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4話 キスで補給されてるなんて知らない
豪奢な天蓋付きの寝台に、部下の手によって静かに下ろされたトーヤの身体は、まるで糸の切れた操り人形のように力なく沈み込んだ。
「下がってよい」
ヴェルディオスの低く落ち着いた声が広い室内に響く。命じられた部下たちは恭しく一礼し、足音も立てずに重厚な扉の向こうへと消えていった。
微かな音を立てて扉が閉ざされ、室内に完全な静寂が落ちる。
魔王の私室は、華美すぎる装飾こそないものの、置かれた調度品のすべてが圧倒的な質と魔力を帯びていた。だが、今のヴェルディオスの興味を惹いているのは自らの所有物ではなく、寝台の上で事切れたように眠る一人のインキュバスだった。
王城の付近に迷い込んだ魔獣など、上位の夢魔であれば容易くあしらえるはずの相手だ。それなのに、この男はあろうことか魔獣の牙を前にして無防備に倒れ伏した。
すんでのところで魔獣を消し飛ばし、男の身体を受け止めたヴェルディオスが目を瞠ったのは、その内に秘められた『器』の底知れなさだった。これほど規格外の容量を持つ夢魔など、退屈なほど長く続く治世の中でも見たことがない。
だが、その途方もなく巨大な器は今、致命的なまでに干上がっていた。
ヴェルディオスは寝台に横たえられたインキュバスの傍らに腰を下ろし、しばらくその顔を見ていた。
呼吸が浅い。脈も弱い。精気の枯渇がここまで進んでいれば、あと数日で限界だろう。夢魔の枯渇死はゆるやかだが、確実だ。
その顔は、頬が削げてなお骨格の良さが分かる造りをしていた。閉じた目の睫毛が長く、肌が白い——というより、白すぎる。精気が通っていない肌の色だ。
ヴェルディオスはインキュバスの頬に指を当てた。冷たい。体温も低下している。
「さて」
本来なら医務官を呼ぶのが筋だろう。だが夢魔の枯渇に対する処置は結局のところひとつしかない。精気を与えることだ。薬で補うこともできるが即効性に欠ける。そして医務官が調合を終える前に、この夢魔が持つかどうかは怪しい。
ちょうどいい。
ヴェルディオスは常に精気が溢れている。普段は定期的に夢魔を呼んで吸収させているが、次の予定まではまだ間がある。今の時点でも、身体の内側に余剰の魔力が圧をかけているのを感じていた。
この夢魔の器なら、私の精気を受け止められるかもしれない。
その検証も兼ねて——
ヴェルディオスは身を屈めた。
精気を送る最も手軽な経路は粘膜の接触だ。夢魔にとってはそれが自然な摂取方法でもある。ヴェルディオスは自らの唇をトーヤのそれに重ね、ごく微量の精気を流し込んだ。
反応は即座だった。
気絶しているはずのトーヤの唇が、わずかに動いた。離そうとしたヴェルディオスの唇を追うように、無意識に顎が上がる。
口づけを求めるというより、流れ込む精気のほうを求めて、身体が勝手に反応していた。
飢えた夢魔の本能。これほど精気が枯渇していれば、意識がなくても身体は糧を求める。
ヴェルディオスの口の端が持ち上がった。
「——飢えているな」
再び唇を重ねる。今度はもう少し深く、精気の量を増やして。トーヤの身体が微かに震えた。眉間にわずかな皺が寄り、力の入らない指が寝具を掴む。
精気が身体に沁み込んでいく速度が速い。器が大きいとは感じていたが、吸収の効率も並ではない。送った端から飲み込まれていく。底の見えない井戸に水を注いでいるようだった。
面白い。
何度か唇を重ねるうちに、トーヤの肌に少し血色が戻りはじめた。まだ蒼白だが、先ほどの紙のような白さではない。呼吸もわずかに深くなっている。
ヴェルディオスは唇を離し、トーヤの顔を見下ろした。
まもなく意識が戻るだろう。
「下がってよい」
ヴェルディオスの低く落ち着いた声が広い室内に響く。命じられた部下たちは恭しく一礼し、足音も立てずに重厚な扉の向こうへと消えていった。
微かな音を立てて扉が閉ざされ、室内に完全な静寂が落ちる。
魔王の私室は、華美すぎる装飾こそないものの、置かれた調度品のすべてが圧倒的な質と魔力を帯びていた。だが、今のヴェルディオスの興味を惹いているのは自らの所有物ではなく、寝台の上で事切れたように眠る一人のインキュバスだった。
王城の付近に迷い込んだ魔獣など、上位の夢魔であれば容易くあしらえるはずの相手だ。それなのに、この男はあろうことか魔獣の牙を前にして無防備に倒れ伏した。
すんでのところで魔獣を消し飛ばし、男の身体を受け止めたヴェルディオスが目を瞠ったのは、その内に秘められた『器』の底知れなさだった。これほど規格外の容量を持つ夢魔など、退屈なほど長く続く治世の中でも見たことがない。
だが、その途方もなく巨大な器は今、致命的なまでに干上がっていた。
ヴェルディオスは寝台に横たえられたインキュバスの傍らに腰を下ろし、しばらくその顔を見ていた。
呼吸が浅い。脈も弱い。精気の枯渇がここまで進んでいれば、あと数日で限界だろう。夢魔の枯渇死はゆるやかだが、確実だ。
その顔は、頬が削げてなお骨格の良さが分かる造りをしていた。閉じた目の睫毛が長く、肌が白い——というより、白すぎる。精気が通っていない肌の色だ。
ヴェルディオスはインキュバスの頬に指を当てた。冷たい。体温も低下している。
「さて」
本来なら医務官を呼ぶのが筋だろう。だが夢魔の枯渇に対する処置は結局のところひとつしかない。精気を与えることだ。薬で補うこともできるが即効性に欠ける。そして医務官が調合を終える前に、この夢魔が持つかどうかは怪しい。
ちょうどいい。
ヴェルディオスは常に精気が溢れている。普段は定期的に夢魔を呼んで吸収させているが、次の予定まではまだ間がある。今の時点でも、身体の内側に余剰の魔力が圧をかけているのを感じていた。
この夢魔の器なら、私の精気を受け止められるかもしれない。
その検証も兼ねて——
ヴェルディオスは身を屈めた。
精気を送る最も手軽な経路は粘膜の接触だ。夢魔にとってはそれが自然な摂取方法でもある。ヴェルディオスは自らの唇をトーヤのそれに重ね、ごく微量の精気を流し込んだ。
反応は即座だった。
気絶しているはずのトーヤの唇が、わずかに動いた。離そうとしたヴェルディオスの唇を追うように、無意識に顎が上がる。
口づけを求めるというより、流れ込む精気のほうを求めて、身体が勝手に反応していた。
飢えた夢魔の本能。これほど精気が枯渇していれば、意識がなくても身体は糧を求める。
ヴェルディオスの口の端が持ち上がった。
「——飢えているな」
再び唇を重ねる。今度はもう少し深く、精気の量を増やして。トーヤの身体が微かに震えた。眉間にわずかな皺が寄り、力の入らない指が寝具を掴む。
精気が身体に沁み込んでいく速度が速い。器が大きいとは感じていたが、吸収の効率も並ではない。送った端から飲み込まれていく。底の見えない井戸に水を注いでいるようだった。
面白い。
何度か唇を重ねるうちに、トーヤの肌に少し血色が戻りはじめた。まだ蒼白だが、先ほどの紙のような白さではない。呼吸もわずかに深くなっている。
ヴェルディオスは唇を離し、トーヤの顔を見下ろした。
まもなく意識が戻るだろう。
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