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第27話 奏汰の迷走(2)
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結局、あの後光輝は再び走り去ってしまったので、奏汰は仕方なく一人家に戻った。今は何を言っても無駄だと思ったのだ。
家に戻ると玄関先に買い物袋がぽつねんと置いてあった。中には光輝がスーパーで買ってきたであろう食材が詰まっていた。仕方なくそれを冷蔵庫にしまう。野菜や肉や豆腐の他に、二人で食べるつもりだったのか安い棒アイスが二本入っていたのだが、ほとんど液体になってしまっていた。再び凍らせても食べにくいばかりだろう。奏汰はそのまま流しに放置した。
「ふーーーっ」
奏汰はベッドとローテーブルの間に体を収めると電子タバコを吸って吐いた。
光輝にカイときちんと別れたことを告げて安心させてあげたかった。きっととても喜んだだろう。それから夏休みの計画なんかも立てたかった。光輝とはデートらしいデートをしてあげていない。どっか行こうかと提案したら、それもきっと喜んだだろう。
その様子を想像して今日会うのを楽しみにしてたのに、なんでこんなことになったのか。
いや、なんでも何もない。自分の軽率な行動が招いたことだ。でもあのキスは何も疚しい気持ちはなかった。別れの挨拶のようなものだった。しかし、光輝にとっては何を言っても言い訳だろう。
けれど、話くらい聞いてくれたって、と奏汰は後悔とともに軽い怒りのようなものも湧いていた。自分が悪いのだから怒る資格などないのだが、自分がどのくらいの覚悟でカイと決別したと思っているのだろうか?そんなこと光輝は知る由もないのだが、知ってくれたっていいじゃないか、と思ってしまう。
光輝に知って欲しい。光輝を大切にしようと思ったことを。
光輝のたどたどしい手が恋しい。奏汰はハァとため息をついた。
「マジか……」
光輝の怒った顔が脳裏から離れない。
「マジか…」
孤独な時、辛い時、癒されたい時、思い出すのはカイだったのに、今は光輝が思い浮かんでくる。
「そうか……」
奏汰は電子タバコを吸い込んでふーっと息を吐いた。
「…こんなに好きになってたのか……」
しかし、何度かけても光輝は電話に出ないし、メッセージは既読にならなかった。
七月も終わりを迎えようとしている。
翌週、奏汰は大学に赴いた。試験期間は終わり夏季休暇に入った生徒も多く、人影はまばらだ。
しかし、光輝は英語だけはテスト返却があるから今日は学校に行くと言っていた。その後に家に来ると言っていたので奏汰は覚えていた。
あらかじめ教室を調べておいた奏汰は、教室の出口が見える場所でこそっと立ってテスト返却が終わるのを待った。教室の中の生徒達はもう目先の夏休みのことしか考えていないのは明白で、気だるそうに時が過ぎるのを待っていた。
光輝のこともちらりと垣間見たが、彼は真剣に耳を傾けて何かを書き込んでいた。そういえば勉強は嫌いじゃないと言っていた。久しぶりに見る光輝の顔に胸が苦しくなる。この数日間、彼は何をしていたのだろう。
奏汰がぼけっと窓の外を見て時間を潰していると急に教室がざわざわと騒がしくなった。本来の授業終了時間よりも早くお開きになったらしい。帰り支度を終えた生徒たちがだらだらと教室から排出されていく。
慌てて光輝の姿を探すと、彼は談笑し合うクラスメイトとは挨拶すらせずに一人で出てきた。光輝は知人友人を作る気があまりないようで、校内で見かけても大抵一人で行動していた。それに言及したことがあるが、「友達はもういい」としか言わなかったのでそれ以上は触れなかった。
学校ではあまり親しくしないで欲しいという奏汰の申し出を光輝は従順に守っていて、奏汰から声をかけたことは勿論なかったし、すれ違っても軽く挨拶をする程度だった。
そもそも大学内で出会うことは稀であったが、以前、光輝が一人でいる時に奏汰を偶然見かけたことがあった。昼休みにテラス席で昼食をとっていた時だ。光輝は遠くの方からちらちらと奏汰に視線を送っていたのだが、奏汰は友人と一緒だったので気づかないふりをして無視をしたことがある。
今思うと、なんて酷いことをしていたのだろうと奏汰は思う。あの時は光輝に寂しい思いをさせていることより、保身の方が大事だった。
「鳥羽!」
構内から外に出て、生徒たちが捌けてきたところで奏汰は光輝に声をかけた。
「……」
光輝は一瞬びっくりしたように振り向くが、目が合うとあからさまに嫌そうな顔をした。
「良かった、やっと会えた」
奏汰は抱きつきたくなったが、我慢して光輝に並ぶ。しかし、
「…あっ!」
光輝は無言で足の速度を早め、奏汰を置いて去ろうとしてした。
「ちょっと!」
奏汰は慌てて追いかける。あまり大学の敷地内で目立つことをしたくないが、仕方ない。
「待ってよ!話をしたいんだけど」
と肩を掴むが振り払われてしまった。
(だめだ、取り付く島もない…)
「ねぇ!」
奏汰は半ば自暴自棄になって呼びかけてから、
「光輝!」
光輝の名前を叫んだ。光輝の名を呼んだことはない。しかも人前で。人が少ないとはいえまだ大学の中だ。奏汰は恥ずかしくて周りを確認することもできなかった。
「……」
そこでやっと光輝は振り返った。とても困ったような顔をしていた。嬉しいやらムカついているやらで、どういう顔をしていいのか分からないといった顔だった。
「ちょっと話そ」
奏汰は光輝の腕をすかさず掴むと強引に引っ張っていった。
奏汰は光輝を半ば無理矢理、自宅の方向の電車に乗せて家に連れて帰ろうとした。光輝は無言で抵抗を示してきたが、あまりのしつこさに折れて途中から大人しくついてきた。
奏汰はまっすぐ家には帰らずにいつもと違う小道に入った。
しばらく歩くと洋菓子店に辿り着いた。パッと見は少しお洒落な一軒家のようで、住宅街に紛れている。看板が立っていなかったら気づかなかったかもしれない。店に入ると途端にバターと砂糖の甘い香りがする。ケーキ屋に入ったのはいつが最後か光輝は覚えていない。
「ケーキ買ってあげる。うちで食べよ」
と奏汰はにこにこしながら提案する。
道中、奏汰は必死に光輝のご機嫌を取ろうとしたのだが、
「…………」
光輝は黙ったままだった。
「コウくんは何にする?俺、ここのケーキ好きなんだ」
奏汰はうっとりとした顔でショーケースを見つめ出した。奏汰が甘いものを好きなことは光輝も知っていたが、思っていた以上のようで子供のように目を輝かせている。その顔に光輝は可愛いと思ってしまった。ショーケースの向こう側に立つ自分の母親くらいの女性も同じように思っているのか、にこにこしながら奏汰を見ていた。
十五時も過ぎていて、ショーケースの中身は売り切れているものも多かった。光輝はそこまで甘いものに興味がない。どれでも良かったが、あまりホイップやフルーツが盛り沢山ではないチョコレートケーキのようなものが目に入りそれを選んだ。
「…チョコ」
光輝がぶっきらぼうに答えると奏汰は嬉しそうに
「クラシックショコラだね」
と答えて注文してくれた。
家に帰ると奏汰はさっそくケーキを皿に出した。ケーキを買ってご機嫌になったのはむしろ奏汰の方だった。心なしか浮き浮きしているのが光輝にも見て取れた。
それが光輝には若干苛ついた。光輝は奏汰とカイのキスを目撃して以来、気分最悪なのだ。ケーキごときで直るわけがない。出されたケーキを見ているともっとムカムカしてきた。
「紅茶とコーヒーどっちがいい?」
と奏汰がお湯を沸かしながら振り向く。
「って、早っっ」
光輝の皿は既に空だった。一口で食べたのか、ハムスターのように光輝の頬が膨らんでいた。
「おひほうふぁふぁ!!」
ケーキを口に含んだまま、光輝は何かを叫んだ。ごちそうさまと言ったらしい。そしてそのまま帰ろうと玄関に行こうとする。
「待ってよ。ねぇ、ほんとにこの前はごめん」
奏汰は慌てて背後から光輝を抱きしめた。
「触んじゃねぇよ!きっしょいな!!」
光輝はゾッとして振り払った。あれ以来、奏汰がなんだか気持ち悪いのだ。あんなに好きだったのに。
「………」
対する奏汰は、光輝の拒絶がただ機嫌を損ねているだけでなく、生理的な嫌悪感を含んでいるのだと分かってしまい、ショックを受けた。それが顔に出ていた。
「……すみません…俺、帰ります」
光輝は居た堪れなくなり帰ろうとした。
「待って!」
しかしすぐに奏汰は光輝の肩を掴む。
「ねぇ、ほんとに、ちょっと話聞いて…」
奏汰は苦し気な声で言うと、
「うっ……」
と呻いて、その場にかがみ込んでしまった。
「奏汰さん?」
異常を察知した光輝は振り向いて奏汰を立ち上がらせようと屈んだ。奏汰は光輝に掴まって立ち上がろうとしたが、目眩を起こしたように光輝にふらりとしがみついた。
「………」
なんとか体は起こせたが、奏汰は具合を悪そうにしたまま光輝に抱きかかえられている。
「奏汰さん…熱ないですか?」
奏汰の顔色が悪い。そして体がポカポカしている。
光輝はとりあえず奏汰をベッドまで運ぶと横にさせた。
「熱中症ですかね…」
光輝は奏汰の額に手を乗せて熱を測る。だいぶ熱くなっていた。
「ごめん、俺ストレスとかショックなことがあると熱が出やすいんだ。でもすぐ治るから平気…」
と言っているが、とても平気には見えなかった。ここで奏汰を見捨てられるほど光輝も冷酷ではなかった。
「とにかく横になっててください。今、タオル冷やしてきますから」
ショックを受けて熱が出そうなのはこっちなのにと光輝は心の中で悪態をつきながら、タオルを水で濡らした。
「スポドリとかゼリーとか食いやすそうなモン入れておきましたから。あと一応解熱剤も」
その後、光輝は奏汰を着替えさせたり買い出しに行ってくれたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
熱があるのも相まって奏汰は気持ちがセンチメンタルになる。傷つけたのはこっちなのに熱を出して世話を焼かせている。情けなくて涙が出てくる。
「じゃあ俺は帰りますけど、大丈夫ですよね」
体温計を確認すると奏汰の熱は微熱程度までに下がっている。顔色もよくなっているし、これ以上悪化はしないだろう。
「待って、帰らないで。心細い…」
しかし奏汰は光輝の手を弱々しく掴む。
「えぇ…」
光輝は困ったような声を出した。実際困っている。もう帰りたいのだ。奏汰と話などしたくないのだ。
「ごめん…ごめんね…」
と奏汰は光輝の手を握ったまま、ぽろっと涙を零した。
「ちょ…泣かないでくださいよ…また熱出ますよ。とりあえず安静にしててください」
奏汰は自分が思っているよりずっと、脆くて気弱な面を持っているのかもしれないと光輝は思った。試験前にも、涙を見せた奏汰のことを愛しく思ったが、今もまた不覚にも心がぎゅんぎゅんと締め付けられている。
「帰らない?」
奏汰が子供のように甘えた声で光輝に問う。
「帰りませんから」
光輝は結局庇護欲に負けて、奏汰を寝かしつけるように奏汰の隣に横たわった。
家に戻ると玄関先に買い物袋がぽつねんと置いてあった。中には光輝がスーパーで買ってきたであろう食材が詰まっていた。仕方なくそれを冷蔵庫にしまう。野菜や肉や豆腐の他に、二人で食べるつもりだったのか安い棒アイスが二本入っていたのだが、ほとんど液体になってしまっていた。再び凍らせても食べにくいばかりだろう。奏汰はそのまま流しに放置した。
「ふーーーっ」
奏汰はベッドとローテーブルの間に体を収めると電子タバコを吸って吐いた。
光輝にカイときちんと別れたことを告げて安心させてあげたかった。きっととても喜んだだろう。それから夏休みの計画なんかも立てたかった。光輝とはデートらしいデートをしてあげていない。どっか行こうかと提案したら、それもきっと喜んだだろう。
その様子を想像して今日会うのを楽しみにしてたのに、なんでこんなことになったのか。
いや、なんでも何もない。自分の軽率な行動が招いたことだ。でもあのキスは何も疚しい気持ちはなかった。別れの挨拶のようなものだった。しかし、光輝にとっては何を言っても言い訳だろう。
けれど、話くらい聞いてくれたって、と奏汰は後悔とともに軽い怒りのようなものも湧いていた。自分が悪いのだから怒る資格などないのだが、自分がどのくらいの覚悟でカイと決別したと思っているのだろうか?そんなこと光輝は知る由もないのだが、知ってくれたっていいじゃないか、と思ってしまう。
光輝に知って欲しい。光輝を大切にしようと思ったことを。
光輝のたどたどしい手が恋しい。奏汰はハァとため息をついた。
「マジか……」
光輝の怒った顔が脳裏から離れない。
「マジか…」
孤独な時、辛い時、癒されたい時、思い出すのはカイだったのに、今は光輝が思い浮かんでくる。
「そうか……」
奏汰は電子タバコを吸い込んでふーっと息を吐いた。
「…こんなに好きになってたのか……」
しかし、何度かけても光輝は電話に出ないし、メッセージは既読にならなかった。
七月も終わりを迎えようとしている。
翌週、奏汰は大学に赴いた。試験期間は終わり夏季休暇に入った生徒も多く、人影はまばらだ。
しかし、光輝は英語だけはテスト返却があるから今日は学校に行くと言っていた。その後に家に来ると言っていたので奏汰は覚えていた。
あらかじめ教室を調べておいた奏汰は、教室の出口が見える場所でこそっと立ってテスト返却が終わるのを待った。教室の中の生徒達はもう目先の夏休みのことしか考えていないのは明白で、気だるそうに時が過ぎるのを待っていた。
光輝のこともちらりと垣間見たが、彼は真剣に耳を傾けて何かを書き込んでいた。そういえば勉強は嫌いじゃないと言っていた。久しぶりに見る光輝の顔に胸が苦しくなる。この数日間、彼は何をしていたのだろう。
奏汰がぼけっと窓の外を見て時間を潰していると急に教室がざわざわと騒がしくなった。本来の授業終了時間よりも早くお開きになったらしい。帰り支度を終えた生徒たちがだらだらと教室から排出されていく。
慌てて光輝の姿を探すと、彼は談笑し合うクラスメイトとは挨拶すらせずに一人で出てきた。光輝は知人友人を作る気があまりないようで、校内で見かけても大抵一人で行動していた。それに言及したことがあるが、「友達はもういい」としか言わなかったのでそれ以上は触れなかった。
学校ではあまり親しくしないで欲しいという奏汰の申し出を光輝は従順に守っていて、奏汰から声をかけたことは勿論なかったし、すれ違っても軽く挨拶をする程度だった。
そもそも大学内で出会うことは稀であったが、以前、光輝が一人でいる時に奏汰を偶然見かけたことがあった。昼休みにテラス席で昼食をとっていた時だ。光輝は遠くの方からちらちらと奏汰に視線を送っていたのだが、奏汰は友人と一緒だったので気づかないふりをして無視をしたことがある。
今思うと、なんて酷いことをしていたのだろうと奏汰は思う。あの時は光輝に寂しい思いをさせていることより、保身の方が大事だった。
「鳥羽!」
構内から外に出て、生徒たちが捌けてきたところで奏汰は光輝に声をかけた。
「……」
光輝は一瞬びっくりしたように振り向くが、目が合うとあからさまに嫌そうな顔をした。
「良かった、やっと会えた」
奏汰は抱きつきたくなったが、我慢して光輝に並ぶ。しかし、
「…あっ!」
光輝は無言で足の速度を早め、奏汰を置いて去ろうとしてした。
「ちょっと!」
奏汰は慌てて追いかける。あまり大学の敷地内で目立つことをしたくないが、仕方ない。
「待ってよ!話をしたいんだけど」
と肩を掴むが振り払われてしまった。
(だめだ、取り付く島もない…)
「ねぇ!」
奏汰は半ば自暴自棄になって呼びかけてから、
「光輝!」
光輝の名前を叫んだ。光輝の名を呼んだことはない。しかも人前で。人が少ないとはいえまだ大学の中だ。奏汰は恥ずかしくて周りを確認することもできなかった。
「……」
そこでやっと光輝は振り返った。とても困ったような顔をしていた。嬉しいやらムカついているやらで、どういう顔をしていいのか分からないといった顔だった。
「ちょっと話そ」
奏汰は光輝の腕をすかさず掴むと強引に引っ張っていった。
奏汰は光輝を半ば無理矢理、自宅の方向の電車に乗せて家に連れて帰ろうとした。光輝は無言で抵抗を示してきたが、あまりのしつこさに折れて途中から大人しくついてきた。
奏汰はまっすぐ家には帰らずにいつもと違う小道に入った。
しばらく歩くと洋菓子店に辿り着いた。パッと見は少しお洒落な一軒家のようで、住宅街に紛れている。看板が立っていなかったら気づかなかったかもしれない。店に入ると途端にバターと砂糖の甘い香りがする。ケーキ屋に入ったのはいつが最後か光輝は覚えていない。
「ケーキ買ってあげる。うちで食べよ」
と奏汰はにこにこしながら提案する。
道中、奏汰は必死に光輝のご機嫌を取ろうとしたのだが、
「…………」
光輝は黙ったままだった。
「コウくんは何にする?俺、ここのケーキ好きなんだ」
奏汰はうっとりとした顔でショーケースを見つめ出した。奏汰が甘いものを好きなことは光輝も知っていたが、思っていた以上のようで子供のように目を輝かせている。その顔に光輝は可愛いと思ってしまった。ショーケースの向こう側に立つ自分の母親くらいの女性も同じように思っているのか、にこにこしながら奏汰を見ていた。
十五時も過ぎていて、ショーケースの中身は売り切れているものも多かった。光輝はそこまで甘いものに興味がない。どれでも良かったが、あまりホイップやフルーツが盛り沢山ではないチョコレートケーキのようなものが目に入りそれを選んだ。
「…チョコ」
光輝がぶっきらぼうに答えると奏汰は嬉しそうに
「クラシックショコラだね」
と答えて注文してくれた。
家に帰ると奏汰はさっそくケーキを皿に出した。ケーキを買ってご機嫌になったのはむしろ奏汰の方だった。心なしか浮き浮きしているのが光輝にも見て取れた。
それが光輝には若干苛ついた。光輝は奏汰とカイのキスを目撃して以来、気分最悪なのだ。ケーキごときで直るわけがない。出されたケーキを見ているともっとムカムカしてきた。
「紅茶とコーヒーどっちがいい?」
と奏汰がお湯を沸かしながら振り向く。
「って、早っっ」
光輝の皿は既に空だった。一口で食べたのか、ハムスターのように光輝の頬が膨らんでいた。
「おひほうふぁふぁ!!」
ケーキを口に含んだまま、光輝は何かを叫んだ。ごちそうさまと言ったらしい。そしてそのまま帰ろうと玄関に行こうとする。
「待ってよ。ねぇ、ほんとにこの前はごめん」
奏汰は慌てて背後から光輝を抱きしめた。
「触んじゃねぇよ!きっしょいな!!」
光輝はゾッとして振り払った。あれ以来、奏汰がなんだか気持ち悪いのだ。あんなに好きだったのに。
「………」
対する奏汰は、光輝の拒絶がただ機嫌を損ねているだけでなく、生理的な嫌悪感を含んでいるのだと分かってしまい、ショックを受けた。それが顔に出ていた。
「……すみません…俺、帰ります」
光輝は居た堪れなくなり帰ろうとした。
「待って!」
しかしすぐに奏汰は光輝の肩を掴む。
「ねぇ、ほんとに、ちょっと話聞いて…」
奏汰は苦し気な声で言うと、
「うっ……」
と呻いて、その場にかがみ込んでしまった。
「奏汰さん?」
異常を察知した光輝は振り向いて奏汰を立ち上がらせようと屈んだ。奏汰は光輝に掴まって立ち上がろうとしたが、目眩を起こしたように光輝にふらりとしがみついた。
「………」
なんとか体は起こせたが、奏汰は具合を悪そうにしたまま光輝に抱きかかえられている。
「奏汰さん…熱ないですか?」
奏汰の顔色が悪い。そして体がポカポカしている。
光輝はとりあえず奏汰をベッドまで運ぶと横にさせた。
「熱中症ですかね…」
光輝は奏汰の額に手を乗せて熱を測る。だいぶ熱くなっていた。
「ごめん、俺ストレスとかショックなことがあると熱が出やすいんだ。でもすぐ治るから平気…」
と言っているが、とても平気には見えなかった。ここで奏汰を見捨てられるほど光輝も冷酷ではなかった。
「とにかく横になっててください。今、タオル冷やしてきますから」
ショックを受けて熱が出そうなのはこっちなのにと光輝は心の中で悪態をつきながら、タオルを水で濡らした。
「スポドリとかゼリーとか食いやすそうなモン入れておきましたから。あと一応解熱剤も」
その後、光輝は奏汰を着替えさせたり買い出しに行ってくれたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
熱があるのも相まって奏汰は気持ちがセンチメンタルになる。傷つけたのはこっちなのに熱を出して世話を焼かせている。情けなくて涙が出てくる。
「じゃあ俺は帰りますけど、大丈夫ですよね」
体温計を確認すると奏汰の熱は微熱程度までに下がっている。顔色もよくなっているし、これ以上悪化はしないだろう。
「待って、帰らないで。心細い…」
しかし奏汰は光輝の手を弱々しく掴む。
「えぇ…」
光輝は困ったような声を出した。実際困っている。もう帰りたいのだ。奏汰と話などしたくないのだ。
「ごめん…ごめんね…」
と奏汰は光輝の手を握ったまま、ぽろっと涙を零した。
「ちょ…泣かないでくださいよ…また熱出ますよ。とりあえず安静にしててください」
奏汰は自分が思っているよりずっと、脆くて気弱な面を持っているのかもしれないと光輝は思った。試験前にも、涙を見せた奏汰のことを愛しく思ったが、今もまた不覚にも心がぎゅんぎゅんと締め付けられている。
「帰らない?」
奏汰が子供のように甘えた声で光輝に問う。
「帰りませんから」
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