣きそうになった。カイに触れられるのも声を聴けるのも顔を見れるのもこれが最後だ。連絡をしなければ何の連絡もよこさない彼と二度と会うことはないだろう。
(きちんと諦めるんだ。大丈夫、大丈夫…俺にはコウくんがいる。あの子を大切にするんだ…。カイくんがいなくても大丈夫な自分になれ…)
カイは奏汰にとって神様だった。恋心というより信仰心に近かった。ずっと彼に救われ続けてきた。その拠り所を失うのは怖い。
「じゃあな」
カイはしばらく無言で奏汰を見つめていたが、するっと腕を抜いてドアを開けてしまった。
「あっ」
夏の熱気が押し寄せた。
「カイくんっ」
奏汰は去り行くカイに抱き着いて唇を押し付けた。ああ、隣の人が出てきたらどうしよう、とか思いながら。
「ありがとう。すごく好きだったよ」
「……はいはい、お幸せに」
彼は振り向きもせずに行ってしまった。
バタンと扉を閉めると、冷房の効いた室内の冷気に体が包まれ気持ちが緩む。奏汰はふらふらと脱力したようにベッドに腰かけると眼鏡を外した。涙が数滴、レンズについてしまっていた。
(ああ、やっとさよならできた…)
奏汰の心は寂寥感よりも解放感を感じていた。意外と、大丈夫だな…と思いながら眼鏡を拭いていると、ふいにインターホンが鳴った。
「?」
カイが何か忘れ物をしたのだろうか。急いで扉を開けると、光輝が立っていた。奏汰は一瞬、心臓が飛び跳ねそうになったが、何事もなかったかのように笑顔を作った。
「あれ、早かったね?夕方に来ると思ってた」
今日は光輝もテスト期間を終えて、夕方頃から会う予定になっていた。本当はもっと前にカイと別れを告げたかったのだが、彼の都合がつかず同日になってしまった。もう少し早く到着したら修羅場になっていたかもしれない…と奏汰は内心ヒヤヒヤした。
「すみません…レポート、早く出せちゃったから…」
光輝はなぜか言い訳するように話した。
「そうだったんだ、お疲れ」
「…一応連絡入れたんですけど…」
「え、あ、ごめんね。掃除してて気づかなかったよ。まあ、とにかく上がって」
光輝は奏汰の部屋の中に入る。光輝はパンパンになったスーパーの袋をどさりと玄関に置いた。この暑い中、色々買い出しをしてきたらしい。相変わらず献身的だなあと奏汰は苦笑する。
「…………」
しかし光輝は浮かない顔をしていた。いつもは部屋に入るなり、抱き着いてくるのに光輝は玄関から靴を脱がずに俯いて突っ立っていた。
「コウくん、大丈夫?気分悪い?」
なんとなく顔色が良くない。熱中症にでもなったのではないかと奏汰は慌てて光輝の額に手を乗せようとした。
しかし、バシっと音を立てて手をはたかれてしまった。はたかれた手の痛みが後からジンと出てきた。
「どうしたの…?」
「すみません…無理……」
「え!?」
光輝は突然踵を返して部屋を出て行ってしまった。一瞬呆気に取られて茫然としてしまったが、奏汰は慌てて光輝を追いかけた。
(急になんで!?)
いや、理由なんて一つしかないだろう。多分、見られていたのだ。
奏汰の思う通り光輝は、奏汰とカイが別れるところを目撃していた。タイミングが悪かった。
先ほど光輝はアパートを訪ねると急に奏汰の部屋のドアが開いたものだから慌てて死角になりそうな場所に隠れた。奏汰にとって自分は誰に見られても都合が悪いと思ったのだ。
少し離れた場所で様子を窺っていると、知らない男が出てきた。奏汰よりもでかくて年上に見えた。奏汰はその男にふいに抱き着くと、人目も憚らずキスをし出した。奏汰からしているように見えた。そのまま二人はさらっと別れてしまった。何を話しているかは全く分からなかった。
(え、何、誰?誰?誰?いや、多分、きっと、あの人が『カイくん』だ…)
周りの景色がぐるんぐるんと捻じれていくような感覚がした。ずっと不安だった。果たして奏汰は『カイくん』とはどうなったのだろう。まだ会ったり連絡を取っているのだろうか。怖くて聞けなかった。
けれど試験前の夜、確かに気持ちが通じ合ったような気がしたのだ。今までなかったような感覚がしたのを覚えている。互いの気持ちが、互いの心を行き来しているような感覚。やっと奏汰の心の一部を手に入れたような気がしていたのだ。
(俺だけそう思ってた?)
その後、奏汰に問いただそうと部屋を訪れたのだが、奏汰を直接見るとなんだか奏汰がぐにゃっと歪んで見えた。笑顔が怖かった。優しい声音に寒気がした。気持ち悪くなってしまった。そして奏汰の前から逃げた。
奏汰は意外とあっさりと光輝に追いついた。元々光輝は体育会系ではないので、体力も筋力も奏汰の方が断然上だった。奏汰は光輝が逃げないように強い力で彼の腕を掴んだ。
「つかま…えた…」
猛暑の中走ったせいで一瞬でTシャツがびしょびしょになった。お互いゼェハァ息をしている。喉が乾いてヒリヒリした。通行人がやや不審そうな目でこちらを見ながら通り過ぎて行った。
奏汰は急いで息を整えると、申し開きをすべく口を開く。
「俺の話、聞いてくれよ!カイくんとは」
「触んな!!」
振りほどいた勢いで光輝の手が奏汰の頬にクリーンヒットした。
「いってぇ!!」
涙が滲むほど痛んだが、光輝も泣き出しそうな顔で奏汰を睨みつけていた。そんな怖い顔をした光輝を初めて見た奏汰は驚いて一瞬固まってしまった。
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