君とは付き合いたくない!

風崎なをき/次作は四月くらい

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第41話 付き合ってあげる(1)

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おばあちゃん、嫌だった!
全部嫌だったよ!
ねぇ聞いてるの!?

 「ごめんね」


 奏汰は目が覚めた時に自分が泣いていることに気づいた。心臓がバクバク鳴っていた。しかし夢の内容が思い出せない。何か嫌な夢を見たようだ。


「じゃあ、またね」
 奏汰は玄関先で見送る妹と母に挨拶をした。結局実家には二泊して三日目の今日、帰ることにした。
 父は今日は仕事でいない。父はまだ現役の高校教師だった。夏休みといえども、ほとんど毎日何かしらの仕事が入る。母も音楽教師をしていたのだが、祖母の認知症が悪化したと同時に現役から退いてしまった。今は非常勤講師をしている。それでも現役で教師をしていた頃より、かえって若々しく見えた。
「お正月とか帰ってきてよー!」
「えー、また足に使うつもりでしょ」
「だってまだ免許取れないんだから仕方ないじゃん!」
 歌音の生意気な言葉を受け流しながら、奏汰は家を出た。母親の「ご飯だけはしっかり食べてね」という声が耳をいつまでもくすぐった。

 最寄り駅は奏汰の足で二十分強だ。近くはないが、歩いていけない距離ではない。今日も残暑の太陽がじりじりと奏汰を焼くが、ほのかに秋の気配が混じった風が吹く。八月の終わりを感じながら、何もない国道をひたすら歩いた。
 
 電車に乗って地元を離れていくと寂しさを感じると同時にホッとした気持ちになる。体を強ばらせていたことに気づいて、奏汰は小さく肩を回した。
 電車の景色が移り変わり、ビルが見え始めてきた頃、奏汰は光輝に連絡をした。このあと家に直帰せずに光輝と待ち合わせをしていた。

 光輝と待ち合わせをした駅に着くと彼は既にぼんやりと駅の柱に身を預けていた。改札を出る前からすぐに分かった。ストライプのカットソーに黒いシャツを羽織り、カーキ色のパンツを履いていた。いつもモノクロの恰好しかしないのに珍しい。
 視界に入るとなぜだか気が緩んだ。ほんの数日しか会ってなかっただけなのに。奏汰はなぜかもったいないような気がして、少しの間だけ物陰から光輝を観察した。
 行き交う人々から離れて所在なげに佇んでいる光輝を見ていると最初に出会った時を思い出す。あの時もこんなふうに立っていた。出会い系を使って男に会うというのに浮き足立っている様子はなくむしろ寂しげに見えた。ああ、最初から彼の寂しげな雰囲気は好きだった。
 内向的な大人しい子なのかと思ったけれど、蓋を開けたら随分違った。積極的で純粋でちょっと変わっている男の子だった。付き合ってあげたら甲斐甲斐しくて夢みがちな子だった。振られたあとはとことん冷たくてぶっきらぼうだった。でもお人好しなところは隠し切れていなかった。たびたび体調を悪くする奏汰を随分献身的に世話をしてくれた。

 どれが本当の彼なのか未だによく分からない。どれも彼なのだろうと思う。


「ごめんね。わざわざ呼び出して」
 奏汰が声をかけると光輝は少しだけ顔の強張りを解いた。
「別に、大丈夫ですけど。むしろ奏汰さん大丈夫なんですか?実家帰ってきたばかりでしょ。疲れてるんじゃないんですか?」
 光輝の心配を受け流すように奏汰はふっと笑った。
「観覧車さ、乗りに行こうよ」
 と言って奏汰は歩き出した。光輝は慌てて追いかける。
「今からですか?暑いし、昼間ですよ」
 光輝はぎょっとしたように言う。確かに観覧車に乗る約束はしたけれど、今とは思わなかったのだ。
 奏汰は昼間、人の多い場所に一緒に出かけるのを嫌う。夏休みも終了間近のアミューズメントパークなんて奏汰が最も嫌う場所だ。意地悪な気持ちが働いてそういう場所に連れて行ったこともあるけれど…。
「確かに暑いけど…夜の方がよかった?」
 奏汰はまるで自分が心配をされているなんて見当もつかないかのように言う。
「別に…今でもいいですけど…」
 じゃあいいじゃない、と言って奏汰はさっさと駅から近くのアミューズメントパークに向かってしまった。


 奏汰と光輝の訪れた場所は都心にある有名なアミューズメント施設だ。商業施設やスパや野球場なども併設されていてあらゆる客層がいるため、男二人でいても特に目立っている様子もなかった。光輝は内心ホッとする。また具合でも悪くなられたら困る。
 残暑厳しい遊園地は、残りの夏休みを楽しむ小学生の家族や外国人で賑わっていた。観覧車はあまり人気がないのかそこまで人が並んでいない。
 数分待つだけですぐに乗れた。奏汰と光輝は向かい合って座った。
「観覧車なんて久しぶり」
 奏汰は少しだけはしゃいだように喋った。早速スマホを取り出して都心の景色を撮ろうとしていた。
「まあ、普通乗ろうなんて思いませんもんね」
「なんで観覧車乗りたかったの?」
 奏汰と光輝を乗せた狭い箱はぐんぐんと上に昇っていく。今日はよく晴れていて、日差しが眩しい。
「なんでって………ただちょっと憧れてて…観覧車も水族館も…いろいろ…」
 光輝は恥ずかしそうにぼそぼそ話す。
「ふふっ、コウくんらしいね」
 馬鹿にされたと思ったのか、光輝はムッとしたように黙った。
「可愛いなって思ったんだよ」
 奏汰はふっと笑ってフォローをいれる。これは本当だ。光輝は可愛い。最初から愚かしいほど純粋で可愛かった。でも今は愛おしいという気持ちが加わっている。
「…………」
 今度は照れたように光輝は黙る。

 しばらくお互い黙って外の景色を眺めていた。地上のビルがミニチュアのようにどんどん小さくなっていく。人間なんてほとんど点にしか見えない。奏汰はふと光輝に視線を戻してふいに尋ねる。
「ねぇ、なんで俺と会ってくれたの?」
「え?」
「一番最初。少しでもいいなって思うところがあったんでしょ?」
 光輝はそんな質問がくると思わず、しばらく奏汰の意図を探るように黙っていた。しかし奏汰はただ薄く微笑んでいるだけだった。
「……カナタさんは…いきなり性的なこととか聞いてこなかったし」
 光輝は俯き加減にぽそぽそ喋る。
「性的なこと?」
「サイズいくつとか、エロい写真くれとかさ…」
 光輝は気まずそうに目線を泳がす。アプリ内の会話ではよくある話だ。奏汰にも経験がある。
「あとシンプルに顔がいいです。背も高いし」
 容姿に気を使っている奏汰は褒められて悪い気はしない。
「こういう顔が好きなの?」
 少し調子に乗って問いかけるが、
「いや別に…」
 と素気なく返されてしまった。
「えっ」
 奏汰はそう返ってくるとは思わず、驚いた声を上げた。
「いえ、あの俺って好みのタイプとかなくって…俺のことちゃんと好きになってくれるなら誰でもいいやって感じで…」
「誰でも…」
「いや、変な意味じゃないですよ。ちゃんと俺のことだけすごく好きになってくれる人がいいんです。顔とか体型とかそんなのより……」
 光輝はあたふたしながら答える。付き合ってくれるなら誰でもいいという意味ではないのだ。
「俺はできるだけ普通の人生が欲しいんです。普通に男と女が出会って結婚して大きな病気とかしないで仕事して生活して一生を終える…みたいな。そういう生活に憧れてるんです」
 光輝はたいそうな夢を語っているかのようにだんだんと自信なさげに声を小さくさせる。心もとないのか両の手を握ったり離したりしてしきりに動かしている。地味で、誰にでも叶えられそうな夢なのに、まるで手が届かないように語る。

「だって普通って一番難しいじゃないですか……」

 そう言って、締めくくった。
 奏汰はなんと返していいか分からず少しだけ黙った。光輝の言葉の響きにはすでにそれを知ってしまったような重い響きがあった。軽々しくそんなことないよ、とは言ってはいけないような。
「…………随分老成してるんだね」
 あまりこの年で『普通』の生活が欲しい、なんて思う人間は珍しいのではないかと思う。十八歳など大体が何者かになりたくて、何にも染まりたくなくて、普通を嫌って足掻く年だ。少なくとも自分はそんなこと考えていなかった。祖母から解放されてカイに夢中になりつつ色んな男と会っていた。彼氏は欲しかったが、将来のことなど光輝のように思い描いてはいなかった。
「…してるかもしれない。中学の時に男が好きって気づいてお父さんも病気で死んじゃって、すごく普通の幸せが欲しくなったんです。だって俺みたいの、普通に生きるの難しいじゃないですか。だからいっぱい勉強して公務員とか弁護士になるぞって思って…安定を手に入れようと思ったんです」
 光輝は再び照れたように自分の夢を語った。光輝に父親がいないことは察していたが、病死したとは知らなかった。祖母が寿命を迎えたとも言える亡くなり方をしたのに、あんなに狼狽していた自分が恥ずかしくなった。奏汰は口を挟めず、視線を落として黙って聞いた。
「でも高三の時に同級生と変な関係になっちゃって。結局振られたけど。俺、焦ってたんだと思います。彼氏作って幸せになって嫌な記憶上書きしたいって。奏汰さんのことちゃんと好きじゃなかった。あの日からそれにどんどん気付いちゃって、自分のことまで嫌になった」
 奏汰は内心、ぐさっと傷ついた。『あの日』というのはカイと自分が別れた日のことだろう。
 光輝が恋に恋しているのはもちろん気づいていた。自分のことをちゃんと好きだったわけではないことも。分かっていたから最初は遠ざけていた。けれど結局好きになってしまったのは自分の方だ。ちょろいのは自分の方だったな、と奏汰は内心苦笑する。

 光輝は可愛い。今更離れてしまうなんて嫌だ。奏汰が視線を上げると光輝は困ったように自分を見ていた。
 やっぱり振りたいんだろうなと思った。前に言った「最後にする」とは、やはりさよならするという意味なのだ。奏汰は、はぁとため息をついた。年下の男に執着するような奴にはなりたくなかった。最後に思いだけは伝えよう、と奏汰はできるだけ口角を上げてゆっくり口を開いた。
「でも俺は君のこと好きだよ。けど君がやっぱり俺のこと好きになれないなら諦めるよ。ああ…でもサークル辞めないで欲しいな。普通にさ、楽しんでくれたら嬉しいけど、嫌なら無理にとは…」
 光輝は急にきょろきょろ辺りを見回して落ち着かないそぶりを見せた。
「どうしたの」
「奏汰さん、もう天辺になるよ」
 奏汰が外を見るといつのまにかゴンドラは一番高い位置を廻ろうとしていた。
「はは、すごい。これが一番高いところか…あっちが東京タワーかな」
 奏汰は先ほどの告白を忘れたようにはしゃぎ出した。光輝はそんな奏汰を見つめる。

「でも、奏汰さんが俺に好かれようと四苦八苦してるのは、正直楽しかったですよ」
「え?」

 奏汰が視線を光輝に戻すと、光輝は悪だくみをする子供のように少しだけ笑っていた。
「奏汰さんもこっち来て」
 光輝は自分の横をぽんぽんと叩いた。奏汰は言われるままに光輝の隣に移動した。
「キスしてくれる?」
 すかさず、光輝は尋ねる。奏汰は少しだけ驚いたような顔をした。前後のゴンドラにも人がいるのは光輝には分かっていた。
「いいよ」
 しかし奏汰は承諾した。間髪いれずに光輝の正面に回り込むようにして顔を近づけた。
「えっ、昼間だよ」
 自分でねだったくせに光輝は慌てた。思わず逃げ腰になる。しかしそのまま後頭部を掴まれて唇が重ねられた。柔らかい唇の感触が自分の唇の上でマシュマロのようにふわっと跳ねた。
「………」
 嬉しいという気持ちより驚きが勝って光輝の方から顔を離した。
「だ、大丈夫ですか?」
 奏汰がまた無理をして体調を悪くするのではないかと光輝はハラハラした。
「大丈夫だよ。もう一回する?」
 奏汰はゆったり笑いながらそう言うと、光輝はやっとキスをしたという事実を飲み込んだのか、急に顔を赤くして視線を逸らすように下を向いた。
「ふふっ」
 そんな光輝を見て奏汰は穏やかに笑った。

 だんだんと地上が近づいてくる。遊園地の賑やかな音も聞こえてくる。現実が戻ってくるようだった。

「もういいや」

 顔を赤くして俯いたまま光輝は呟いた。
「え?」
「もう満足した」
「どういうこと?」
「奏汰さんと付き合ってあげる」
 そう言って光輝はどこか勝ち誇ったように微笑む。
「なんで…?ほんとに…?」
「言ったじゃないですか。俺のことすごく好きな人が好きって」
 へへっと子供のように笑う光輝を奏汰は久しぶりに見たような気がした。
 
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