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第15話 それでも(5)
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「あのさー、鳥羽にちょっと話あるんだけど」
と奏汰が言ったのは、彩乃と佐伯と光輝の三人を車から下ろした直後だった。
「えっ」
と光輝も含めた三人は驚く。
「鳥羽だけもっかい車乗ってくんない?」
と照れたような決まりの悪そうな困った顔で言われて、光輝はもちろん佐伯も彩乃も感化されて気まずい気持ちになった。奏汰からは頼むから何も聞かないでくれというようなオーラが漂っていた。
「あー、じゃあ私達はもう行くね!カナちゃん運転ありがと!」
と意外にも彩乃は何かを察知してくれたのか、戸惑う佐伯を引きずるようにして早々に去ってくれた。後に光輝が佐伯から聞いた話では「あそこで居座るほど野暮じゃない」と彩乃はこぼしていたという。 日曜日の午後の駅のロータリーは人も車も往来が多く、光輝は奏汰に急かされて慌てて車の後部座席に再び乗った。
「あーちくしょー。絶対怪しまれた」
と言いながら奏汰は耳まで赤くしながらアクセルを踏んで車を出した。光輝もつられて顔が火照る。
東京は蒸し蒸ししていて暑かった。人も多くてビルも多い。空が遠い。昨夜の絶景の星空は夢だったような気がした。
「あのー、俺に何か用ですか」
光輝は後部座席から奏汰をちらっと覗いて問いかける。
「君とちゃんと話したい」
「奏汰さん、話はもういいって言ってたのに」
光輝は内心ニヤニヤしていた。奏汰が自分を気にしているのが手にとるように分かる。奏汰は自分のことをちょろいとか言っていたが、きっとこういう感じだったのだろう。
「ああそうだよ!なんかもう自分でもよく分からないんだよ。君とは付き合いたくないって思うのに、君にすげなくされると、なんていうか、すっごい嫌なんだ」
「それって俺のことすごい好きじゃん」
と光輝がさらっと言うと、奏汰は車がどすんと揺れる勢いで否定した。
「違う!!って言いたいところだけど、とにかく話そう」
前々から思っていたが、奏汰は意外とペースを乱されたり、心の内側を責められるのが弱いのかもしれない。常に落ち着いているように見えるが、案外感情の揺れが大きいように見える。まあエムだって言ってたしな…と光輝は密かに笑いそうになるのを堪えた。
光輝は再び奏汰の部屋に訪れた。数日前に訪れた時と何も変わってなかったが、合宿の荷造りをしていたせいなのか、服や雑貨があちこちに落ちていた。
「何か飲む?って言ってもうち水しかないや…」
と言って奏汰はペットボトルの水を光輝に手渡した。光輝は以前と同じように座布団をもらうとまた少し離れたところに座った。奏汰はまたベッドとローテーブルの隙間におさまって電子タバコを吸い始めた。そのポジションが落ち着くのかもしれない。
「俺は体の相性って重要だと思ってて」
と唐突に話を始められ、光輝はぎょっとする。しかし奏汰は世間話をするように話し始めた。
「例えば喧嘩するじゃない。でも寝るのは気持ち良いから別れたくないなあとか。こういう性癖見せられるここの人しかいないしなあとか。あとはヤったらもうどうでも良くなっちゃうとかさ。俺は割と重要な事だと思ってる」
奏汰はふっと煙を吐き出すと話を続ける。クーラーの冷たい空気が光輝を直撃して汗を冷やしていく。
「だから鳥羽と付き合ったらどっかでお互いストレス溜まったまま付き合うことになると思うんだよね。俺が我慢したり鳥羽が頑張りすぎて破綻する未来が見える」
奏汰は言い聞かせているように言った。光輝ではなく自分自身に。実際言い聞かせていたのだろう。それでもいいか?それでも後悔しないか?やっぱりやめた方がいいんじゃないか、と奏汰は自身と対話しているように光輝には映った。けれど。
「別にいいじゃないですか、俺、奏汰さんに我慢させないし、頑張るのも嫌じゃないです」
光輝は奏汰に膝ですり寄ると、そのまま奏汰に抱き着いた。奏汰はもう嫌がらなかった。首筋から昨日と同じハーブみたいな香りがする。奏汰は電子タバコとか香水とか香りのするものが好きなのだろう。素敵な趣味だなと思った。好きなものがあまりない光輝にはなんだかとても素敵なもののように思える。
「試しに付き合ってみればいいじゃないですか」
「……」
「俺、もう失恋したくない……俺の事少しでも好きなら付き合って」
光輝はじっと奏汰の顔を見た。眼鏡の奥の奏汰の瞳は困ったような、探るような目をして光輝を見据えた。
「はぁ」
と奏汰は大きく息を吐いた。
「ダメだなあ。破綻する未来しか見えないのに俺も鳥羽のこと好きになりかけてるみたいだ」
光輝のこの目に弱かった。縋るような傷ついているような救いを求めているような切実さを孕んだ瞳で見つめられると、助けてあげたくなってしまう。
でも今回はそれだけじゃなくて、きっと本当に。
「破綻するまで付き合うか」
観念したように奏汰は笑う。
「ほんとですか!」
「本当に俺でいいの?」
「いいです」
「俺、だいぶ変態だよ。俺のこと嫌いにならない?」
「なりません」
「多分、君の理想と違うよ」
「それでも奏汰さんが好きです」
一つ一つ奏汰の武装を剥がすように光輝は答えた。最後は奏汰が照れたように目線を外した。可愛い人だと光輝は胸がときめく。
「…じゃ、じゃあキスしてもいいんですか」
「…いいよ」
奏汰の舌と触れ合うとひやっとした。きっと電子タバコのメンソールが移ったのだろう。それからグレープフルーツのような味がした。
「そのしてやったりみたいな顔やめてくれる?」
光輝はにんまりと何か賭け事にでも勝ったような顔をした。
「じゃあ、奏汰さんはなんで困った顔してるんですか」
「だってかっこ悪いじゃない。あんなに君のこと拒否ってたのに」
と奏汰はそっぽを向く。
「そんなことないです。奏汰さんはかっこいいです」
と再び光輝は奏汰に抱き着く。そのまま奏汰のシャツの下に手を差し込んだ。
「ちょ!!っと待って!」
奏汰は慌てて光輝の手を掴む。
「しないんですか」
悲しそうに言われて、一瞬心が揺らいだが奏汰は必死に拒否する。
「しないよ!!」
「なんで?前は即日したのに…」
「それはそれ、これはこれだよ…まだ君に全部曝け出す勇気がない…」
「えー……」
「そのうち…そのうちしよう」
「分かりました、待ってます…」
ほんとに大丈夫かなあ。奏汰は一抹の不安を抱えながら光輝と付き合ってみることにしたのだった。
と奏汰が言ったのは、彩乃と佐伯と光輝の三人を車から下ろした直後だった。
「えっ」
と光輝も含めた三人は驚く。
「鳥羽だけもっかい車乗ってくんない?」
と照れたような決まりの悪そうな困った顔で言われて、光輝はもちろん佐伯も彩乃も感化されて気まずい気持ちになった。奏汰からは頼むから何も聞かないでくれというようなオーラが漂っていた。
「あー、じゃあ私達はもう行くね!カナちゃん運転ありがと!」
と意外にも彩乃は何かを察知してくれたのか、戸惑う佐伯を引きずるようにして早々に去ってくれた。後に光輝が佐伯から聞いた話では「あそこで居座るほど野暮じゃない」と彩乃はこぼしていたという。 日曜日の午後の駅のロータリーは人も車も往来が多く、光輝は奏汰に急かされて慌てて車の後部座席に再び乗った。
「あーちくしょー。絶対怪しまれた」
と言いながら奏汰は耳まで赤くしながらアクセルを踏んで車を出した。光輝もつられて顔が火照る。
東京は蒸し蒸ししていて暑かった。人も多くてビルも多い。空が遠い。昨夜の絶景の星空は夢だったような気がした。
「あのー、俺に何か用ですか」
光輝は後部座席から奏汰をちらっと覗いて問いかける。
「君とちゃんと話したい」
「奏汰さん、話はもういいって言ってたのに」
光輝は内心ニヤニヤしていた。奏汰が自分を気にしているのが手にとるように分かる。奏汰は自分のことをちょろいとか言っていたが、きっとこういう感じだったのだろう。
「ああそうだよ!なんかもう自分でもよく分からないんだよ。君とは付き合いたくないって思うのに、君にすげなくされると、なんていうか、すっごい嫌なんだ」
「それって俺のことすごい好きじゃん」
と光輝がさらっと言うと、奏汰は車がどすんと揺れる勢いで否定した。
「違う!!って言いたいところだけど、とにかく話そう」
前々から思っていたが、奏汰は意外とペースを乱されたり、心の内側を責められるのが弱いのかもしれない。常に落ち着いているように見えるが、案外感情の揺れが大きいように見える。まあエムだって言ってたしな…と光輝は密かに笑いそうになるのを堪えた。
光輝は再び奏汰の部屋に訪れた。数日前に訪れた時と何も変わってなかったが、合宿の荷造りをしていたせいなのか、服や雑貨があちこちに落ちていた。
「何か飲む?って言ってもうち水しかないや…」
と言って奏汰はペットボトルの水を光輝に手渡した。光輝は以前と同じように座布団をもらうとまた少し離れたところに座った。奏汰はまたベッドとローテーブルの隙間におさまって電子タバコを吸い始めた。そのポジションが落ち着くのかもしれない。
「俺は体の相性って重要だと思ってて」
と唐突に話を始められ、光輝はぎょっとする。しかし奏汰は世間話をするように話し始めた。
「例えば喧嘩するじゃない。でも寝るのは気持ち良いから別れたくないなあとか。こういう性癖見せられるここの人しかいないしなあとか。あとはヤったらもうどうでも良くなっちゃうとかさ。俺は割と重要な事だと思ってる」
奏汰はふっと煙を吐き出すと話を続ける。クーラーの冷たい空気が光輝を直撃して汗を冷やしていく。
「だから鳥羽と付き合ったらどっかでお互いストレス溜まったまま付き合うことになると思うんだよね。俺が我慢したり鳥羽が頑張りすぎて破綻する未来が見える」
奏汰は言い聞かせているように言った。光輝ではなく自分自身に。実際言い聞かせていたのだろう。それでもいいか?それでも後悔しないか?やっぱりやめた方がいいんじゃないか、と奏汰は自身と対話しているように光輝には映った。けれど。
「別にいいじゃないですか、俺、奏汰さんに我慢させないし、頑張るのも嫌じゃないです」
光輝は奏汰に膝ですり寄ると、そのまま奏汰に抱き着いた。奏汰はもう嫌がらなかった。首筋から昨日と同じハーブみたいな香りがする。奏汰は電子タバコとか香水とか香りのするものが好きなのだろう。素敵な趣味だなと思った。好きなものがあまりない光輝にはなんだかとても素敵なもののように思える。
「試しに付き合ってみればいいじゃないですか」
「……」
「俺、もう失恋したくない……俺の事少しでも好きなら付き合って」
光輝はじっと奏汰の顔を見た。眼鏡の奥の奏汰の瞳は困ったような、探るような目をして光輝を見据えた。
「はぁ」
と奏汰は大きく息を吐いた。
「ダメだなあ。破綻する未来しか見えないのに俺も鳥羽のこと好きになりかけてるみたいだ」
光輝のこの目に弱かった。縋るような傷ついているような救いを求めているような切実さを孕んだ瞳で見つめられると、助けてあげたくなってしまう。
でも今回はそれだけじゃなくて、きっと本当に。
「破綻するまで付き合うか」
観念したように奏汰は笑う。
「ほんとですか!」
「本当に俺でいいの?」
「いいです」
「俺、だいぶ変態だよ。俺のこと嫌いにならない?」
「なりません」
「多分、君の理想と違うよ」
「それでも奏汰さんが好きです」
一つ一つ奏汰の武装を剥がすように光輝は答えた。最後は奏汰が照れたように目線を外した。可愛い人だと光輝は胸がときめく。
「…じゃ、じゃあキスしてもいいんですか」
「…いいよ」
奏汰の舌と触れ合うとひやっとした。きっと電子タバコのメンソールが移ったのだろう。それからグレープフルーツのような味がした。
「そのしてやったりみたいな顔やめてくれる?」
光輝はにんまりと何か賭け事にでも勝ったような顔をした。
「じゃあ、奏汰さんはなんで困った顔してるんですか」
「だってかっこ悪いじゃない。あんなに君のこと拒否ってたのに」
と奏汰はそっぽを向く。
「そんなことないです。奏汰さんはかっこいいです」
と再び光輝は奏汰に抱き着く。そのまま奏汰のシャツの下に手を差し込んだ。
「ちょ!!っと待って!」
奏汰は慌てて光輝の手を掴む。
「しないんですか」
悲しそうに言われて、一瞬心が揺らいだが奏汰は必死に拒否する。
「しないよ!!」
「なんで?前は即日したのに…」
「それはそれ、これはこれだよ…まだ君に全部曝け出す勇気がない…」
「えー……」
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