君とは付き合いたくない!

風崎なをき/次作は四月くらい

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第50話 最終話(後編) 

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 奏汰はうっとりとした顔でショーケースを見入っていた。ケースにはマロンやマスカットといった秋の食材をあしらったケーキが並んでいる。以前にも連れて行かれたことのある奏汰の家の近くのケーキ屋さんに二人はいた。
「何が食べたい?またチョコ?」
 奏汰が振り返りながら問う。光輝は一歩後ろに下がってケーキではなく奏汰を眺めていた。光輝の誕生日はちょうど三連休の最終日だ。今日は連休の中日で、明日が誕生日本番である。連休明けからは長かった夏休みが終わり、学校が始まる。
 少し前からどこか行きたいところはあるか、と奏汰に聞かれたが光輝はどこも思いつかなかった。
 カフェとか水族館とかなんとなく思い描いていたデートスポットはもう行ってしまったし、本当に行きたい場所なんてなかった。食べたいものもないし欲しいものもない。
 これ以上望むことなどなかった。これ以上望むのは怖い。高望みすると奏汰との関係が切れてしまいそうで、何も欲しくなかった。
「じゃあ、チョコで……」
 と言うと、奏汰はクラシックショコラとフルーツタルトを注文した。奏汰の選んだタルトは色とりどりのフルーツが並んでいて、絶対可愛さで選んでいるな…と光輝は苦笑する。
 行きたい場所も欲しいものも思いつかなかった光輝は「だったら一緒に料理でもしましょう」と提案して、結局三連休の中日から、最終日の誕生日にかけて奏汰の家に入り浸ることにした。ケーキさえいらなかったが、どちらかというと奏汰が食べたそうにしていたので買ってもらうことにした。

 陽が傾き始めると二人は小さなキッチンに立った。九月も半ばになり、ようやく十七時には日が暮れるようになってきた。
「明日で夏休みも終わりかあ」
 奏汰はブロックベーコンを棒状に切りながら情けない声で呟いた。ベーコンは後ほどカルボナーラにいれるものだ。
「明日も家でいいの?どこでも行くよ」
「こういうのでいいんです、俺は」
 光輝はレタスを手でちぎったり、プチトマトのヘタを取ったりした。サラダを作っているのだ。奏汰の家には包丁もまな板も一つしかないので、作業の分担が難しい。だが、一緒にご飯を作っているというなんでもない行為は幸せでしかなかった。
「もっと、あそこ行きたいとか何々したいとか言われると思って覚悟しておいたのにな」
 奏汰はからかうように光輝に言ったが、光輝はスルーして、
「奏汰さん、玉ねぎも切ってもらっていいですか?コンソメスープ作るから」
 と言った。
 
 ローテーブルに所せましとアスパラとベーコンのカルボナーラ、ヤングコーンを乗せたサラダ、小さく角切りにした人参とジャガイモが浮かぶコンソメスープが並ぶ。光輝は和食の方が好きだが、奏汰は洋食の方が喜ぶ。今回も『可愛い』と言いながら写真を撮っていた。
「…………」
 可愛いか?と思ったが、奏汰が楽しそうなので何も言わずに放っておく。そうやって可愛いものや綺麗なものに心を奪われている奏汰が好きだ。
 奏汰はすっかり光輝に心を許したのか、二人でいる時は遠慮なくあれが可愛い、これが好きだとそういう話をよくするようになってくれた。奏汰はお菓子とかコスメとかそういうものが好きで、光輝には興味のない分野だったが、奏汰の話を聞いているのは……いや、そんな奏汰を見ているのは好きだった。


「暑いね」
「くっついてるからでしょ」
 夜になっても気温は二十五度以上、今夜も熱帯夜だ。裸でくっついて寝ていたら暑い。別にいやらしいことをしていたわけではなかったが、単純に暑くて二人は下着だけでベッドに転がっていた。
「ちょっと離れたら?」
「そうだね…」
 と言いつつ奏汰は離れない。光輝を抱き枕のように背後から抱きしめたままだ。奏汰が自分のことをあれこれ話してくれるようになったのと同時に、随分とベタベタしてくるようになった。まるで母親に見て見て聞いてと訴えたり、抱っこ抱っことせがむ幼い子供のようだった。おそらく、これが奏汰が好きな人に見せる姿なのだろうと分かってからは、子供みたいで可愛いと思っていた。

「もうちょっとで十九歳だね」

 日付が変わる三分前だ。三分後には一つ年を取っている。テレビではお笑い芸人がトークをしている番組が放送されている。別に自分が歳を取るからといって世界が変わるわけではない。
 しかし、今までの誕生日とは明らかに違った。
「なんか変な感じ……」
「変って?」
「俺のことお祝いしてくれる彼氏がいるなんて……」
 彼氏、と言いながら光輝は顔を赤くした。いまだに慣れない。というか信じ難いものがある。自分に恋人がいるなんて。
「嬉しいとかより怖いの方が勝つ」
 光輝が独り言のように呟くと、奏汰は一瞬だけ笑みを絶やした。それから真面目な顔で光輝を抱きしめた。
「俺が君にトラウマ作っちゃったんだね」
「別に奏汰さんだけのせいじゃ…」
 奏汰は後ろから光輝を抱きしめたまま、光輝の手を取った。そして光輝の指を絡めとる。柔らかい奏汰の手の感触を薄く目をつぶりながら味わっていると指に何かをはめられた。
 え?と思って光輝は目を開けた。光輝の左手の薬指にシンプルなシルバーの指輪がはまっている。
「君を安心させるためじゃないけれど」
 光輝の心臓はドクンと跳ねた。見慣れないものが指にくっついていて、そこだけ妙に浮いて見える。
「ナニコレ」
 光輝はつい片言になる。
「誕生日プレゼント」
「…………」
 光輝は何も言わずにカチンと固まってしまった。背後から抱きしめているので、奏汰には光輝の顔が見えない。
「ごめん、そんなに高いものじゃないんだけど。こういうの好きかなって思って」
 誕生日に指輪をあげるなんてロマンチックなことをしたら光輝は喜びまくるに違いないと思ったが。
「こわい……」
 奏汰が思ったような反応を得られぬまま、光輝はぼそっと呟いた。
「えっ、何が?俺が?」
 さすがに重すぎた?と奏汰は慌てる。光輝は静かに首を振った。
「ちがくて……」
「?」
「幸せなのが怖いんです」
 冗談で言っているのかと思ったが、光輝は真面目な顔で奏汰の方を振り返る。
「絶対に悪いこと起きる」
「え!?」
 光輝は本当に顔を青くして神妙に言った。
「いつもそうだから。嬉しくて調子乗ってるといつも嫌な目に遭うから。明日には奏汰さんに別の好きな人ができたり誰かに奪われるかもしれない。だから、あんまり幸せすぎない方がいいんです」
「そんなことあるわけ」
「ないなんて言い切れないじゃないですか。人の感情なんてすぐ変わるもん」
「………」
 奏汰は光輝を自分の方に向かせて正面から抱きしめると呆れたように微笑んだ。
「もう、しっかりしてよ。俺と結婚するんでしょう」
「結婚!?」
「結婚してくれなきゃ嫌だとかなんとか言ってなかった?」
 確かに随分前、奏汰から居酒屋で告白された時に言ったような気がしないでもない。
「そ、そうだけど」
 光輝の目が面白いくらいに泳いだ。
「本当に俺と結婚してくれるの?」
 光輝にぐいっと襟元を掴まれ、奏汰はぐぇっと変な声を上げた。
「ほ、法律が改正するといいね」
 光輝はやっと頬を上気させて食い気味に言う。
「お、俺、ちゃんとお金稼いで絶対奏汰さんを苦労させないから!」
 自分を養う気なのだろうか、と奏汰は苦笑する。
「昭和の人?」
 ふふっと奏汰は笑った。光輝もつられて笑った。けれど目尻には涙が滲んでいた。ああ、可愛い人、と思った。
 


 十月中旬の土曜日の朝、だいぶ秋めいてきたがまだ日中は冷房が消せない気候だ。
 奏汰の部屋で二人は立ったまま向かい合っていた。光輝は奏汰の胸元で手を器用に動かしている。黒のネクタイを結んであげていたのだ。本当は現地についてからネクタイを締めたかったが、光輝が締めたそうにしていたので望むようにしてあげた。

 今日は奏汰の祖母の納骨の日だった。

「じゃあ行ってくるけど、本当にいいの?暇だったら帰っていいよ?」
 光輝は奏汰が帰ってくるまで留守番をすると言い張った。最近は土日になると奏汰の家に押しかけて、何かと奏汰の世話を勝手に焼いて去っていく。週末婚状態になっていた。
 もう少し光輝がときめくようなデートなどをしてあげたいと思うのだが、家で掃除やら料理やらをしている光輝はいつも楽しそうだった。
「どうせ家に帰っても家事か勉強しかやることないし。こっちにいる方がいいです。奏汰さんこそ、やっぱり泊まりたくなったら帰って来なくていいですよ」
「前に泊まったばかりだし冬休みまでいいよ」
 行ってきます、と軽くキスをして奏汰は再び地元に向かった。

 前回の葬儀ぶりに会った甥っ子はたったひと月半で妙に大きくなっていた。以前はまだ赤ちゃんというかんじだったが、幼児に近づいている。
 今はベビーカーですやすやと眠っている。墓場でガタガタと車輪が揺れていたが、起きる様子はなかった。
 相変わらず母と妹は義姉の葵を取り囲んで子供の話で花を咲かせている。父は骨壺を持ち、招いた住職と話をしているし兄と奏汰は準備が整うまで手持ち無沙汰になった。
「なんかでかくなった?」
 奏汰が隣でぼんやりしている兄に聞くと
「元々でかかったけど、平均よりでかいな」
 と言った。平均がよく分からないが、とにかく大きいらしい。大人の一ヵ月などたいしたことはないが子供は驚くべき成長を遂げていると奏汰は感心した。

 骨壺が納められ、一人ずつ焼香をすることになった。奏汰の番になると、墓前で手を合わせて目を瞑った。

(おばあちゃん。俺はおばあちゃんが望んだ形ではないと思うけど、幸せになります。だからずっとここで安らかに眠っててください)
 
 奏汰は顔をあげて目を開けようとしたが、はっとしたように再び目を閉じて力いっぱい手を合わせた。 

(あと、見守らなくていいです、もう俺のことは放っておいてね!)

 随分な言い草だが、これくらいは言ってもいいだろう。
 
 無事に納骨を済ませて駐車場に戻る最中、妹の歌音が奏汰の腕に抱きついてきた。
「ねぇ、さっきから思ってたんだけどこれペアリング?」
 そして奏汰の長い指をしげしげと眺めた。
「まあ、そんなところ」
 奏汰の右手の薬指にも光輝と似たようなシンプルなリングが嵌められていた。左手だといかにもな気がして右手にしておいたが、妹は目ざとく気づいたらしい。アクセサリー類を身につけないので珍しかったのだろう。
 もちろん、このリングは光輝からプレゼントされたものだ。光輝にプレゼントした翌週に、光輝からお返しだともらったものだった。あげたいだけだからつけなくていいと言われたが、休日にはつけている。
 今日もつけるか迷ったが、祖母に見せつけてやりたかった。家族にも少しだけ気づかれたいという気持ちがないわけではなかった。
「やっぱり彼女いたんじゃん!写真見たい!見せて!」
 歌音が大騒ぎしているのを兄の和宏は見て見ぬふりをしてくれたようだ。起きて泣き出した甥っ子を抱っこしながら宥めることに注力していた。
「見たらきっと驚くと思うよ」
「なんで!?もしかしてインフルエンサーとか!?」
 なぜインフルエンサーという発想が出てくるのだろうか。さすがに兄を過大評価しすぎではないだろうか。
「今度連れてくればいいじゃない」
 母親も興味津々という態度が隠しきれていない。今まで奏汰にそういった話が出てこなかったから密かに気になっていたのだろう。
「そうだねぇ…」
 光輝がいいなら連れて行ってもいいかもしれない。
 母と父は悲しむだろうか。兄のようにどうでもいいと思うだろうか。喜びは、しないだろう。戸惑わせてしまうだろうな。
 背負わせるのは嫌だけれど、いつかは言ってもいいかもしれない。もうおばあちゃんはいないのだし、どんな結果になっても自分には戻る場所がある。傷付いたら癒してくれる人がいる。

「まあ、そのうちね」

 母と妹の騒ぐ声を聞きながら、ああ早く彼に会いたいな、と思うのだった。


おわり
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