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第21章:離間の毒(前編)
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賈詡は静かに立ち上がると、幕舎の中央に進み出た。そして、ただ一言だけ、曹操に告げた。
「―――離間あるのみです」
その言葉は、幕舎に奇妙な沈黙をもたらした。あまりに単純で、あまりに含みのある一言。だが、その言葉を聞いた曹操の目に、閃きのような光が宿った。
「……面白い。詳しく聞かせよ」
【一度目の死】
賈詡は、この数年間溜め込んできた知謀の全てを解放した。
彼は、馬超と韓遂の性格を完璧に分析し、彼らの間に猜疑心の種を蒔くための、具体的で、緻密で、そして恐ろしくも周到な計画を披露した。それは、軍を動かすことなく、ただ言葉と情報だけで敵の同盟を内部から崩壊させる、神業のような計略だった。
曹操は、賈詡の策を全面的に採用した。そして、その結果は、賈詡の予言を遥かに上回るほどの、劇的な成功を収めた。
賈詡の筋書き通り、曹操はまず韓遂と二人きりで会見し、軍事の話は一切せず、昔話に花を咲かせることで、馬超に二人の親密さを邪推させた 。次に、意図的に改竄の跡を残した手紙を韓遂に送り、あたかも韓遂が曹操と内通しているかのように見せかけた 。
単純だが、効果は絶大だった。猜疑心に駆られた馬超と、弁明の機会さえ与えられなかった韓遂の同盟は、あっけなく内部から崩壊した 。結束を失った西涼連合軍はもはや烏合の衆であり、曹操は最小限の犠牲で彼らを撃破することに成功した 。
この大勝利に、曹操軍の陣営は歓喜に沸いた。そして、その最大の功労者である賈詡に、曹操は最大限の賛辞と報酬を与えようとした。
「見事だ、賈詡!そなた一人の知謀が、十万の兵に勝るわ!今日よりそなたを三公の一人に任じ、洛陽に広大な屋敷と万金の褒美を与える!」
それは、人臣として望みうる最高の栄誉だった。賈詡もまた、長年の沈黙がようやく報われたのだと、感慨深くその言葉を受け入れた。
だが、その栄誉こそが、新たな死の引き金となった。
古参の重臣たちの、賈詡を見る目が変わった。尊敬の眼差しは、どす黒い嫉妬の炎へと変貌した。
(新参者のくせに……)
(主君を次々と変えた裏切り者が、我々を差し置いて三公だと?)
(いつか、その毒牙で我らも陥れるに違いない)
彼が与えられた広大な屋敷は、逆に彼を孤立させるための檻となった。栄誉の座に就いた彼を、心から祝福する者など、一人もいなかったのだ。
そして、ささいなきっかけで、彼は罠に嵌められた。
ある地方で起きた小さな反乱の鎮圧に失敗した将軍が、その責任を全て賈詡に押し付けたのだ。
「賈詡殿の授けた策が、現実と異なっていたために、我が軍は敗れたのです!」
それは、完全な濡れ衣だった。だが、彼の失脚を望む重臣たちは、こぞってその嘘に同調した。味方は、誰もいない。曹操も、功臣たちの総意を前に、賈詡一人を庇うことはできなかった。
彼は謀反の濡れ衣を着せられ、あっけなく処刑された。
冷たい刃が首筋に当てられる瞬間、賈詡は悟った。
(……そうか。褒美は、栄誉ではない。嫉妬を招く、毒だったのだ……!)
宮廷においては、華々しい功績と、それに対する報酬こそが、最も危険な罠となる。それを避けるためには、功を立ててはならない。いや、功を立てても、決して自分のものとして受け取ってはならないのだ、と。
―――ハッと目を開くと、そこは再び、潼関の軍議の席だった。
目の前には、打開策を求める曹操がいる。
(もう、間違えない)
賈詡は静かに立ち上がると、幕舎の中央に進み出た。そして、以前と同じように、こう告げた。
「―――離間あるのみです」
「―――離間あるのみです」
その言葉は、幕舎に奇妙な沈黙をもたらした。あまりに単純で、あまりに含みのある一言。だが、その言葉を聞いた曹操の目に、閃きのような光が宿った。
「……面白い。詳しく聞かせよ」
【一度目の死】
賈詡は、この数年間溜め込んできた知謀の全てを解放した。
彼は、馬超と韓遂の性格を完璧に分析し、彼らの間に猜疑心の種を蒔くための、具体的で、緻密で、そして恐ろしくも周到な計画を披露した。それは、軍を動かすことなく、ただ言葉と情報だけで敵の同盟を内部から崩壊させる、神業のような計略だった。
曹操は、賈詡の策を全面的に採用した。そして、その結果は、賈詡の予言を遥かに上回るほどの、劇的な成功を収めた。
賈詡の筋書き通り、曹操はまず韓遂と二人きりで会見し、軍事の話は一切せず、昔話に花を咲かせることで、馬超に二人の親密さを邪推させた 。次に、意図的に改竄の跡を残した手紙を韓遂に送り、あたかも韓遂が曹操と内通しているかのように見せかけた 。
単純だが、効果は絶大だった。猜疑心に駆られた馬超と、弁明の機会さえ与えられなかった韓遂の同盟は、あっけなく内部から崩壊した 。結束を失った西涼連合軍はもはや烏合の衆であり、曹操は最小限の犠牲で彼らを撃破することに成功した 。
この大勝利に、曹操軍の陣営は歓喜に沸いた。そして、その最大の功労者である賈詡に、曹操は最大限の賛辞と報酬を与えようとした。
「見事だ、賈詡!そなた一人の知謀が、十万の兵に勝るわ!今日よりそなたを三公の一人に任じ、洛陽に広大な屋敷と万金の褒美を与える!」
それは、人臣として望みうる最高の栄誉だった。賈詡もまた、長年の沈黙がようやく報われたのだと、感慨深くその言葉を受け入れた。
だが、その栄誉こそが、新たな死の引き金となった。
古参の重臣たちの、賈詡を見る目が変わった。尊敬の眼差しは、どす黒い嫉妬の炎へと変貌した。
(新参者のくせに……)
(主君を次々と変えた裏切り者が、我々を差し置いて三公だと?)
(いつか、その毒牙で我らも陥れるに違いない)
彼が与えられた広大な屋敷は、逆に彼を孤立させるための檻となった。栄誉の座に就いた彼を、心から祝福する者など、一人もいなかったのだ。
そして、ささいなきっかけで、彼は罠に嵌められた。
ある地方で起きた小さな反乱の鎮圧に失敗した将軍が、その責任を全て賈詡に押し付けたのだ。
「賈詡殿の授けた策が、現実と異なっていたために、我が軍は敗れたのです!」
それは、完全な濡れ衣だった。だが、彼の失脚を望む重臣たちは、こぞってその嘘に同調した。味方は、誰もいない。曹操も、功臣たちの総意を前に、賈詡一人を庇うことはできなかった。
彼は謀反の濡れ衣を着せられ、あっけなく処刑された。
冷たい刃が首筋に当てられる瞬間、賈詡は悟った。
(……そうか。褒美は、栄誉ではない。嫉妬を招く、毒だったのだ……!)
宮廷においては、華々しい功績と、それに対する報酬こそが、最も危険な罠となる。それを避けるためには、功を立ててはならない。いや、功を立てても、決して自分のものとして受け取ってはならないのだ、と。
―――ハッと目を開くと、そこは再び、潼関の軍議の席だった。
目の前には、打開策を求める曹操がいる。
(もう、間違えない)
賈詡は静かに立ち上がると、幕舎の中央に進み出た。そして、以前と同じように、こう告げた。
「―――離間あるのみです」
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