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第33話 お望み通りに(3)
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「お邪魔します…」
「い、いらっしゃい…」
しまった、声が上擦った。と奏汰は密かに顔を赤くした。
八月下旬の土曜日の夕方、光輝は奏汰の家を再び訪れた。『泊まりに行ってもいい?』と連絡をよこした光輝に、奏汰は二つ返事でOKした。
「なんか…久しぶりに来た…」
と呟きながら光輝は靴を脱ぐ。
外でのスキンシップを拒む奏汰に、光輝はいつも家の中に入りしなにべたべたとひっついてきたものだが、もう以前のように抱きついてくることはなかった。
前回会った水族館では手を握ってきたが、今日は再び距離を感じる。前進と後退を明確に感じ、恋愛とはこんなに難しいものだったのか、と奏汰は今日も複雑な思いを抱く。
「暑かったでしょ、シャワー浴びる?」
と言うと光輝は怪訝な顔をした。
「あ、ああっ、あの変な意味じゃないよ」
慌ててフォローを入れるが、光輝はさらに訝しげな目をして、
「そういうのはしないって言ったじゃないですか」
と言ってきた。
「分かってるよ」
と答えながら奏汰は少しだけしょんぼりした気持ちになった。泊まりたい、と言われて奏汰はほんの少しだけ『そういうこと』を期待をしていたのだ。
再度付き合う際に、結婚しろだの性行為抜きで付き合えだのと色々言われたが、結婚はともかく性行為に関しては本当に何もしていない。キス一つもしていない。水族館で手を繋いだだけだった。それも自分のせいでぶち壊してしまったのだが。
奏汰はそのプラトニックなお付き合いに承諾をしたものの半信半疑でいた。口をついて出てしまった言葉ではないかと。
以前はどちらかと言えば迫って来ていたのは常に光輝だった。奏汰から誘ったことは覚えている限りでは、一度もない。
もし光輝と今、抱き合うことができたら普通にできるのではないかと奏汰は思う。変なこと言ってもらわなくても、気を使ってもらわなくても気持ちが良い気がする。想い合っている人とのセックスはどれだけ気持ちが良いのか、知りたい。
「えーと、じゃあ、ちょっと早いけどご飯食べる?」
「え、うん…」
今日は奏汰が作ってあげると言っていたので、光輝は甘えることにした。
もてなされ慣れていない光輝はそわそわしながら、いつも奏汰が座っているローテーブルとベッドの間に座る。やることがないので狭いキッチンに立つ奏汰の後ろ姿を見た。黒いオーバーサイズのTシャツから伸びる長い腕や手首にかけて浮き出る骨や血管の筋をぼんやり眺めた。
スポーツをやっていただけあって奏汰の体は筋肉質だ。けれど肌は柔らかい。その掌で触れられるのは重くて温かくて気持ちが良かった。
初めて奏汰と出会った日を光輝は今でもたびたび思い出す。男の人に優しく扱われたのは初めてで、あの時の奏汰をずっと恋をしていた気がする。もう一度触れられたいという気持ちがないと言えば嘘になる。けれど、奏汰とは性欲を抜きにして好きなのか好かれているのかを知りたかった。
奏汰が用意してくれたのはエビとブロッコリーのパスタとベーコン入りのポテトサラダだった。和食派の光輝は普段作らないような料理だ。カフェで出てきそうな可愛い見た目をしていた。
パスタはくっついているところがあったし、ブロッコリーは茹で過ぎじゃないか?と思ったし、ポテトサラダは生っぽい部分があり歯触りが悪かったのだが、それでも自分のためだけに料理を用意してくれるということが親以外になかった光輝は、
「美味しい…」
と素直に漏らした。
「本当?よかった?」
とにこにこする奏汰を見て可愛いなと思ってしまう。心のどこかがむずむずする。
この愛おしいと思う気持ちと、もう落胆するのは嫌だという気持ちを共存させることができない。
しばらく世間話などしていたがやがて話の種が尽きて、沈黙してしまう。
「…………」
「…………」
奏汰が話を振らないと光輝は何も言わない。
「……あのあと大丈夫でしたか?」
何を話すか…と悩んでいたら光輝がふいに口を開いた。
「水族館の日?あの日は本当にごめんね。全然大丈…」
「俺と手繋いだから?」
光輝は奏汰に被せるように言った。
「…違うよ」
奏汰は目を伏せる。
「違うんだ。君は何も悪くない。俺が全部悪い」
「別に…責めてるわけじゃないけど……」
「どうしても…変な目で見られるのが怖くて…俺の地元、東京だけどほんと山と川しかないような田舎で…噂とかすぐ立つようなとこだし、そういう人たち全然いなかったし…自意識過剰だよね。ごめん」
「別に俺も全然平気ってわけじゃないけど…」
ご飯を食べ終わってしまった光輝は手慰みにもうつまめないポテトサラダの破片をつつく。
「でも奏汰さんかっこいいし、自慢したいとかそういう気持ちの方が強いから…」
と照れたように呟く光輝に奏汰も気恥ずかしくなる。だが、嬉しい。
奏汰が素直にその気持ちを口にしようとした時、光輝は
「でも奏汰さんは違うんだよね。俺が隣にいると恥ずかしいんだよね」
と続けた。そして、悲しそうな怒ったような目で奏汰を見た。
「そんなわけないよ!いきなりで驚いただけだよ。次は大丈夫だから。また手繋いでどっか行こう」
驚いて否定する奏汰だったが、奏汰は嘘をついている。と光輝は思った。なんとなく、取り繕っている奏汰が分かるようになってしまった。同時に、いかに自分が奏汰の見たくない部分を見ないようにしていたことも分かってしまう。
奏汰の欠点を見つけるたびに、光輝は自分のダメな部分も自覚させられてしまう。それを誤魔化すように奏汰を必要以上に責めたくなってしまう。
「じゃあ手繋いでるのが奏汰さんの好きだった人だったら?」
「えっ…」
奏汰は瞬間的にカイとあの場で手を繋いでいる場面をシミュレーションしてしまった。もしあの時横にいたのがカイで手を握ってきたらどうだろう。
彼だったら誰かに馬鹿にされても言い返してくれそうだし、その辺の男よりも男らしい。確かに自慢したい気持ちになるかもしれない。ありえないが、大丈夫かもしれないと思ったところで思考を停止させた。
「いや…その人の話はもうよそうよ。コウくんだって楽しくないでしょ」
「…………」
光輝は納得のいかない顔を隠しもしなかったが、それ以上何も言わなかった。
「い、いらっしゃい…」
しまった、声が上擦った。と奏汰は密かに顔を赤くした。
八月下旬の土曜日の夕方、光輝は奏汰の家を再び訪れた。『泊まりに行ってもいい?』と連絡をよこした光輝に、奏汰は二つ返事でOKした。
「なんか…久しぶりに来た…」
と呟きながら光輝は靴を脱ぐ。
外でのスキンシップを拒む奏汰に、光輝はいつも家の中に入りしなにべたべたとひっついてきたものだが、もう以前のように抱きついてくることはなかった。
前回会った水族館では手を握ってきたが、今日は再び距離を感じる。前進と後退を明確に感じ、恋愛とはこんなに難しいものだったのか、と奏汰は今日も複雑な思いを抱く。
「暑かったでしょ、シャワー浴びる?」
と言うと光輝は怪訝な顔をした。
「あ、ああっ、あの変な意味じゃないよ」
慌ててフォローを入れるが、光輝はさらに訝しげな目をして、
「そういうのはしないって言ったじゃないですか」
と言ってきた。
「分かってるよ」
と答えながら奏汰は少しだけしょんぼりした気持ちになった。泊まりたい、と言われて奏汰はほんの少しだけ『そういうこと』を期待をしていたのだ。
再度付き合う際に、結婚しろだの性行為抜きで付き合えだのと色々言われたが、結婚はともかく性行為に関しては本当に何もしていない。キス一つもしていない。水族館で手を繋いだだけだった。それも自分のせいでぶち壊してしまったのだが。
奏汰はそのプラトニックなお付き合いに承諾をしたものの半信半疑でいた。口をついて出てしまった言葉ではないかと。
以前はどちらかと言えば迫って来ていたのは常に光輝だった。奏汰から誘ったことは覚えている限りでは、一度もない。
もし光輝と今、抱き合うことができたら普通にできるのではないかと奏汰は思う。変なこと言ってもらわなくても、気を使ってもらわなくても気持ちが良い気がする。想い合っている人とのセックスはどれだけ気持ちが良いのか、知りたい。
「えーと、じゃあ、ちょっと早いけどご飯食べる?」
「え、うん…」
今日は奏汰が作ってあげると言っていたので、光輝は甘えることにした。
もてなされ慣れていない光輝はそわそわしながら、いつも奏汰が座っているローテーブルとベッドの間に座る。やることがないので狭いキッチンに立つ奏汰の後ろ姿を見た。黒いオーバーサイズのTシャツから伸びる長い腕や手首にかけて浮き出る骨や血管の筋をぼんやり眺めた。
スポーツをやっていただけあって奏汰の体は筋肉質だ。けれど肌は柔らかい。その掌で触れられるのは重くて温かくて気持ちが良かった。
初めて奏汰と出会った日を光輝は今でもたびたび思い出す。男の人に優しく扱われたのは初めてで、あの時の奏汰をずっと恋をしていた気がする。もう一度触れられたいという気持ちがないと言えば嘘になる。けれど、奏汰とは性欲を抜きにして好きなのか好かれているのかを知りたかった。
奏汰が用意してくれたのはエビとブロッコリーのパスタとベーコン入りのポテトサラダだった。和食派の光輝は普段作らないような料理だ。カフェで出てきそうな可愛い見た目をしていた。
パスタはくっついているところがあったし、ブロッコリーは茹で過ぎじゃないか?と思ったし、ポテトサラダは生っぽい部分があり歯触りが悪かったのだが、それでも自分のためだけに料理を用意してくれるということが親以外になかった光輝は、
「美味しい…」
と素直に漏らした。
「本当?よかった?」
とにこにこする奏汰を見て可愛いなと思ってしまう。心のどこかがむずむずする。
この愛おしいと思う気持ちと、もう落胆するのは嫌だという気持ちを共存させることができない。
しばらく世間話などしていたがやがて話の種が尽きて、沈黙してしまう。
「…………」
「…………」
奏汰が話を振らないと光輝は何も言わない。
「……あのあと大丈夫でしたか?」
何を話すか…と悩んでいたら光輝がふいに口を開いた。
「水族館の日?あの日は本当にごめんね。全然大丈…」
「俺と手繋いだから?」
光輝は奏汰に被せるように言った。
「…違うよ」
奏汰は目を伏せる。
「違うんだ。君は何も悪くない。俺が全部悪い」
「別に…責めてるわけじゃないけど……」
「どうしても…変な目で見られるのが怖くて…俺の地元、東京だけどほんと山と川しかないような田舎で…噂とかすぐ立つようなとこだし、そういう人たち全然いなかったし…自意識過剰だよね。ごめん」
「別に俺も全然平気ってわけじゃないけど…」
ご飯を食べ終わってしまった光輝は手慰みにもうつまめないポテトサラダの破片をつつく。
「でも奏汰さんかっこいいし、自慢したいとかそういう気持ちの方が強いから…」
と照れたように呟く光輝に奏汰も気恥ずかしくなる。だが、嬉しい。
奏汰が素直にその気持ちを口にしようとした時、光輝は
「でも奏汰さんは違うんだよね。俺が隣にいると恥ずかしいんだよね」
と続けた。そして、悲しそうな怒ったような目で奏汰を見た。
「そんなわけないよ!いきなりで驚いただけだよ。次は大丈夫だから。また手繋いでどっか行こう」
驚いて否定する奏汰だったが、奏汰は嘘をついている。と光輝は思った。なんとなく、取り繕っている奏汰が分かるようになってしまった。同時に、いかに自分が奏汰の見たくない部分を見ないようにしていたことも分かってしまう。
奏汰の欠点を見つけるたびに、光輝は自分のダメな部分も自覚させられてしまう。それを誤魔化すように奏汰を必要以上に責めたくなってしまう。
「じゃあ手繋いでるのが奏汰さんの好きだった人だったら?」
「えっ…」
奏汰は瞬間的にカイとあの場で手を繋いでいる場面をシミュレーションしてしまった。もしあの時横にいたのがカイで手を握ってきたらどうだろう。
彼だったら誰かに馬鹿にされても言い返してくれそうだし、その辺の男よりも男らしい。確かに自慢したい気持ちになるかもしれない。ありえないが、大丈夫かもしれないと思ったところで思考を停止させた。
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